第1108話由縁有る雑歌(1)

由縁有る雑歌


昔者娘子有りき。字(あざな)を桜児(さくらこ)と曰ふ。時に二(ふたり)の壮士(をとこ)あり。共にこの娘を誂(あとら)ひて、生(いのち)を損てて挌競(あらそ)ひ、死を貧(むさぼ)りて相敵(あた)る。ここに娘子なげきて曰はく。「古)より今に至るまで、聞かず。、見ず、一(ひとり)の女の身の、二つの門(かど)に往適(ゆ)くといふことを。方今(いま)、壮士の意和平(こころにき)び難きものあり。妾(わ)が死にて、相害(あひそこな)ふこと永く息(や)まむには如かじ」といふ。すなはち林の中に尋ね入りて、樹(き)に懸(さが)りて経(わな)き死にき。その両(ふたり)の壮士哀慟(をとこかなしび)に敢(あ)へずして、血の泣襟(なみだころものくび)に漣(なが)れ、各々心緒(おのがじしおもひ)を陳べて作れる歌二首



昔、一人の少女がおりました。名は桜児。

その頃、二人の男が、ともに桜児に恋をしました。

二人は、命を捨てて競い合い、死も恐れずに争い合いました。

そこで桜児は涙を流して言いました。

「このようなことは、昔から今に至るまで聞いたことがありません。一人の女の身で二人の男の妻になったということは」

「しかし、今となっては、二人の若者の心はおさまらないようです」

「ですから、この私が死んで争いを終わらすのが一番良いと思いました」、とそのまま桜児は林の中に入って行って、樹の枝に首を吊るして死んでしまいました。


二人の男が、悲嘆のあまり血の涙を襟に流して、それぞれに思いを述べて作った歌二首。


春さらば 插頭にせむと わが思ひし 桜の花は 散りにけるかも

                           (巻16-3786)

妹が名に 懸けたる桜 花咲かば 常にや恋ひむ いや毎年に

                           (巻16-3787)


春になったら、插頭にしようと思っていた桜の花は(桜児は)、すでに散ってしまったのです。


私の愛しいあの娘と同じ桜の花、その花が再び咲いたなら、ずっと恋し続けるだろう、毎年の咲く時期には。


三角関係の中で、美しい少女が悩んで死ぬ、典型的な話であり、歌である。

これはこれで、「典型」として、理解しておくべきか。

実際に、どこの地域での話かは、不明。

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