2-11
ズシリと思っていたよりも重くなった財布をカバンの中で揺らす。
ニコの活躍で思っていたよりも多くのお金が手に入ったのだ。そうこうしているうちに何と夕方までに十体もの橋百足を狩り取って、一番遅い乗り合い馬車で帰ってくることができた。運よく橋百足に遭遇したというのもあったが、もちろんニコが活躍したのは言うまでもない。私だけでは数時間のうちに十体もの橋百足を狩るのは無理だった。
魔族の底知れなさを見せつけられた。というのが私の率直な感想だった。ニコ自体、体力や適応力の部分でポテンシャルが高いというのもあるのだろう。それを示すように、昨日渡した短剣は、すでに彼の腰にぶら下がってしかるべくという顔をしていた。
さすがに山分けは悪いと思ったので、七対三にしようと提案したが、ニコが強く拒否するので、仕方なく私が預かることにしている。ニコには働きには正当な報酬があるのだということも教えなければと思う。彼は知らないこと、初めてのことが多すぎるのだ。
ニコは服を買う分のお金だけでいいと強く主張してくるので、とりあえず翌日に朝ご飯を食べて朝一番に古着屋に入る。服を買った残りのお金でニコの旅装もそろいそうだと安心した。最低限、水筒と財布とカバンくらいは必要だろう。上着はこれから温かくなるからあまり必要性を感じない。ニコがもらうべき分のお金は財布を買った時にニコに渡せばいいと思っていた。
色々な古着が山のように積まれている。さすがにこれだけあればニコの服は見つかるだろう。旅装は新しいのを私が買ってあげようと思っていた。
店の店主が、
「やぁ、旅人さん」
と、陽気に話しかけてくる。振り向いた私の洋服を見て彼がきょろりと目を丸くした。
「祭り用に服でも新調しに来たのか?」
「まぁ、そうかも」
確かに、今着てるのは血のシミが付いた芸術的なジャケットだ。これは流石にない。頷いた私に店主がニッコリと笑って店の中へと案内した。ニコはどうしたのかと思って店内を見渡せば、きょろきょろとしながら店内の様子を見ているようだった。決して店内の物に触れようとしないあたり、家に初めて連れて来た時の犬に似ているなと思った。
店主の横を通り過ぎてニコに話しかける
「何か気に入るものがあった?」
「うーん……」
「あなただと、あまりサイズがないかもしれないけど、気に入るものがあるといいわね」
「……気に入る?」
「好きな色とか、デザインとか、モチーフとかないの?」
「……うーん」
「あなたのお金なんだから、納得したものを買いなさいよ」
そう言って、ニコの手にしっかりと握られた銀貨を指さす。
ニコがしばらく自分の手の中を見つめてから、私の方へと向く。
「自分のお金で何か買うのなんて初めてだ」
「そりゃ、よかった」
お金を持つのをあまりにも嫌がっていたので、買い物にも乗り気ではないのかと思っていたが、子どもみたいに笑うから毒気が抜かれた。冷静に考えれば、彼の様々な活動は6歳で止まっていると言ってもいいのだ。お金のことだって、もしかすると不安だから嫌がったのかもしれない。そうなると、今後は少しずつでもなれてもらわなければならないな、と思う。
あちこち見て回ってるニコの背中を見て、知らずのうちに溜息が出た。
「うーん」
とわざわざ悩むように声が出てしまう。目の前の服の山の中から数枚服を引っ張り出してみるが、首まで隠せる服がなかなかない。彼は身長は高くないが、筋肉があるから選ぶ幅が狭まるのだ。何とかサイズが合いそうな服をあれじゃない、これじゃないと右に左に捌いていく。時折私の様子を見に来るニコに服のサイズを合わせたりしてみる。今持っている服は首が詰まっていてニコには小さそうだった。
様子を見に来たニコが何を思ったのか、ずっと近くをうろうろしているので、彼の方を振り向くと、思わぬ距離に顔があって、思わず後ずさりをする。
古着が山盛りに入ったワゴンに阻まれて、それ以上は動けなかった。
「エマにはこれが似合う」
ニコがそう言って一枚のジャケットを渡してきた。
「……そう?」
「うん」
受け取ってみると、ニコが満足げに笑う。広げると、私が今着ているカーキ色のジャケットにデザインも丈も似ている。体に当ててみればサイズもぴったりだ。古着とはいえ、返り血でまだら模様になってしまっているジャケットよりも見栄えはずっと良かった。
このジャケットを着ていた人がどんな気持ちでこれを売ったのかはわからないが、私が今着ているジャケットに値段が付かないことは間違いないだろう。
ニコは何か成し遂げたのかとでもいうくらいの笑顔だ。
人の服を探す前に、自分が着る服を探すべきなのではと思ったが、ニコが満足げなら、それでもいいかと思てしまう自分もいた。初めて何かを成し遂げた子供のような顔をしている。
服の山を漁ってみるが、やはりサイズの合いそうなものは見当たらない。こんなに山があるのだから、一枚や二枚ぐらいあってもいいと思うのだが、中々上手くいかないものだ。目の前の山の中から一枚大きなローブを掴みだして、面倒だから頭からローブでもかぶせてやろうかしらなどと投げやりに考えていた。一般的な魔法使いっぽくて私はローブスタイルも嫌いではない。実家にいたことは確か小さなローブを父親に買ってもらっていた。恐ろしく動きにくい代物であったが、物語に出てくる魔法使いっぽくて私は大好きだった。
そんな適当な思考に絡めとられていたら、赤い布が目に留まった。洋服にしては幅の狭いそれを引き摺りぬいてみると、赤いマフラーが出てくる。自分の中で何かがぴたりとあてはまった。
悪くはない。
まだ近くをうろついていたニコを捕まえると、マフラーを手渡す。
「これで首元隠しなさい」
赤いマフラーをしげしげと眺めた後、ニコが二三度頷く。どうやら嫌ではないらしい。
「じゃあ、エマはこれね」
と、笑うニコが先ほどのカーキ色のジャケットを持ってきた。
「はいはい」
適当に返事をしてそれを受け取ってしまう。探すのもめんどくさいし、これでいいやと流されてしまう。そもそも、私の服を買いに来たわけではないのだ。
それから、ニコのシャツとズボンも探し当てて買い求めた。
銀貨は銅貨に崩れてニコの新しいズボンのポケットの中にしまわれて行った。
店を出ると、さっそくマフラーを巻いたニコが手に私のポンチョを持っていた。
「エマ……」
「ああ、ありがとう。邪魔でしょ? 預かる……けど」
新しく買ったジャケットとシャツを着て、ニコからポンチョを受け取ろうとするが、なぜだか、ポンチョがその場から動かない。ニコが私の顔とポンチョを交互に見ていた。大きな手がポンチョをつかんで離さない。
「離してくれないと……」
黒い瞳がポンチョを名残惜しそうに見ているので、哀れに思えてしまう。欲しいなら欲しいといった方がいい。ニコは我儘を知らないらしかった。
「ほしいならあげましょうか?」
「いや、いや、いい」
そう言いながら首を振る赤い顔でニコが首を振る。何を焦っているのかと疑問になった。
彼の手からするりとポンチョを抜き取ると、今度は簡単に手放される。特段寒いわけでもなかったが、持ち歩くのも面倒なので羽織ってしまおうと、布を広げた。
目の前の黒い瞳が身ウ見るうちに驚愕に染まっていく。焦り気味の手が私の腕をつかんだ。
「あ、洗ってから着なよ!」
「どこか汚したの?」
と、ポンチョの表面をぐるりと見渡してみるが、別に汚れは見当たらない。大事に着ていてくれたんだと思うと嬉しかった。
「よ、汚してないけど……」
「ならいいじゃん。洗濯もただじゃないのよ」
ニコを無理やり納得させてから、前のボタンを留めた。お金の話を出すのは卑怯にも思えたが、今話がスムーズに進むためには仕方のないことだ。
歩き出すと、時々ニコの視線が私に向いているのに気が付く。
私は頭の片隅で自分の腹具合を考えていた。
「ほんとは欲しいんじゃないの? 私新しいの買うからいいよ?」
「いや、いや。返す」
ニコがなんとも言えないような笑みを張り付けながらそう首を振った。
そんなに気に入ってくれたんならよかったと思う。私もこの柄がお気に入りなのだ。
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