ヘンタイ男は女子高生

御影カガリ

第1話「女子高生に転生?」

この世界の中で朝起きたら女子高生になっていた、という経験をお持ちの方は是非とも今すぐにでもお話を聞かせてほしい。ありえない事だと誰しも思うだろう。だがこの世界では決してありえないことなんて存在しない。少なくとも人間が想像できる範囲、妄想できるということは不可能ではない、と思っていい。

俺の名前は琴吹紅音。桜山高校に通う今日から高校2年生。好きな教科は国語と保健体育、嫌いな教科は数学と英語と理科と社会と美術その他諸々。家族構成は妹と二人暮らし、両親共に海外勤務なので1年に1回しか帰ってこない。妹は中学生だが訳ありで現在引きこもり中、もう2年間外には出ていない。

そして俺は今日も友達と学校へ行く、つもりだったのだが......

「え...え!?はっ!?」

鏡を見て愕然とする。長い髪に長いまつ毛、目はぱっちりとしていて二重、鼻は少し小さい。背丈も10cm以上縮んでいて胸には2つの慎ましい膨らみ。

朝起きたら、なんの前触れもなく女になっていました。


驚いてばかりもいられない俺はとりあえず混乱する頭をどうにか落ち着かせ昨日の事を思い出してみた。だが特に思い当たる節は無い。普通に朝起きて普通に学校へ行き普通に妹と夕飯を食べ就寝。うん、ごくごく普通の男子高校生としての生活を送っていたはずだ。

「どうしたものか...」

ベッドの脇に腰掛け頭を抱える。学校へ行くにもいきなり見知らぬ女が学ランを来て登校したら噂どころの騒ぎではない。そもそもこの現状を妹や友達にどう説明すればいいのだ。

「わからん...何があってこうなったんだよ...」

こんなラノベでもアニメでもありそうでなさそうなことがまさか現実に起こるなんて思いもしなかった。考えに考え抜いた末、俺がとった行動は自分の胸を揉んでみるという行為だった。

「うん、なんか普通だな。ちょっと小さいのが気になるけど」

自分で揉んでみても気持ち良さも何も無い。ただの脂肪の塊がくっ付いてるって感じだ。けど男、いや今は女だから元男、としては女性の胸を自分とのはいえ毎日見れるのは少し嬉しいものがある。

「いやいや、こんなことしてる場合じゃない、早くどうにかしなきゃゆずが起きちまう」

ゆずというのは妹のことだ。決まって7時15分に俺を起こしに来るのだが困ったことに壁にかかった時計が指す時刻は7時5分。あと10分しかない。

「仕方ない......あんま頼るのは心苦しいが」

俺は携帯の通話画面を開くとある人物に電話をかけた。

数回コールが鳴った後に女子にしては少し低めの聞き慣れた声が聞こえてくる。

「もしもし?どうした、新学年早々こんな朝早くから電話をかけてくるなんて、そんなに私の声が聞きたかったのか?」

「もしもし?葵、聞いてくれ、少し困ったことに...」

「ん?あぁ、すみません、紅音くんのお姉さんでしたか。あれ?けどお姉さんなんていたかな」

「違う、俺だよ俺」

「オレオレ詐欺ですか?それなら男の人に頼んだ方がよっぽど効果的ですが。そもそも友人じゃない人に、いやあんなやつを友人なんて言いたくはないですが、せめて親戚かつあまり関わりのない人にかけた方がいいですよ」

「なんか嫌なことを言われたような気もするが今はふざけてる場合じゃないんだ、葵、こんな女っぽい声だけど俺が紅音なんだ。信じられないかもしれないけど聞いてくれ、朝起きたら女になってたんだよ」

「ごめん全く話が見えないんだけど、そもそもあなたが琴吹だって証拠が無いじゃない」

「だったらなんか俺に関する質問でもしてくれ、それ以外に証明のしようがない」

「......好きなアニメキャラ」

「見た目幼女の幼女」

「女からされて嬉しい行動」

「踏んで罵倒される」

「好きな食べ物」

「幼女」

「私と琴吹の秘密」

「昨年の体育祭が終わった後で体育倉庫で2人で片付けをしてたら葵が転んだ拍子に俺を押し倒してキスをしたことだ」

「......信じられん、そのキモすぎる回答...本当に琴吹なのか」

余計な言葉が混じっていたがどうやら信じてくれたようだ、葵はかなりドン引きしているが。

「だから言ってるだろう」

「どうしてそんな事態に陥ったのか心当たりは無いのか?」

「あればお前に電話なんかしない。やば、あと5分でゆずが起こしに来ちまう」

「私に5分以内に男に戻せって言うなら答えは無理だ諦めろ」

「戻せとは言わん、けどゆずのことはお前も知ってるだろ?どうにかこの場を凌ぐ方法だけでも考えてくれ」

「そんなこと自分で考えろ、クローゼットの中に隠れるとかベッドの下にでも隠れてやり過ごせ」

「無理だ、クローゼットに俺が隠れられるようなスペースなんて―」

「お兄ちゃん、おはよぉ...」

俺の部屋のドアが開き、妹のゆずがドアノブに手をかけこちらを見て固まっている。俺も同様に言いかけた言葉はそれ以上出てくるはずもなく、携帯を耳に当てたままゆずを見て固まる。おかしい、時間はまだ15分にはなってないはず。来るにはあと2分ほど猶予があるはずなのに。

「あ...だ...だ...」

ゆずは何かを言いかけるが上手く言葉にならないようでじわじわと目に涙が溜まる。

「どうした?琴吹?」

電話の向こうから葵の声が聞こえるが俺はそれに答える余裕はない。

「ま...待てゆず、とりあえず落ち着いてー」

「うあぁぁぁぁ!!!!うわぁぁん!!」

そしてゆずはその場にうずくまり、大声で泣き出してしまった。こうなるとしばらくはただ泣き叫ぶだけで周りの声など聞こえなくなる。

妹の琴吹ゆずは、いわゆる対人恐怖症に部類する精神的な病気を抱えている。簡単に言えばコミュ障の究極版、俺と両親とよっぽど仲の良い友人以外の人間を見るだけでも怖がってこうして泣き叫んでしまう。

「この泣き声、ゆずちゃん来ちゃったのか?間に合わなかったか...」

電話の向こうでは葵が溜息を吐く。

「悪い葵、後でまた掛け直す」

俺は電話を一方的に切りベッドの方に放り捨てるとゆずの肩を揺する。

「ゆず、とりあえず落ち着いてくれ!見知らぬ美人のお姉さんにしか見えないかもしれないけど俺だ!お前のお兄ちゃんだよ!」

「うわぁぁん!!お兄ちゃあぁぁぁん!うあぁぁぁぁ!!」

俺の声は全く聞こえてない様子でむしろ俺の手を振り払い部屋の隅に逃げてしまった。

「どうすりゃいいんだよ......」

俺は頭をフル回転させて考える。早くしないと近所迷惑で文句を言われかねない。

「仕方ないか......」

俺はゆずに近づき、優しく抱きしめた。

「お願い、とりあえずでいいからお姉さんの話だけでも聞いて」

自分でもアホなことをしてることは重々承知だが俺がとった行動は見知らぬお姉さんになりきる、というものだ。

「うぅぅ......お兄ちゃん...どこ...?」

不思議なことにゆずは泣き止んだ。だが変なことをしてしまうとまた泣きかねないので慎重に、できるだけ優しく語りかけるように言った。

「ゆず、信じられないかもしれないけど、私がお兄ちゃんの琴吹紅音なの」

「......え?お姉さんが...お兄ちゃん?」

「うん、落ち着いて聞いてね、今日の朝目が覚めたら体が女になってたの」

「どういうことですか?そんなこと...あるわけ......」

またゆずの目に涙が溜まってきた。まずい、ここでまた泣かれると面倒なことになる。

「ゆず、このぬいぐるみ買った時のこと覚えてる?」

俺はゆずが抱きしめていたサイのぬいぐるみを見て言った。

「え?...う、うん、お兄ちゃんが私の為に...」

「そうね、ゆずが家から出なくなるようになって、寂しくないようにって買ってあげたのよね」

「うん...」

「それにゆずはクラゲも好きだったわよね、ゆずが小学生の時に一緒に水族館に見に行ったのが懐かしいわ」

「ほ、本当にお兄ちゃんなの...?」

「言ってるじゃない、まだまだゆずとの思い出たくさん知ってるのよ」

そこでずっと俯いていたゆずがやっと俺の顔を見た。目は腫れていてまだ涙が頬に残っている。不安そうな表情でまだ困惑しているのだろう。

「で、でもお兄ちゃん、なんで...」

「分からないんだけど、朝起きたらこの姿になってたんだよ。学校には...ちょっと行けないから、とりあえず戻るまではゆずと一緒に昼間も居られるな」

「いいの?今日から2年生になるのに」

「この前まで男だった人がいきなり女の子になりました、なんてとても言えないでしょ。それに仮に行ったとしても学校の制服を着た不審者として先生に怒られちゃうから」

「そ、それもそうだね...」

俺はその後、ゆずに頼んで先生に風邪で休むとの電話を入れてもらって1日家で過ごすことにした。幸いにも買い物には行けるので生活する分には支障はない。葵にはメールで伝えると夕方に家に行くのでその時にまた相談しようと返信が来た。

鏡で改めて自分の姿を見る。どこからどう見ても女、まるで何か悪い夢でも見ているかのようだ。女になって嫌かどうかと聞かれれば別に嫌ではない。だが男に戻れるなら、やはり戻りたい。

しかしまだこんなのは序章に過ぎない。俺の不思議でドタバタな物語が幕を開けたのだった。

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