お前の小説のラスボス、印象うすくない?
ちびまるフォイ
大団円を迎えるために必要な犠牲
『目覚めなさい……目覚めなさい……。
この声が聞こえますか……』
『早く目覚めなさい……』
『さっきから、あなたの目覚ましが鳴っているんです。
早く目覚めてさっさとスイッチ切ってください、やかましい』
「はっ! ここは!?」
『転生だと思った? 残念、あなたはハズレくじです!』
「この声はいったいどこから……」
『今、あなたの心の中に語りかけています。
実は折り入って相談があるのであなたを呼びました』
「相談?」
『実はこの世界にはラスボスが不在なのです。
調子こいてチート能力を主人公に与えてしまった手前、
どんなラスボスを置いても瞬殺されてしまうのです』
「それで俺にどうしろと?」
『なんかこう、魅力的なラスボスになってほしいのです。
そしてドラマチックに散って、この物語を集結させてください』
「それなら、最初にチートを与えたあなたが
実はラスボスだったとして出てきたほうがよくないですか?」
『私は作中のキャラ人気投票までの人気獲得業務があるので』
「こいつ絶対人気ねぇな」
『あなたには特別に時間跳躍能力と、
周囲の事実を書き換える能力を授けます。
ではグッドラック!』
かくして、ラスボスになるための果てしない道のりが始まった。
始まってそうそうに行き詰まった。
「かといって、どうすればいいんだろう」
目指すのは魅力的なラスボス。
チートを所持する主人公には勝てないとして、
どうすれば魅力的にすることができるのか……。
「そうだ! この時間跳躍能力があった!」
いくらでも時間を巻き戻したり進めたりができるこの能力。
まだ主人公が生まれた直後に戻った。
「よし、これで歴史を改変しよう」
ポッと出のラスボスやら四天王を倒したところで、
それはチート主人公にとって通過点でしかない。
そこで、主人公の幼馴染としての設定を構築した。
「ふふふ、これで俺と主人公は幼馴染。
子供の頃からの仲良しが最後のボスなんてドラマチックすぎる!」
これ以上に熱い決戦は他にないだろう。
再びもとの時間軸に戻って、決戦用のBGM選定を始めた。
「……来ないな」
『聞こえますか、この声が聞こえますか』
「女神様! なんか主人公が来ないんですけど!」
『ドラマチック度が足りないのです。
あなたがラスボスとしての魅力がまだ足りないから
あなたを倒す的な流れに物語が進んでいないのです』
「幼馴染設定だけじゃまだ弱いってことか……。
これ以上どうすればドラマチックになるんだろう」
『参考資料として、少年漫画をたくさん仕入れてきました。
これで魅力的なラストバトルの参考にしてください』
「おお! ありがとうございます!」
この差し入れからドラマチック最終決戦の着想を得て、
今度は主人公がやや成長し始めた頃の時代に時間を戻した。
【 第1回:主人公争奪トーナメントバトル 】
世界の事実を書き換えて、トーナメントを勝手に開催した。
自分自身も主人公の幼馴染としてエントリー。
「必ず決勝で戦おうな!」
「おう!」
などと、いかにもなフラグを立てておいて
決勝戦直前まで進んだ頃合いで、自分を準決勝のキャラに殺させる。
「なん……だと……!」
「ギャハハハハ!! 控室での不意打ちは予想してなかっただろ!
オレ様がお前なんかに負けるはずないんだ!!
決勝戦に行くのはお前じゃねぇ! オレ様だァ!!」
なんかもう見るからに弱そうな設定のキャラに自分を殺させる。
で、なんやかんやで主人公は幼馴染を殺された怒りと
深夜アニメを録画し忘れたときの怒りで覚醒し、優勝をもぎ取った。
「幼馴染……お前のことは、絶対に忘れない!! この力に変えて!!」
主人公は涙を流しながら新しい力を得た。
それを確認してからまた時間をもとに戻す。
「フフフ、これで完璧だ。スーパードラマチックだぞ。
かつて幼馴染で、実は死んだと思っていた奴がラスボス。
そして、幼馴染の死で得た力で、その幼馴染を倒すという皮肉。完璧だ」
しかし、主人公は現れなかった。
『聞こえますか……この声が聞こえますか……』
「女神様、ぜんぜん主人公が来ないんですけど」
『それはまだあなたのラスボスとしての魅力が薄いからでしょう』
「これでも!? こっちは1度命を散らしてるんですよ!?」
『それが原因じゃないですか。
一旦死んだと思われたら、どんどんフェードアウトするんでしょう』
「うぅ……そうか、いつまでも幼馴染の死を引きずってたら
それこそ主人公としても認められないものな」
『まぁ、あなたラスボスとしての活動なにもしてないしね。
ずっと城にこもりっぱじゃん』
「それは……相対したときにサプライズとして出たいなと思って」
『ポッと出のラスボスに敵対心もなにもないでしょう。
仮面をつけて出るなり、顔を暗くするなりして
悪逆非道のかぎりを尽くして印象付けないと』
「それだけノウハウあるなら、女神様がやればいいじゃないですか」
『やだ。人気投票に響くもの』
「こいつ……」
再び時間跳躍を行って主人公が冒険に出たタイミングに戻る。
事実を書き換えて、主人公には何人もの仲間を加入させる。
これまで1人で冒険していた主人公はパーティとなって活動することに。
「これでよし、仲間が増えれば噛ませ役として機能できる。
俺の力を見せつけるきっかけづくりにはなるはずだ」
仲間を作らせた後で、今度はやや時間を進める。
ちょうど仲間との信頼関係ができたタイミングを見計らい
仮面をつけて主人公一派の前に現れる。
「主人公は下がってな。ここはあっしの力を見せてやるぞぃ!」
さっそく狙い通りやってきた噛ませ1号をやっつける。
「フン、雑魚め」
「うがあああ! や、やられたぁーー!」
「今度は俺が相手だ! うおおお!」
「フン、雑魚め」
「ぎゃあああ」
「続きまして、私が相手です!」
「フン、雑魚め」
「や、やられた……」
「まだまだ! 次は私が相手よ!」
「お前らいっぺんに来いよ!!!!」
なすすべなく噛ませ戦隊を返り討ちにして力を見せつける。
ついでに主人公がかばおうとしていたヒロインを見せつけるように殺す。
「ヒ、ヒロイン姫ぇーーッ!!」
「ヤマト……あなただけは……生きて……」
「アーーハッハッハ!! これが力の差だ、ヤマト!
だが貴様は理由はないが生かしておいてやろう。
我は魔王町2番12号魔王ハイツの最上階にて待つ!!」
主人公が迷わないように地図も添えてその場を立ち去った。
時間をまた巻き戻し、元に戻す。
『聞こえますか……この声が聞こえますか……』
「女神様、やってやりましたよ! もう完璧です!
コレ以上ないってくらいラスボスの要素ありまくりです!
間違いなくドラマチックな最終戦になりますよ!」
『それは良かった。ついにこの物語も終わるのですね。
途中に差し込まれた幕間のスピンオフとかマジ読むに耐えなかった』
「それもこれで終わりです。
さすがにあれだけやったら主人公が来ないはずありません。
感動にして珠玉の最終決戦にしてみせます」
『あ! 来たようです!!』
決戦場に至るまでの長い階段を昇る足音が聞こえる。
慌てて、入り口に対して背中を向けてスタンバイ。
「貴様がラスボスだな……!」
「いかにも。ここまでたどり着いたようだな。だが――」
準備していた決戦BGMを再生し、マントを翻す。
大きく両手を開いて邪悪極まりないポーズで相対する。
「この幼馴染に勝てるかな!?」
主人公と顔をついに顔を合わせた。
「……え、誰?」
最終決戦の場にいたのは
あれだけ手を尽くしたはずの相手ではなかった。
「人気投票1位のアスカだ!
主人公の座を勝ち取ったから、貴様を倒す!!」
「またやり直しかァァァァァ――――!」
最後の断末魔は主人公に斬られた痛みなのか、
主人公交代で積み上げたドラマが無意味になった辛さなのか。
女神ですら判断できなかった。
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