2-8

 自分勝手な人が嫌いだった。

 いつからなのかは定かではないが、生まれた時からではないだろう。子供の頃は至極穏やかに生活していた記憶がある。

 人生で初めて世界の理不尽にぶち当たったのは、魔力の少ない父親が遠縁の親戚たちにいじめられていたのを見た時だった。いじめ、と言っても今の私からすれば軽い小言のようなものだったが、当時心の柔らかかった私には深く突き刺さったものだ。

 最愛の父は何と言われていたか。


「娘さんに魔力が遺伝しなくてよかったですな」


「娘さんはイデオラ様に似ていらっしゃる」


「手を繋いでいても、魔力は吸い取れませんよ」


 だのと。

 それを言われても娘の前だからと、穏やかに笑っていなければいけない父を見て、大人になりたくないと当時面倒を見てくれていた家庭教師に泣きついたものだ。



 その次は、姉たちを教えていた師匠に突き放された時だった。一番下の姉とは五つも離れていて、一番上の姉は私よりも十二歳上だった。私が魔法を本格的に覚える頃には姉は立派な見習い魔女として修業に明け暮れていた。そんな姉の姿に憧れて、私も魔女になるのだと決めていたのに。


「あなたには教えられない」


「私じゃない人の方がいいわ。格が違うの」


 耳元でささやかれたそれに、目を見開いた。

 私は魔女にはなれないのだ。資格がないのだ。と泣き暮れて、部屋にこもった。子供なりに反抗心も芽生えていたから、ハンガーストライキも行った。



 それを経て紹介されたのが先生だった。

 輝くような銀髪に、愁いを帯びたような紫の瞳をした疲れたような顔をした人だった。顔の大きな火傷の痕に初めは怯えていたが、話をしてみると面白い人だった。まだ三十手前だったとうのに、『若いころ』の冒険の話をたくさんしてくれた。老いたドラゴンと共寝した話や、先生の似ていないお姉さんの話、天から降りてきた妖精の話、森に住む七人の森人種(エルフ)の話。どれもこれも子供が好きそうな話で、浮かれる心を押さえるのが大変だったのを覚えている。


「ちょっとでも魔法が使えれば、これよりもっと素敵なことに出会えるよ」


 と、穏やかに語ってくれたのを覚えていた。

 母や父に尋ねると然る高名な魔女だそうで、高名な魔女になるにはたくさんのことを知らなければならないのか、と多くのことをできる限り勉強した。

 メイドたちに話を聞く限り忙しそうではあったが、三日も明けずにやってきては色々な魔法を教えてくれた。見込みがないと、そういわれた私に根気よく、丁寧に、できるまで付き添ってくれた。

 次第に体も大きくなって自分で馬を駆れるようになった頃には、学校の休みを使って先生の家に入り浸るようになっていた。家にはないような色々な魔導書を読み漁り、様々な魔方陣を書いて、魔法石を作った。まだ見ぬ魔法に想像を膨らませたものだ。

 それが、ふたを開けてみたらどうだろうか。

 私には素質がなく、使えた不可視魔法は使役魔法のみだった。それどころか、魔力も底をつき、可視魔法も十分に使えなくなって、私は魔法使いとも魔女とも名乗れない宙ぶらりんな生き物になってしまったのだ。

 母は私の扱いにきっと困っただろう。

 あの人は大陸に名前が轟くような人だ。それの末娘がこの体たらく。

 優しい姉たちや、使用人たちはもちろん何も言わなかった。今まで魔法の勉強しかすることがなく、それにだけ打ち込んできた私は何も手につかなくなった。

 引きこもりがちになった私を、それでも先生は三日も明けずに訪ねてきた。忙しいだろうに、目の下に隈まで作ってやってくる先生の話をぼーっと聞いていた。

 口さがない親戚たちが私に何か言っているというのはもちろん知っていた。

 勝手に期待して、勝手に落胆しているような器用な人たちだよ。

 と、先生が笑っていたのを覚えている。

 



そのころから、縁談の申し込みがいくつかあった。

 母の勧めで会ってみたが、どれもこれも


「あなたのことを本当に心から思っています」


「舞踏会でお見掛けしてから、気になっていて」


「一度、一緒に出掛けませんか?」


 血筋のために言っているのだろうということはよくわかる。私は曲がりなりにも貴族の四女だったわけだ。だから、結婚する程度の価値はあった。魔女でなくともだ。

 そして、気が付いた。今まではその縁談の申し出を母が自ら断っていたのだということに。やっぱり母は私に何かしら期待していたのだろう。

 ますます引きこもるようになった。




 父が薦めてくれたのは教師の仕事だった。


「お前に向いていているの思うんだ」


「ベリーマミーさんも君は物を教えるのが上手いといっていたし」


 優しい申し出だった。

 だが、知っている。先生が私が教師に向いているなどと言わないことを。


「お前はやっぱり魔女になるべきだ」


 先生は私にそう言ってくれていた。

 父の申し出も断った。

 その時の父のほっとした顔は忘れられない。




 しばらくしてから、訪ねてきた先生が


「あんまり走らせないと、馬が駄目になってしまう」


 というので、先生と一緒に馬に乗って一週間ほど旅に出た。その時に見つけたのがハルピュイアの卵だった。

 私は卵に夢中になった。生まれてきた雛にアルフィスと名前を付けて、彼女が飛べるようになった頃に私も旅を始めることにした。魔女も魔法使いもやめたのだ。魔物使いと名乗ることに決めた。

 魔力がなくとも、この子がいれば何とかなると根拠のない自信があった。幼さゆえだというのが今ではわかる。

 先生は二度も「考え直して」と言いに来たが、私の意志が固いとみるとすぐに諦めた。

 姉たちやメイドたちはとても心配してくれているみたいだった。特に一番上の姉は私のことをこれでもかというくらいに心配した。傭兵をつけよう、と私財を投げうって傭兵を探そうとしていたのを何とか止めた。母は正直なところほっとしたのだろう。何も言わずに見送ってくれた。

 これで腹の中にしこりを抱えていなくて済むぞと。そう思ったはずだ。




 旅立つ一週間前に紹介されたのが父の弟にあたるというキュイス・ダイナーという人と彼が首領を務めるチャルカの教会という組織だった。魔女しか入れないという組織に入れてくれたのは、きっと父のコネがあったからだろう。家を出てからそのキュイスが父親のように良くしてくれた。

 組織に入って、二週間後に先生に出会ったのは驚いたが、どうやら先生もチャルカの教会のメンバーらしかった。

 それから私は旅に明け暮れた。

 西に行けと言われれば西の果ての海へ行き、南に下れと言われれば南の花畑へと赴いた。そうこうしているうちに自分の周りにいる魔物は三匹に増えていた。

 それに安心している自分がいた。




 だから、大嫌いだった。

 父を口汚くののしっていた親戚連中も、才能のない私のことを早々に見限ったあの魔女も、勝手に期待して才能がないとわかれば口汚くののしる人たちも、見込みがないとわかって早々に家から追い出そうとした母も、嘘で私を丸めこもうとしたあの求婚者たちも、そんな人たちに見限りをつけて家を飛び出した自分も、全部、全員身勝手だ。

 私に期待をしないでほしかった、見ないでほしいし、いないことにしてほしいとさえ思う。

 だが、人との縁も切れない、目の前に現れた人に手を差し伸べてしまうような自分が。

 自分勝手な自分が大嫌いだった。

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