通勤焼肉
Shran Andria
第1話
江戸川 智裕は、サラリーマンになって20年を同じ会社で過ごした。
はじめての単身赴任で、とある街に1年すんでいた。
主にアパートに近い小料理屋で、毎日の夕食をとっていたが、ある日どうしても焼肉が食べたくなり、少しアパートから離れた高級焼肉『牛の穴』に入ってみた。
そこは、個室になっており、掘り炬燵の大きなテーブルの真ん中に、肉を焼くロースターが埋め込んであった。
メニューを見ると、結構高い一皿から、意外と安い一皿まであり、高級焼肉店とはいえ、慎重に皿をえらべば、小料理屋で食べるのと、金額的に大差ないことがわかった。
智裕は、ロースや、ランプといった比較的安い皿を5皿と、生ビールを注文した。
やがて、着物を来た仲居が、ビールを運んで来て、妙なことを言う。『お客様、もしよろしければ、ご相席をお願いできないでしょうか。お代は半額でよろしいので。』
こんな高級な個室での相席は聞いたことがない。
一抹の不安がよぎるが、この街に来て、小料理屋の店主と、馴染み客と少し挨拶するていどの智裕にとって、面白いとも思えた。
「わかりました。お代は半額なのですね?」
『さようでございます。それでは宜しくお願いいたします。』
半額も魅力的だった。
それに、ここを利用する客であれば、どんな人なのか、興味もあった。
程なくして、皿に綺麗に盛り付けられた肉が運ばれ、その後に、青いジーンズに白いTシャツの若い女性が入って来た。
無表情な女性は、智裕の存在を気にも止めず向かいの席に静かに腰を下ろした。
かなり呆気にとられた。
若い女性が一人で相席してくるばかりでなく、どう見てもこの店に不似合いにも思えたからだ。
しかし、さらに驚いたのは、再度仲居が運んできた彼女の分は、智裕が注文したものと全く同じだったのだ。
無表情な女性は、『焼きましょう』とたったひとこと言って、網に肉をおろした。
呆気に取られっぱなしの智裕は、反射的に「ハイ」と言って、自分の肉をトングでとり、網に下ろした。
沈黙の時が続くなか、全て食べ終わり、彼女は『ありがとうございました。』とひとこと言って部屋を出た。
智裕も食べ終わったので、仲居をよんで、勘定をすませた。
カードの明細を見ると、たしかに合計を半分にしてあった。
とても、不思議な感覚を持ったまま、店を後にした。
つづく
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