第269話梅花の歌三十二首 (2)

世の中は 恋繁しゑや かくしあらば 梅の花にも ならましものを

                   豊後守大伴大夫 (巻5-819)

梅の花 今盛りなり 思ふどち かざしにしてな 今盛りなり

                   築後守葛井大夫 (巻5-820)

青柳 梅との花を 折りかざし 飲みての後は 散りぬともよし

                   笠沙弥     (巻5-821)

わが園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも

                   主人      (巻5-822)


豊後守大伴大夫は未詳

人間の世は、恋する思いが激しすぎます、こんなことならば梅の花になりたかったと思います。


葛井大成の作

梅の花は、今盛りとなりました。こうして気の合う仲間同士、髪に挿して飾りましょう、まさに今が盛りなのですから


笠沙弥の作

青柳の枝と梅の花とを折って髪に挿しましょう。この宴が終われば散ってしまってもかまいません。


主人大伴旅人の作

私の庭に 梅の花が散ります。遥かな天から雪が流れて来るかのようです。



豊後守大伴丈夫は、大伴三依説がある。

大伴三依は、この宴の前年に藤原氏により謀反の罪をでっち上げられ自害に追い込まれた長屋王の娘の賀茂女王と恋仲であった。

賀茂女王は長屋王の変後は、消息不明。

大伴三依はそのような恋の苦しみの中で、いっそのこと梅の花になって散ってしまいたいと詠んだのかもしれない。


次の葛井大成の歌は、苦しむ大伴三依を力づけようとする歌と理解する。

花を髪に挿して飾るのは、もともとは植物の生命力を自身に取り込もうとする呪術的な意味を有している。

今が盛りの梅の花を気の合った仲間で髪に挿そうよ、散るなんて言わないで元気を出そう、みんな貴方の気持をわかっているのだから。そんな感じだろうか。


笠沙弥は沙弥満誓と同一人物。

今が盛りの梅をまず楽しもうよ、青柳と梅花を折ってかざしにして、酒を飲もう、宴が終わったら花は散ってもいい。これも恋に苦しむ大伴三依の心を無理やりに宴に呼び戻そうとする意図があるのかもしれない。


主人大伴旅人氏の作は、実にさすが、秀作。

梅の花が散るのは、遥かな天から雪が降るがごとし。

天からの雪は、思うに、宴に集う人々の心の浄化する。

奈良の痛むべき政変に心が移った面々の心を浄化する意図を込めたのかもしれない。





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