第5話

「今日の予定は?」

「今考えてるとこさ」

「私は事務所に行かなくていい開放感があるわ」

「昨日まで出社したいって駄々をこねてたじゃないか? 心変わりしたのか?」

「何か専業主婦みたいな感じに幸せを感じてるの」

「心変わりが早いな、その調子で俺を放り出さないでくれよ」

「流石にそれはあり得ないわね、逆にあなたが出掛けて帰ってこなかったらどうしようって不安の方が大きいわ」

「心配するな俺の帰る場所はここだけだ」

「だったら安心してても大丈夫よね?」

「大丈夫だ、安心しておいてくれ」

「わかったわ」

「今日の予定が決まった、昼間数時間出掛ける、すまないが昼飯は一人で食べてくれ十四時には帰ってくる予定だ」

「わかったわ、危ない事をしに行くの?」

「いや、ただの監視だ」


 山中の行動パターンを覚えておいて損はないと思ったからだ。山中の場合夜に仕掛けるのは難しそうだ。


 十一時に自分の車で島村不動産へ向かう、店内まで見渡せる場所に停車し様子を伺う。客はいなかったが、全員何か事務仕事をしているようだ。


 十二時、また女性事務員から順に昼休憩に入ったようだ、二人出て来て三十分程で戻って来る、入れ替わりにまた二人が出て行く、その繰り返しを見ていた。


 十三時、予定通り山中が出て来る、山中は前回も一人だった。俺は車を降り後を付け始める。すぐ近くの路地に入って行く物陰から見ていると十メートル程先の定食屋に入っていった。俺は定食屋を通り過ぎ、近くを見て回ったビルばかりだが左右とも廃ビルになっている。片方は入り口がロックされていたもう片方は中に入れるようだ。廃ビルの先は行き止まりになっている。そうこうしてる間に定食屋の扉が開く音がしたので隠れて覗く、山中が出てきて表通りに消えて行った。後を追うとそのまま事務所に戻っていった。


 俺も車に乗り込み、由香里が待つマンションに帰った。


「ただいま」

「おかえりなさい、時間ぴったりね。何か食べたの?」

「いや、監視をしてたから食べてない。何か食べさせてくれるか?」

「こんな時間だしスパゲティにしましょ」


 数分で茹で上がった様だ、テーブルに着くと皿が二つ用意されてる。


「由香里お前食べずに待ってたのか?」

「ええ、帰る時間がわかってたから待ってたの」

「今度からは待たずにちゃんと食えよ、今日みたいに時間が守れるとは限らんからな」

「わかったわ」


 頂きますと言い二人で食事をする。


「美味かった、ごちそうさま」


 リビングに移る、コーヒーが二つ運ばれて来る。マグカップの方を取って飲み始める。


「収穫はあったの?」


「ああ、一人の行動パターンが掴めた。近い内にとっ捕まえて話を聞かせてもらう」

「穏便にって事じゃなさそうね、いくら相手がヤクザでも人殺しはしないで、私からのお願いよ」

「わかった、俺も人殺しまではしたくないからな」

「安心したわ」

「ところでチョコレートはないか?」

「冷蔵庫を見てくるわ」


 付いて行った。


「これしかないわ」

「十分だ、それに豆乳があるじゃないか、飲ましてくれ」

「今持っていくわ、リビングで待ってて」


 すぐに運ばれてきた。


「あなた、チョコレートと豆乳も好物だったのね。意外な一面発見よ」

「スナック菓子は食べないがチョコだけは食べる。豆乳も調整豆乳が好物の一つだ」

「私と一緒ね、私もスナック菓子は苦手なのよ、でもチョコと豆乳は切らした事がないわね、両方共美容にいいのよ」

「らしいな、大豆イソフラボンだっけあれが女性にいいって聞いたことがある」

「よく知ってるわね、その通りよ。明日の予定は決まってるのかしら?」

「明日は何もない」

「じゃあ、食材の買い出しに付き合って。チョコも買い置きしておくわ」

「いいぞ、事件が片付くまで迂闊に独り歩き出来ないんだ、明日は俺と羽根を伸ばそう」

「今夜もあまり大した物作れないけどいいかしら?」

「由香里の作った物なら何でも構わない」

「ありがとう、準備をしておくわ」


 パタパタとキッチンに入っていった。

俺はチョコと豆乳を飲み終えると、眠気が襲ってきたのでソファーで横になった。


 浅い眠りの中、由香里の料理の音を聞いていた。どれほど時間が経ったのかわからないが、足音が近づいてくる、目を開けた。


「あら、起きてたの?熟睡してるのかと思ってたわ」

「寝てたさ、眠りが浅かっただけだ」

「食事の準備が出来たわよ」

「早速食べようじゃないか」


 テーブルに着くとクリームシチューとピラフが並んでいた。


「どっちも美味そうだ、いただきます」


 クリームシチューが濃厚でかなり美味かった、そのせいでピラフの味がよくわからなかったが腹は十分に満たされた。


 ごちそうさまと言いリビングに戻る、ここが一番居心地がいい、コーヒーが運ばれて来る。タバコを吸おうとしたが箱の中は空になっていた。

 コンビニに買いに行こうと準備をしていると。


「あら、出掛けるの?」


 タバコのパッケージを振って見せた。

 由香里は棚からタバコを出して来た。


「このタバコでしょ?」


 銘柄も合っていた。


「由香里も吸うのか?」

「私は吸わないわ、同棲を始める前にこうなることを予想してカートンで買い置きしておいたの。役に立ってよかったわ」

「出来た嫁だ」

「今なんて言ったの?」


 キョトンとしている。


「出来た嫁だって言ったんだ」


 由香里が飛びついてきた。


「お嫁さんにしてくれるの? 今すっごく嬉しかったんだから」


 頬にキスの嵐が降ってくる。


「落ち着け、まだ先の話だが嫁に来てくれるのか?」

「勿論よ、そのために今同棲してるんですもの」

 とりあえず落ち着け、その前に事件を解決しなきゃいけないしな」

「そうね」


 ようやく由香里が落ち着いた。

 ソファーに腰を下ろし新しいタバコに火を付けた。俺も落ち着いた。


「事件が早く片付かないかしら」

「そんなに早く嫁になりたいのか?」

「そうよ、姫野から荒木に姓が変わるのよ、女にとっては一大イベントよ」

「親父さんの四十九日もまだ終わってないんだぞ」

「それとこれは話が違うわ」

「俺は構わないが、お前は社長なんだ。世間体も考えないと後ろ指さされるぞ」

「わかったわ」


 由香里が落ち込んでいる。


「早いか遅いかだけの問題だ。焦るな。ちゃんと嫁にしてやるから」

「わかったわ、約束よ」

「ああ、約束する」


 ようやく由香里は大人しくなり、食器を洗い始めた、調子外れの鼻歌を歌っている。


「誰の歌だ?」

「私のオリジナルソングよ」


 それ以上追求するのは止めた。

 由香里が豆乳を二つ持ってリビングに入ってくる。

 受け取り一気に飲み干した。


「先に言っておくが俺は好き嫌いはないが、牛乳だけは飲まないからな、いや飲めないと言った方がいいかな」

「好き嫌いが無くてよかったわ、料理の幅が広がるわ、でもどうして牛乳はダメなの?」

「お腹が痛くなるんだ」

「今日のクリームシチューにもたくさん入れてたわよ」

「料理に使う分にはいいんだ、そのままの牛乳がダメなんだ」

「わかったわ、気を付けるわ」

「ありがとう」


 風呂の沸いた音がしたので二人で一緒に入った。

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