ファンガステイル

新子奏作

第1話

フラー=カルティベータは焦っていた。


どのくらい焦っているのかと問われれば、もうお昼休みが終わってしまいそうな時間までのんびりと図書室で本を読んでしまっていたことだったり、そのせいで借りる本の選別が終わらず、どれを借りていくか決めきれていないことだったり、次の授業の担当が自身の尊敬する先生なので遅刻してカッコ悪いところを見せたくないことだったりと、説明には事欠かないくらいにてんてこ舞いであった。


周りを見渡しても既に自分以外の生徒の姿はなく、眠たそうにこっくりこっくりと船をこぐ司書さんの姿が受付カウンターの向こうに見えるのみとなっていた。


フラーは急いで数冊を残して本棚に本をしまい、眠っている司書さんを叩き起こして受付で本を借りる手続きをし、それらの本を大きな赤いリュックサックに詰め込むと、図書室のマナーに則った範囲の最大限のスピードで歩き始めた。

今からなら、お昼休みの終了のベルと同時くらいには教室に着くだろう。始業のベルまでの五分があれば余裕を持って授業開始時には準備万端で席に着いて待っていられるだろうとフラーは計算した。

そして図書室から出ると同時に、目的地である自教室『1-C』へと脱兎の如く駆け出した。




フラーはここ『グリーンバース魔法学校』に今年から通い始めた生徒だった。

その街の名をそのまま冠したこの学校は、世界有数の魔法使いの育成機関であり、取り分け魔法薬を中心とした魔法アイテムに関して学ぶことに重きを置いている学校でもあった。

フラーは実家が薬問屋であり、物心ついた頃から母の仕事を見、手伝ってきたこともあって、小さい頃からこの学校に通うことを夢見ていた。

金と銀を混ぜたような滑らかなブロンドに、燃えるような紅い目が人目を引く、その凛々しく整った顔立ちと16歳の年齢相応に引き締まったスタイルは、フラーの暮らす街でも噂の看板娘だった。

しかし見た目こそ完璧な彼女だったが、入校資格の齢となるその年の一日目にグリーンバース校から直々に入学通知が届いた時は、嬉しさのあまり握っていた杖の先から魔法を暴発させてしまい、育てていたサボテンが炎上してしまうという悲劇にも見舞われた程に、どこか抜けているおっちょこちょいな人物であった。


だからこそ、次の授業が初めての実習であり、それ故にその授業が特別教室で行われることなどすっかり忘れて、彼女は一生懸命に駆けている。

もぬけの殻である教室に辿り着いてやっと、また失敗してしまったと気がつくのであろう。

廊下の奥に教室が見え、なんとか間に合ったと駆け足ながらに思う彼女の頭の上で、昼休みの終わりを告げるベルが、無情にも鳴り響く。

実際にその音を無情だと感じるのは、彼女が教室のドアを開ける事となる数秒後のことであった。


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