第20話

 風呂から上がるとテレビをつけた、ニュース番組が始まる頃だ。


 暫く政治の話題が流れその後に今日の事件が大きく取り上げられた。


 島村組の江口と島村の話題はヤクザ同士の抗争扱いだった、江口の右手の傷は拳銃が動作不良で暴発したことになっている、そして二人共両手足が壊死して切断されること、気が狂って話も聞けない状態であること、特に島村は肋骨が殆ど折れていて手術も難しいらしい。命に別状はないが一生元に戻らないことが取り上げられ、コメンテーター達が揃ってプロの犯行に間違いがないと言っている。とりあえず人殺しにならずに済んだことに安堵しテレビを消した。


「あなたがプロに間違われてるわ、でもこれで捜査のターゲットになることはないわね」

「ああ」

「この街からヤクザが消えたわ、少しは治安も良くなるかもね」

「ああ」

「あなた、どうしたの? さっきから空返事ばかりよ」

「すまない、約束通り人殺しにならなかった事と出来るはずが無いと思っていた事件の完全解決が出来て安心感で放心状態になってたんだ」

「あなたにもそんな感情を抱くことがあるのね、少し安心したわ」

「達成感で胸がいっぱいだ」

「そうね、私も同じ気分よ。他に言うことはないの?」

「ああ、それだけだが不満があるのか?」

「事件のことじゃないわ」

「何だよ、はっきり言ってくれよ」

「はっきり言って欲しいのは私よ、もう知らない」

「参ったな、初めて怒らせて……あっわかった、怒らないでこっちを向いてくれ」

「一度だけのチャンスよ、はい向いたわ」


 心の準備が出来ていないが言うしか無い、何で忘れてたんだろう? だが今しかない。


「事件が全て解決した、だから俺と結婚してくれないか? 心から愛している」


 ムスッとしてた顔がみるみる笑顔になる。


「喜んでお受けします、こんな私ですが私も心から愛してます、幸せにしてください」


 深々と頭を下げる。顔をあげると涙を流していたが、飛びついてきて俺の顔を両手で挟み、キスをしてきた。


「ありがとう、あなたに出会わなければ一生独身を貫いてたかもしれないわ。私幸せよ」

「俺もお前じゃなければこんな事言わずにいたかもな、由香里に出会えて俺も幸せだ」

「最近事件のせいもあったけど、抱いてもくれないしキスすらしてくれなかったわ」

「それは許してくれよ、毎日命がけで戦ってきたんだ」

「わかってるわ、だから何も言わなかったのよ、私は毎晩ほっぺにチューしてたけどね」


 知ってたが言わなかった。


「これからいろいろ決めなくちゃ」

「プロポーズはしたんだ焦らなくてもいい、ゆっくり考えよう」

「それもそうね」

「さっきは怒らせてしまって悪かったな」

「本気で怒ってたわけじゃないわ、ちょっと大袈裟に言ってみただけよ」

「騙したな」

「ごめんなさい、怒らないで」

「怒っちゃいないさ」

「でもこれで堂々とあなたと結婚するって言えるわ、誰から報告しようかしら?」

「お前友達とかいないのか?」

「いないわ、男も女も私がお金を持ってるとわかるとみんなお金目当てに寄って来たわ、だから私はみんなと縁を切ったの、普通に接してくれたのは緋村と山本さんくらいよ」

「そうか、大変だったな」

「あなたは?」

「俺もいない、親友と呼べる奴は二人いたが二人共死んでしまった、一人は緋村だ」

「もう一人は?」

「村田って男でな、生まれつき心臓が弱かった、ペースメーカーを入れていたが機械の故障で死んだよ」

「そう、悲しいわね」

「この歳で新しく友達なんか出来そうにもないしな」

「じゃあ、式は二人だけで挙げましょ」

「いいのか?」

「ええ、その方が気楽でいいわ、どちらにせよお互い呼べる相手もいないことだし」

「そうだな、お前のやりたいようにすればいい、俺は結婚指輪だけ用意する」

「結婚指輪も要らないわ、この指輪を婚約兼結婚指輪にしましょ」

「ダイヤの指輪とか要らないのか?」

「ええ、元々貴金属に興味は無いの気に入ったのはこの指輪が初めてなの、だからこれで十分よ」

「そう言えば出会った時からネックレスも何も付けてなかったな」

「チャラチャラしたものは好きじゃないの」

「わかった、じゃあその代わりを何か探しておくよ、一応記念日だしな」

「わかった、あなたの好きにすればいいわ、シックで落ち着いた物にしてちょうだい」

「わかったよ」

「それと式はウエディングドレスを一度着てみたいわ、これは二人で決めましょ」

「わかった、他に要望はあるか?」

「ないわ、籍は何時入れるか決めてるの?」

「いや、俺は何時でも構わまい」

「じゃあ私が決めちゃっていいのね?早い方がいいわ」

「いいぞ、明日は社長交代の手続きがあるんだろ? そろそろ寝よう」

「そうね、話し込んでる間に日付が変わったわ、あなたも眠そうな顔をしているわ」

「二人も相手したからな」

「お疲れ様、じゃあ寝室に行きましょ」


 残った豆乳を一気に飲んで立ち上がり、ベッドへ潜り込んだ。すぐに睡魔が着て眠りに落ちていく。


 いつものアラームで二人共目を覚ます。大きく伸びをしてリビングに移る。昨夜のコップを流しに持っていき新しいコップに豆乳を注ぎテーブルに付いた。

「あなた、そういう事は私がするから言ってちょうだい」

「これくらい自分でやるさ」


 軽く食事を終わらすと、リビングに移る。

 コーヒーと豆乳がテーブルに置かれる。

 新聞に目を通す、島村組の記事も書かれていたがテレビの内容と殆ど一緒だった。新聞を閉じて、豆乳を飲む。


「今日は何時に出掛けるんだ?」

「九時にまず市役所に寄ってから事務所に連れて行って」

「じゃあ用意しておくよ」


 もう八時半だ、急いで着替えたが由香里の方が早かった。早速車に乗り込み市役所へ向かう、市役所に着くと由香里は窓口に行き。


「婚姻届を下さい」


 と言った、予想はついていた。


「おめでとうございます」


 と職員に紙を渡される。


「あなた印鑑は持ってる?」

「ああ持ってるぞ」

「じゃあ、もう書いて出しましょ」

「ここでか?」

「そうよ、ここでよ。それに今日は大安よ」

「俺は構わないが、急がなくてもいいんじゃないか?」

「焦ってるわけじゃないわ、今日の社長交代の手続きに必要なの」


 と言って由香里は記入をし始めた。まあいいだろうと思い俺も記入する、最後に判を押す。由香里が窓口に持っていき提出した。


「今この瞬間から私は姫野由香里ではなく荒木由香里よ」


 嬉しそうに微笑んでいる。


「たかが紙切れ一枚で名前が変わる、おかしな制度だ」

「紙切れ一枚だけど重要な事よ、土地の権利書だってそうでしょ? 書類一冊で大金が動くのよ」

「そうだったな、これで今からお前は俺の正式な嫁だ」

「そうよ、嬉しいわ。事務所に行きましょ」


 車で事務所に着くと山本と知らない顔の男が出迎えてくれた。


「お早うございます社長、もし不備があったらいけないので山野さんに同席をお願いしました」

「ちょうどいいわ、私も山野さんに聞きたいことがあったの、それと今朝婚姻届を出してきたわ今日から私は姫野じゃなく荒木よ」


 全員から拍手が挙がった。


「あなた、紹介してなかったわね。こちら顧問弁護士の山野さんよ」


 山野が名刺を出してくる、いかにも切れ者といった顔付きだ、するどい目付きもしているが、腰は低かった。


「とりあえず書類を書きましょ」


 山本から出された書類に由香里が署名捺印していく。三枚で終わった。


「山野さんに聞きたかったのは私名義の残りの土地の書類は結婚して姓が変わってもそのままでいいのかしら?」

「問題ないです、何かあれば私が処理しましょう」

「お願いね。山本さん今からあなたがここの社長よ、私は名前だけ会長として貸すわ」

「ありがとうございます」

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