第1111話由縁ある雑歌(3)竹取翁②

緑子の 若子が身には たらちし 母に懐(むだ)かえ 紐繦(ひむつき)の

平生(はふこ)が身には 木綿肩衣(ゆふかたぎぬ) 純裏(ひつら)に縫ひ着

頸着(うなつき)の 童子が身には 夾纈(ゆひはた)の 袖着衣 着しわれを にほひ寄る 子らが同年輩)には 蜷(みな)の腸 か黒し髪を ま櫛(くし)もち ここにかき垂れ 取り束ね 揚げても纏(ま)きみ 解き乱り 童子に成しみ

さ丹(に)つかふ 色懐しき 紫の 大綾の衣 住吉の 遠里小野の ま榛もち

にほしし衣に 高麗錦 紐に縫ひ着け 指(さ)さふ重なふ 並み重ね着

打麻(うちそ)やし 麻積(をみ)の児ら あり衣の 宝の子らが 

打栲(うつたへ)は 経て織る布 日曝(ひさらし)の 麻紵(あさてづくり)を 信巾裳(しきも)なす 脛裳(はばき)に取らし 支屋(いへ)に経(ふ)る

稲置丁女(いなきをみな)が 妻問(と)ふと われに遣(おこ)せし

彼方(をちかた)の 二綾下沓(ふたあやしたぐつ) 飛ぶ鳥の

飛鳥壮士(あすかをとこ)が 長雨禁(ながめい)み 縫ひし黒沓(くろぐつ)

さし穿(は)きて 庭に彷徨(たたず)み 退(そ)け勿(な)立ち 障(さ)ふる少女が 髣髴聞(ほのき)きて われに遣(をこ)せし 水縹(みはなだ)の 絹の帯を 引帯(ひきおび)なす 韓帯(からおび)に取らし 海神(わたつみ)の 殿の蓋(いらか)に 飛び翔る すがるの如き 腰細(こしぼそ)に 取り飾(よそ)ほひ 真澄(まそ)鏡 取り並み懸けて 己が顔 還らひ見つつ 春さりて 野辺を廻(めぐ)れば おもしろみ われを思へか さ野つ鳥 来鳴(な)き翔(かけ)らふ 秋さりて 山辺(やまへ)を行けば 懐(なつか)しと われを思へか 天雲(あまぐも)も 行き棚引(たなび)ける 還り立ち 路(みち)を来(く)れば うち日さす 宮女(みやをんな) さす竹の 舎人荘子(とねりをとこ)も 忍ぶらひ かへらり見つつ 誰(た)が子そとや 思はえてある かくの如 為(せ)らえし故し 古 ささきしわれや 愛(は)しきやし 今日やも子等に 不知(いさ)にとや 思はれてある かぬの如 為(せ)らえし故し 古の 賢しき人も 後の世の 鑑にせむと 老人(おいひと)を 送りし車 持ち還り来し 持ち還り来し


                               (巻16-3791)


赤子の頃には、母に抱かれ、

紐繦(ひむつき:未詳。紐付きの衣らしい)に包まれた幼子の頃には木綿の肩衣(袖なし服:ちゃんちゃんこのようなもの)に総裏に塗って着、

髪がうなじに垂らした子供の頃には、しぼり染めの袖付き衣を着ていた私でした。

その私も、匂いたつような美しいあなたたちと同じぐらい年の頃には、緑したたる黒い髪を立派な櫛で、ここのあたりに、長く梳き垂らし、取り束ねて揚げて巻いたり、解き乱して、童子髪(今のロングヘアーのような感じ)にしたりしたものなのです。

若く赤い頬に、しっくりと似合う艶やかで美しい紫の綾織り衣で、そのうえ住吉の遠里の小野の榛で美しく彩った上着に、高麗風の錦を飾り紐として縫いつけて、それを刺したり重ねたりして、何重にも重ねて、めかし込んで着ておりました。


打ち麻の麻積の家の女の子や、宝部の家の女の子が練り上げ、何日もかかって織り上げた布や、白く日に曝した麻の手作りの布を、幾つも重ねた脛裳につけて、どんな男も拒否する箱入り娘の稲置の娘が求婚する目的で私に送って来た、彼方産の二綾の靴下を履き、飛鳥の職人男が長雨の間をこもって縫った黒沓を履いて、私は(とある)少女の庭に佇んだりもしました。

すると、帰れ!そんなところに立つな!と言って、どんな男も寄せ付けない、その少女が、ライバル意識を刺激させられたのか、負けてはならないと、送ってくれた薄藍色の絹の帯を引き帯のように韓帯にして身に着け、海の神の宮殿の屋根を飛び翔ける蜂そっくりの細い腰にきゅっと締め、美しい鏡を取り並べて、自分の顔を何度も見ましたし、春になって野辺をめぐれば、私を素敵だと思ってなのか、野の鳥が近くへやって来ては鳴きて飛び交いました。

そして秋になって山辺を行けば、愛しいと私を思うからか天雲もゆっくりと、たなびいたものなのですよ。

さあ帰ろうと都大路を歩いて来れば、宮殿の女たちも、舎人の男たちも、チラチラと私を振り返り見ては、どこの若君だろう?と思われたほどなのです。

このように昔は華やかだった私は(今は、こんな無様な老人なので)、今が盛りのあなたたちに取ってみれば、「どこの誰だろう、このじいさん」と思われているのでしょう。

とかく、老人というものは、邪険に扱われるものですが、昔の偉い人は後の世のひとたちの鏡になるようにと、老人を運んだ車を持ち帰って来たものです。

はい、持ち帰って来たものなのです。


若い女の子たちが、年老いた男をからかう「エイジ・ハラスメント」に、竹取の翁は、「私だって、あなたたちと同じ年頃には」と、「当時のオシャレ風俗や、深窓の令嬢にまでモテた(本当か嘘かわからないが)話」を、必死に説明をする。

「今が盛りのおまえさんたちだって、いずれは・・・」が本音かもしれない。


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