11. 学校
午後十一時。
俺は布団で横になっていた。
残り約一時間。
俺にできることは何かないのか。
必死に考えるが、答えは見つからない。
その時、ガチャリという音が耳に届く。
「……まさか」
俺は慌てて玄関に向かい、外に出る。
すると廊下に
「……どこ行くんだ?」
背中越しに声を掛ける。
「ちょっと、トイレ」
嘘が下手にも程があるな……。
「ほんと、お前は優しいようで優しくないんだな」
紘編が何を考えているのかは俺にも容易に想像が付く。
俺に心配をかけたくないのだろう。
別れが辛いものだというのは誰にだってわかることだ。
だから、せめて俺が気付かないようにいなくなる。
そうすれば、少しは俺の悲しみが軽減されるとでも考えたのだろう。
だが。
「そうやって、いつも守っているのは紘編自身なんだな」
人はそう簡単に変わらない。
「でも、私は、もう一度、別れたくない!」
紘編に乱暴に言葉を吐き捨てる。
心の叫びが伝わってくるようだった。
「もう一度だけ、もう一度だけ
紘編の表情は見えない。
けれど、俺はひどく寂しそうなその背中を。
優しく包み込んだ。
「……確かに、別れは辛い。心が引き裂かれそうになる。けれど、一緒に過ごした六日間は常識ではあり得なかった出来事だろ。それで良いんじゃないか?」
簡単に言えば、思い出作り。
その思い出は、消える訳じゃない。
そして、別れることも変えられないのならば。
少しでも過ごした日々を幸せだったと感じて欲しい。
「なあ」
俺は一旦紘編から離れ、紘編の左手首を掴む。
「少し、付き合ってくれないか?」
◇ ◇ ◇
雪が降る中、俺たちは歩いて行く。
十分程歩いて、目的地に到着した。
「着いたぞ」
「ここって……」
小学校。それも、俺たちが通っていた小学校だ。
俺は門がない校門を潜って中に入る。
「入って、良いの?」
紘編が不安そうに尋ねる。
「バレなきゃセーフだろ」
まあ、バレたらアウトなのだが。
俺たちは校舎の周囲の道を歩く。
「……暗いね」
「そうだな」
午後十一時を過ぎているため、誰も学校にはいない。
非常に静かだ。
世界には俺たち二人しかいないという錯覚さえ覚える。
「私、小学校すら卒業できなかったんだね……」
小学校一年生の二月六日に亡くなっているのだから、一度も卒業を経験していないはずだ。
それは、紘編にとって心残りなのかもしれない。
「……やるか、卒業式」
「……え?」
俺の何気ない一言。
けれど、実際に今日が最後の日だから。
ある意味、卒業だ。
「さすがに体育館には入れないから、ここでやるしかないけど」
雪が降っている中で卒業式というのもロマンチックで良いのかもしれない。寒いけれど。
「……やるか」
「……うん」
俺の呼びかけに紘編は小さく頷く。
俺たちは向かい合わせになった。
そして、俺が流れを一通り説明してから、卒業式を始めた。
「
卒業生の名前を呼ぶ。
「はい」
紘編は元気良く返事をする。
「卒業証書」
卒業証書どころか紙もないのでジェスチャーだが、実際に俺が卒業証書を持っているようにして読み上げる。
「あなたは本校、じゃなく何だ? 俺の家か?」
普通に卒業証書の内容に困った。
「何それ」
紘編はクスクスと笑う。
「えっと、まあいいや」
もう適当に思い浮かんだことを言おう。
「私と出会ってからの年末年始の六日間、共に過ごしたことから卒業したことを証する」
俺は卒業証書を手渡し、紘編は受け取る。ジェスチャーだけど。
そして紘編に合わせて一礼した。
「……まあ、こんなもんか」
卒業式が一瞬にして終わる。
腕時計を確認すると、既に時刻は午後十一時五十分を過ぎていた。
残り時間は十分もない。
「いよいよ、だね」
紘編が寂しそうに呟く。
「……そうだな」
あと数分で、俺と紘編の六日間が終わる。
自分の中から溢れる感情が多すぎて、俺自身もよくわからない。
「相ちゃん」
名前を呼ばれ、俺は紘編を真っ直ぐ見つめる。
「これ、渡すね」
そう言って、紘編は
直後、紘編の体が白い光に包まれ始めた。
「ねえ、目、
紘編に言われるがまま、俺は目を瞑る。
すると。
唇に柔らかいものが触れた。
甘く、切ない味だった。
一瞬の時間だったけれど。長かった。
「目、開けて良いよ」
紘編にそう言われ、俺は目を開ける。
目を瞑る前と同じように、俺と向かい合わせで立っていた。
ただ、その目には、涙が浮かんでいた。
「今まで、ありがと」
そう言った紘編の笑顔は、最高に
やっぱり離れたくないと思ったけれど。
現実は、甘くなかった。
「さようなら」
直後、紘編は無数の細かな光となって散っていく。
俺は、その場でただ立っていることしかできない。
光が徐々に消えていき。
最後には、何もなくなった。
「……ありがとう」
俺は、空を見上げながらぼそっと
目から、冷たい
ナトリウム灯が、積もった雪を橙色に染め上げていた。
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