第10話
シロは死屍累々の魔王城を見学していると騒がしい場所を見つける
教会のようであった、中を覗くと喧噪の中に所狭しとケガ人が寝かされている
聖堂には神官服をきた魔族が忙しそうに重傷者に治療魔法を唱えてまわっている
軽症の者には包帯と薬草があてがわれ介抱する魔族の子供たちの姿も見える
シロとアヤカの暴力の被害者たちであるがシロはその姿を見ても何も感じない
シロは当たり前だが生物を殺した経験はない、殺そうと思った事もない
しかし、魔族のケガや血や死を目の前に見ても心が動くことは無い
シロは神殿の一番奥の祭壇の前まで歩みを進める、見上げると女神の像がある
大聖堂で見た清楚な女神像が祀られている、魔族も同じ女神を信仰することに驚く
「てめえ、何しにきやがった!?」
「何?」
「笑いに来やがったのか?」
「誰が?」
怒号が聖堂内の喧騒を打ち消す、牙の鳴る音が響く
身長が二メートル有ろうかという片目の狼獣人の男がシロに吠え掛かる
左足は大腿部から欠損しており簡易的に作られた松葉杖が重さに悲鳴を上げている
シロに腕を突き出し拳を強く握りしめている、前腕が盛り上がり拳が震える
まわりを見渡すシロ、聖堂内に居るすべての魔族から憎悪の視線が向けられている
そんな視線もシロにはそよ風程にも感じる事は無い
「すまんな、わしに用があるのなら後程出直してくれぬか?」
「てめえ、邪魔をするな!」
「さあ、行ってくれ…頼む」
「待ちやがれ!」
シロと片目の狼獣人の間に割って入る神官服を着た男、ヒツジのような角がある
ヒツジの角の男はシロを急かして教会から追い出す、シロは言われるまま出て行く
チラリと振り返ると数人がかりで片目の狼獣人の男を取り押さえている姿が見える
シロは別にヒツジの角の男に用があったわけでも教会に用事があったわけでもない
立ち寄っただけである、別に興味はなかった
「ラ・レジ<神の寵愛と回帰>」
シロは聖堂に戻り神の言を唱えると魔王城とその周りがが強い光に包まれる
傷を持つ者は傷が塞がり回復する
体の欠損が有る者は欠損部が再生する
死者は蘇り、消失した者も姿を現す
シロとアヤカが傷つけた者が殺した者が消失させた者が元の状態に戻る
魔王城に神の奇跡が起こる
誰も何が起こったのか理解することができない、できるはずもない
聖堂内には歓声が上がり、女神への感謝の祈りが捧げられている
城内でも城外でも次々と意識を回復する者、消失から戻って来るものが我に返る
お互いが生きていることを喜び合う、感謝しあい抱き合う
混乱と喜び、喜びと混乱…至る所から歓喜の声が聞こえる
「おぬしがこれを?」
「ええ」
「なぜ?」
「あなたの話を聞かせてもらおうと思って」
「それだけの理由で?」
「ええ」
ヒツジの角の男はシロの下まで駆け寄り驚きの表情で質問する
シロは平然と答える、別に嘘は言っていない魔族を助ける気など無いのである
シロからすればケガ人が居なくなれば出直さなくていいと思った程度の奇跡である
・
「それで、わしに何用かな?」
「話を聞かせてください」
「なんの話をすればいいのかな?」
「わかりません」
「そうか…」
ヒツジの角の男の執務室のソファーに座わる、テーブルにはお茶が用意されている
本棚には分厚い古い本が並び、壁には神話をモチーフにした絵が飾られている
小さな祭壇には男性の神とその左右に2人の女神の像が並んでいる
教会の清楚な女神像とシロたちをこの世界に送った女神の像の2つがである
ヒツジの角の男はアビゲイルと名乗り教会の司祭長を5百年続けていると話す
アビゲイルはシロに魔族に伝わる創成の神話から語り始める
ある男が指で横に線を書くと天と地が分けられた
線の下に男は大きな丸を書いて大地と海が分けられた
山を描き川を描いて森や砂漠や平野も書いた
次にそこに住む生物も書き入れ始めた
天に地に海に思いつくままにあらゆる生物を書き入れた
男は満足げに絵を眺めると今度は色を付け始めた
赤緑青の色を混ぜて新しい色も作り出した
色付けが済むと、絵が動き始めた
天には風が吹き海に流れができ大地も揺れる
川が流れ木が騒めき生物も徘徊する
絵に魂が宿る
男はしばらく絵を眺めて満足していた
が、首を傾げだす
しばらく悩んだ後に男は絵に指を伸ばして書き足す
進化と繁栄を象徴する太陽
退化と衰退を象徴する月
男は絵が自分の思惑以外の動きをする事に喜ぶ
満足そうに絵を眺める
・
「何それ?それじゃあ…あたしたちは騙されたって事なの?」
「そうみたいだね、アヤカちゃん」
「そうみたいだね、アヤカちゃん…じゃないわよ、あんたそれでいいの?」
「いや、よくはないけど…どうしよっか?」
「あんた…」
魔王城の最上階の魔王の部屋をアヤカが徴収して作戦会議である
女神が邪神で邪神が女神だったのである、正確には両方女神なのだが
話をまとめると百年前の邪心復活で負けたのは女神の方だったらしい
勝った邪神は女神を装い百年過ごしてきた、そしてシロとアヤカを召喚した
召喚した理由はおそらくは勇者の種を自分の信者に取り込ませるためであると考える
理由はいろいろ考えられる
王国内の権力争いを画策しているのかもしれない
今以上の戦乱の拡大が狙いなのかもしれない
次の邪心復活(女神の復活)に向けての戦力にするのかもしれない
どちらにせよシロとアヤカを召喚した女神は現世を見てほくそ笑んでいる事だろう
アヤカは激高して断固復讐を宣言するが、しかしシロが煮え切らない
「シロ様は悔しくにゃいんですか?」
「そりゃ、悔しいけど…」
「にゃら、にゃんで復讐しにゃいんですか?」
「僕らはあの女神と契約したから…僕らの力は通じないんじゃないかな?」
「にゃら、ホントの女神と再契約すればいいのではにゃいですか?」
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