視青姦-失敗ばかりの日-
今日は朝から失敗ばかりだった。
そして失敗に失敗が積み重なって、今、こんな事になっている。
ああ、本当に、何かひとつでも失敗せずにいられたならば、こんな事にはならなかったろうに。
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最初の失敗は寝るのが遅くなったことだろう。夜遅くまで電話をしていたら気づいた時には午前二時。普段絶対起きていないような時間だったから、寝ようとしても中々寝付けなかった。
寝てたんだか起きてたんだか分からないような状態で目覚ましをガン無視していたら気づいた時には遅刻寸前の時間になっていた。
ベッドから飛び起きると急いで支度をする。しかし悲しいかな、女子高生の朝はやる事が多すぎる。手を抜くことは許されない。
急いでバッチリ支度を整えて家を出て直ぐに時計を見れば、時刻は始業時間。
私の頭の中にキンコンカンコンの鐘が鳴り響いた。
結局1時間目の途中から授業に参加した私は、先生に叱られ、見事に居残り反省文の刑に。おかげで部活に遅刻してしまった。
陸上部の練習に遅れて参加した私に、部長、宣いて曰く
「大会前の大切な時期に遅刻するやつには人間の尊厳など与えられると思うな」、と。
ハードルなどの用具の片付けをさせられて、帰ることが出来たのは八時を回ってからだった。今思えば部活に遅れたことも失敗だ。
家に帰った私は日課のジョギングをするべく部屋で準備を整える。しかしここでまたも失敗。
練習と片付けですっかり疲れた私は少しベッドに横たわってしまった。そしてそのうちすやすやと...
目が覚めた時には既に十時。不味い、走っておかないと体がなまってしまう。
せめて、せめてここで今日はもうやめて寝てしまえば良かった。これが最後のチャンスだったかもしれない。しかし、私は判断を謝ってしまった。
家を出ていつもと同じコースを走る。
いつもと同じじゃないのは時間帯。そして、気温。7月の半ばなので日中はまだまだ暑かったが、夜の10時ともなれば半袖では肌寒いくらいだった。今年が冷夏ということも関係しているのかもしれない。
どの道、こんな時間に外を出歩くことが余りないからよく分からないのだけれど。
片付けで思っていた以上に体力を消費してしまったのか、それとも、寝起きすぐの運動は体への負荷が大きすぎたのか。或いはその両方か。いつもの折り返し地点を過ぎた辺りから、走るのがしんどくなってきた。
いつもより早く息が切れて、足元がふらつく。せめて何か飲むものでもあればと思っていたところで目の前に自販機を見つけた。一旦休憩を取ることにして自販機の前に駆け寄る。財布を取り出して...あれ?あれれれ???
...財布が無い。そうだ、そもそもジョギングの時はいつも財布を持ち歩いていなかった。
自分で決めた習慣にここまで憎しみを覚えたのは初めてだ。
私が悪いだけに怒りのぶつけ所もない。
仕方がないので諦めるとして、せめて座りたいと思い近くの公園を脳内検索。
適当な公園を思い浮かべた所でいつものコースを外れて公園へ向かう。
そう、私はここでコースを外れてしまったのだ。原因は小さな失敗の積み重ね。本当に、この時何かひとつでも失敗せずにいられたならば。
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夜の公園は静まり返っていて、時折吹く風が木々の葉を揺らす音が耳に心地良かった。
普段は絶対に来ないような時間帯と場所。
見慣れたところでも、状況が変われば全く別の場所のようだ。
一人で静かに過ごしていると、つい感傷的な気分に浸ってしまう。このままでいいのかな、なんて。
私は勉強も恋愛もせずに、ずっと陸上をやってきた。
ずっと、より早く走ることだけを考えてきた。
大会に出る、結果を残す、そのためにずっと努力してきた。そんな努力に対して、結果は正当な評価を下す。私は、私が望む自分になれた。はずだったけれど...それでも、周りの女の子達が恋バナなんてしていると、なんだか、自分の中に酷く重大な欠陥があるような気持ちになってくる。この気持ちがどんなものなのか、正体を知ろうとしても生憎勉強はして来ていない。おかげで、この感情を表す言葉を私は知らないままだ。
物思いに耽っていると、悲観的になってくる。これは良くないと思い、立ち上がる。
昨日電話をしてきた彼は、どんな気持ちだったんだろうなんて、そんなことを考えながら...
「あっ...」
...!?女性の...声?まるで悲鳴のような...一体どこから?辺りを見渡して見るが、気になるものは何も無かった。
水色と黄色の明るい色合いの滑り台。広めの砂場。公園の周囲を囲む水色のフェンス。その周りの木々と植え込み。そして、公園の狭い敷地すら照らしきれていないような、頼りない街灯の灯り。
声が聞こえてきた方向を思い出しながら、ゆっくりとそちらを振り返る。目の前には一層密度の高い植え込みと大きな木。植え込みも、低木にしては大きな種類なのだろう、私の背丈くらいありそうだった。
その一帯を見ていると、なんだか見てはいけないものがそこにあるような気がして少し固まってしまった。
普段の私なら即座に逃げていただろう。しかし、今日の私はコースを外れている。ふらふらと低木に近付き、私は、最後の失敗を冒した。
小さな街灯の仄かな白い灯りに照らされて、植え込みの奥、二メートル程のところに真っ先に見えたのは肌色だった。それは暗闇で白い灯りに照らされただけの、色味のないただの白の様だったが、それでも間違いなくあれは肌色だった。いや、肌の色だった。
小刻みに動く肌色、少し視線を動かしてみるとそこにあったのは...人の顔だった。
髪の短い、多分男の人。少し手前には黒い塊。よくよく目を凝らせば、それは人間の髪のようだった。人間の後頭部、それも、髪の長さから察するに女。夜中の公園で、男女が茂みで、肌色で...
頭の中がグルグルとしだした私の視線は、肌色の下部に移る。そこには、ハッキリとは見えないが確かに何かが、出たり、入ったり出たり、入ったり、している、様な。
ごくかすかに聞こえる湿った音。肌がぶつかる音。
最初は人間かと思ったが違う。あれは人間では無い。ただの獣だ。
しばらく頭がボーッとして、その場で固まってしまっていた。
ああ、本当に失敗だ。失敗に失敗を積み重ねてしまった。そのツケがこれだと言うのであればあまりにも酷い。
目の前の情景に視線が釘付けになりながらも、そんなことに思考を巡らせる。
とにかく逃げないと。この場から一刻も早く離れたかった。
だが、ああ、そうだ。今日は失敗ばかりだった。
咄嗟に後ろを向いた私は、シャツの袖を植え込みの枝に引っ掛けてしまった。まるで、この空間全体が私を行かせまいとしているかのようだった。
「ひっ...」
不味い、声が漏れた。
暗闇の中、4つの目がこちらを見ている。
ああ、これは。とにかく顔を見られては行けないような気がして咄嗟に手で顔を覆う。
逃げるために袖から枝を外す。その間に男、いや、オスの方がこちらに向けて歩を進め出す。
不安定な姿勢から、私は渾身のスタートダッシュをきった。
死に物狂いで、怖くて、不安で。
いくら走っても後ろにあの生物がいるような気がする。まるで一生逃れられないかのような。振り向いて後ろを確認する。姿は見えない。だが、確実に私の心の中に影を垂らす。
恐怖を振り切れない。
でもこの夜を駆け抜けた時、私はひょっとしたら今までで一番早く走っていたかもしれない。何かが充実するような、新しい何かを見つけたような、不思議な高揚感が一瞬、ほんの一瞬だけ浮かんで、消えた。
這う這うの体で家に辿り着くと、玄関のドアを開ける。重い。こんなにドアが重かったことは無い。汗だくになってしまったけれど、お風呂どころか着替えをする余力も残っておらず、そのまま部屋に戻ってベッドに飛び込んだ。
これはいい。疲労も何もかも、全てを包み込んでくれるようだ。
今日はもう寝てしまおう。そして、もう忘れてしまおう。
布団を頭まで被り、布団の上で丸まる。なんだかこうしなければ押しつぶされてしまいそうだった。ダンゴムシのように自分の護っている今の私はなんだか滑稽だ。
しばらく篭っていたら段々と眠気が襲ってくる...はずだった。
体が熱い。そして、なんとも言えない違和感が体中を包み込む。決して不快ではないけれど、未体験で、恐ろしい感覚。
自分が自分でなくなるような。
体が疼く。どうしようもなく。私には手を伸ばして自分を慰めることしか出来ない。
ああ、これは、ダメだ。
やはり獣を振り切ることは出来なかったらしい。ずっと、ずっと私の心に居座るつもりらしい。
失敗を繰り返してしまう。
また、寝るのが遅くなってしまう。
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