第300話やすみしし我が大君の神ながら高知らせる印南野の
山部宿祢赤人の作りし歌一首 短歌を幷せたり
やすみしし 我が大君の 神ながら 高知らせる 印南野の 大海の原の あらたへの 藤井の浦に 鮪釣ると 海人船騒き 塩焼くと 人そ多にある 浦を良み うべも釣りはす 浜を良み うべも塩焼く あり通ひ 見さくも著し 清き白浜
(巻6-938)
反歌三首
沖つ波 辺波静けみ 漁りすと 藤江の浦に 船ぞ騒ける
(巻6-939)
印南野の 浅茅押しなべ さ寝る夜の日 長くしあれば 家し偲はゆ
(巻6-940)
明石潟 潮干の道を 明日よりは 下笑ましけむ 家近づけば
(巻6-941)
※印南野:播磨国印南郡の野。兵庫県加古川市から明石市にかけての丘陵地。
※大海の原:明石市西北部、大久保町あたり。行宮の所在地。
※鮪釣る:マグロは銛で突く場合もあるけれど、ここでは釣っていたらしい。
※藤井の浦:明石市藤江付近。反歌には「藤江の浦」とある。
※明石潟:明石の海岸。潮が引くと干潟が現れる遠浅の海岸を「潟」と言った。
我が大君が、神として立派にお治めになられる、印南野の大海の原の藤井の浦には、鮪を釣る海人の船が頻繁にに行き交い、塩を焼く人々が大勢集まっています。
この浦が素晴らしく豊かであるので、釣りをするのも当然のこと、浜が素晴らしいので、塩を焼くのも当然なのです。
何度も大君がお通いになられ、ご覧になられる理由も、実にこの清い白浜に、はっきりと見えております。
沖の波も岸辺の波も静かなので、漁をしようと藤江の浦に舟が頻繁に行き交っております。
印南野の浅茅を押しなびかせて旅寝する夜が幾日も続いたので、故郷の家が懐かしく思われてなりません。
明石潟の潮が引いた海辺の道を、明日からは心ひそかうれしく微笑み、歩くことでしょう、妻の待つ家が近づくので。
神亀三年秋九月の播磨国印南野行幸の時の歌。
大君を褒め、土地の風俗を褒めているけれど、そろそろ帰京が近づいたのだろうか。
妻が恋しくなって、帰る前の日は、うれしくて仕方がない。
実に素直な、羇旅歌と思う。
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