敗者の街 ―Happy Halloween IV ―

 ハロウィン、という催しがある。

 古代ケルトが起源とされており、現代では主にアメリカ合衆国を中心に幅広い国で年中行事として定着した、いわば祝祭だ。


 本来はドルイド教の祭りだったとされているが、今やあらゆる地域で楽しまれ、その日は死者も生者も入り交じって季節の節目を祝う……と。

 まさしく、この「敗者の街」と呼ばれる空間に相応しい……と、説明されてしまえば、一理あると肯定せざるを得ない。


「だがな……貴様ら、流石に浮かれすぎだろう」


 目の前にはかぼちゃのランタンが幾つも転がり、どこから持ってきたのかよく分からない木に、これまたよく分からない飾りがごちゃごちゃと付けられている。

 飾りの中には靴下や短冊といった、また別の祭りの要素が混ざり、混沌とした様相を呈していた。


「こういうのはな、楽しまねぇと損なんだぜ」


 レニーが得意げに言う。


「そうだねぇ。遊べる時はとことん遊ぶのが一番さ」


 サーラ・セヴェリーニも、その隣で大きく頷いている。

 真っ赤なチャイナドレスを着こなし、化粧や髪飾りも衣装に合わせてしっかり着飾っているのを見るに、楽しんでいるのは間違いないだろう。


「うん、でもなんで俺の医院? 別の場所で良くない?」


 グリゴリー・ベレゾフスキーは、パーティー会場に変貌した倉庫の入口で不満そうに突っ立っている。

 かぼちゃの被り物をしている辺り、楽しむ気は満々のようだが。


「集まりやすいからでしょ。作中でも繋がりやすい場所みたいな感じで出てたし」

『カミーユ、メタ発言は程々に使わないと飽きられるよ! 気を付けたまえ!』


 カミーユさんは相変わらずスケッチブックに向かっており、サワ・ハナノはよく分からない視点で楽しそうにしている。

 ノエル・フランセルもといジャック・オードリーの声は聞こえてこない。留守だろうか。


 しかし……この状況は、流石に好ましくないな。


「……酷い有り様だ」

「レヴィさん、真面目だもんねー」


 魔女姿のイオリが、スナック菓子を食べながらそう言ってくる。

 隣の揃いの衣装を来た少女……オザキの方のイオリに「いる?」と聞いているのも見えた。

 確かに、俺はよく「クソ真面目だ」だとか、「堅苦しい」だとか非難されるが、それでもだ。

 数多ある俺の嫌いな言葉のひとつに、「無秩序」がある。


「今年の企画担当は誰だ? 段取りがあまりに雑すぎる。催しを開くつもりならば、事前に、綿密な計画を立てるべきだろう」

「あー、そうだったよ。こいつの真面目の方向性、普通にバカなんだよな」

「なんやかんやで楽しむ気満々だしね」


 レニーとカミーユさんが口々にぼやく。

 ……しかしだな。今回の場合は適当に「来たい人だけ来てください」と告知を出し、適当に飲み物や菓子を持ち寄り、適当に飾り付けをし、時間もこれまた適当に「夜らへん」とざっくり決め、各々適当に過ごしている。


 あまりにも、ずさんが過ぎないだろうか。


「集まりもまばらな上に、参加者も特に何をするわけでもない。……というか、ひたすらだらけているだけにすら見えるのだが」

「出たよクソ真面目……。それくらいユルい方が楽ってヤツもいるの。俺がそうだし」


 グリゴリー・べレゾフスキーはやれやれと溜息をつき、「なぁ?」とブライアンにも同意を求めている。

 腹立たしいが、ここで感情的になるわけにはいかん。回し蹴りは脳内だけに留めておくことにする。


「……ん。僕は……。……えと……どっちでも……」


 ブライアンは少しばかり考え、眉根をわずかに下げてそう答えた。


「……考えてみれば、アドルフさんは『不参加を選ばせてくれ、頼む』と言っていたな。たまには、こういう規則の少ない機会も設けるべきなのかもしれん」

「頑固だが、人の話は意外にちゃんと聞くんだよなこいつ」

「なんやかんや良い子だよね」


 レニーとカミーユさんが何やら言っているが、気恥ずかしいので聞かなかったことにしておいた。


「あ、照れてる」

「照れてんな」

「……ッ、いい加減やかましい。人の言動を逐一指摘しないでもらいたいものだな……!」


 俺が反論すると、二人はやけに嬉しそうに「はいはい」「悪かったよ」と妙なにやけ面で返してきた。


「耳まで赤くするくらいなら、いっそ素直になっときゃいいのに」


 グリゴリー・ベレゾフスキーが追撃してくる。

 やはり、殴られたいのだろうか。殴られたいのだろうな。

 ……落ち着かねば。脳内でアッパーカットを喰らわせておくだけに留めておこう。


「時間もちょっと長めにしてあるし、それなりに自由度は高いよ。気に食わないヤツがいたら避けることもできるしね。アンタも、今日ぐらいロナルドやキースと顔を合わせたくないってんなら、無理しなくていいってことさ」


 続くサーラ・セヴェリーニの説明には、納得せざるを得なかった。

 おそらくは、今回の形式を考えたのは彼女なのだろう。


「……そういう利点もあったか。失礼、先程は不躾なことを言ったな」

「別に構わないよ。意見を出すのは自由さ」

「……そして……その、だな。心遣いにも、感謝する」

「きちんと詫びと礼ができるなら上出来だ。ゆっくりしてくと良いさ。出入りも仮装も、飲食も自由だよ」


 そう言うと、サーラ・セヴェリーニはグラスを掲げ、「Buon Halloween!」と気前よく笑った。


「……とはいえ、倉庫とはいえ医院の一部だ。なるべく、清潔に使うべきだろうな」

「今の状態で元より数百倍くらい綺麗だし、別にいいんじゃねぇ?」

「床……初めて見えた……」


 それでいいのかグリゴリー・ベレゾフスキー。

 ブライアンも静かに頷いているが、この医院は本当にそれでいいのか。


「そーいえばさ、ロバートとか来ないのかなあ~?」

「仕事じゃないの……?」

「えー、でもレヴィさんいるんだし、来るでしょ」


 イオリ組が何やら話しているが、ロバートが来ようが来るまいが、俺は特に気にしていない。断じて気にならない。

 あいつは子供っぽいところがあるとはいえ、催し事に必ず首を突っ込むとは限らな……


「今年もハロウィンやってるんだって? 遊びに来たよ!」

「おっ、ロバートじゃねぇか」

「マジ? 噂をすれば~ってやつじゃん」


 聞き覚えのある声に、レニー、ジョージマの方のイオリが楽しそうに返す。

 ……。まあ、嬉々として参加してきそうな性格だったな。そういえば。


「良かったねレヴィくん。会うの久しぶりじゃないの?」


 カミーユさんが、スケッチブックに向かったままそう言ってくる。


「……だから何だ」


 ロバートが遊びに来たとはいえ、皆の前で浮かれるようなことはしない。

 確かに、嬉しくないと言えば嘘になってしまう事実は否めないが、露骨に態度に出して喜ぶほどでもない。


「……ロバート、は……生者側……。来るの、遠い……」

「だって、来たらレヴィくんにも会えるかなって!」


 ブライアンの気遣いに、ロバートは明るく答える。

 ああくそ、仕方がない。認めてやる。

 嬉しいに決まっているだろう……!

 おいグリゴリー・ベレゾフスキー、なんだその「やれやれ」とでも言いたげな顔は。

 バックドロップでも仕掛けられたいか。


「アン姉さん達も一緒に来てるよ!」


 その発言から少し遅れて、ローランドさ……いや、アンドレアが顔を出す。


「久しぶり。ロブが途中で走って行っちゃって……ロッド、大丈夫? 水飲む?」


 連れ立って来たであろうロデリック・アンダーソンはというと、ふらふらと扉にもたれかかり、真っ青な顔で息を切らせていた。


「ぜえ……はあ……。あ、相変わらず……ガキっぽいな、ロバート……」

「相変わらず体力ないねぇ。ほら水飲みな、水」


 サーラ・セヴェリーニが、その辺に置いてあったペットボトルを投げて渡す。

 ……やはり、なんというか……雑ではないか……?


 ともかくだ、人数も増え、賑やかになってきた。

 ロバートは俺を見かけるなり嬉しそうに「会いたかった」などと言ってきたが、俺がどう返したかは激しくどうでもいいことなので割愛しておく。


「レヴィ、もう真っ赤じゃねぇか。『お……俺も、まあ、そう……だな』みたいにどもっちまってるしよ」

「わざわざ具体的に状況を述べるな。俺を恥で殺す気か」

「レヴィ君、今すっごく絵になる顔してるよ。スケッチしてあげようか」

「絶対にやめろ」


 カミーユさんとレニーは何が面白いのか知らんが、今回はやたらと俺に絡んでくる。一体どうした。


「いや、レヴィ君はめちゃくちゃ面白いでしょ。別に今回に限らず、ずっと」

「だよな。超面白ぇ」


 カミーユさん、表情で心を読むな。


「そういえば、ロジャー兄さんは? こういう感じの世界感だと、まだこの世界にいるだろ?」

「予想外の人がメタ発言したんだけど。お前そういうキャラだっけか」

「?」

「いや『?』じゃなくてね?」


 ローラン……いや、アンドレアの発言に、グリゴリー・ベレゾフスキーがツッコミを入れる。

 とはいえ、彼女は時々妙なことを言うからな……何かしら、よくわからないものと波長が合ったのかもしれん。


「……アン、ロジャー義兄さんのことだし、最初は陰から見守ってるとかじゃねぇか? そんで、突然『わっ』って出てくるんだよ」

「有り得る。こういうカーテンの裏に隠れて、今か今かとチャンスを伺ってそう」


 いや、流石にあのロジャーと言えど、そんな単純な真似はしないだろう。

 実際、アンドレアがひらりとまくったカーテンの中には誰もいなかった。


「なぜバレた……!?」


 ……俺の背後で何か聞こえたが、聞かなかったことにするべきか、これは。

 振り返ってみると、俺が立っている場所付近のカーテンが妙な形に膨らんでいた。


「……えっ、何してるのロジャー兄さん」


 俺が反応に困っている間に、ロバートが何の躊躇もなくカーテンをまくり上げる。


「い、いや……頃合いを見計らってサプライズをしようと思っていたのだが……」


 ロジャーは骨と化した指で、恥ずかしそうに頬をポリポリとかいた。

 ロジャー……もしや、かなり浮かれているのか?


「ローザ義姉さん、後から来るって。良かったな兄貴、恥ずかしいところ見せなくて済んで」

「……姉貴なら、そのまま写真撮りそうだもんな」

「あ、じゃあ僕が写真撮っておくね」

「ロデリック、余計なことを言うな! ロバートもカメラを向けるのはやめたまえ!」


 ハリス家の兄弟達は、離れていた期間を感じさせないほど楽しげに語らっている。

 俺には兄弟がいない。カミーユさんやブライアンは少しばかり近い立ち位置にもいたが、兄弟というとまた感覚が異なる。

 別に、羨ましいと思っているわけではないが、信頼のできる相手が複数人いるのは心強いことだ。

 特段羨ましいと思っているわけではないが、それが血の繋がった仲だというのは尚更支えになっていることだろう。昔の俺であればついつい妬んでしまっていた可能性も否定はできない。

 ……彼らの場合、「家族だからこそ」苦しんだ部分もあるのだろうがな。


「ロバート、家族水入らずで過ごしたいのならば、俺は席を外すが」

「えっ? レヴィくんも、もう家族みたいなものでしょ?」


 ロバート、そういうことをサラッと言うな。心臓に悪い。


「そうだぞレヴィ。お前は私の息子のようなものだ。……ああ、いや、今は義弟と言った方が良いかね?」

「……誰が息子だ。俺にはロジャーの面倒を見た記憶しかない」

「相変わらず、可愛げのないことを言う……」


 ロジャーは俺にも屈託のない笑顔を向け、ロバートは隣で微笑ましそうにしている。

 むず痒い気持ちにはなるが、まあ、こういうのも悪くはない。


「まあ、実際兄貴は面倒見られる側だよな。レヴィもお疲れ様」

「わ、私はそこまで頼りなくはないだろう!」

「頼りないとは言ってないだろ。無駄に前向きだから、元気はもらえるし」

「その意見には、俺も同意します」

「……別に、俺相手の時だけ丁寧に話さなくてもいいんだよ」

「……失敬。つい……」


 ……それにしても、アンドレアと顔を合わせるたび、遠い昔に出会ったように感じるのは不思議なものだ。その上、何やら大きな恩義があるようにも感じてしまう。

 イオリには「前世でホントに会ってたとかじゃ? 前世とか輪廻とか、マジであるかは分かんないけど」……などと言われたが……不思議なこともあるものだな。


「ふん、そうだろうそうだろう。特に根拠がなくとも、どうにかならなくとも、前向きであることはそれ自体に価値があるからな」

「……あんまり調子には乗るなよ。そのまま崖に突進されても困るし」


 しかし、俺が言うのも何だが、アンドレアは身内相手にはやけに皮肉っぽい口調になるな。

 今の台詞も、要するに「無理をせず時々は弱音くらい吐け」と言いたいのだろうが……


「……あれ。ロッド、どうしたの」

「……いや、俺はアンダーソンの方だから……」

「……そのことか」


 正直に言うと、彼の兄について気にしていないわけではないし、彼の姉のビジネスの手法についても思うところがないわけではない。更には俺とロデリック・アンダーソン本人との間にもあまり関わりがなく、接し方がよくわからない気持ちはとてもあるが、気を遣わせるのは俺とて本意ではない。

 ロデリック・アンダーソンには窮地に力を貸してもらった恩もある。ここは、コミュニケーションを取っておくべきだろう。


「案ずるな。俺は貴様をそれなりに高く評価している」

「えっ……何だよいきなり。怖……」

「貴様は自分を卑下するが、慎重かつ冷静な判断に幾度も助けられた。改めて礼を言おう」

「……えっ、お前、そういう性格だったか……? ど、どうしたんだよ……?」


 おい、なぜだ。

 そこまで怯えられるようなことを言った覚えはないが。


「大丈夫だよロッド義兄さん、レヴィくん、結構義理堅い性格だから」

「そ、そう、か……なら、良いんだけどよ……」


 とはいえ、ロバートのフォローのおかげで、どうにか少しばかり心を開かせることができた。

 もう一押し、と言ったところか。


「ああ。何か困ったことがあればすぐに頼れ。空き巣や詐欺師の一人や二人、簡単に捻り潰せる」

「やっぱ怖ぇよこの人……!」


 ……と、思えば、また怯えさせてしまった。

 なぜだ? やはり得意を活かすといえば、腕っぷしだと思ったのだが……。


「もしかして、この二人……相性悪い?」

「うーん……そもそもロッドが人と関わるの苦手だからな……」

「おっ、華麗なエンジン音が聞こえないかね。この勇ましく、それでいて優美な旋律はおそらくローザの車だろう!」


 ロバートとアンドレアが何やら囁いているが、その後のロジャーの台詞に全てを持っていかれた。

 一体何だ、華麗なエンジン音とは。

 浮足立って扉の方に向かうロジャーの目の前で、派手な音を立てて扉が開く。


「おっ、ロ……ロドルフォだっけか? めっちゃ骨見えてるけど元気?」


 レオナルド・ビアッツィが、相変わらずの間抜け面で現れた。

 ロジャーの予想が大幅に外れたのはともかくとして……誰だ。ロドルフォとは。


「兄弟、車で来たのかい? 誰に乗せてもらったよ」


 レニーがすかさず問う。なるほど、自分で運転するわけがないと即座に判断したわけか。


「えーとな……誰だっけか。ロマーナ?」


 だから、誰だ。確かにRoの付く名前がそれなりに多いのは認めるが、その中の誰とも被っていないのはもはや奇跡だろう。


「おお、ローザと共に来たのかね!」


 ロジャー、落ち着け。まだローザ・アンダーソンだとは決まっていない。

 いや十中八九ローザ・アンダーソンだろうが、まだ可能性の段階であって確定ではない。


「……えっと……なんか、ごめん?」


 申し訳なさそうな顔で現れたのはオリーヴ・サンダースだった。

 ……ロマーナとは何だったのか。


「おい、貴様。何がロマーナだ。何一つ被っていないではないか。いくら何でも記憶力が蒸発しすぎだろう」

「あれ? そんな感じの名前じゃなかったっけか?」

「諦めろレヴィ、兄弟はそういう野郎だ」


 レニーはやれやれと首を横に振る。

 オリーヴ・サンダースはレオナルド・ビアッツィに向かって「もー! なんか悪いことしたみたいじゃん!」と怒っている。

 ロジャーはと言うと、露骨に落ち込むのも申し訳なく感じているようだが、かと言って切り替えて喜びすぎるとそれはそれで誤解を招きそうだからか、引きつった笑顔で冷や汗をかきつつ固まっている。


「オリーヴ? 『交通費しんどいから遠慮しとく』って言ってなかったか?」

「んー……ちょっとね。何となくだけど、来てみようかなって気持ちになっちゃって」


 ロデリック・アンダーソンの言葉に、オリーヴ・サンダースは苦笑しつつ答える。


「マノンも誘ったんだけど『誰が行くか』って断られちゃった」


 マノン・クラメールは……まあ、確かに、嫌がるだろうな……


「と、いうわけで……トリックオアトリート!」


 ……と、突然コートを脱ぎ捨てたと思えば、オリーヴ・サンダースの首から下がいつの間にかずんぐりむっくりとした着ぐるみに変わっていた。

 いつの間にか、頭にも立派なツノがそびえ立っている。

 待て。何だその早着替えは。コートの内側に着ていたのか? いや、どうやってだ……?


「どう? これ、クリスマスの余興でもやるつもりなんだよね!」


 なるほど、よく見るとトナカイの着ぐるみに見えなくもない。

 俺は彼女の人となりについては詳しくないが、なかなか愉快な女性らしい。


「むっ、トリックオアトリートか。ポケットに何か……」

「ぶっぶー! 時間切れ! というわけでトリックです!」

「早くはないかね!?」

「問答無用! そんじゃ、ちょっとお借りしマース」

「ま、待ちたまえ! 急に動かされると骨が落ちそうになる……!」


 ポケットを探ろうとしたロジャーを速攻で羽交い締めにし、オリーヴ・サンダースは半ば強引に倉庫の外へと連れて行く。

 何をするつもりだ。そして、その力はどこから湧いてきた。


「……! ろ、ローザ!」

「うふふ、貴方のその顔が見たかったのよぉ。びっくりしたかしら?」


 会場の外から、聞き覚えのある声がする。


「……ふぅ、良い仕事した気分」


 スッキリとした顔で、オリーヴ・サンダースのみが倉庫内に帰って来る。

 車のエンジンがかかる音も聞こえた。


「デートかな?」

「デートだろ」

「デートだな」


 弟(妹)たちが口々に言う。

 なるほど、確かに今の時期ならば顔面の半分が骨になっている軍人がドライブしていても目立たないだろうな。


「そーいや、なんだっけか。ロメオとコッラディーノ? とも会ったぜ」


 だから、誰だ。

 いくらレオナルド・ビアッツィの記憶力が致命的なほど役に立たないとはいえ、流石に一人くらいは正解しても良いだろう。なぜ、こうも綺麗に全問不正解していくのか……


「おいおい兄弟、俺はてめぇの記憶力の無さには一種の信頼を抱いてるほどだが……そりゃあいくら何でも覚え違いが酷すぎるぜ。ほぼ解読不能じゃねぇか」


 レニーの言葉に一言一句同意する。

 先程までは何となくわかったが、流石に今回は推測不可能だ。


「で、ロナルドとコルネリスがどうしたって?」

「おっ、それ! そんな感じのヤツら!」


 レニー、何が解読不能だ。しっかり推測できているではないか。


「……いや、なぜわかる。何をどうやって推測した?」

「細けぇことは気にしなさんな。双子の以心伝心ってやつだぜ」

「もはやテレパシーの域に達していないか……!?」


 双子とは、そこまで特殊能力じみた結び付きを得るものなのか……!?

 愕然とする俺を他所に、二人は親しげに語らい合う。

 こちらも、離れていた期間を一切感じさせない親密さだ。


「ノエルちゃんもいたぜ。なんか、やたら避けられたけど」

「……。声かけてやったか?」

「え、なんで?」

「まあ、そうだよな。てめぇはそういう野郎だよ」


 ……ああ、なるほど。気まずい面子は気まずい面子で集まったということか。

 おそらくは、コルネリス・ディートリッヒが気を利かせたのだろう。

 余計な気遣いだ。……と、言いたいところだが、正直なところ俺も全てを割り切れているわけではない。

 感謝すると、後で伝えておこう。過去を許さないことと、現在の行動に感謝することは矛盾なく両立する。……後は、その時の俺が素直に謝意を口にできるよう願っておくだけだ。


 ところで、レニーの様子を見るに、ノエル・フランセルとレオナルド・ビアッツィの間には何か因縁ができたのだろうか。

 トラブルがあったという話は聞かんが……。


「あと、アンジェロもいたぜ。チェルソと仲良くなったっぽい」

「アンジェロは間違わなくて安心したけどよ、シレイな。原型どこだよ」


 呼称が原型を留めていなくとも理解できるのも、双子の力か。以心伝心とは、凄まじいものだな。


「ねぇねぇレヴィくん、メールが来てたんだけど……」


 ロバートが俺の袖を引き、携帯電話の画面を見せてくる。


「……どうする?」


 眉根を下げ、ロバートは悩ましげな様子を見せてくる。

「会いたい」と、一言綴られたメールの末尾には、懐かしい名前が二つ記されていた。


「行くか。ちょうど、俺も腹を割って話したいと思っていたところだ」

「えっと……僕も一緒でいいの?」

「当然だ。……お前も『家族』のようなもの、だろう?」

「……! うん!」


 ぱあっと明るく笑う姿は、子どものように無邪気で愛らしい。

 思えば、俺はロバートのこういうところに心を救われ……いや、何でもない。緩さに当てられたせいか、うっかり浮ついたことを考えそうになってしまった。

 いや、別に考えても問題はないのだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしい。思考が表情に出てしまった時のことを考えると、思考そのものから戒めておきたいと感じてしまう。


「えへへ、レヴィくんからそんなこと言って貰えるなんて。嬉しいなぁ」

「……ッ、煩い。ただの気まぐれだ!」


 ああ、くそ。その笑顔は反則だろう。

 好きだ。


「一応言うけど、別に、無理に許さなくたっていいんだよ」


 ずっと絵を描いていたカミーユさんが、一言伝えてくれる。


「分かっている。……だが、会いたいという願いにも偽りはない」

「そ。まあ、君がやりたいようにやりなよ」


 カミーユさんは蒼い瞳を上げ、絵筆を持ったまま、見送るように手を振った。


「楽しんでね」

「ああ。……ありがとう」


 礼を伝え、ロバートと共に扉の方へ向かう。


「レヴィ」


 去り際、今度はブライアンに声をかけられた。


「また……会える?」


 寂しそうな声が、後ろ髪を引いた。

 ブライアンはいつも積極的に人と関わらないし、今回もグリゴリー・べレゾフスキーと一緒か部屋の隅にいることが多かったように思う。

 ……だが、その表情は間違いなく、以前のものとは違った。


「ああ。また、来年会おう」

「僕……えと、ちゃんとした、のも……ゆるいのも、どっちも……楽しかった」

「そうか。楽しかったか。……何よりだ」


 それだけ答え、背を向ける。

 友の明らかな変化に、胸が熱くなるのを感じた。

 扉を開け、外へ。


「……おっと」


 ちょうど出たところで、黒髪の青年と鉢合わせた。

 確か、ポール・トマだったか。入ろうとしていたのか、躊躇っていたのかまでは分からない。


「会場はここで良かったのかい?」

「ああ。参加自由だ。出入りも仮装も、飲食も自由らしい」

「それは良かった。ヴァンサンは、行く気になれないみたいだったからね」


 穏やかに笑い、ポール・トマは弟の名を口にする。

 ……彼らも色々と訳ありのようだが、最善の未来を選べるのなら、それを願う他ないだろう。


 彼が会場に入るのと入れ替わりに、ロバートが少し遅れて会場から出てきた。

 手に、小さなかぼちゃ型のランタンを持っている。どうやら、荷物から出すのに手間取っていたらしい。


「見て見て! 作ってきたんだよ」

「よく出来ているな。中のは豆電球か?」

「ううん、LEDライト!」

「……長持ちする電球だったか?」

「そうそう。それでね、外側は3Dプリンターで作ったんだ」

「3Dプリンター」

「家庭用のやつ買ったの」

「しかも、家庭用……だと……!?」

「うん。イオリちゃんがAmazinに良いのあるよって教えてくれた」

「待て、通信販売で買えるのか? 何だその技術革新のめざましさは!?」

「そのうち、死者の世界とも本当に通信できちゃうかもね」

「……それは、今もしているだろう」

「そうなんだけどさ……」


 ロバートと語らいながら、ランタンの灯りを頼りに夜闇を歩む。

 メールの末尾に書かれた二人……ElizabethとLeo……母さんと、父さんが待つ場所へと、並んで進んでいく。


「寒いね。手、繋ごっか」

「……そこまで寒いか?」

「レヴィくんは、繋ぎたくない?」

「……。そこまで言われれば、仕方がない」

「やったー! レヴィくん大好き!」

「……ふん」


 この宴が夢か現か、真実か幻想か。

 そんなことは些事でしかない。


「トリックオアトリートって言ったら、お菓子貰えるかな」

「向こうが言ってくるかもしれんぞ」

「えっ、な、何か持ってたかな!? ……あっ、キャラメルならある……かも」

「俺も会場からチョコレートを貰ってきた」

「じゃあ大丈夫だね!」

「……そうだな」


 誰かの考え出した、都合のいい夢物語かもしれない。

 この夜が終われば、泡沫のように消える、曖昧な時間かもしれない。

 正式な記録にも、俺達の記憶にも残らない、ただの儚い幻かもしれない。


「えーと、キャラメルはこの辺に……あれっ、何かカバンの中にモナミくんがいた!?」

「大方、カミーユさんかサワ・ハナノの仕業だろう。もしくはパーティー中に紛れ込んだか……」

「うーん……どうしよう? 返しに行ってくる?」

「……考えようによっては、『トリート』の方に使えなくもない……か」

「レヴィくん、結構はしゃいでるでしょ」

「真面目にハロウィンを楽しんでいる、と言ってもらいたいものだな」


 ……ただ、笑い合うこの瞬間には、間違いなく意味がある。

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