第2話

第2夜

仕事を終え、最寄り駅に着くと、『牛の穴』に直行する。

昨夜経験した、あの感覚が忘れられないのだ。

店に着くと、一人であることをつげる。

やがて、どうぞと案内されて、昨夜と同じ部屋に通される。

まずはビールと、厚切りの塩タンを注文する。

ビールはすぐにはこばれて来て、暑かった汗をひかせてくれる。

ほどなく、十分に厚みのある塩タンとレモンが準備される。

その間に決めておいた、クリや、シャトーブリアンを注文する。なんとなく、半額になるのでは?という期待からの強きのオーダーだった。

『承知いたしたました。ところで、お客様、もしよろしければ・・・・』

期待通りの質問がきた。

『お代は半額でよろしいので。』

智裕は、冷静なふりをして、承知したと伝えた。

半額確定!

追加の皿を模索する。

やがて、仲居が同席者を連れてくるのがわかった。今日は、どんな人なのだろう。昨夜は、あまりにも若い女性で驚いたが、同年代ぐらいの人であれば、飲み相手としても申し分ないな、等と考えていた。


しかし、襖から見えた顔みて、少し血の気がひいた。

同じ女性なのだ。白いシャツにジーンズ。

これは、不味い。なにか仕組まれた罠に捕らわれたのか。別料金を徴収されるような詐欺まがいのことに巻き込まれた。そんな気がしていた。


女性は、昨夜と同じように覇気のないまま、一礼して、向かいに座る。


そして、昨夜と同様に同じメニューが運ばれてくる。


頭の中で、『焼肉デートクラブ』『肉欲焼肉詐欺』『焼肉おやじ狩り』スポーツ新聞のタイトルになりそうな下衆なワードが頭をよぎる。


そう思って、あまりみなかった彼女の顔を見ると、目が大きく色白の美女だ。スタイルもモデル並みで、こんな娘が一人で焼肉を食べにくる訳がない。

昨夜気付けよ~。自分を責めまくる。

逃げ出すか?いや、上着と荷物を預けたな。あれこれ考えていると、

『あの~。』彼女が話しかけてきた。詰んだ。そう思った瞬間の次の言葉は意外だった。

『牛タン、そろそろ裏返した方がいいですよ。』

「はっはい。」

背筋を伸ばして、慎重にトングを使う。確かに火が入りすぎた。

『裏面は、軽く炙るくらいにしたら、丁度良いかも知れません。』

「はっはい。そうさせていただきます。」

智裕は、極限の焦りの中、言われるままに牛タンを少し炙り、レモンを通して口にはこんだ。

「うっ旨い。」思わずもらす。

どんな状況下にあっても、旨いものはうまいのだ。

『ウメガミ カホと言います。夕方まで、ここでバイトしていて、賄いがわりにここで食べて帰るんです。』

昨夜は、殆どしゃべらなかった彼女が、喋ってきて、驚いたが、もう、これ以上驚きようがないので、寧ろホッとした。

「そうだったのか。僕はてっきり・・。いや、何でもない。僕は、江戸川 智裕。名探偵の末裔。と言いたいとこだけど、ただの会社員だよ。」

溢れるばかりの彼女笑顔・・・を期待していたが、目が点になっている彼女の顔があった。

少し、間をおいて、2人は笑いあった。智裕自身、こんなに笑ったのは久しくなかった。


その後のオーダーも無事に通り、勘定も確かに半額だった。


まだ、謎はのこるが、こうして智裕の通勤焼肉ははじまった。


つづく


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