敗者の街番外編(短編集)
譚月遊生季
敗者の街 ―Happy Halloween―
「よーし、ネタバレに配慮しつつif世界観でハロウィンやんぞ」
そう言い出したのはレニーだったと思う。
素晴らしくツッコミどころ満載のメタ発言はこの際置いておいて、僕もイベントごとは嫌いじゃない。全力で乗っかることにした。
知らない人のために自己紹介しておく。
僕はロバート・ハリス。一応、歴史学者をしている。……で、今回は「敗者の街 ―Requiem to the past―」本編とか時系列とか、ついでに文化考証とか、そういった細かいことはとりあえず忘れて欲しい。あと、初めて読む人も安心できる仕様になってる……はず。たぶん。
何はともあれ、思いつきで仮装パーティが始まった。会場はハロウィンに似合うって理由で、実家を使うことにした。両親はご都合主義という名の魔法で外出中。あ、本編ではお馴染みの呪いとかじゃないから、そこは大丈夫。
今回は全編コメディの予定だし、血飛沫も肉体欠損も鬱展開も変態要素も封印……あれ、変態要素は問題ないんだっけ……?
「おおー、豪邸じゃねぇか。事故物件だけど」
開始早々、レニーが失礼なことを言ってきた。どこで調達してきたのか知らないけど、血のついた白衣を羽織ってるだけのあたり、仮装にやる気が無さすぎる。
大人用白衣だから、サイズもあってなくてだぼだぼしてるし……。
「事故物件とか言うのやめてよ。定期的に帰ってる実家なんだよ……?」
「まあ……昔から幽霊が出るとかは言われてたよね。そういう話は苦手だけど」
ローランド兄さんはいつもの軍服姿じゃない。中国のキョンシーかな?顔にお札を貼ってる。っていうかナチュラルにチャイナドレスなんだけど、誰が着せたんだろう。
「ローザ、どうせならもう少しスリットを深くできないのかい?」
「あらぁ、お兄さまの趣味に合わせたわけじゃなくてよ?」
犯人はすぐにわかった。
ロナルド兄さんが吸血鬼なのは察してた。絶対誰かにセクハラしに行くつもりだ。ローザ姉さんは赤いドレスを着てるけど、手に持ってる鞭はなんだろう。
「いやいやいやいやお前順応し過ぎだろ!?」
ロデリック兄さんは既にテンパってるけど、イベントは楽しんだもの勝ちだと思う。雑に包帯をぐるぐる巻かれてるけど、犯人はやっぱりローザ姉さんなのかな……?
「ロバートくん、そういうとこが図太いって言われるんだと思うよ」
カミーユさん、表情から感情読むのはやめて欲しい。
……あれ、カミーユさんは仮装してないな。髪のセットがいつもと少し違うくらい……?
「えっ、してるよ?コンセプトとしては日常に潜んだ殺人鬼。武器は基本的にガラスの破片で、空き巣が犯行を見られたから衝動的に殺したように見せかける。実際空き巣の常習犯だったけど殺しちゃってから案外それが楽しいことに気付」
「ごめん、設定が細かすぎるしやっぱり普通の格好にしか見えない」
どうしてそこで1周回転させちゃったんだろう。確かに普段と違うオシャレには見えるけど……。
「まあ、ノエルに発注したしね。落ち着いて洒落たデザインにはなっても奇抜には仕上がらないよね」
それ褒めてるの?貶してるの?どっち?
「痛っ、何?なんで怒ってるの?」
左腕がカミーユさんの頬をビンタする。……うん……相変わらずアレな光景だね……。
「うん、俺がどんな格好なのか分かってた。どんなメイクされるかもう分かってた」
「グリゴリーさん、おそろい……」
「2人ともこっち向いて~ピースピース」
2体のフランケンシュタインと、フェアリーの格好をしたイオリちゃんが3人で自撮りしてる。……身長差が厳しいんじゃ……?と思ったら、スッと自撮り棒を取り出した。最近の子だなぁ……。
まあ、ここの3人は微笑ましい。見ていたら和む。
「……アンタが天使なんっすか……」
「なんだよアドルフ。お前も悪魔より天使の方が良かったのか?絶対に似合わないのに」
「パワハラやめてくれません?」
「そのように雑な造形の天使など有り得ません!!」
「無駄に気合入ってる堕天使が来た……!?」
あ、あの辺は放置しとこう。エルダさん(仮)ちょっと苦手なんだよね。怖い。
でも仮装に無駄に気合が入ってるなら、こういうのは嫌いじゃない……のかな……?
「何事も死力を尽くして行うべきと私の神は仰っています」
「また何かやべぇもん見てんじゃねぇのかこの人……」
「キース!来てやったよ!」
と、助け舟を出すようにサーラさんが歩いてくる。
……。き、際どい……。
「シャンパンとワイン、どっち開ける?」
サーラさん、そのサキュバスはさすがに不味い。キースが生足ガン見してる。あれ?レニーも腰のあたりめちゃくちゃ見てる?見てるよね?
「ビールは?」
スルー気味に話せるアドルフ、さては女性慣れしてる……?
まあ、プラチナブロンドでアンバーの瞳の男前だし、当然といえば当然……かな。
「お、サーラちゃん。ひょっとして誘ってんの?」
「いいやぁ?スケベな男どものアホヅラは拝みに来たけどね」
「言うねぇ。んじゃ、オレと一発どうゴフッ」
「ここは淫行の場ではない」
柘榴のような色の赤毛が視界に入る。
レヴィくんの狼男……狼女……えーと、人狼の蹴りがレオのヘラヘラした顔面に炸裂したらしい。痛そう……。
そういえばレオは仮装してないけど、忘れたのかな。
「ってぇ……いいじゃんよ。ブレーカーってやつ?」
……ひょっとして、
「おい、シーツ暑いとか言うなって。ちゃんと着てろ」
と思ってたら、レニーが頭からシーツを被せた。
……雑かな……!?
「詰まらん与太話に付き合わされるこちらの身にもなれ。怒りで月光に牙が疼いて仕方がない」
レヴィくんは普段から変な話し方だけど、今日は一段とおかしい。
「レヴィくん、なんだかんだ楽しんでない?」
「……そのようなことは断じてない。俺は無駄なことが嫌いだからな。……さて、真紅の戯れ、それとも甘美な捧げもの……どちらを選ぶ」
ノリノリだよ!!この人完全にお菓子欲しがってるよ!!
「レヴィさんチョコあげる~。好きでしょ」
イオリちゃんがすかさずチロリチョコを持ってきた。
「……別に好きというわけではないが、有難く受け取ろう。……ああ、余ればいくらでも処分してやる」
「……あ、僕もチョコ持ってるけど、いる?」
「…………いる」
どうしよう、ちょっとキュンとした。手持ちのチョコ全部あげたくなってきた。
「あ、ロッド、ロブ、手作りがいいってレニーさんから聞いたから、作ってきたよ」
チャイナドレスを着たロー兄さんが歩いてくる。うん、もう少し自分の格好に疑問を持ってもいいと思うんだ。
「……えっ、手作り……?」
ロッド兄さんが「助けて」って顔でこっちを見てくる。
ロー兄さん、それトリートなのにトリックだよ。むしろ大事故だよ。なんでカップケーキにビーフジャーキーぶっ刺さってるの?
「ロブ、口にケチャップついてる」
「ごめん兄さん、それ血糊なんだ」
言い忘れてたけど、僕はゾンビの格好してる。……考えてみれば、この中に数人アンデッドがいるのになんでゾンビにしてしまったのか。微妙に気まずい気持ちになってきた。
「気にすることないよ。私だって花子さんだから……」
いつの間にか背後に女の子がいる。びっくりした。
オザキさん、それ花子さんって言うの?僕、君のことはあまり知らないけど、制服でびしょ濡れで手首が傷だらけなのはいつもじゃないのかな……?
「あー、尾崎さん!いおが狐面と巫女服実家から持ってきたのに~」
「……だって、似合わないし」
「似合う似合う!ブライアンとオッサンはここで待ってて。着せてくるから」
「はいはい。転けるなよ~。俺が手当する羽目になるから」
グリゴリーの声に頷き、イオリちゃんはオザキさんの手を引いてトイレの方に走っていく。うーん、やっぱり微笑ましい。
「……アンジェロ、スマホの待ち受け画面……これ、イタズラか……?ちょ、グロ画像はやめろグロ画像は……って、おま、エロ画像もやめろ!!俺のフォルダ触んな!!うおっバイブやめろ!落とす!!落とすから!!!!」
ロッド兄さんが何か騒いでる。あ、スマホ落とした。
「……?ロッド、何この画像。アンドレアって書いてる……?」
「……マジかよ……」
ロー兄さんに見られたらしい。……とりあえずドンマイ。
「……ロジャーは、来ないのかしらね」
ぽつりと、ローザ姉さんが呟いた。
……そう言えば、いないなぁ……。
「……ロジャーのチャイナドレス……?」
どうしたんだろうロナルド兄さん、イベントの熱で頭が湯だったのかな。あと、ボソッと「アリかもしれない」って言うのやめよう?
「まあ、こういう時こそ好きな人には会いたくなるよね。エレーヌは女神のコスプレでそこにいるわけなんだけど」
誰もいないところ指さしてるカミーユさんの発言は置いておこう。……と、ロッド兄さんが肩を叩いてきた。
「……ロバート、ロー兄さんがいない」
「えっ」
誰かに呼ばれたんだろうか。姿が見えない。
……いつもいるからこそ、突然いなくなると不安になる。探してこようかな……。
「まったく、いつまで甘ったれなんだお前は」
……と、考えているうちにロジャー兄さんが来た。
「すまない、着替えに手間取ってしまってね」
オペラ座の怪人?かな?ヴェネツィアン・マスクがよく似合っているのが、妙に腹が立つ。気取ってる感じがすごい。
「……なんだ、女装じゃないのか」
「ロン、一体何を期待していたのか知らないがね、自重というものを覚えたまえよ」
舌打ちしつつ、ロナルド兄さんはレヴィくんやキースに視線を向ける。二人ともがそそくさと避け、エルダさん(仮)とロナルド兄さんの視線がかち合った。
「…………いつ見ても美人だね。あの澄ました表情を悦楽で歪めたい」
「ロン兄さん、そろそろ節操って言葉覚えたら?」
レオが何かをコキコキ鳴らしてる。音だけしかわからないのが余計に怖い。……そう言えば、ここの2人仲悪かったな……。
喧嘩は外でやってもらおう。この家が半壊しても別にまあ、僕は困らないけど。
「ロジャー、久しぶりね。よく似合っているわ」
「ローザ、君こそ相変わらず美しい。アンバランスな鞭すらも君の可憐さを引き立てているように思う」
あ、鞭がアンバランスだとは思ってるんだ。
「安心して、貴方に向けるためのものじゃないもの」
「おや、そうだったか。……しかし、それはそれで妬けてしまうものだ」
ねぇこの人本気で言ってる?
……でも、ツッコミを入れるのは流石に野暮だと思った。
ロジャー兄さんは手袋をした手でローザ姉さんの手を取り、口付ける。
「私と踊ってはくれないかね、ローザ」
「ええ……喜んで、ロジャー」
この場所には、死者と生者が混在する。
それは、「敗者の街」でも変わらないけれど、……こういう日は、本当に全てを忘れてしまえる。
「ロバート、トリックオアトリート」
ブライアンが、僕を見下ろして話しかけてくる。
「……イタズラって言ったらどうなるの?」
「ん、くすぐる」
「キャラメル3個でいい? くすぐりには弱いから」
「……5個、欲しい。グリゴリーさんと、庵と、尾崎さんと……四礼の、ぶん」
「友達思い!いいよ、持って行って」
ありがとう、と頭を下げて、ブライアンはとてとてと歩き去っていく。と、思い出したように振り返った。
「あ、お礼に……クッキー……」
律儀にクッキーを手渡して、再び歩き出す。
「ほんと天使だよねぇ……」
今度は亜麻色の髪が隣に立っていた。いきなり現れるのが好きな人多くない?
「カミーユさん、いつの間に……?」
「僕にもトリックオアトリートって言って。なるべく過激にトリックしてくれていいから」
「……サワさんたちも楽しんでる?」
「そういうドン引きを隠せないスルーも嫌いじゃないよ。……サワなら、大人数のイベントはそんなに好きじゃないから大人しくしてる」
くす、と笑って、カミーユさんは僕にケーキの箱を差し出した。
仕掛けはなさそうだし、普通にケーキをくれるって解釈で良さそうだ。
「ハロウィンっていいよね。馴染みの店もフェアやっててさ」
この人の、変なところで俗っぽい感性なんなんだろう……。
「芸術というものは独り善がりなものだけど、独り善がりだけで他人の心を掴むことはできないのさ。ネットショップの15パーセントoffをバカにするような人間は、芸術家気取りにはなれても真に人の心を揺さぶることはできない。なぜなら魂に訴えるという行為は、受け手がいて初めて成り立つものだから」
「うーん、よくわかんないけど、とりあえずありがとう! 美味しく食べるね!」
「あ、まだ半解凍だから気をつけてね。……あー、でも、ブリュレは半解凍でも美味しいかも」
さっきの発言と併せて考えると、馴染みのネットショップで15パーセントoffのフェアをやってた……ってことかな。
……結構高級そうな箱だし、確かにありがたい……。
「ところで、モナミくんに「甘い」の概念伝えるにはどうしたらいいと思う?」
「ごめん、唐突すぎて前提条件がわからないかな!」
ワイワイと騒いでいるうちに暑くなってきて、壁際に移動する。レヴィくんが隣に移動してきて、飲み物を渡してくれた。
「どんな時期でも水分補給は重要だからな」
ふん、と腕を組んで、人狼姿のレヴィくんは壁際にもたれる。
「……あまり、来たくない場所ではなかったのか」
「そうでもないよ。……一応、生まれ育った場所だし、ね」
嫌な思い出も、思い出したくないことも山ほどあるけど、大切な記憶もたくさんある。……例えば……
「ロブ、ごめんね。着替え直してた」
なぜか今度は和服を着て、ロー兄さんが帰ってくる。柄からして、たぶん男物。……ローザ姉さんの着せ替え人形にされてないかな、この人……。
ともかく、兄さん達のこととか、楽しかった日々のことは、今でも大切な思い出だ。
「ロー兄さん、ロッド兄さんが探してたよ」
「えっ、本当? じゃあそっちに行ってくる。ありがとう!」
袴の裾を踏みそうになりながら、ロッド兄さんの方に駆けていく。
「……いいのか」
「今は、君と話したいから」
「口説き文句のようなことを言うな。紛らわしい」
「……もしかしたら、口説き文句かも」
レヴィくんの性別がどうであれ、性自認が男性だということは分かってる。だけど……つい、場の雰囲気に流されてしまった。
「蹴られたいようだな」
「ごめんなさい!」
案の定、冷たい視線が返ってきた。……ちょっぴり、命の危険を感じた気もする。
「レヴィー!!もっと構えー!!」
べろんべろんに酔っ払った声で、シーツ男がレヴィくんに突進してくる。……が、ひょいと避けられて壁に激突した。そのまま崩れ落ちて悶絶する。
……レオさん、お酒に弱いんだ……。
「ロバート、俺はお前のために女になるつもりはない」
「うん、ごめん。なんだろう、ほろ酔いだからかな」
「……酒を言い訳にするな。来るなら正面から来い。正面から断ってやる」
「あ、断るのは前提なんだ……」
シーツの塊を助け起こしながら、レヴィくんは淡々と語る。
……女性として見るのは失礼だとわかっているけど、それでも、綺麗な人だと思った。
ベランダに移動すると、レニーが柵に座っていた。危ないよ、と言おうとしたけど、レニーのことだからスリルがどうのこうのと言ってきそうだ。
「楽しんでるか? ロバート」
「うん、楽しいよ。たまにはこういうのもいいよね」
「ああ、たまには……な」
今がいつで、ここがどこか。……自分が誰なのか。
そんなことを考える必要もなく、楽しめる場所。
この時間は、それが許される。
「ポーカーでもどうだい?」
「何を賭けるつもり?」
「何も賭けねぇさ。たまには、勝ち負けだけの遊びをしたって悪かねぇ」
「乗った。負けないからね」
「……ああ。負けた方が色恋の話をする……なんて、罰ゲームはつけたっていいんだぜ?」
「そういえば、さっきサーラさんの腰とかお尻見てたよね」
「やっぱりナシにしとくか!」
賑やかな喧騒のなか、心は穏やかで、暖かい気持ちに満ちている。
今年のハロウィンは、楽しい時間を過ごせそうだ。
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