地獄の果てまで

クオンクオン

第一章 浅川 美咲


突き刺さるような突風と、肌が切れそうなほ

どの無数の雨に打たれ、私の膝はアスファルトに痛めつけられていた。


目の前に横たわる体から流れる大量の血の原因がその突き刺さるような突風や、刃物のような雨ではなく、私の手に握られている紛れも無い刃物だということを私はまだ信じることができなかった。私は人を殺したのか?


「どうしたの?浅川あさかわさん。」


後ろから聞いたことがあるようなないような声で私は名前を呼ばれた。こんな嵐の雑音の中でもその声だけは無意識に私の耳が優先して取り込んだように、心臓が口から出そうになるという表現を今までに何度かしてきたが、まさにこの瞬間ほどその表現が適切な場面はなかっただろう、体の内側から全身を押し出され目玉は出目金のようになっているんじゃないだろうか。


私を知っている人間に見られた。


体が自由に動かないままなんとか首と眼球だけを動かして振り返る、雨のせいで目の前はよく見えなかったがハッキリとわかった、私は彼を知っている、ほぼ毎日会っているにもかかわらず一言も会話をしたことのなかったものの私の記憶にはしっかりと彼の存在は刻まれていた。


(なんでお前がここにいる)


彼は、私の手に握られた刃物と私の前に置かれたもうピクリとも動かない体を交互に見てから私に歩み寄ってきた、咄嗟に恐怖を感じる、


私が人殺しだと確認した上で、まだ凶器を持ったままの私に向かって少しの動揺も見せず平然とした顔で彼は私に近づいてきたのだ、明らかに「普通」ではない。何かされる。無意識のまま私は身構えた。


同時に彼は口を開く。


「それを隠そう、僕が手伝う。」




「ーーーーは?」




彼はなんの躊躇いもなく一人で死体を担ぎ森の奥へ運んだ。私はただ震えの止まらない足を動かし彼の後ろ姿を見ていることしかできなかった。


心拍数は更に上がっていた、この時私は、吊り橋効果なんてものが迷信であることを確信したのだ、流石に無理だ。


彼は相変わらず表情を一切変えず当たり前の事をするように大根をおろす作業をするように死体の四肢と首を切り落としプラモデルのように本物の人の体を解体していった、


一瞬で感覚が麻痺してしまいそうなほどショックな光景にハリセンボンを飲まされたような気分になった、ハリセンボンの針が一つ一つバラバラに散らばり私の全身に内側から刺さる。全身が痺れた、それは警告だった、私は逃げなければいけなかった、だがもちろん私の体は私の思い通りに動かせるようなものではなくなっていた。


彼はバラバラの肉の塊を土の中に埋める作業をしていた。出来るだけ深く掘ったその穴に証拠を放り込み土を被せながら彼は呟く


「今日が嵐でよかった、こんな日に外に出てる人なんていないから誰にも見られないで済んだ。」




「なんで…なんでこんなことするの…?なにが、目的なの?」


必死に呼吸を整えた、どうせ体は動かない、もうどうなっても仕方ない。率直な疑問を彼に投げかけた。


彼は赤黒く染まった恐ろしい顔をこちらに向けてぎこちない笑顔を見せた。


「君はきっと地獄に落ちる。人を殺したから、でもそれは僕も同じだ、君に協力したから、だから大丈夫、君が地獄に行くときは僕も一緒に行くよ。」


なにも質問の答えになっていない、意味がわからない。


「…どういうこと」


私がそっと呟くと、彼は私から目をそらした。


「守りたいんだ、君のことを」






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