第11話~偶然は必然~



「……えっ、……嘘? ――ほ、ほんとに?」


 叶子の全力疾走も虚しく、最後の電車は大きな音を一つならして目の前で小さくなっていった。


「ど、どうし……よ」


 予想外の出来事に混乱している頭と乱れた息を整えるため、とりあえずホームのベンチに腰掛けた。

 風除けのある待合室は、五人分の座席に対して一人の割合で既に占拠されている。そこは叶子と同じく終電に乗れなかった酔っ払い達のホテルと化していて、あの中で寒さをしのぐ事は出来ないのだと言うことは良くわかった。


 今更慌てても仕方が無い。すっかり諦めた叶子は真冬の風に凍えた手を温めようと、コートのポケットに両手を突っ込んだ。


「……」


 コートのポケットに入っていた携帯電話を手に取りじっと見つめる。ある事を思い出したと同時に心臓が早く音を立て始めた。


(電話、してみようかな)


 時間も時間だし、五回コールして出なかったら切ろう。そう自分の中でルールを決めると、既に登録されている彼の電話番号を思い切って押した。


 冷たい携帯電話を耳に押し当てる。呼び出し音が聞こえるまでのこのシンと静まりかえった数秒が数時間にも感じた。

 果たして彼は電話に出てくれるのだろうか、それとも知らない番号には出ないのだろうか。そんな事を考えながら、呼び出し音の回数を数えていた。


「はい、もしもし」


 あっけなく彼が電話に出た。その声を聞き思わず笑みが零れ落ちる。だが、電話に出た彼は以前会った時とは違ってひどく疲れている様に聞こえ、やはりこんな時間に電話すべきではなかったと後悔した。

 だが、流石に自分から電話を掛けておいて無言で切る事なんて出来やしない。とりあえず自分が誰なのかを告げ、又日を改めて掛け直すことを伝えようとした。


「あ、あの、こんばんは」

「……」

「……」


(気付いてない……? かな?)


「あ! こ、こんばんは!」


 急に元気になった彼の声を聞いて、少しホッとした。


「ごめんなさい、こんな時間に」

「ううん、大丈夫だよ。まだ会社だし」

「そうでしたか。お仕事お忙しそうですね」

「まぁ、いつもの事だけどね」

「すみません、特に用事があった訳じゃないので。又、……かけなおします」

「いや、もう帰るところだから大丈夫」

「や、でも、もう遅いですし――」


 その時、終電が終わったというアナウンスがホームに流れだし、二人の会話も途切れてしまう。アナウンスが終わると、彼が少し驚いた様な声で話し出した。


「え? 今どこにいるの?」

「あ、私も仕事で遅くなって。今、駅にいるんです」

「駅って、――もう終電終わってるんじゃ?」

「そのようです」


 叶子は笑いながらそう答えた。

 ホームに駅員が巡回しだし、慌ててベンチから立ち上がる。彼の言葉を一言も逃さないよう携帯電話を耳にギュッと押し付けながら、タクシーを拾う為に改札口へ向かった。


「送ってくよ」

「え?」


 思いも寄らない彼の提案に驚き、胸が大きな音を立てた。


「あのホテルの近くって言ってたよね? 君のオフィス」

「あ、いえ、だ、大丈夫! タクシーで帰りますから!」


 そうは言ったものの、タクシー乗り場は既に長蛇の列が出来ている。自分の番が回ってくるのはあと何時間後だろうかと心配になった。


(ああ、どうしよう! こんなタイミングで電話したら、さも送ってくれって遠まわしにアピールしてるみたいじゃない! なんで気付かなかったんだろう)


「や、あの、違うんですよ。そういうつもりで言ったわけじゃ……」

「だとしたらあの駅だね。えーっと十分で行くから。君は暖かくて安全な所――あ、丁度そこにコンビニがあるでしょ? そこに入って待ってて」

「え? いや、あっ……の? もしもし?」


 どうやって言い訳をしようかと叶子が口ごもっている間に、彼はもう既に彼女の話など聞く気もないのか、さっさと待ち合わせ場所を決めると一方的に電話を切っていた。


「会える、……んだ」


 あまりの急展開に少し戸惑いながらも、彼に会える嬉しさがこみ上げて来る。溜まっている日々の残業疲れも何もかも全部、この瞬間に吹っ飛んでしまいそうなほど嬉しくなる瞬間だった。


「ああ、でもこんな事になるんだったら、もっとましな服を着てくれば良かったなぁ」


 両手を広げて自分の服を見下ろした。





 コンビニで暖を取っていると、両手で大切に包み込んでいた彼女の携帯電話に彼からの着信があった。


「もしもし?」

「あ、今着いたよ」


 最初に電話に出た時に感じた疲れた様子の声とは明らかに違っている。前回会った時も、借りていたCDと傘を返す為だったと言うのにあえて受け取ろうとしなかった。そんな事や今の彼の様子を思うと、彼も又自分と同じ気持ちでいてくれているのでは無いかと自惚れそうになる。

 淡い期待に胸を弾ませながら急いで外に出てみれば、この寒い中コートも着ずに背中を丸めている彼が、笑顔で小さく手を振っていた。





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