人が異世界の女神にできること

 寝かせられたベッドの上で仁王立ちでいきり立つ道宇。

 アルノーア以下、彼女の部下数名が土下座。

 アルノーアも神妙に謝罪している。

 道宇の元々の性格もあってか、彼女達のその姿を見て怒りは収まった。

 しかし着る物がない。

 身に纏っている物は、気を失っている間に着せられていたガウンのみ。

 堂宇は自分の格好を見て赤面する。

 誰がどうやってこれを着せたのか。

 素っ裸の自分に、である。

 が、道宇の前にいる者達は誰一人として彼を笑ったり見下すようなことなく、アルノーアの部下の者達は正座のままずっと頭を下げ続けている。


「お召し物も用意しております。こちらをどうぞ」


 アルノーアが衣類を両手に乗せて近寄り、それを道宇の横に置いた。

 道宇の普段着に似たそれらは、下着、靴下まで用意されていた。


「着替えの間はこちらの隣の部屋にいます。終わりましたらこちらにお出でいただきたいのですが。改めて道宇様にご説明したいと思います」


 あからさまではなかったが道宇のことを見下していた彼女達の態度が一変していた。

 道宇は訝しがるが、いつまでもこの格好のままでは物事は進まない。

 差し出された服は、着方や見かけに違和感もないことから言われたまま、袖を通す。

 着心地は特別いい感触はないが、悪い物ではない。

 いくら丁重にもてなしたいと思われても、過剰に高価そうな衣類を持ってこられても、それはそれで困る。

 お詫びの印の一つと解釈し、道宇はアルノーアが待っている隣の部屋に移動した。

 隣の部屋では、さっきまで道宇と一緒に隣の部屋にいた全員が揃っている。

 着替えが終わるのを待ちわびたり急かしたかったりする様子もなく、みな一様に落ち着いて道宇がこの部屋に来るのをただ待っていた。


「……で、服を着てから言うのもなんだが、帰りたいんだが」


 この世界に三度目に呼ばれた理由はまだ聞かされていない。

 同じだろうとは考えるが、道宇から理由を問う義理もない。

 アルノーアは道宇を引き留め、道か説明させてくださいと懇願した。


「……で、何か特別な力を元々持ってたって? そんなんあったら、今頃あんな穏やかに生活してねぇよ」


 道宇は、いわゆる超能力を連想した。

 スプーン曲げや透視なんかはそのメジャーたるもの。

 道宇も子供の頃は、関心がないわけではなかった。

 好奇心でいろいろ挑戦したこともある。

 結論として、道宇もただの一般人だった。


「それは、実際に試していただければわかると思います。外にお車を用意しております。どうぞ」


 道宇は彼女を拒否しようと思えばできなくはなかった。

 しかし目が覚めてからの彼女達の対応を考えれば、そうまでして招き入れたわけだから、自分が帰る時は彼女達からは納得してもらった上で帰らせてもらうほうが何となく気分はいい。

 アルノーアの案内で、今いるのが何の建物かは知らないが玄関までたどり着く。

 その目の先にあった物を見て、道宇は真っ先に馬車を連想した。

 しかしその車体を引っ張る動物は馬ではない。

 客車と思われる車の三倍くらいは大きい生き物がその車をけん引するようだ。


「……まさか……ドラ……ゴン……?」

「えぇ。よくご存じですのね。飼育用のドラゴンですから大人しいんですよ。さ、こちらへどうぞ」


 アルノーアは先に客車に入り、道宇の手を取って導き入れた。

 電車のボックス席くらいの広さで、二人は対面して座る。

 間もなく馬車ならぬ竜車は走り出した。


「勝手ながら、道宇様が気を失っている間、部下が付けてしまった傷や痛みを取り去る魔法を施しました。……ついでにその……道宇様の……」


 言い淀むアルノーア。

 しびれを切らした道宇はつい思ったことを口に出す。


「裸か?」

「いえ。道宇様にどんな力が秘められているのか、勝手ながら……」


 住む世界が違っても、生きている種族が同じなら人間の裸も見慣れたものだろうか。

 道宇の心の中にふとそんな雑念が入る。

 だがアルノーアは特に強調して否定するでもなし。

 ひょっとしたら人間の恥じらいの感覚を持ち合わせていないのかもしれないとも思う。

 逆にアルノーアは、道宇の中にある力を調べたことに申し訳なさそうな顔をしている。

 それこそ道宇にはどうでもいい話。日常生活がその力で破綻したわけでもなし。


「判明したのは、私達には持ち合わせていない力がある、ということでした」

「私達……って女神さんだけってこと?」

「私だけではなく、この世界に住む者達も、という意味です」


 自分も含めて、自分が作った世界にいる人々にはない力が欲しい、となれば確かに他のところからそこにしかない力を引っ張り込みたいという気持ちにはなる。


「あ、そろそろです。もうじき分かると思います。……あの向こうの……目印はあの塔になりますか。何かがいるのが分かるでしょうか? 私の部下が先にあの現場にいるのですが……飛んだり跳ねたりしてますね」


 アルノーアは客車の窓の外を指をさした。

 確かに遠くに塔が見える。

 アルノーアの言う通り何か小さい物が飛び回っているようだが、それ以上に目立つ物がそこに存在していた。

 塔よりも低くはあるが、小さい物よりははるかに大きい何者かの輪郭が見える。

 アルノーアの部下とやらが、その物の周りを飛び回っているようだが、その半数、五体、いや、五人くらいは的外れの所を飛んでいる。


「何かどでかい物が見えるけど……何だありゃ?」


 ぼそりと呟いた道宇の言葉を、アルノーアは聞き逃さなかった。


「それは、どの位置にいるのです?!」


 いきなりの迫力に気圧された道宇。

 正確な位置をアルノーアに伝えると、瞑想するような顔で自分の席に深く腰掛けた。

 余計なことを言って彼女の邪魔をしてはまずいと考えた道宇は、再び窓の外を見るだけしかすることがない。

 しかし眺めているうちに、その大きな輪郭は突然地面に倒れ込むような動きを見せた。


「あ」

「終わりましたね?」


 道宇が思わず声を上げると、すぐさまアルノーアは反応する。

 その後道宇はアルノーアから詳しい説明を受けた。

 この世界の住民達を襲う魔物を討伐するのもアルノーアの役目で、全部で二十人ほどいる部下がその先陣に立つ。

 しかし全貌を見せた魔物の力はとても強く、倒すのに骨が折れるのだという。

 姿が見えない魔物はその分力は弱い。姿を現す前に倒すのが理想的。

 当然ながら姿が見えない魔物は、誰も見ることができない。 

 そこで何か手を打ちたかったアルノーアは召喚魔法を用いた。

 やってきたのが伽藍道宇だった。


「まさかこうもあっさりと斃すことができるとは思いませんでした。お戻りになる前に謝礼を受け取っていただきたいのですが」

「え? いや、ちょっと待て」


 道宇は慌てる。

 彼はただ、外の景色を見てただけ。

 困ってる人に手を差し伸べただけ。

 危険を承知で誰かを助けたつもりはない。

 どう説き伏せようかとアルノーアを見る。

 安堵のあまりに涙をうっすらと浮かべているのが分かった。

 そこまで深刻な問題に首を突っ込んで、解決に導いたつもりはない。


「……受けた恩は石に刻め。かけた恩は水に流せって言葉、好きなんだけどなぁ……」

「……それ、何の言葉です?」

「え?」


 道宇は聞き返した後、その言葉を初めて聞いたというアルノーアに分かりやすく説明しながらもためらいも感じた。

 自称女神様に仏教経典の一節を説くってどうなんだ? と。


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