Café レコードテイル~たゆたう欠片~ (短編集)

彩芭 もみじ

[短編]Café レコードテイル

『Café レコードテイル』


扉を開けると、ドアベルが軽快に鳴った。

恐る恐る中に入り、ゆっくりと店内を見渡す。

店内の壁は一面本棚となっており、本と様々な容器がずらりと並んでいる。

入口付近には多様なヴィンテージ雑貨が置かれ、店内の奥にあるカウンター席の近くにもいくつか大きな本棚が並べられていた。

その他はカフェスペースとなっているようで、家具は木造で統一され、エアリウムやハーバリウムなどが飾られている。

外の看板には『カフェ』と書いてあったが、雑貨屋の併設されたカフェなのだろうか?


「いらっしゃいませ」


不思議に思いつつも、雑貨を見ていると、突然、男性の声が聞こえた。

声のした方へ顔を向けると、メガネを掛けた長身の男性が奥の本棚の間から現れた。


「ここでは、ヴィンテージ雑貨の販売だけでなく、ちょっと変わったメニューのカフェもしているんです。」


「変わったメニュー……ですか?」


思わず首を傾げて復唱する。

こんなひっそりとしたお店で、店員自ら「変わったメニュー」と言われるとなんだか身構えてしまう。

訝しげな顔になってしまっていたのか、男性は私の顔を見て苦笑する。


「物語や伝承をもとにオリジナルの飲み物やデザートを作ってるんです。よければ見ていきませんか?」


男性はそう言いながら本棚を指差す。

ためらう気持ちはありつつも、好奇心には逆らえず、棚の方へと近づいていく。

棚には本だけでなく、ラベルの貼られた瓶やデザートなどのメニューが物語ごとに並べられていた。

棚に並べられているものを順番に見ていると、青い宝石のようなものが入った瓶に目が止まる。

ラベルを見ると『アトランティス』と書かれていた。


「アトランティス……」


聞いたことがある気もするが、どこでだっただろう――?

思い出そうとするも思い出せない。考えるのは諦めて、瓶を手に取り天井の照明に透かしてみた。

瓶の中身が照明の光を受け、深い海の底のような蒼色にキラキラと揺らめく。


「宝石みたいにきれいですよね」


「――⁉」


振り返ると、先程の男性が近くに立っていた。

この男性が側に来たことにも気づかないほどに瓶の中に見とれてしまっていたらしい。


「あ――えっと……、勝手に触ってすみません」

慌てて、瓶を棚へと戻す。


「いいですよ。せっかくですし、飲んでみます?コーヒー、大丈夫ですか?」


「コーヒーなら、飲めます……」


反射的に答えつつも、理解ができず、男性の顔を見る。


「これ、宝石みたいですけど、一応植物の実なんです。乾燥させたら透き通るんですよ」


男性は言いながら、瓶を持って歩いていく。

私は棚に視線を向けてから、男性のあとを追った。


男性の歩いていった方へと進んでいくと、男性はすでにカウンターの中で準備をし始めていた。

カウンターの近くまで歩いていくと、男性は私に視線を向け、カウンター席を促される。

椅子へと座り、静かに男性の作業を観察することにした。


カウンター内のスペースにはビームヒーターやフラスコ、ロートなどが置かれている。

どうやらコーヒーはサイフォンを使って入れられるらしい。

男性がカウンターの奥にある棚から紺色の缶の蓋を開けるとふんわりとコーヒーの薫が広がる。

コーヒーの薫を楽しみつつも男性の淀みの無い作業に見入っていると、男性がついっと私の方へ視線を向けてきた。


「お客さん、アトランティスのことはご存知ですか?」


突然の質問に一瞬思考が止まってしまう。


「……。聞き覚えはあるんですけど、詳しくは……」


男性は作業の手は止めず、ゆっくりと話し始める。


「”アトランティス”は、大昔に海底に沈んだとされている超古代文明の大陸の名なんです」


「海底に沈んだ……?」


「えぇ。アトランティス大陸で暮らしていたのは、ギリシャ神話で海の神とされているポセイドンの末裔だったと言われています。ですが、ポセイドンの子孫と人間が混じるに連れて神性が落ちていき、暮らしも荒廃していく。それを見たギリシャ神話の主神ゼウスは神々を集め、アトランティス大陸へ罰を下すことを決めてしまいます。そして、アトランティス大陸ごとの破壊が決められ、大地震、火山の噴火、洪水などの天災により、一昼夜のうちにアトランティス大陸は海底に沈んでしまったと伝えられているんですよ」


挽回の余地も猶予もなく一方的な罰、しかも大陸ごと沈めてしまうなんて――


「神様って、優しいだけじゃないんですね……」


私の言葉に男性は苦笑を浮かべた。


「神様にも、色々いますからね……。ちなみに、蒼い実が”アトランティス”と名付けられたのは、アトランティス大陸があったとされる大西洋の一部の諸島でのみ自生している特殊性と、この深海のような深い蒼色が理由らしいですよ」


男性はいいながら、コトリと出来上がったコーヒーを私の前に置いた。

そう、香りも見た目も「普通」のコーヒーである。

疑問に思い、男性の方を見ると、蒼い実をコーヒーミルの中に入れているところだった。


「えっ……!」

思わず声を上げてしまう。


「この実、宝石みたいに硬そうに見えて、実際はそんなことないんですよ」


いいながらも、ミルで実を引いていき、小さなガラスの容器に引いた粉を入れていく。蒼い実を砕いた粉は、キラキラとした蒼色の砂のようだ。

男性は悪戯な笑みを浮かべ、ガラスの容器からスプーンで掬った小さく砕かれた蒼く煌めく粉をコーヒーの中へと入れていく。


「この実は、別名”記憶の雫”とも呼ばれていて、極稀に、この実を食べるとアトランティスの記憶を垣間見てしまう人もいるそうですよ」


恐る恐る受け取り、中を覗き込んで見る。


「……きれいーー!!」


ぱっとみた感じは普通のコーヒーと対して変わらないように見えるのだが、照明のあたった部分が仄かな蒼色を帯びて煌めき、深海の蒼を垣間見ているような気がしてくる。

見とれつつもカップを手に取り、一口飲んで見る。

独特の深みのある香りや風味と透き通るような爽やかさがともに広がっていく。

今度は目をつむり、香りを楽しみながら飲んで見る。

風味を楽しみながら飲んでいると、少しずつ、少しずつ、深い海の底に落ちていくようで……



――コポポッ


「ーーえ?」


突然、水泡のような音が聞こえ、目を開けると一面が深い青色に覆われた遺跡のような場所に立っていた。


「なんで……」


上を見上げると薄っすらと陽の光が差し込んでいるような明るさがあり、遠くには魚の群れらしきものが泳いでいる。


「もしかして、海の中なの?」


先程までカフェに居たはずなのに何がなんだかわからない。

それに、海の中にしては、服はカフェに居たときのまま。

濡れている感じも一切なく、呼吸だって普通にできるのだ。


――「極稀に、この実を食べた人は……」


ふと、店主が話していた内容が頭をよぎる。

これが、アトランティスの記憶……?

でも、海の中ってことは沈んだあと――??

そんなことをぐるぐると考えていると、魚の群れが横を通り過ぎていく。

魚の鱗に薄っすらと海の中に差し込んでいる陽の光があたりキラリと煌き、目を奪われる。

そうだ、これはきっとただの夢。

夢じゃなかっとしても深く考えたところで、今の自分には何が起こっているかなんてわかりようがない。


「――よし、とにかく楽しまないとだよね!!」


気持ちを切り替え、遺跡を探索することにした。



遺跡を探検して見ると、テレビなどの特番で見るような神殿跡のようなものや、建物の段差のようなものだけでなく、街全体がそのまま残っている場所もあった。

天災を受けて海の底へ沈んでしまったはずにもかかわらずどれもとてもきれいに残っている。

それに、本来海の中では育たないはずの植物(木々)がお生い茂る場所まであった。

それはまるで大陸ごと時間を止め、海の底で、そのまま保存しているかのようで――。


木々の生い茂っている場所を遠くから眺めていると、キラリと何かが光っているのが見える。

好奇心を刺激され、木々の方へと足を進めていく。

近づいてみると、見覚えのある蒼い実が生っていた。

薄っすらと海底に届く陽の光に照らされ煌めく蒼い実。

おもむろに手を伸ばすと、ぽとりと手の中へと一粒の実が手のひらへと落ちてくる。


「――え?」


驚きに思わず声が漏れたその瞬間、ゴゴゴ……と地響きが起こり海底が揺れ、今まで感じることのなかった水圧に突如巻き込まれ、思わず目をつむった―――


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Café レコードテイル~たゆたう欠片~ (短編集) 彩芭 もみじ @momiji0takao

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