第3話 紹介をしよう

広い一軒家での生活は、元々僕と妹のハナだけで成り立っていた。両親は仕事で海外にいることが多く、年に数回しか帰ってこない。その分、家は僕たちの自由な空間だった。だけれど、そんな静かな日常に風変わりな嵐がやってきたのは、つい先日のことだ。


ハナは僕よりもしっかりしている妹だ。掃除、洗濯、料理――この広い家の家事をほとんど一手に引き受けてくれている。彼女が手際よく掃除機をかける姿を見ていると、少し申し訳なくも思う。

「ハナ、そんなに全部自分でやらなくてもいいんじゃないか?」

「お兄ちゃんが手伝ってくれないからでしょ。」

そう言いながら、彼女はにっこり笑う。部活動や友達と遊ぶ時間を削ってまで家事を優先する彼女を見ていると、兄としては複雑な気持ちだ。でも、そんな平穏な日々も、これからどうなるのか全く想像がつかない。


事の発端は、自由奔放な祖母がハワイ旅行ないかと言い出しそれと入れ違うように同居人が増えると一方的に伝えられたのだった。住む場所がなくこの家の部屋が有り余ってるという勝手な理由で、数日前からウミ、コウ、そしてヤエという3人の女の子が僕たちの家に住むことになったのだ。最初は一時的なことだと思っていたけれど、どうやら彼女たちはしばらくここに居座るつもりらしい。


「これが新たな城か!」

「……待っててね、あなた。」

「ふん、まあまあな家ね。」

一人ひとりがとんでもなく個性的で、僕の普通だった日常が大きく変わろうとしていた。


ウミは美少女だ。細い体にゴスロリ服が妙に似合っている。ふわふわの黒いフリル、リボン、そして彼女の目を彩るオッドアイのカラーコンタクトが印象的だ。しかしその見た目に反して、口を開けば一言目から厨二病全開だ。

「この城はいいな……私の魔力も満ちる場所だ。」

「……何の話?」

「ふっ、貴様にはまだわからないだろう。私の『封印されし義手』が疼いているのよ。」

彼女が真顔でそんなことを語る姿には、もう突っ込む気力も湧いてこない。


コウはまた違う意味で手強い。彼女は初日から僕のことを「あなた」と呼び、家事を手伝いながら自称「本妻」を楽しんでいる。

「あなた、今日はハンバーグにしました。お好きでしょ?」

「いや、好きだけど……なんでそんなに馴染んでるの?」

「当然じゃない。本妻だからよ。」

「誰の本妻だよ!」

何度否定しても彼女は微笑むばかりで、本気で僕の妻であるかのように振る舞っている。その真意はまるで読めない。


最後にヤエ。彼女は女子バスケ部のエースで、とにかく元気だ。朝からランニングに出かけ、帰ってくるなり汗だくでリビングに座り込む姿が印象的だ。

「おい、タオルくらい持ってこいよ。汗が床に垂れてるぞ。」

「あんたがタオル持ってくればいいじゃん!」

相変わらずツンツンしている。実は中学時代、僕は一度彼女に告白して振られた過去がある。それ以来、微妙な距離感のまま高校も同じ学校に通うことになり、こうして同居することになるとは夢にも思わなかった。


こうして、僕と4人の女の子たちとの奇妙な共同生活が始まった。それぞれが独特の性格を持ち、毎日が騒がしくも賑やかだ。この先、どんなことが起こるのかは誰にもわからない。でも、一つだけ確かに言えることがある。


――この家にはもう、平凡な日常なんて訪れそうにない。


「さ!自己紹介はこれくらいにして皆んなで夜ご飯を食べよう。」


畳が敷かれた広い居間で食卓を囲む、並ぶのはハナが作ったバランスとれた一汁三菜。俺の前にだけコウが作ったハンバーグが置かれていてケチャップのハートが乗っかっていた。


高校2年の男子(僕)、中学1年の女子(妹)、高校1年の女子(中二病)、高校2年の女子(バスケ部)、高校3年の女子(本妻?)、計5人の男女で送る共同生活のスタートだ。



晩ごはんの食卓がこんなにも賑やかだったのは久しぶりのことだ。以前は妹と祖母で会話もそれほど多くなかった。新しい同居人が増えたことで、自然と笑い声や箸の音が交差し、家中が温かさで満ちていた。食後の余韻を引きずりながら、僕は静かな浴場へと足を向けた。


この家は代々受け継がれてきた伝統的な平屋であり、各所に年季を感じさせる。特に浴場は、その風格が際立っていた。ヒノキの浴槽が部屋いっぱいに香りを漂わせ、日々の疲れを癒すには最適な場所だ。


浴場の扉に手をかけたその時、背後に気配を感じた。振り向くと、そこにはコウが立っていた。


彼女の長い黒髪が薄暗い廊下に溶け込むように揺れ、瞬間的に背筋が凍る。古びた家との相性が悪すぎて、まるで幽霊のように見えたのだ。だが、彼女は至って普通の、いや、少し変わった性格の女性だった。


「あなたの本妻としての役目だから、服を脱がせてあげるわ。」


そう言って、何の躊躇もなく近づいてきたコウに、僕は慌てて手を振った。


「いや、大丈夫だ。自分でできるから。」


彼女は納得したのかしていないのか、微妙な表情を浮かべて廊下へ戻っていった。


幽霊、いや本妻、いや同居人が去り一人になった浴場で服を脱ぎ、ゆっくりと湯船に浸かる。ヒノキの香りが鼻をくすぐり、疲れた体をじんわりと包み込む。このひとときだけが、僕にとっての真の安らぎだ。


湯の中に沈めた手を見つめながら、ふと両親のことを思い出した。物心つく頃には、彼らと過ごした記憶はほとんどなくなっていた。それでも、ほんの断片的に残る映像が、時折胸を締めつけるように浮かび上がる。


小さな頃、父が僕を肩車してくれた記憶。母が笑いながら、僕の手を引いて遊園地を歩いた記憶。それらは、もう二度と戻らない遠い昔の景色だ。


僕や妹がこの家を守り続ける理由の一つは、きっとその欠片のような思い出にあるのだろう。両親の温もりと重なるこの家は、僕らにとって単なる建物以上の存在だ。


湯船の縁に頭を預け、目を閉じる。今日の騒がしさと静けさのコントラストが、どこか心地よく思えた。そして、薄っすらと開いた扉の向こう、影のように立つコウの気配を感じながら、僕は再び瞼を閉じた。


急に現れた同居人たちとの生活は頭を悩ますが、僕ら兄妹にとっては悪いことだけではないのかもしれない。久しぶりにハナがあんなに笑顔で晩御飯を食べていた。家事の分担の話もしていたし、この不出来な兄に変わって妹の苦労が減るならこの奇妙な共同生活も悪くない。

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幼なじみが欲しいんです 双傘 @miyutsuka

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