母狼
みずかん
第1話 人の子
彼との出会いはとても奇妙だった。
忘れもしない。
「タイリクさん!」
「アミメ、いきなり入るんじゃないよ。
ノックをしろと言ったはずだよ。
ここに居るのが博士だったら、今頃泡吹いて昇天してるよ」
「ヤギを見つけました!」
珍しく気合いの入った声だった。
「君はいつもそうヤギって言ってるけど、ヤギがいたことが無いじゃないか」
小馬鹿にした言い方をしながら、振り向いた。
「こんにちは!」
「アハハ...ヤギじゃないよアミメ。
これは尻尾もないし耳もない。
まるであの人とソックリじゃないか。だとしたらヒト...」
机に向かいコーヒーを飲む。
(ウソだろ...。彼女らはとっくにごこくに行ったはず...)
アミメはその人の子供を抱き抱え、回り込んで見せつけた。
「ヒトなんですか?」
思わず口からブフォッとコーヒーを噴き出してしまう。
「何でヒトがいるんだ!?」
「何だ...、ヤギじゃないんですか...」
「アミねえちゃん、ぼくヤギじゃないの?」
「違うみたいです」
その子の見た目は幼く、5,6歳にしか見えない。黒髪の少し長い感じのヘアスタイルはどこか“彼女”の片鱗もあったが、
因果関係まではわからない。
「おい、その子どこで...」
「ロッジの外ですよ。寒そうにしていたので、可哀想だなって思って...」
腕を組み、困ったものだと思いながら、ヒトの子を見つめた。
「抱っこしますか?」
「いや、なんで...」
「この人、ぼくのママ!」
「は?」
「そうなんですね!タイリクさん何時子供を作ったんですか?」
「ふざけんな!
それはこっちのセリフだ!」
「ママの所に行っていいですよ!」
と、言いながら地上に下ろす。
コイツ、楽しんでやがる。
心中で舌打ちをした。
自分の足元に来る子供。
しゃがんで言い聞かせた。
「本当のママはあっちのアミメキリンだよ」
「違うもん。アミねえちゃん、ママの所に連れて行ってあげるって言ってたもん」
その言葉で少し愉快そうだったアミメの表情が強ばった。
「...、入れ知恵したのはお前かっ!!」
彼女のこめ髪に拳を捻り込ませグリグリとやった。
「いたたたたたたたっ!!」
「もう、何の騒ぎですか?」
その場へ、もう1人やって来た。
(ナイスタイミング...!)
「誰かと思えばアリツ様ではないですか!
我が親愛なる友人!」
「何ですかいきなり...」
「そこの君。本当のお母さんはね、ここにいるアリツ」
「違うよ?」
...絶句。
「だってアリツねえちゃん言ってたもん。
本当のお母さんは黒っぽくて犬の耳があるタイリクオオカミだって」
「...お前もかっ!!!!」
アミメと同じ仕打ちをする。
「いたたたたたたたっ!髪が燃えるっ!」
「...ッチ、どいつもこいつも...」
腕を組み、苛立った顔を浮かべた。
「私はこんな子の親でも無いし、世話をするつもりもないぞ。他を当たりなよ...」
「...ママじゃないの?」
「そうだよ。だからさっきから...」
「うわぁーん...ママがいないよぉー...
うええぇぇぇん...」
「うぇぇえええん...タイリクさんが意地悪したよおぉぉ...」
「ううっ...、まさかタイリクさんがそんな...他人に対して冷たいお人だったとは...」
「お前らも便乗して泣くんじゃないよ!!
…あーもう...」
髪を掻きむしる。
(私の評判ガタ落ちじゃないか...。
これは私の信用問題にも関わるな...
仕方ない。背に腹はかえられぬか...)
「わかった...。君のお母さんは私だ。
今のところは。だから、泣かないでくれ...。頼むよ。頭痛がしそうだ」
「ほんと...?」
下から見上げるように尋ねた。
「...はぁ。本当だよ」
「ママっ!!」
仕方なく子供を抱き上げた。
(どうしてこんな厄介事に...)
「その代わり、アリツもアミメも協力してくれよ...」
ジト目で彼女らを見た。
「わかりました。協力しますよ。
タイリクママさん」
アリツが微笑む。
「応援しますよ、お母さん!」
アミメも同様だった。
「やめてくれないか、その言い方...。
吐き気がするよ...」
(しかし、困ったな…。
子供の面倒なんて見たことないし...
そうだ、誰かに押し付けてやればいいんだ!)
「ちなみにタイリクさん。名前はどうしますか?」
アリツが小声で尋ねた。
「名前...。キリンが見つけてきたから、
“キリ”で良いだろ」
「それって私の子供みたいじゃないですか!?」
小声が聞かれたらしい。
「いい気味だね」
嘲笑して見せた。
「いいかい、今日からお前はキリって呼ぶからね」
「うん!」
謎の子供との出会い。
これから大変な事が次々降り掛かってくるとは、夢にも思うまい。
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