第2話 さよなら、私の大好きなもの。

拝啓

 読者の皆々様、最近、暑さにやられてばて気味のカケルです。早速ですが、私の部屋の片付けについて、先に現状をお話ししようと思います。私の家は1LDKで間取りはごく普通のマンションです。しかし、リビングは読みかけの雑誌が積み重なり、ソファーは脱ぎっぱなしの服に占領されつつあります。寝室だって、大好きな本や漫画を積読(積んで読んでいない状態)のまま放置。棚に入れようにももう一杯で入らない。

 クローゼットは服でぎっしり。もう何年も来ていない服もあります。片付けしようにも、必要なもの、不要なものに分けることを面倒くさがって、そして出来上がったのがこの魔窟なのです。

 この文章を皆さんにお届けしている間にも、魔窟はどんどん拡大しているのです。私は本が大好きで、本屋に行くとつい本を買ってしまいます。でも、「忙しい」を言い訳にして床に積み重ねてしまうのです。

 友人に本好きなBという女性がいます。この間、久しぶりにBに会ったとき聞いてみました。「どうやって本を片付けているのか。」と。するとBはにっこり微笑みながら言ったのです。「私、紙の本は買わないの。」なんという衝撃でしょうか。Bに更に詳しく聞くと、「本はたまっていってしまうから、図書館で借りるか、電子書籍で購入することにしているの。どうしても紙の本でほしいものは買うかもしれないけど、今の電子書籍って紙の本についていたオマケページとかもついてくるから、紙にこだわる必要がない。」と。目からうろこ、私は彼女の真似をすることにしました。それから、本については増えていません。しかし、ここでめでたしめでたし、とならないのが世の常であります。私が今まで買った本については、なかなか処分できないのです。なぜならそれは私の大好きなものだから。もともと、本については好きなものだけを買う癖はありましたので、今手元にあるものは本当に大好きな作品ばかりなのです。

 もう一度、Bに聞いてみました。「こんな大好きな作品たちはどうするの。」と。すると、Bは呆れた顔で言ったんです。「その大好きな本は、この一年で何回読んだの?私は大好きでも、この一年で読まなかったものは処分したわ。だって、本当に好きならもう一度買うでしょ。」そう、本当に好きなものの基準は、一回手放して、もう一度手に入れようとするかにあったのです。勿論、他にも基準があるでしょうが私はこの基準がストンと胸に収まりました。私は、今、たくさんある本の中から、この一年以内に一回も読んでいないものを処分しています。何冊もあるので、この残暑厳しい中、つらい作業ではありますが、頑張りたいと思います。皆様もどうぞ暑さに負けず、次回もお付き合いいただければ幸いです。

 次回は、服についてです。


敬具



 九月、ショーウィンドウはもう秋めいた様子だが、まだ冷たいものが恋しい時期だ。ケーキ風かき氷を食べに行こうと久しぶりに陽子に誘われた。陽子は大学時代からの友人で、本がすごく好きだ。小説や専門書だけでなく、漫画や雑誌も読む。その性格は小さい時からで、小学生の時のあだ名は歩く図書館だったと、笑っていた。

 私は、ケーキ風かき氷の大きさに圧倒されて、マンゴーケーキ風かき氷のSサイズを注文した。陽子は抹茶ティラミスケーキ風かき氷のLサイズを頼み、一口食べて、

「ほっぺが落ちる~。」

とご満悦だった。

「ねえ、最近Orionに連載始めたんだって?何書いてるの?」

「あ~もう知ってるの。」

「美野里から聞いたの。美野里はかずちゃんからで、かずちゃんはケンからだって。」

「ケンめ。ほんとおしゃべりで困る。」

 美野里もかずちゃんも高校から大学が私と一緒で、今でも仲良くさせてもらっている。ケンは弟で今は実家で両親と暮らす、立派なパラサイト大学生だ。ずっと、かずちゃんこと、川崎一真と仲が良い。ケンから、かずちゃんを通して話が広まったようだ。

「で、評判はどう?私、最近ネットの方の読み物はとんと手が出なくてさー。」

「仕事忙しいの?」

「うーん、なんか、紙の本はさ、もう呼吸するのと同じくらいの感覚で読めるんだけど、PC画面の読み物はこう、力を入れてしか読めないんだよね。あ、短距離走みたいな感じかも。位置について、よーいって号令がかかるまで走れない。あの緊張感というか、畏まる感じかな。だから、疲れてるときはそんな気にならなくてって、あはは、結局、私は疲れているみたい。」

 陽子の乾いた笑いが顔に張り付いていた。陽子は実家近くの病院で介護士をしている。言葉で説明ができないくらい、介護士は大変な仕事だと思う。そんな仕事にやりがいをもって務めている陽子を私は尊敬している。今回も仕事の疲れかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「・・・三田さん?」

「そう、三田さん!!私、昨日けんかしちゃって・・・朝から機嫌悪いんだよね。」

 三田さんは陽子と同じ介護施設で働く職員で、歳は二個上。一度会ったことがあるが、印象はそんなに残っていない。

「そっか、仲直りできるといいね。」

 喧嘩したカップルに対してはアドバイスなんて必要ない。ちょっと何か言おうものなら、二言目は『あなたに彼の何がわかるの!』と言われてしまうのがオチ。ここは、理解や同情を示すかのような相槌を打つことが有効な手段である。

「でも彼は優しいところもあって・・・。」

それから九十分ほどとめどなく彼に対する称賛と愚痴を交互に聞き、陽子も満足したのか話が戻った。

「あ、ごめんごめん。で、なんだっけ、記事のテーマ。」

「私が片付けをするブログ風の記事かな。」

「え・・・カケル、片付けできるの?」

「言い方!!もう、私が片付けできないことくらい知ってるでしょ。」

陽子はもう、先ほどの疲れた顔から本当に心からおかしいといった様子の笑顔になっていた。

「陽子、何か本の片付け方とか知らない?本とか捨てられなくて。」

「それなら・・・。」



 家に着くと、早速、陽子の教えてくれた方法で本の整理を始めた。雑誌は思い切ってどんどんビニールひもでまとめていく。これは次の遡源ゴミの日に捨てよう。特にお気に入りではない本は中古屋で売るため、ダンボール箱へどんどん突っ込んでいく。そして、お気に入りの本は一度手に取って、想像してみる。また、本屋へ買いに行くのか。考えてみて、また欲しくなるものだけ手元に残し後は先ほどのダンボール箱へ突っ込んでいく。

 気が付くと、棚には結構なスペースができるほど片付けていた。意外と、好きなものは少ないのかもしれない。一度持つと、愛着がわいてしまって自分には必要なくても手放せなくなるということか。

「さようなら。私の好きなもの。今までありがとう。」

そっと、本に別れを告げ、カケルは中古屋へ本を売りに行った。

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