2 古代都市イーン

  崩落により地下深く閉じ込められた叔父は、何を思ってか耳を掻きつぶした。

  叔母は、叔父の振る舞いに恐怖を覚える前にとっくに狂っていた。

  その証拠は、複雑に絡み合う二人の体に残っていた。

  死体は、地表に運び出されることなく、闇の中で苦労して燃やされた。

  大人たちは、理解の及ばない行いに対して、二言目には竜の名を口にする。

  その名の偉大さで隠すことのできた大人たちの秘密がどれ程あったことだろう。

 

 

 イーンは、古代都市群の最果てに位置していた。都市の東には無の砂漠が広がり、砂漠を含む大地の荒廃は、都市を取り囲んでいた。荒野を進むと――北であろうと南であろうと、西であろうと――やがて山脈にぶつかった。鋭く険しい山峰は果てしなく続いた。地図には山の図形がまるで壁のように描かれ、その先の土地を理解することを諦めたかのように、ただ山脈と文字が記されていた。

 無の砂漠の南側には、イーンの人々が未踏地と呼ぶ土地が拓けていた。未踏地には百の氏族に端を発する蛮族が住まい、貧しい生活を送っていた。未踏地の土は砂漠より少しましといった程度で、作物はろくに育たず、主立った特産もなく、村同士の繋がりもないものだから、イーンとの交易に頼るほか生きる手立てを持たなかった。彼らは砂漠の果てに栄えるイーンの都市をまるで奇跡のように崇め、イーンこそが世界で最も豊かな土地であると信じていた。

 事実、イーンの都市は栄えていた。

 あらゆる古代都市と同様に、竜が住み着いていたからだ。

 竜には土地を豊かにする力があった。いや、竜が大地そのものを司ると言っても差し支えはないだろう。竜は人智を越えた存在で、人に従うことなど決してなく、竜の為すことはすなわち天地の動きと同じであった。にもかかわらず、竜は古代都市の近くに住み着き、そこに暮らす人々を庇護していた。

 現存する一番古い竜の記録は、千四百年程前の物であった。竜による大地分割の物語だ。東の古代都市群を形成する四つの都市が四匹の竜によって生まれた。霧のアズライ、朱のフォンリュウ、富のセオ、深奥のペネリネが荒野に集い、それぞれの持つ特別な力を用いて、死せる大地を再生させた。

 アズライは肺に蓄えた魔力を吐き出し、魔法を復活させた。フォンリュウは火を用いて北の蛮族を退け、安寧をもたらした。セオはちりぢりになった魂を集め、水を生み出し、涸れた大地の傷痕がミシュ川となった。ペネリネは深奥の森に籠もり、叡智を育んだ。

 人々はいつの頃からか、大地に古代の遺物を見出し、その場所に都市を築いた。なぜならばそういった土地を竜は好んで根城にしたからだ。

 各都市には、それぞれの都市を象徴するかのように古代の遺物がそびえていた。遺物の生きた年代を正確に推し量ることのできる学者は、五つの古代都市すべてを巡っても見つからなかった。いくら歴史を紐解いても、古代の地層を理解する助けにはならなかった。教典、歴史書、おとぎ話、口伝――そのどれを辿っても、古代の地層に関する記述が見つかることはなかった。

 イーンの中心には、古代の地層から大地を貫いて伸びる塔があった。塔は、イーンの人々が移住を始めた当初から、どこかの段階で折れていたが、それでもイーンにあるどの建物よりも高く聳えていた。都市を統べる賢主は、代々この塔を中心にイーンを治めてきた。それは現賢主であるグムトの代になっても変わりはない。塔はイーンの象徴であり、小さな古代都市の中心であった。人々は生まれた時から塔を見上げ、死を迎える者は皆、この世の最期の光景として塔を一目見たがった。

 イーンには、そんな塔から目を背けるように地下で暮らす一団がいた。

 油人と呼ばれる者たちだ。

 イーンの始まりに、この都市に集った人々は大地の底に多量の油が眠っていることを発見した。それは空気に触れると固形化する難燃性の油で、固形化した油は火の一切を寄せ付けなかった。油人たちが採掘した油は長く複雑な精製行程を経て、ようやく燃える油として生活に役立つ物となった。木を燃やす方が、苦労して精製した油を燃やすよりも遥かに効率が良かったが、それでもなお油人と呼ばれる採油者たちは、古代の地層から採油を続けた。採油の当初には、爆発による事故が絶えなかった。油は燃えにくいとはいえ、火災と無縁でいられるわけではなかった。大勢の油人が大地の底で命を落とした。それでも油人たちは、油を求めて大地を掘り返し続けた。竜が住み始めたばかりの土地は弱く、人の命よりも樹木の方が大事にされていたからだ。

 採油作業は今でも続けられているが、長い年月を経て、その地位はめっきり低下してしまった。油にまみれた不潔な装い。日に当たらぬせいで色の薄い肌色。粗野な言葉遣い。油人という呼び名は、今では蔑称に近い。周囲の荒廃にあらがって命を育む方が余程大切なことだと人々は理解していた。竜のもたらす豊穣だけでは、人を生かすに足りなかった。人は土地を耕し、育て、守らなくてはならなかった。イーンの竜が死んでも、それは変わらなかった。いや、前にも増して大地を守る事の方が、土を掘り返すことよりも大事な務めだった。

 イーンの竜が死んで、八年が経った。賢主グムトが宣言したように、イーンは滅びることなく続いていた。滅びに向かうどころか、前より豊かになったとうそぶく者がいるくらいだった。

 いつの頃からか、人々は竜という言葉をあまり口にしなくなった。

 ――竜の住まう大地に感謝を。

 かつてイーンの人々がよく口にした祈りの言葉だ。畏敬と感謝のすべてが、その言葉には詰まっていた。竜が死に、土地の豊かさが消えず、畏れだけがなくなった今、竜に祈りを捧げる意味は失われてしまった。

 賢主グムトは竜の死んだ日に、人々を集めてこう述べた。

 

 イーンの竜は死を迎えた。しかし大地は死なず、死したのは竜の畏れのみだ。我らの魂は大地にのみ還る。いわんや生を竜に縛られることはない。竜の夢は終わりを迎えた。イーンの夢は、今やこの都市の未来を指す。

 

 ***

 

 「エト。そろそろ起きてちょうだい」リシアは控えめにエトの体を揺すった。

 エトは夢と現実の狭間で顔をしかめた。部屋の空気は濁っていた。汗と油のすえた匂いがいつまでも漂っている。それは歴々の油人たちが蓄えた、この部屋の資産だった。寝台と衣装箪笥がひとつあるきりの部屋の広さでは、空気の籠もることを避けられず、それこそ窓と扉を開け放つようにしなくては、空気が巡るはずもなかった。

 「おはようございます、リシアさん」エトは、寝ぼけた頭でも不機嫌な受け答えはするまいと努力した。エトはリシアの下宿にただ同然で部屋を借りている身だった。

 「まだ早いのに、ごめんなさいね。ヴィノのところに薬を届けて欲しいの。ヴィノの家族の調子がちっとも良くならないそうなのよ」

 リシアは、窓辺によって遮光布を開いた。太陽は昇りつつあったが、大穴の側面に穿たれた下宿の窓辺には日の光がまだはっきりと届いていなかった。閉めきられた窓の外からは、地下から響く機械音が竜の腹を思わせる唸りを上げて聞こえた。

 エトは寝台から身を起こし、部屋を出るリシアの背に向けて「すぐに下におります」と言った。リシアは振り返り、母のように微笑んだ。

 エトは寝台に腰掛けて汗に湿った上着を脱いだ。開け放たれた扉からは、リシアの支度する朝食の匂いが漂い入ってきていた。エトは部屋の悪い匂いと混じるのもかまわずに大きくその匂いを吸いこんだ。朝に、温かな食事の匂いを嗅ぐことがかつてあっただろうか。少なくとも故郷の村では、そのようなことは起こりえなかった。まともな食料がなかったのだから。心を躍らせるような、おいしそうな湯気の香り。それらは特別な御馳走に限られた。年に一度、あるかないかの特別な食事は、母が自分の取り分をエトに回して作られた。エトは匂いに誘起された記憶の余韻をかき消すように頭を振ると、急いで身支度を調えた。

 階下に下っていくと、リシアが朝食を用意して待っていた。

 「おはようございます、リシアさん」エトはいつも通り、礼儀正しく挨拶をした。

 「おはよう」リシアは挨拶を返すなり、粥を注ぎに立ち上がった。エトはいつも丁寧で、感じがいい。これくらいの歳の男の子は、彼女の記憶では、もっとがさつなはずだった。エトがここに運ばれてきて、かれこれ一年が経つ。傷ついた足も、もうとっくに治っているし、言葉のなまりもとれてきた。思えば寝台の上で生死の境をさまよっていた時から、他人に遠慮がちなところはまるで変わっていない。病床にあって、エトは呻き声ひとつ上げずに、ただ眉をひそめ苦しんでいた。

 他人行儀なのは変わらないわね、とリシアは心の内でつぶやいた。

 下宿とは名ばかりの屋敷は、リシア一人で暮らすには広すぎた。元々は未踏地からやってくる出稼ぎ人を泊める宿泊施設であったが、採油の人手が油人の手だけで足りるようになると彼女の親の代で止めてしまった。今ではもっぱら油人のために開かれる食堂となっており、食堂の手伝いをする者が去ると、広い屋敷にリシアは一人残されることになる。物寂しい生活が変わったのは、エトがやって来たからだ。エトがどう思おうと、リシアにしてみれば、エトは立派な家族の一員だった。

 「ヴィノの家に薬を届けるんでしたっけ?」エトは温かい椀を手に取りながら言った。

 「申し訳ないのだけれど、市場通りまで薬を取りに行って欲しいの。お金は組合から出ているから気にしないでと伝えてちょうだい」

 「わかりました」

 「あの子、口には出さないけれど、家族の世話続きで大変なはずだわ。先日、お父さんまで倒れたそうなの」

 「そんなこと一言も言ってませんでした」エトは自分の鈍感さに嫌気を覚えた。ヴィノとは昨日も一日一緒に働いていて、普段と変わりがあるようには思えなかった。ヴィノは昨日もよく笑っていた。あの笑顔を見て無理をしていたなどと、どうして思えよう。

 「きっとあなたの前だから無理をしていたのでしょうね」

 「薬を飲みさえすれば、すぐに良くなるのでしょうか?」

 「さあ、そうなると嬉しいわね」とリシアは弱々しく答えた。彼女の兄弟や、夫や、息子もまた、同じ病に倒れ、亡くなっていた。この病に長年向き合ってきたリシアは、ヴィノの家族が万にひとつも治る見込みのないことを知っていた。病は栄養を失調したような症状から始まった。徐々に命を手放していくような、体の力と一緒に心までなくしていくような、そんな症状が続いた。それから体はゆっくりと腐り、やがて土に還るまで長い時間を掛けて看護人の方を苦しめた。発症者は、その段階に至るまでに心を失くしていたからだ。離心病は昔から存在していた。数は多くないが、耳にしない病ではない。それでも離心病を患う者の数が、以前より増えているようにリシアには感じられた。彼女は密かに竜の死を疑っていた。――私の家族は、竜の死ぬまで病にかかることなく生きて来られたのに。竜の死からイーンは変わらずに豊かだけれど、あの日からやはり何かがおかしい。

 「ごちそうさまです」

 エトの声で、リシアの意識は、離心病に心を飲まれた息子の顔から、食堂のうらぶれた大机に戻された。

 「ヴィノに、お弁当も持って行ってあげてちょうだい」リシアは慌てて立ち上がった。

 エトは、リシアが時折、何かに囚われていることに気がついていたが、その理由を尋ねることができなかった。ただ彼はぎこちなく、そのことに気がつかない振りをしていた。 リシアから託されたお金を最も安全な胸の内袋にしまい込み、エトは下宿を出た。

 よく晴れた朝だというのに、外は霞んでいた。油の精製過程で出る湯気が大穴を昇って来ていた。

 エトは道具類を収めた腰袋の位置を直すと、油臭い霧を物ともせずぐっと体を伸ばした。

 「それじゃあ、任せたわ」リシアはべたつく霧を避けるように手を動かした。

 「はい。薬を届けてから、二人で仕事に向かうつもりです」

 「今日はいつもより市場が混み合うはずだから、少し急いだ方が良いかもしれないわ」

 「どうしてです?」

 「もうじき大市場が始まるからよ」

 エトは、大市場のことがさっぱりわからないながらも、得心がいったようにうなずいて見せた。

 「お願いね」

 「任せてください」エトは背負い鞄を叩き、市場に向けて大穴を駆け上がっていった。

 

 「離心病に効く薬を下さい」エトは薬屋に入るなり、簡潔に用事を告げた。経験上、生活区の商人は油人に長く留まられるのを嫌うことを知っていた。

 「銀銭七枚」と店主は手元に集中しているせいで、エトの方に顔を向けようとしない。どうやら店主の機嫌の悪いことは、油人の来訪には関係がないようだ。

 エトは胸元から小袋を取り出すと、銀銭を七枚きちんと数えて店の机に置いた。

 「ここに置きましたよ」とエトは言った。

 店主はようやくエトに一瞥を返したが、ふんと鼻をならしたきり、手元の作業に戻ってしまった。エトは店主を急かしたい気持ちに駆られたが、持ち前の自制心を発揮し、店主の作業が一段落するのを待つことにした。作業を邪魔したのは自分の方なのだから、大人しく待つのは当然のことだと、エトは自身を納得させた。

 手持ちぶさたに、エトは店主の背後に掛かる大きな古地図に目をやった。エトは文字を読むことができなかったので、茶色く色あせた古地図をよくよく眺めてみても、ぐるりを空白に囲まれた都市の中心に立派な塔が描かれていることから、その場所がイーンであることを推測することしかできなかった。自分が暮らしていた場所も、どのような経路でイーンに辿りついたのかもエトはわからなかった。ただ地図の東側に描かれた、稲光のような線となって流れる川のどこかに、故郷の村があるはずだった。その土地は、エトが想像していた以上にイーンから遠く離れていた。

 ひとしきり地図を眺めやると、そろそろ手が空くのではないかと期待を込めて、店主を見やった。店主は、エトのことなどまるで気にしない素振りで、一向に薬の支度をする気配を見せなかった。たまりかねてエトは、机越しに店主の手元を覗き込むと、どうやら店主は、くすんだ石をいくつも転がして、なにやら思案している様子だった。ぶつぶつとつぶやきが聞こえる。

 「いったいどれが本物で、どれが偽物だかわかりゃしない」店主は、手元を覗き込むエトのことを気にもかけずに、石を選り分けようと腐心していた。エトは、その石に見覚えがあった。故郷で採れる<濁石アウモ>の欠片だった。

 エトは<濁石アウモ>のことを無視しようと目をそらしたが、急いでいることを思い出すと、いてもたってもいられない気持ちになった。――こんなところでぐずぐずしているわけにはいかない。これからヴィノの下にだって寄らなくちゃいけないんだ。

 「すみません」エトは思い切って店主に声をかけた。店主は言外に、待っていろと冷たい一瞥をエトに投げたが、そんなことでエトはへこたれなかった。

 「すみません。その石の仕分けが終われば、薬を用意してもらえるのでしょうか?」

 「黙っとれ、若いの。わしが忙しいのがわからんのか?」

 「そこにある石は、<濁石アウモ>ですよね?」エトはあくまで丁寧な態度を崩さなかった。

 「なに?お前さんにこいつがわかるのか」

 「たぶん、わかります」

 「このわしにわからんものがなぜお前さんにわかる?わしはこの場に店を構えて、十年以上も石の仕分けをやっとるんだぞ」店主は怪訝な顔でエトを見返した。

 「こう見えても僕は幼い頃、石の選定屋の下で暮らしていました。親方は僕を鍛えようと熱心に業を授けて下さりましたが、残念なことに流行病で亡くなられてしまったのです。だから今では、このような仕事についています」エトは油に汚れたつなぎの裾をつかんで肩をすくめてみせた。よくもこのような嘘がぺらぺらと出てくるものだと自分にあきれた。

 店主は疑り深い目でエトを見ていたが、エトの言うことすべてを疑っているわけではなかった。――こいつは油人にしては言葉遣いが丁寧でありすぎる。選定屋の下で働いていたのも、あながち嘘ではなかろうぞ。

 「やってみろ」と店主はぶっきらぼうに答えた。きちんと見張っておきさえすれば石を盗まれることもないと考えたのだ。

 エトは店主に一礼すると、石の前に立ち、身につけていた手袋を外した。

 「何をする?」店主はすかさず茶々を入れた。

 「直接手で触れないと、わからないものなんです」エトは石の欠片に手を伸ばし、目をつむった。意識を石に集中させると、石の声が指先を伝って心に響いた。エトは指先にあたるものから順番に石を仕分けていった。机上に転がる石の声を探るのはたやすかった。指先に触れ、違和感を感じる物があれば<濁石アウモ>だったからだ。

 「これで全部です」エトはすべての石の仕分けを終え、店主にそう告げた。額が汗ばみ、体がえらくぐったりとしている。石の言葉を探ろうとすると、いつも気分が悪くなる。それは人々の感情を飲み込むことに似て、ただただ不快な感覚だった。

 「お前さんの言うことが本当かどうか、わしはどう判じればいい」

 店主は意地悪くそう言ったが、たしかにそれももっともな考えだとエトは思った。

 「気になるのであれば、魔術師の下へ持って行って魔法を掛けてもらってください。本物ならば、光を放つはずですよ」エトは手袋をはめなおしながら答えた。「もっとも、その石が本物の<濁石アウモ>かどうかは、僕の用事には関係のないことです。あなたの手元にはそっくりそのまま石が残っている。気に入らなければ、もう一度やり直してください」

 「離心病の薬だったな」と店主はやぶにらみの目を細めると、戸棚の引き出しをごそごそとやった。「朝晩、さじに一杯をヤグーの乳とコシの実をつぶしたのとに混ぜて飲ませればいい」

 エトは店主から差し出された薬包を受け取り、丁寧にしまい込んだ。

 「これでいかほど持つのですか?」

 「さてな。なくなって、まだ生きとったらまた来るといい」

 「銀銭七枚も取っておきながら、そのような物言いをされるほど、効き目が期待できないのですか?」エトは、店主の答えにむっとしたが、店主の方はすでにエトを相手にしていなかった。

 「銀銭は、それその物の価値であって、命の価値ではない」と店主は言って、口元をゆがめた。「また来るといい。お前さんの仕分けが完璧なら、また使ってやろう。その時には、もっとよく効く薬をもっと安い値で譲ってやろう」

 エトは店主をひと睨みすると、無言のまま店を後にした。

 薬屋で過ごす間に、市場通りは陽の光に満たされていた。生活区を東西に貫く市場通りは、朝もまだ早いというのに多くの人で賑わっている。通りに面する店はすべて店を開け、扱う商品に合わせた色とりどりの幟が、ゆったりと風に揺れている。

 朝一に摘んだ新鮮な果物を売る屋台には人だかりができていた。本当にいいものは朝一番に買わないとね、とリシアは常々口にしている。最近では、二番水でさえ昼前には売り切れてしまう。澄んだ一番水を買うには、たしかに朝早くから並ばないといけない。

 エトが気分良く通りを歩いていると、ファの牽く荷車がやってきた。通りを行く人々が、のろのろと道を空ける。

 「ぼけっとしやがって!」ファの御者は明らかにエトを見据えて怒鳴った。

 エトはそそくさと道を避けた。市場通りは、油人が大手を振って歩ける場所ではなかった。油泥にまみれた作業着は、油人区ではありふれた格好であっても、生活区では悪目立ちした。道行く人々は、その忙しさからエトの姿など目に入らぬようであったが、たまに彼の姿を認めたものがいると露骨に顔をしかめた。

 御者が鞭を振るうと、ファは太くいなないた。わずかな期間とはいえ、かつてファの背に運ばれたエトは、そのいななきに不満の色が混じっているのを感じた。

 

 油人区に一歩足を踏み入れると、市場の喧噪は嘘のように遠のいた。生活区から大穴の縁に通ずる道は、ただ人が歩いて進める道幅があるだけの獣道で、足回りの整備もまともになされていなかった。この道を使うのは油人だけで、そもそも生活区の人間は油人区に近寄ろうとしなかった。イーンの都市全体を見渡しても、油人区ほどわびしい土地は見当たらない。草ひとつ生えぬ実りのない土と、油人たちが何百年と大地を掘り返し積み上げた残土の山が地表を覆っていた。エトは、異境の人間を快く受け入れ、新しい生活を与えてくれた油衆のみんなと、彼らの住まう大穴を好ましく思っていたが、それでもなお油人区の地表部分には寂しさを感じた。それは、油人区に接する生活区の持つ華やかさ――イーン独特の装飾を施された建造物が並ぶ市街、街路の側溝を流れる豊富な水と、それに呼応するように繁茂する植物――と比べて、あまりに何もなかったからだ。

 エトは階段状に削られた大穴の斜面を下っていった。眼下には、明かりに照らし出された大穴の醜い側壁がぼんやりと見えた。油人たちは側壁の硬い地盤を利用して採掘に必要なありとあらゆる物を取り付けていた。昇降機、採掘機械、梯子、渡り板、水や空気や音声を通す配管、照明器具。側壁と側壁を繋ぐ鋼鉄の綱は当初の想定を越えて絡み合い、ぼろ布や、かつて連絡に用いられた金属の小片が撤去されることなく吊る下がっていた。

 大穴の底はいくら目をこらしても見えなかった。大穴を見慣れぬ人間がこの場所を恐れるのも無理はない。立ち上る青白い湯気は、魔術師の使う炎に似て見えることもあり、大穴の呪術的な印象を強めている。油人区の大人たちは子供たちをしかりつけるのに、大穴の奥深くに潜む様々な恐怖を利用する。生活区の人々は、野蛮、、な油人をも話に含めて、大穴の恐怖をあおり立てる。エトも、最初の頃には、大穴のおどろおどろしい部分しか見えなかった。ところが今や、大穴を見下ろすと、たしかな安心を覚える。採油作業に従事する油人たちの生活のすべて――そして、もちろん仲間たち――が大穴の内にあるからだ。

 エトは、ある地点までくると、岩場から採掘機械のひとつに飛び移った。錆の浮いた機械は、エトの着地に合わせてぎいぎいと揺れた。ヴィノの住まいに辿り着くには、昇降機を使うよりも、採掘機械からつり下がる鋼鉄の綱を下るのが一番早い。エトは、ひとつの綱から別の綱へと器用に飛び移りながら、地下へと滑り降りていった。

 

 「ヴィノ、来たよ!」エトは腹の底から声を出した。あらゆる物音の反響する大穴の内は、そうでもしないと周囲の騒音に声がかき消されてしまう。

 「ヴィノ?」いくら待っても返事はなかった。エトは扉を強く叩いてみたが、それでも反応はない。

 「入るよ?」エトは砂埃が入り込まぬよう扉を薄く開けて、体を内に滑らせた。

 室内の空気は淀み、変に湿っぽかった。光の安定しない照明が、大地の振動に合わせて揺れている。稼働中の採油場がちょうどこの真下にあるのだろう。リシアの下宿とは違って、ヴィノの暮らす深度十六の地層域は滅多に太陽の光が当たらない。だからこの場所は、リシアの下宿とほとんど同じ層に属しているにもかかわらず、ほんの少し深度が深く感じられる。

 ヴィノは机に突っ伏して眠っていた。

 「ヴィノ、薬を持ってきたよ」エトはヴィノの体を優しく揺すった。

 「エト?」ヴィノは薄目を開けるとエトの方に頭を向けた。顔は煤けて、昨日採油場で別れたままの姿だった。

 「リシアさんから薬を預かってきたんだ」エトは、机の上に薬を置いた。

 「薬?薬ね、ありがとう」ヴィノが体を起こすと、足の不揃いな机ががたりと動いた。彼女は大きく伸びをしたが、淀んだ空気を深く吸いこむようなまねはしなかった。

 「空気が悪いね。整備に来てもらえるように頼んでおこうか?」エトは部屋の隅にある空気計を覗き、空気の濁りを確かめた。

 「大丈夫、部屋をひとつ閉めきりにしているだけだから」ヴィノは立ち上がり、肩に掛けていた上着を部屋の隅に放り投げた。袖のない肌着を熱そうにばたつかせる。

 「水を飲む?エト」

 「ありがとう」エトは受け取った水を口に含ませ、丁寧に飲みほした。水は甘く、舌に少しざらりとする感触があった。

 ヴィノが体を拭いてくると言って立ち上がり、部屋の仕切り布を引いた。

 「もう仕事の時間?」ヴィノは仕切り布ごしに尋ねた。

 「いや、まだ余裕があるよ」

 「遅れたくないな。アグノアの怒鳴り声は耳にきんとうるさいから」

 「気にしているんだよ、アグノアさんは。よくヴィノの様子を聞きに僕の所に来るよ」

 「アグノアは心配性なんだよ」

 「心配性で結構じゃないか。採油作業は、ちょっとした油断が命取りになるんだから」

 ヴィノは仕切り布から顔を出し、「それを教えたのは私だよ?」と言った。

 「朝食は食べた、エト?」

 「食べてきたよ」

 「粥が残っているの。もう食べない?」

 「いただくよ。実は、ちょっとお腹が空いてる」

 ヴィノは鍋から粥をよそって食卓に並べた。食卓には、水を飲み干した杯と、塩の壺が載っているきりで他には何もなかった。壺の中の塩が湿気を吸って硬くなっていることをエトは知っていた。

 「具は溶けてなくなっちゃったけど」とヴィノは申し訳なさそうに言った。

 ヴィノは器の縁を両手で支え持つと、黙り込んだ。

 エトはヴィノが食前の祈りを終えるのを待った。ヴィノは熱心な竜信仰の信徒ではなかったが、食前の祈りを欠かしたことは、エトの知る限りなかった。

 ヴィノは一向に口を開かなかった。

 「先に食べるよ」エトは待つことを諦めて、冷たい粥をすすった。

 「おいしい?」エトの器が空になる頃、ヴィノは言った。

 「おいしいよ」

 「三日前から残っていた粥なんだ」ヴィノはさじを使って粥をかき混ぜた。

 「そうなの?」エトにはヴィノが何を伝えようとしているのかわからなかった。

 ヴィノは、粘性の強まった粥をじっと見つめた。

 「油みたいにどろどろしている」ヴィノは粥を器に戻した。

 「食べないの?」

 ヴィノは、エトを見て曖昧に微笑むと「もう、祈りの言葉には何の意味もなくなってしまったのに、クセが抜けないんだ」と自戒を込めて言いながら、再び器の両端に手を伸ばした。

 「大地に住まう竜に感謝を……」ヴィノは、続く祈りの言葉を唱えると、ようやく粥をすすり始めた。

 それから食事の間中、ヴィノは顔をうつむけていた。

 

 「エトの持ってきてくれた薬をお父さんとお母さんに渡さなくちゃ」

 エトがヴィノに続いて両親の休む部屋に入ると、寝台に横たわる影が、こちらを向く気配が伝わった。

 「あぁ」とヴィノの父が声を発した。

 「元気?親父さん」エトはヴィノより先んじて彼の下に近寄った。

 「ああ、ああ、元気だとも。ああ、元気だとも。ああ……」

 ヴィノの父は、ぼんやりとした声で答えたが、どうやらエトのことがわからないようだった。ヴィノの父は虚空に向けていくつか言葉を呟くと、すぐに黙り込んでしまった。

 「ひとつ明かりをつけるからね?」

 ヴィノが天井の小さな照明を灯すと、部屋の隅にたまる闇が深まり、部屋が一層暗くなったように感じられた。ヴィノの動きによって、かき乱された部屋の空気が、エトの鼻に微かな腐臭を運んだ。部屋のいたる所に配置された香壺は、ほとんど役に立っていなかった。

 エトはヴィノの父のやつれた姿を見て絶句した。彼は油衆の中でもとびきりがたいの良い男だった。エトが声を掛けても、ヴィノの父の視線は壁にへばりついて離れなかった。その横では彼の妻が目を開けたまま横たわっている。ヴィノの母は、ヴィノの声かけにも反応を返さず、声にならない言葉を吐き出そうと口元をぱくつかせていた。流れた唾液に、汚れが付着したのだろう、口元には煤でなぞったような線が残っていた。

 ヴィノが薬を与え始めると、エトは部屋の隅に移動した。手近な椅子に腰掛けてヴィノの看病を見守っていると背後で人の動く気配がした。振り返ると、壁に空いたわずかな空間で、一人の老人が体を起こすところだった。

 「よう来たわな、エトゥ」ヴィノの祖母が呼びかけた。イーンではエトの名前がきちんと発音されない場合が多い。

 「お久しぶりです、マドゥ婆。お元気そうですね」エトはヴィノの祖母を見上げて言った。マドゥ婆は離心病に掛かっていないヴィノの唯一の家族だった。

 「おう、元気だぞぇ」マドゥ婆は矍鑠として笑った。そのしわくちゃな笑顔を見るとエトは安心できた。マドゥ婆に初めて会ったとき、エトは彼女が難病にかかっているものと勘違いをした。年齢と共に垂れ下がり、折り重なった皺を見て顔が崩れたと思った。水族の村では、マドゥ婆ほど長く生きる人間はいなかった。皆、老人と呼ばれる前に死んでしまったからだ。エトは、イーンに来て初めて老いを知った。マドゥ婆は齢を百も重ねていると豪語していたが、たとえ嘘だとしても、水族の人間よりもずっと長く生きていることは間違いなかった。

 「薬が効くといいのですが」エトは言った。

 「娘も義息子も、生きるならば生きるだけさね」と言って、マドゥ婆はしわくちゃの目元の皺をさらに深めた。

 「早く良くなって欲しいです」エトは力を込めて言った。

 「相変わらず竜のように勇ましいことよのエトゥ」

 「勇気は砂漠に置いてきました」とエトは答えた。砂漠から生還して以来、何をするにも慎重になっている。勇ましいという言葉が自分に当てはまるとはとても思えない。

 「勇敢な心をなくせるものかね。きっと隠れているだけのことよ。竜と同じように勇ましい心根もまた永遠じゃて」

 エトはマドゥ婆の顔を正面から見上げて「でも竜は死にました」と言った。

 「それがイーンの間違いのもとだわな。娘と義息子を見よ、エトゥよ。心が座りどころをなくしておるのは、竜の導きがないせいだで。段々と言葉をなくしはじめておる。体から力が抜けていくのが見える。魂はどうだ?もうここに留まっていないのじゃないかい」マドゥ婆は、よく見えぬ目を細めて、壁を指さした。そこには、地に伏せる竜を象った古い布画が飾られていた。地に伏せる竜は、大地とひとつに溶け込み、そのがっしりとした体からは森の始まりを表すように木が生えていた。

 「イーンの竜が死んでもこの地は豊かなままを保っているではありませんか」エトは図らずも故郷の村とイーンを比べていた。

 「何をもって豊かとするつもりじゃ?」マドゥ婆は片目を見開いた。その瞳は灰の色に濁っていた。「イーンの竜が身罷ってから、この病が始まったのを知っておろう?わしらが竜に護られていたとどうしてわからん。賢主と、あの魔術師めは竜の死を畏れぬと喧伝する。それがどれ程愚かなことかあの者らはわかっておらん」

 エトはマドゥ婆の話に、口を挟まなかった。エトは、離心病が竜の死ぬ前から存在していたことを知っていたし、竜が人を守るばかりではないことを、伝聞ながら知っていた。彼の故郷には、たしかに竜による恩恵は届かなかった。さりとて竜にまつわる畏れが届かぬほど、竜の住まう都市から離れてもいなかった。

 「僕は、竜の本当の恐ろしさを知りません」とエトはつぶやいた。

 「それは命そのものが持つ恐ろしさよ」マドゥ婆は、飛沫を飛ばしながら咳き込んだ。「竜は大地を司るもの。わしらは竜の存在なくしては一日とて生きられるはずがないのじゃ。太陽を失って、人は生きていけるかえ?水はどうじゃ?

 昔、このわしが乙女じゃった頃、それは長い長い砂嵐がイーンを襲った。日は陰り井戸は砂に埋まり、嵐が引いてもなお大地の渇きは続いた。わしらは懸命に生きたが、その時、人は大地に生かされているに過ぎんことを悟った。命を奪うは、剣や銃によらず、毒のようにゆっくりとじゃが確実に訪れるものがある。生きるはそれを逆にしたに過ぎん。わしらは竜によってじっくりと生かされておった。わしらを護る竜は、砂に埋もれた都市を見捨てなんだ。竜はじっとこの地に留まり、森を維持し、土を砂に還さなんだ。お前さんは竜の言葉を知っておるかえ、エトゥ?」

 「竜信仰の言葉ですか?」

 マドゥ婆は頷いた。

 

 豊富に水を持つ者は、雨の変わりをなし。

 大地を育む者がいれば、木を守る者がいる。

 流れる血は土に染みこみ、実りへと変わる。

 

 「これらはすべて、わしらのことを言祝ぐものであり、竜の存在を表した言葉じゃ」

 

 我、イーンに根ざす者なり、地を守り、育み、死する者なり。

 我が血はイーンを潤す水なり。肉体は土なり。魂は分かたれることのない唯一の物なれど、死の言葉によりひとつにまとまれり。魂は木として、イーンの地に再び根付くべし。

 

 「わしらはこの地に辿り着いてより、イーンの竜と一体であった。その竜が死んでどうして生きられよう」

 マドゥ婆は涙を流し、再び咳き込み始めた。ようやく息を整えると寝に入ってしまった。

 エトは、力なく眠るマドゥ婆に一礼をすると、ヴィノの下に移動した。エトが来たことに気がつくと、もう仕事に行かなくちゃとヴィノは両親に向けて言った。ヴィノの父はゆっくりと首を左右に振り続けるばかりで、ヴィノの声が届いているようには見えなかった。

 「親父さん、僕もようやく採油作業を任されるようになったよ」エトはヴィノの父に話しかけた。目がとろんとして、反応は返らなかった。それでもエトは、一通りの近況を話して聞かせた。

 ヴィノは、エトに向けて力なく笑みを作ってみせた。

 エトは母親にも話をしていこうと向き合ったが、彼女は祈りの文句を繰り返すばかりで、言葉を投げかけることが辛かった。口元の汚れは拭われていたが、そこには新たな唾液の筋が流れていた。

 「さあ、もう行かなくちゃ」とヴィノがもう一度言った。エトは、ヴィノの声にいつもの元気がないことにようやく気がついた。

 「ああ、息が苦しくなる」と部屋を出てすぐにヴィノはぼそりと呟いた。

 エトは聞こえない振りをした。厚手の手袋越しに両手を見下ろし、まるで湧き出る水を受け止めるように二つの手を重ねた。

 「何に祈りを捧げているの、エト?」

 「別に何かに祈っているわけじゃないよ。手を合わせるのは、ただのくせなんだ」

 ヴィノは祈りの形に重ねられたエトの手を何か遠いものでも視るように眺めた。

 「部屋にいるときくらい、手袋を外せば?」ヴィノは毎日のように同じことを言ったが、エトは頑なに手袋を外そうとしなかった。分厚い手袋をはめた両手を見ると安心できた。体中を作業着で覆う油衆の仕事は自分に合っている。こうして覆いをつけていさえすれば、誰の心にも触れずにすむ。

 ヴィノはエトにかまう風もなく、仕事に向かう準備を始めた。彼女はエトの持ってきた薬を一番大事な物をしまう箱に丁寧にしまった。その箱の中には家族の思い出が詰まっていることをエトは教えられていたが、中身を覗かせてもらったことはなかった。「私のちっぽけな記憶が、この箱の隙間をわずかに埋めているんだよ」とヴィノは言った。事実、彼女の宝物を収めた小箱は、持ち上げる度にかちゃかちゃと空虚な音を立てたが、だからといってそのことが、ヴィノのちっぽけなことを表すとは思えなかった。

 採油場まで歩こうと言い出したのはヴィノだった。エトは文句ひとつ言わずに付き合った。いつだって時間に対して厳格であろうとするのは、エトよりもヴィノの方だった。エトもたいてい時間を守ったが、ヴィノは公私にわたって一度も遅れたところを見せたことがなかった。ひとつは、生活のためだった。母親に続いて父親までもが倒れた今、家族を支える主な収入はヴィノの採油仕事に依っていた。少しでも遅れれば、それだけ分け前が減るのだとヴィノは主張していたが、その一方で、そのような心配は杞憂でもあった。油衆に与する人間は、その全体でひとつの家族を成し、倒れた仲間を見捨てるようなことを良しとしなかった。大穴の中では協力することこそが生き残る最善だった。だからヴィノが、多少仕事に遅れたからといって、その日の上がりが目減りするようなことはなかった。彼女は、そのことをよく知っていた。だからこそ、遅れたりしないのだ。

 「親父さんも調子を崩していたんだね」地を這う配管をまたぎながら、エトは言った。

 「三日前に倒れたんだ」ヴィノはエトよりも一歩前を歩いていた。くるりとエトの方に向き直ると、そのまま体を後ろ向けて歩いた。

 「それまではもう少し元気だったのにさ」

 エトは、ヴィノが転ぶのではないかと気が気でなかったが、ヴィノは後ろに目がついているかのように足場の悪い地面や中空から垂れ下がる障害物を避けて歩いた。

 「薬が効くといいのだけど」

 「きっと効くよ。わざわざエトが持ってきてくれたんだもの」

 「僕はお使いをしただけだよ」

 「それでも、効くよ。マドゥ婆が昔言っていたの、叶ったらいいなと思うことを言葉にするのが大事だって。だから、私は言葉にする。お父さんは、何事もなかったかのように朝早く目を覚まして私を起こすの。さあ、仕事の時間だって。お母さんは、きっと私の名前を思い出してくれる。お父さんのことも、エトのことも、笑って出迎えてくれるの。そしてマドゥ婆は、あと百年は生きる」

 「マドゥ婆ならあと百年くらい簡単に生きるよ」とエトは冗談めかして言ったが、半分くらいはそのことを信じていた。

 二人は生活層から採油層に移る境界をまたいだ。あり合わせの部材でつなぎ合わされた接合部の隙間からは、下の階層を行き来する人の姿が見下ろせた。

 「エトには何かないの?言葉にして叶えたいことが」

 「あるよ。安全で豊富な油源を見つけたい。そしてみんなで上がりを分け合えたらいい。油人区のみんなで、一番水や、新鮮な青果や、十分な薬を手に入れるんだ」

 「それから、どうするの?」ヴィノは、油人特有の感覚で、分かち合うことの先を求めた。生まれた時から油衆に属するヴィノは、豊かさの独占など夢想だにしたことがない。

 「それから?」エトは考えた。彼にとっては、分け与えるほどの物があることこそが、夢であった。

 「そしたら、また油にまみれて土を掘り返せばいいよ」

 「エトはすっかり油人だね」ヴィノは少し不服そうな顔をして言った。物珍しい異境人のエトが、段々と土着の人間に馴染んでいく。エトのことを油衆の一員として受け入れている一方、いつまでも特別でいて欲しいと思う気持ちがヴィノにはあった。同じように日々油にまみれているとはいえ、瞳や肌の色、たたずまい、言葉、そしてちょっとしたおりに覗く考えの違いが、エトをエトたらしめているようにヴィノには感じられた。

 「嬉しいな」エトは自分の衣服につく油汚れを誇らしげに見回した。エトにとっては、人から受け取る言葉がすべてだった。生まれた時から人の感ずる心に直接触れる術を持つエトは、表情や声音やちょっとした言い回しから人の気持ちをおもんばかることが苦手だった。だから、ヴィノの表情の変化を未だに捉えることができないでいる。

 ヴィノは、そんなエトの様子をしげしげと眺めると「油人が気に入るなんてエトは変わり者だね」と言った。

 「誰だって好きになるさ」エトは真実、油人の仕事を気に入っていた。

 「そんな風に言うのはエトだけだよ。誰も油人になんてなりたがらない。地表から大穴にやってきた人なんていないでしょう?」

 「でも、それは僕らにしても同じじゃないか。みんな大穴を気に入っている。地表に上がりたいと言う人を僕は知らないよ」

 「大穴にあって、地表にはないものって何だと思う?」

 「油?」

 「油は地表にだってあるよ。それも、よく燃える綺麗な油が」

 「でもそれは、僕らが掘り返した油だろう?」

 「夜を照らすのに、誰が油を作ったかなんて気に留める人はいないよ」

 「油じゃないなら、大穴にだけあるものってなんだろう?僕には見当もつかないよ」

 「家族」ヴィノは言葉をひとつ飲み込むように、しばし押し黙った。「大穴には、私たちの家族がいるでしょう。でも、地表には頼るべき人がいない」

 「僕も家族の一人に数えられているのかな」

 「当たり前でしょう」

 「家族か」エトは、ヴィノの答えが嬉しかった。

 

 エトは自分の仕事を終えるとすぐに、滑車場にいるヴィノの下へ向かった。滑車は地上と大穴、大穴の中層から更なる深部へと物資を運ぶ動脈で、あらゆる方向から滑車が行き来する滑車場は心臓のようなものだった。滑車は大穴の縦横に張り巡らされた鋼線を辿って移動する。その複雑な運行を制御するために、滑車の監督者は、中継地点である滑車場に詰めて、絶えず信号をやりとりしている。大地の深い場所で採油作業に従事するよりも、肉体的には楽な仕事だが、決して気安い仕事ではなかった。もっとも、ヴィノが今日担当している滑車は単線だった。上か、もしくは下からの信号に対して見張りをしておけば、それで十分だった。

 「やっぱりここは退屈だよ」と滑車場から出て来るなり、ヴィノは大きなあくびをした。

「同じ滑車場なら、もっと大きな中継所でやりたかった」

 「今度は忙しすぎて、そのことで文句を言うことになるよ」

 二人はとぼとぼと、昇降機を目指して採油道を上っていた。腰丈の高さに張り巡らせた弱い照明の光が、二人をぼんやりとした影のように見せている。

 「エトは今日、何をしていたの?」

 「僕は、あちこちの採掘機械に油を差して回っていたよ」

 「採油班じゃなかったの?」

 「最後にちょっと油泥の掻き出しを手伝ったくらいさ」

 「だから、今日はあんまり汚れていないんだね」ヴィノは、エトの作業着の裾をつまみ上げ汚れの少ないのを確かめた。

 「明日は朝から採油作業だよ。そういう持ち回りなんだ」エトはとりつくろうように言った。

 「私も採油班に回りたいな」

 「ヴィノの班が採油作業をする順番はまだ先だろう?」

 「待っていられないよ」

 ヴィノがぶんと手を揺すり、照明のひとつにぶつかった。鋼線で繋がれた照明が弾かれたように脈打った。

 「大丈夫?」エトはヴィノの手を取った。手袋さえしていれば人に触れることも苦にはならない。

 「痛いよ」ヴィノは手をさすりながら答えた。

 エトは手近な照明を引き寄せると、彼女の手を調べた。軽い火傷のあとが残っている。

 「照明管に素手で触るのは危ないよ」

 「わかってるよ。あーあ、私も手袋をしていれば良かった」

 「そうすればいいと思うよ」エトは真顔で答えた。

 ヴィノは顔をしかめると、まだ痛む手をさすりながら歩き始めた。

 「ヴィノ、大市場の間に休みを取って地表に上がらない?」エトは、ヴィノの機嫌もこれで直るだろうと言わんばかりに提案した。

 「もうそんな時期か」ヴィノの反応はあっさりしていた。

 「ヴィノは大市場に興味がないの?」

 「地表に出るのはあまり気が進まない」

 「僕はまだ大市場に行ったことがないんだ。ちょっと覗いて見るだけでもだめかな?」

 「あれ、そうだっけ?」ヴィノはひとしきり考えを巡らすと、いいよと答えた。

 「一緒に行ってくれるの?」

 「エト一人じゃ心許ないからね。お父さんたちの世話を頼めるか聞いてみないと。タクワの酢漬けが見つかるといいな。お母さんの好物だから」

 「僕はそれ食べたことがないよ!」

 「それなら、屋台を中心に回ってみようか」エトの喜こぶ様子を見てヴィノは思わず頬を緩めた。

 警報が鳴り響いたのはその時だった。不安を駆り立てる轟音にエトは体を強ばらせた。

 「決壊だ!」言うなりヴィノは駆け出していた。

 エトも慌ててその後を追う。

 警報は一向に鳴り止む様子がない。

 照明管は、輝度を最大まで上げている。

 方々で怒声が上がる。

 道の先を、血相を変えた油人たちが駆け抜けていった。

 「場所は?」交差路で出くわした油人をつかまえてヴィノは尋ねた。

 「南の二十八層だってよ」答えるなり、油人の男はヴィノの手を振り払い駆けていった。

 「二十八層ならこっちからの方が近い」ヴィノは男とは逆の方に走り出した。

 エトはヴィノの後を追って迷路のような採油道を駆け抜けると、閉まりかけた昇降機のひとつに飛び込んだ。昇降機の中は、殺気だった油人でいっぱいだった。

 「何が起こっているの?」エトは密着する人の圧を感じながら、小声でヴィノに尋ねた。

 「どこかで壁が決壊したか、火事が起こったんだよ。どちらにせよ大量の油が漏れ出たの。警報は、その合図」

 「そこまでわかってるなら、ガキ共はとっとと上に戻りな」

 エトの背から苛立った声が上がる。

 「私たちにだってできることはある」ヴィノは男をきっとにらんだ。

 「一人でも多く人手が必要なんだ。あんただってわかってるだろう?」男をなだめるように、油人の女が言った。女は同意を示すためにヴィノの肩口に手を伸ばした。女の手がエトの頬をかすめた。肌の接触を通して、ひりひりとした緊張がエトの心に伝わった。

 警報が鳴ることは、こんなにも恐ろしいことなのか。

 逸る気持ちがエトの心を熱くさせた。

 エトがヴィノの方に顔を向けると、ヴィノもエトを見ていた。

 エトはヴィノの視線を受け止めて、強く頷き返した。

 

 火はどこからも上がっていなかった。元々、精製前の油に火が付くことは滅多にない。それでもその報告を聞くと、ひとつ安心を覚えることができた。

 現場は騒然としていた。あらゆる採油場から応援の人間が駆けつけているのだから、それも当然だった。壁の決壊は、二十八層の採油場で起きていた。側壁が突然崩れて、油が漏れ出てきたらしい。

 二人は油泥の詰まった容器を効率よく運び出す人の流れを阻害しないようにして、採油場に入り込んだ。

 「空いている採掘機械で壁を支えろ!二次崩壊に気をつけなさい」

 採油頭であるアグノアが、現場を取り仕切り、ありったけの大声で指示を飛ばしていた。採油場は、天井を仰げる程に広々としていたが、応援の人間や採掘機械でごった返していた。

 「アグノア!」二人はアグノアの下に駆け寄った。

 「なに?あんたたちも来たの?」アグノアは油にまみれた顔を拭ったが、手の動きに沿って重々しく油が動いただけだった。

 「何をすればいい?」ヴィノは周りの喧噪に負けじと声を張り上げた。

 「油溶かしの容器を運んでやってよ。手袋や衣類が固まらないように替えてやるんだ」

 二人は油溶かしが満たされた容器を前線に運び込み、汚れて油性の増した容器を片付けて回った。そこかしこで怒声が飛び交っていた。

 「馬鹿野郎!発火するぞ」エトが、固まりかけた油の塊に油溶かしを近づけすぎたために、油まみれの作業員は怒鳴った。

 「すみません」エトは、すかさず容器を移動させ、作業員が油で強ばった手を洗えるように容器を掲げた。容器からは、溶けて揮発した油の匂いが立ち上っていた。それは、普段嗅ぎ慣れた油の匂いとは違って、どことなく腐った生物の匂いがした。

 警報が鳴り止むまでに二時間以上掛かった。警報が止まっても、静寂はなかなか訪れなかった。油の流入が止まった後も、気の抜けない作業が長く続いた。事故のせいで八人が死んだと連絡があったのは、二人がようやく手を止めて、一息ついている時だった。

 「お前たち、よく働いたね」アグノアは疲れて座り込む二人をねぎらうために、水を運んできた。

 「ありがとうございます」エトは、すかさず立ち上がろうとしたが、アグノアは手で制した。

 「座ってな」アグノアは水筒をエトに手渡した。

 エトは、ヴィノに水筒を渡しながら、もうこれで終わりですかとアグノアに尋ねた。

 「いや、まだだよ」アグノアは顔を曇らせた。

 「まだ手伝えることが残っていますか」エトは、ヴィノから戻った水筒を口元にあてがいながら言った。

 アグノアは採油場の一点を向いて、答えなかった。

 そこには、人垣ができていた。

 じっと人垣を眺めていると、中央に集う人の波が引いた。

 ヴィノが、エトの脇に手を添えて立ち上がらせた。

 男が二人、採油道からやって来た。一人は見るからに偉丈夫で巨大な槌を軽々と担いでいた。続く人物は、小柄で、足を引きずるように歩いた。その手には剥き出しの剣が握られていた。

 二人の人物はアグノアの前までやって来ると、膝を地につけた。

 「道具をお持ちしました」と小柄な人物が、身に纏ったぼろの内から言った。その声はかすれていた。老人だ、とエトは思った。

 「すまないね」アグノアは老人から剣を受け取り、大槌を背負った大男に向けて頷いてみせた。

 アグノアは、エトとヴィノには目もくれず、ゆっくりと人垣の方に歩いて行くと、床に並ぶ油泥の塊の前で立ち止まった。

 アグノアは剣を掲げた。

 「ここに竜の子はいるか?」と声を張った。

 アグノアの呼びかけに辺りはざわついた。名乗りを上げる者はいなかった。

 アグノアは再度、竜の子はいないのかと声を張った。剣は天を支えるかのようにまっすぐ掲げられていた。

 エトは、竜の子とはどのような人物を指すのかとヴィノに尋ねようとした。

 「私はかつて竜の子でした」ヴィノは大きな声で名乗りを上げた。

 アグノアはヴィノの呼びかけを無視した。そのようにエトには思えた。

 「竜の子はいないか?」アグノアは再度、辺りを見回した。

 「私が竜の子です」

 ヴィノの声が採油場に高らかに響き渡った。彼女の声を無視することは誰にもできなかった。アグノアはヴィノを見つめ、こちらに来るようにと顎をしゃくった。

 人々がヴィノのために道を空けた。

 「この者たちに祈りの言葉を」とアグノアは言った。

 エトは目を疑った。人々の輪の中心に集められた油泥の塊が、人であることに気がついた。全身を油に覆われた者たちが、助かる見込みのないことは明白だった。油は完全に固着し、中の人間を生かしたまま溶かすことは不可能だった。油の薄い足先がびくりと動いた気がしたが、気のせいだと思いたかった。

 アグノアは油泥の塊と変わった人の上に、剣の刃先を置いた。男が、大槌を大きく振りかぶり、天辺で動きを止めた。エトは、皆がヴィノの言葉を待っていることを悟った。

 ヴィノは屹然と、油泥に包まれた人々を見下ろした。

 

 我、イーンに根ざす者なり、地を守り、育み、死する者なり。

 

 ヴィノは力強く祈りの言葉を唱えた。その声はよどみなく採油場に響き渡り、水が岩に染み入るように消えた。

 

 我が血はイーンを潤す水なり。肉体は土なり。魂は分かたれることのない唯一の物なれど、死の言葉によりひとつにまとまれり。魂は木として、イーンの地に再び根付くべし。

 

 大槌が勢いよく振り落とされた。大槌に打ちつけられた剣先が、油泥に囚われた身体を貫いたが、大槌が剣の束を打つ鋼の音の他には、どのような音も聞こえてこなかった。

 ヴィノは目の前の儀式から目をそらさなかった。エトは、ヴィノのぎゅっと引き結ばれた口元と、真摯な眼差しをじっと見つめていた。

 大槌は、油に包まれた人の数だけ振り落とされた。

 

 血は大地に流された。我らの行き着くところで、竜と共に大地を育むだろう。

 

 ヴィノは祈りの言葉を唱え終えると、儀式張った礼を行い足早にエトの下へ戻ってきた。

 「オウラ」とアグノアが言った。

 アグノアに続いて、死者に近い者から順に<大樹オウラ>と声を上げていく。自分の順番が回ってきたと思うと、エトはヴィノに合わせて<大樹オウラ>と唱えた。詠唱の波は採油場を離れ、やがて採油道の奥に消えた。採油場から残響が消えるまでに長い時間が掛かったようにエトには思えた。

 「死者の魂を<大樹オウラ>に導いているの。地表にある竜の木に。魂の集う<モズルの|オウラ・モズル>に」ヴィノはエトに向けて力なく微笑んでみせた。

 エトは、竜の子とは何かをヴィノに問う言葉をぐっと飲み込んだ。彼女が、あまりに疲れて見えたからだ。今日ほどヴィノが打ちのめされて見えたことはなかった。

 アグノアがヴィノの下にやってきた。

 「すまなかったね」

 「務めだから」とヴィノは答えた。

 「本来なら葬儀穴までの同行を望むところだけど、知っての通り、今では来てもらう意味がない」

 「いつまで葬儀穴の封鎖は続くの?」

 「あたしにだってわからないよ。あたしたちにできることは、葬儀穴を塞ぐ衛兵に遺体を引き渡すことだけさ」

 アグノアは去って行った。その後に、大槌を担いだ男と、油に包まれた八つの死体、友人、親族が続いた。

 「帰ろう」とヴィノはつぶやいた。

 エトはヴィノの歩みに合わせてゆっくりと歩いた。

 採油道は混雑していたが、ヴィノの姿を見ると油人たちは率先して道を空けた。

 二人は、いくつも昇降機を乗り継いで、ようやく自分たちのよく知る地層域に戻った。エトは、尋ねたいことを山ほど胸に抱えていたが、心の奥にしまいこんだ。道々、たわいのない話をいくつも振ってみたが、ヴィノが励ましの言葉よりも沈黙を望んでいることに気がつくと、いつしか自分だけの考えに沈み込んでいた。

 「エト、前を見て!」

 ヴィノの声にエトははっと我に返った。

 エトは何かにぶつかった。反動で地面に倒れ、腰袋から工具が転げ落ちた。

 「ちゃんと前を見て歩かなきゃ」とヴィノは言い、転げ落ちた工具を拾いに動いた。

 「すまん」と男がエトに手を差し伸べた。エトは、手袋越しにその手を取った。

 「他のことに気を取られていたもんで」

 「大丈夫です……」顔を上げてエトは息をのんだ。

 その男は、高さのない採油道で窮屈そうに身をかがめていた。

 「生活区にほど近い東の地層域に、リシアという者がやっている食堂がある。今夜、そこに皆が集まる」ギリヤはそれだけをエトの耳元で告げると、エトの肩を強く握った。

 「それじゃあ、すまなかったな」

 ギリヤは何事もなかったように、長身をかがめて去って行った。エトの胸は嫌がおうにも高鳴った。気落ちしたヴィノの事も忘れて興奮の渦中に沈んだ。――ついにこの時が来たのだ、僕たちの計画を実行に移す時が!

 「どうかしたの?」ヴィノは、興奮し目を輝かせるエトを不審そうに見つめていたが、答えを得ることはなかった。

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