シロとアヤカ ~異世界勇者召喚魔王英雄譚~
@ikenob
第1話
大きな岩
見上げる程の大きな岩と錯覚する、体躯と外皮
地響きを立て、大地が凹むかと思われるほどの重量を支える太い四肢
身を屈め、飛び掛かる隙を伺い地面を抉る鋭い爪
縦にスリットの入った金の瞳が眼前の少年を睨む
牙をむく口元からは炎の息が漏れ出している
地竜
大地より地の気を取り込み地上に君臨する獣
食物連鎖の頂点に位置する獣
「えーっと、言葉通じるかな?」
地竜の睨む視線の先にいる少年が地竜に声を掛ける
間抜けである
獣には言葉は通じない、成人前の子供でも分かる事である
言語体系が違うのである、少年の言葉を地竜が理解することは無い
少年の発する振動を感じて地竜は目を細める
唸り、炎の息が口元から溢れる
一度体を大きくのけ反らせてから勢いよく体を前に振る
口を大きく開き炎を吐く
ドラゴンブレス
少年に向けられた炎の息
少年を包み込み周囲の草木も焼き払う
全てを焼き尽くす灼熱の炎
炎に包まれれば鋼の剣すら溶けて塊に変わる
「攻撃してくるなら殺してもいいよね?」
炎の中から声がする
少年は地竜に問いかける
いや、もしかしたら自らに問いかけているのかもしれない
その両方かもしれないが、誰にも真実は分からない
焼け跡に立つ少年は一片の焦げ跡すらなかった
草木は焼失し土もガラス化する程の高熱に包まれた少年が、である
王道の直毛ナチュラルショートの黒髪
白ほどではないアイボリーの肌と黒い瞳
光沢をもつ白い生地に金の縁取りが施されているサーコート
胸の神の紋章が聖光を発している
「マ・ファ<顕現される神の力>」
少年は神の言を唱えて地竜に足を向ける
周囲には淡く輝くオーブが幾百と生まれる、優しい聖光が漂い浮かぶ
右手に聖光が輝き、刀となる
聖光が集束されたかの様な真白い波紋を持つ片刃細身中反リの打刀
数歩歩いて立ち止まり片手で無造作に刀を振り上げる
既に少年の間合いなのであろうが攻撃をする気迫が見受けられない
炎の息で焼失しない少年を見て地竜は目を更に細める
もう一度、確認するかのように炎の息を吐く
炎を避ける事も無く立っている少年に首を傾げる
ならばと
身を屈め力を溜める
体重を後ろ脚に掛けて爪を地面に突き立てる
筋肉が捻じれる様に膨れ上がる
刹那
体を伸ばし牙をむき襲い掛かる地竜
「ミ・アム<百万の腕にて因果を断つ>」
少年が神の言を唱える
片手で掲げていた刀が眩しい程に強く輝き辺りが光で覆われる
…
パッと光が収まる
周囲に漂っていたオーブが光の屑となって消える
掲げていた刀も光の屑となり消える
胸の紋章の光も消えている
少年の前に残されているのは原形を留めない程に切り刻まれた肉の塊
地竜だったモノの成れの果て
少年は溜息を付く
少年の懐が小刻みに震えている
サーコートの隙間から手を入れて懐の中のモノを取り出す
掌の上に乗る、白く透き通ったダイフクのような形の生物
ゼラチンのような質感に目の様に見える核が2つ、透明な管で繋がっている
(°°)スライム
先ほどの地竜に踏まれる所を助けて懐に入れていた
スライムを助けて地竜を殺すとは偽善にもならない馬鹿げた話である
草木の焼けた森の一角が元に戻るまでには数十年の月日が掛ることだろう
しかし少年はそんな事もお構いなしに小さく震えるスライムを優しくなでる
「シロ、何やって…うわ、なにコレ?」
少年をシロと呼ぶ少女
長い黒髪のフロントを編み込みバックで束ねて結んで纏めている
白ほどではないアイボリーの肌と黒い瞳
光沢をもつ白い生地に金の縁取りが施されているローブを着ている
胸には少年のサーコートと同じく神の紋章が刺繍されている
焼き尽くされた森の一角と地竜だった肉の塊を見て驚いている
「アヤカちゃん、ほらスライムだよ」
シロと呼ばれた少年の名前は朝霧白人(あさぎりしろひと)
お決まりの邪神復活を阻止するために召喚された勇者である
アヤカと呼ばれた少女の名前は雨水彩香(うすいあやか)
シロと呼ぶ少年の幼馴染であり一緒に召喚された聖女である
2人は高校受験を控えた中学校3年生の大晦日にこの世界に召喚された
学校の裏山にある、うらぶれた神社に2人でお参りにきていた時であった
神社に誘ったのはアヤカの方である
何の神を祀っているかも知れない神社なのだが、ある噂があった
知っている人だけが知っている
学校内の一部の女子の間で囁かれる恋愛成就の神様としての噂である
2人だけしかいない境内で朝日を迎えるとその2人は永遠に結ばれる
アヤカは初日の出を理由にシロを上手く誘い出したのである
狙い通り境内は2人しかおらず初日の出の御来光を望むその瞬間
2人の視界は光に包まれて女神の下に送られた
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