第1137話痩せたる人をわらひし歌二首

痩せたる人をわらひし歌二首


石麻呂麿に 吾れ物申す 夏痩に 良しといふものぞ 鰻捕り食せ     

                     (巻16-3853)

痩す痩すも 生けらばあらむを はたやはた 鰻を漁ると 川に流るな

                     (巻16-3854)

右は、吉田連老いへるあり。字を石麿と曰ふ。所謂仁教の子なり。その老、人と為り身體甚く痩せたり。多く喫飲れども、形飢饉に似たり。これに大伴宿祢家持の聊かにこの謌を作りて、以つて戯れ咲ふことを為せり。


石麻呂君、私からおすすめしよう。夏痩せには特に鰻が効果があるものだよ。鰻を捕って食べたまえ。


ただし、痩せていたとしても、生きていることが何よりも大切。万が一にでも、鰻を意固地になって捕ろうとして、川に流されることなどないように。



右の歌は、吉田連老。普通には石麻呂と言われていた人のこと。世間では仁敬と呼ばれていた人の息子であった。その老は、生まれた時から、ひどく痩せていた。どれほど食べても飲んでも、その身体は飢饉で瘦せこけた人のようだった。それを見た友人の大伴宿祢家持が、気まぐれにこの歌を作って、からかったのである。


吉田連老は、家持の親旅人と親交が深かった吉田連宣の子と言われている。

吉田連宣は百済から渡来した医術家。おそらく、家持とは、父親の代からの付き合いと思われる。

家持のからかいも、なかなか面白い。

最初の歌で、おすすめしておきながら、次の歌では、思いとどまらせるような諫めもする。

そんな歌を贈られた石麻呂は、医者の子ゆえ、鰻が夏痩せに効くなどは、そもそも百も承知のはず。

だから、家持の真意は、二首目であって、「単にからかいたいだけ」を見抜いていると思う。


「大きなお世話」とでも、返したのかもしれない。

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