大橋くんと伊藤くん
@nekohachinyan
第1話から卒業式
12月25日。終業式。
外は少し雪が降っていた。積もらない程度かな。
パシッ
駒音が響く。空気が冷たいからか、それに澄んだものを感じる。
「最後の最後で、部室で過ごすんですね」
パシッ
角道を止める。
「我々にふさわしい終業式ではないか」
パシッ
先輩は一直線に穴熊に向かう。
パシッ
「え、いいんですかいいんですか? システムですよ?」
飛車を振る。
「藤井システムとか対策してるわ」
パシン!
力強く香車を上げる。え、順序違わない? とか思ってはだめだ。そもそも定跡よく分からない。
「いえ、俺システムです」
「なんだよ俺システムって!」
突っ込まれる。先輩にツッコミされるとは思わなかった。
「知らないんですか? 炸裂しますよ?」
雰囲気で端歩をまた突く。ツッコミはいいから端歩を突き合えというツッコミを盤上で表現した格好だ。棋は対話なり。
「穴熊崩せるとでも? 今は冬やぞ、冬眠すれば勝てる」
「教科書持って帰るのしんどいって言って、よくこの部室に教科書ってか荷物一式置いていった可愛い先輩。彼氏できたみたいっすよ」
「は?」
俺システム発動。ただの盤外戦術である。
「え? もしかして、もしかしたんですか?」
システムとは急戦なのである。隙ができたらそこを攻める。多分そうなのだ。
「は? は? そうじゃねえし。ただ、なんでうちに荷物置いていったのかわかんねーだけだし」
「そうじゃん・・・」
作戦は成功したようなのだった。
「そんなこといいんだよ、今年の振り返りをしようって話なんだよ」
「いやだから振り返った結果、彼氏ができたって」
「それはいいんだよ!」
動揺は指し手に現れる。穴熊宣言しているのにまだ王将は潜らず、こっちからみて6筋の歩を突いてくる。それ意味あるの? 分からない。
「そんなことより、今年はちゃんと部活動として体をなしてよかったねってことなんだよ」
強引な話題切り替え。盤上もそんな感じ。
「まあ、若干、騙された感がありましたけど」
現在、将棋部部員は2人。先輩と自分。この学校は、競技のできる最低人数が集まれば部として承認、とかなんとからしい。
競技関係ない部活は確か5人とか集めないといけないとか。将棋ゆるいな。
「それでも僕は嬉しい。去年は一人で同好会だったからさ」
「それどういう活動してたんですか?」
歩がぶつかり合う。開戦、なんだろう。
「先生に将棋の研究のためって言って、使わなくなったパソコン譲ってもらって、内緒で無線LANアダプタつけて、ニコ生将棋観てた」
「今と変わらないんですね」
駒と駒との激しい交換が始まる。難解な中盤戦。マジで何もわからない。
「違うさ、話ができる後輩ができただけでどれだけマシになったか」
一年前の先輩を思う。一人、部室棟の隅にある和室で何をしてたんだろう。
実は真面目に棋譜並べとかをしてたのかもしれないし、本当にニコ生abemaな活動だったのかもしれない。
――後者だな。
「今年の合宿みたいなことしなかったんですか?」
先輩は答えない。長考モードらしい。
2度3度頷いて、パシン。
「なるほどー」
今度は自分が考える番だ。攻められていることは分かる。受け方が分からない。ならば攻めだ攻めるしかない攻めるためにはどこから攻めるんだ?
「20びょー」
「いや!? 時間は計ってないし!」
「30びょー。残り32分です」
「中途半端ー!」
えいや! どうにでもなれ、とりあえず王手!
パシッ!
「その手は読めていた」
「それ、だいたい読んでない時言ってますよね」
「いちいちうるさいなーもー」
王手した金を先輩は取る。
これからどうしよう、考えてない。再び長考。
「へいへいー。下手の考え休んでイタリーだぜー」
「それいい考えな方よ!?」
そう、本来はこっちがつっこむスタイルである。いや、漫才ではないのだけれど。
とりあえず受けてみる。手数が伸びるかは神様が知っている。
「まあでもほんと、今年は君が来てくれたから、面白かったよ。色んな人訪ねてくるし」
「いや、盤面考えてください」
それは自分もである。
「来年度もまた新入部員来るかな」
「来ないと自分一人ですね、怖っ」
そして今気づいたが、さっきの受けは受けてなかったみたいでしかも雰囲気5手詰めっぽい。飛車捨てが妙手! 気づかないでね先輩、先輩の棋力なら気づかないですよね。
「うおおお、見逃すところやった! やば!」
なんでもないところ歩を打った。先輩には何が見えていたのか、僕には知る由もない。
「うおおお! セーフ!」
飛車捨ての筋をとりあえず消す。消すには消したが・・・あとは泥試合である。
外は雪が降っている。ちょっと積もってないかな? 自転車で帰れるかな? これは現実逃避である。
「負けました」
言わなきゃいけないことを言った。本当に泥試合。詰むものを逃し双方入玉狙い、押し返し押し返され、最後は頭金一手前である。
「ひでえな」
「まあいつものことですけど」
僕たちは弱かった。外の道場行ったことないけど、行ったらコテンパンにやられることは想像に難くない。
だから思わず言ってしまった。
「さすが市内5位入賞」
「それは言うなよー」
情けない顔で言うもんだから笑ってしまった。
「ま、今年最後に将棋できてよかったよ。じゃあ、来年もよろしくっと」
先輩は駒を片付けて、立ち上がる。自分も帰る身支度をしないと。
「こんな感じで来年も始まるんですかねー」
「そういう部活だからなー」
そういう将棋部だったのだ。
「でさー、あの子彼氏できたっていうのは盤外戦術だよね?」
まだ気にしてたのか。部室の扉を閉めながら、思わずため息をついてしまう。
「さあ?」
回答はこれだ。もう後は逃げるように帰るだけである。
「教えてくれよお!」
背中から先輩の声が聞こえたが、それは無視することにしたのだった。
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