ココログラス〜ホントのトコロ〜

七沢楓

第1話『いろいろみえるいろめがね』

「サクちゃん……なにか、変わったもの、見える……?」


 そう言っている五眼朱子ごげんあかこの周囲には、なぜかピンクの文字で「好き好き好き好き」と、延々土星の輪みたいに回っている。さて、なんだこれ?


 俺は夕焼けの指す研究所みたいな部屋で、顔を真っ赤にした幼馴染と向かい合っている。ここは彼女の部屋で、よくわからないが好きという文字が周囲を舞っている。


 ちょっと素敵なシチュエーションだ。


 その幼馴染、五眼朱子は、セーラー服の上から羽織っているダボダボの白衣からちょこんと出た細い指を、もじもじと弄びながら俺の目を見たり、視線を反らしたりで、とても照れくさそうにしている。


「何か、って言われると、まあ、見えるけども」


 俺は改めて、朱子を見た。彼女はうさぎみたいに小さくて可愛い女の子。手入れなんて多分したことないんだろうな、と思うほどぼさぼさの長い黒髪に目をつぶってもいいくらいには可愛い。


 もうちょっとおしゃれに気を使って、奇行を無くせば、男がほっとかないんだろうけども。本人が興味ないのだから仕方ない。


「みっ、見えるんだ」嬉しそうに顔をほころばせ、手をキュッと握って、小さなガッツポーズをする。


 どうやら朱子の望んでいたリアクションらしい。それはよかった。


「じゃあ、これ外すぞ」


 と、先程朱子から渡された眼鏡を外そうとする。が、朱子は俺の手首を掴んで、涙目で首を振る。


「……外しちゃ駄目なのか」


 頷く朱子。


「わかった。外さないから、とりあえず手首は離そうか」


 大人しく手首から手を離してくれたので、俺は朱子に「ありがとう」と言って、眼鏡を人差し指で持ち上げる。


「えー、と? 朱子の周囲に、いくつも『好き』って文字が回ってるんだけど、この眼鏡のせい?」


 すると、朱子が喋っていないのに。朱子の周囲に文字が浮かび上がってきて、俺の言葉に答えた。


『そうだよ。それは心を読む眼鏡、ココログラス。私の自信作!』


 フンッ、と少し大きく息を吐いて、腰に手を添え、小さな胸を張る朱子。


「そっかぁ。心を読む眼鏡かぁ」


 俺はゆっくりと、自然な動作で眼鏡を外し、全力で握りつぶそうとした。

 だが、まったくビクともしない。嘘だろッ、俺の握力はリンゴ潰せんだぞ!?


 さすがにそこまですると、俺がこの争いを生み出しかねない兵器を破壊しようとしたのがバレたらしく、朱子が俺の肩を掴んで、大慌てて首を振った。どうしても破壊されたくないらしい。


「お前バカか!? なんてもん作ってんだ!」


 すると、朱子は自前の丸メガネ何度もしつこく、くいっくいっと持ち上げる。どうやら、俺にココログラスをしろというサインのようだ。


 そりゃあ、朱子は会話が苦手だけど、わざわざそれで心読めって、どういう要求だよ。


 俺は仕方なく、ココログラスをかけ直し、再び朱子を見た。


「だいたい、お前の発明はいつもろくなことにならねえんだから、こんな大それたもん作ってんじゃねえよ」


 この五眼朱子という少女は、神童というやつだ。


 いろいろな物を発明していて、世のため人のためになるものも多いという、発明家である。だから、未来を創る少女、とマスコミなどからは持て囃されているが、それはこいつを知らない人間だから言える言葉だ。


 俺、鷹ノ目愛作たかのめあいさくは、昔からこいつに振り回され、テスターとしてあらゆる発明をテストしてきた。だが、さすがに失敗は成功の母というだけあり、天才でもたくさん失敗をしてきたのだ。


「先週作ってたステルスドローンの事件、忘れてねえだろうな。俺はあれ以来、回転するものが少し怖いんだ」


 ステルスドローンというのは、その名の通り、見えないドローンである。飛んだら最後、肉眼では確認する術がなく、レーダーにもひっかからないという、流通されたらガチで怖いというか、兵器として扱える品質のドローンだ(なんでそんな怖いもん作るの?)。


『あっ、あれは、思っていたよりも素材の耐久力が低かったから起こった、不幸な事件だもん……』


 朱子の周囲に舞う文字によると、不幸な事件だったらしい。

 まあ、確かに不幸だったよ?


「操作した瞬間どこに飛んでったかわかんなくなって、どっかにぶつけて操作効かなくなったからって、周囲のものを無差別に切り裂く殺人兵器と化したからな。不幸だったよ」


 主に俺が、だが。


 夜の体育館に来いと言われたので行ってみたら、見えない刃に襲われるという始末。あやうく全身にバトル漫画の主人公みたいな傷がつくとこだったし、ドローン回収の為に振り回した学ランが一着ダメになった。まだ親父には言ってない。バレたら多分ぶっ殺される。


 と、こんな風に、朱子の作っている発明の裏には、俺の不幸が有り、それを踏み台にしてこいつは発明家として名を上げているのだ。


「――それが今度は、心が読める眼鏡だとぉ? お前、寝言は二度と言うな」


『寝てから言えじゃなくて!?』


 驚いた顔をして、周囲に文字を浮かび上がらせる朱子。

 なんだこれ、すげえ精度高くねえか?


「お前の作るモンはいつも凄すぎて、一歩間違えると戦争の火種になりそうなんだよ。頼むから、部屋が一瞬で片付く機械とか、そのレベルにしてくれ」


『それは、もうある……』


「えっ」


 初耳だ。発明品は全部俺に試させていると思っていたから、朱子の発明で知らないものがあるとは。


『部屋が片付いた、っていうか……部屋ごと片付いた、っていうか……』


 言わんとする意味がわかっちゃうの、すげえ嫌だな。


 爆発でもしたのかな? やっぱり兵器じゃないか。


 それのテスターを任せられなくてよかった。死ぬか大怪我かするハメになっただろう。


『で、で、サクちゃん。返事は……?』


何故か、朱子の周囲に待っている文字が震えているように見える。


返事ってなんだ?


わからないから答えられずにいたら、朱子は自分の周囲に回っている「好き」という文字を指差し、さらに顔を赤くしていた。


返事って、あぁ。それについてのことか。


「大丈夫、大丈夫。俺も愛してるから」


と、言ったら、朱子はがっくりと肩を落とした。

なんで愛してるっつったらそんながっかりされてんの?それを求めてたんだよね?


『サクちゃんはいつもそういう軽口ばかりだから、信用できない……』


 なんだかとても失礼な事を言われているな。別にいいんだけど。


「……にしても、この眼鏡、便利だよなぁ。心を読めるなんて」


『うん。喋らなくても、サクちゃんにわかってほしいから、作ったんだよ』


「ほぉ。まあ、お前のすっとろい喋り待つよりは、ずっと楽だけど」


 褒められたと思ったのか、あっちこっち好き放題な方向に跳ねている毛先を弄び、口許を弛ませる朱子。褒めてはねえよ?


 普通に喋れって言ってんの。


「……しかし、これさえあれば、親父をボコボコにできるかもしれん」

『まだ諦めてないんだ……』

「ったりめーだ。あのクソ親父に勝たなきゃ、俺はやつの影に怯えたまま生活していかなきゃならねーんだから」


 我が家は古武術の道場を営業しており、親父はそこの師範だ。俺も幼い頃からやらされているから、体力や運動神経には自信がある。


 しかし、全盛期をとうに過ぎているはずの年老いた親父に勝ったことがなく、いつも組み手でボコボコにされている。


「なぁ朱子。これ、借りてもいいか?」

『いいけど、悪用しないでね』


 心の中を無断で読むという行為そのものが悪行だと思うのだが。まあそれは、マッドサイエンティストに期待するだけ、無駄な倫理観だろう。


 俺はわかったと頷き、朱子に別れを告げて、部屋から出た。

 今でもちょっと後悔するのだが、この時、朱子にココログラスを叩き返すべきだったのだ。

 じゃなかったら、俺はこれから、いろんな変態バカに困らされることはなかった。

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