異世界に召還された伽藍道宇は僧侶のくせに魔法が使えないと見下され、逆にその女神に説教をかます

網野 ホウ

伽藍道宇、異世界に巻き込まれ

 女神アルノーアは、異世界からの援軍を心待ちにしていた。

 この世界では、この世界を創造したアルノーアと共に、この世界の住人達は穏やかな毎日を過ごしていた。

 しかしその住民達を脅かす魔族が出現し始め、住民達を襲い始めた。

 当然魔族を退治しようと住民達は女神の力を借りて立ち上がる。

 この世界の住民達はたくさんの魔族を相手に戦争を始めた。

 長きにわたるこの戦争を終わらせるため、アルノーアはこの世界にはない戦力を招き入れることを決めた。

 異世界から招き入れるということは、その世界からその人物が消え去ると同義である。

 となると、むやみやたらにこの魔法は使うことはできない。

 そのため、召喚魔法を使える者は、女神アルノーアただ一人。

 女神の使いの者や女神に仕える神官らが見守る中、召喚魔法を発動させた。

 床に描かれた魔法陣から光が天井に向かって、やや放射状に放たれ、そこに何かの影が浮かぶ。


「何とか成功しましたね……。ようこそおいでくださいました」


 魔法陣が発する光がやがて収まり、そこには一人の男が佇んでいた。

 彼は自分を注目する者達一人一人を見、ゆっくりと口を開いた。


「ここ……どこです?」


 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※


 父親がその寺の住職。

 そして寺で生まれ寺で育ち、父親を師匠としてしかるべき進路を経て後継者候補となった新米の僧侶、伽藍道宇。

 僧侶になるための修行を成満し、生家の寺に戻ってきた。

 とは言っても、高尚な志は全くない。

 檀家が困るから。就活する必要がないから。

 就職したらブラック会社、という貧乏くじを引かずに済む。家の手伝いの延長。

 この道に進むために大学を卒業したが、宗旨、宗義の勉強は卒業と同時に半分くらいは忘れ去った。

 お経さえ唱えられればいい。

 卒塔婆に書く文字が下手でも、読経の声がひどくても、お檀家さんと仲良くできればそれでいい。

 とにかく後を継げ。

 父親でもあり師匠でもある住職から言われたことはそれだけだった。

 修業を終えて自分の寺に戻って一年経った。

 当然ながら住職はまだ現役でもあり、宗教法人の代表役員。

 読経しか出来ない道宇は、それ以外の僧侶としての仕事はすべて住職に頼りきりにしていた。


「今日も物置の整理の仕事か。ま、気楽にやれるからいいけど、一人きりの作業って退屈だよな。いつ終わるか分からないし一人じゃ動かせない重い物もあるし」


 昔使われていた仏具などが無造作に置かれてある物置は、高床式になっている本堂の床下にある。

 ただの物置ならばなんとかなる作業。

 しかし床下だけあって、その作業中は常に中腰。気楽にできる仕事とはいえ、その姿勢のままほぼ半日居続けるのは体に負担がかかる。

 作業の途中で外に出て体を伸ばす。

 この作業に期限がないことが道宇にとって救いである。

 苦しい姿勢から解放される時間が全くなければ、体にどんな変調をきたすか分からない。

 午後一時から始めた物置の整理。

 大体三十分ごとに体のストレッチの休憩時間を取る道宇。

 午後三時頃のその時間、物置の出口から見える風景が歪んで見えた。

 外の風景がぼやけているのではなく、ぼやけて見えるレンズのような物が物置の入り口に存在している。


「やべ。ちょっと疲れ気味かな? 少し部屋で休むか」


 目の錯覚。

 そう思っていた道宇が外に出るには、そのレンズが存在する空間を通り過ぎるしかない。

 とにかく休む。

 それしか考えていない道宇はそのぼやけた空間に足を踏み入れると、さらに眩暈をもよおした。

 頭を二度、三度と振って気持ちを落ち着かせようとしながら周りを見ると、周囲はすべて真っ暗。


「え? 何だ? 貧血か?」


 そう呟いた途端、今度はまぶしい光に包まれる。

 しかし太陽を直視したときのような、網膜にダメージが働く光ではない。

 その光もゆっくりと静まり、道宇は周りの風景を再び見えるようになる。

 しかし見えた物に見覚えはない。

 それどころか、屋外にいるはずなのに見も知らぬ部屋の中。

 多くの人間が自分の周りを囲っていて、全員が興味津々で自分のことを注目していることが分かった。

 全員が似たような、フード付きのコートを着ている中、一人だけ、その体の緩やかなラインが透き通って見えるようなローブを纏っている女性がいた。

 その女性は道宇に一歩近づいて何やら言葉を発していたが、道宇には最後の一言は理解できた。


「ようこそ、おいでいただきました」


 と。


 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※


 召喚魔法によって呼び出された者は、どんな思いを持つか。

 それはアルノーアは十分に承知していた。

 その人物の気持ちを落ち着かせるため、女神アルノーアは自分の部屋へと招き入れ、自分のこととこの世界の事情を説明した。


「め……女神、様……ですか……。それにしてもにわかに信じられない話なんですが……」


 呼び出された者は、アルノーアの術によって自分の世界に戻ることができると聞いて安心した。


「あ、ぼ、僕は伽藍道宇、と申します。別の世界があるなんてとても信じられないんですが……」


 テレビ番組か何かで一般人をいたずらで騙すのを見たことがあった。

 自分がターゲットになったのか、と道宇は疑心暗鬼のまま。

 騙されたなら騙されたでいいか、と覚悟を決め、アルノーアの話に乗ることにした。


「なぜ僕がこの世界に呼び出されたのでしょう?」


 そうなると、この世界に呼び出された目的を最初に聞くことが自然な会話の流れだろう、と考えた道宇。

 出てくる会話のとっかかりは当然この質問となる。


「先ほど申しました、魔族との戦争。その勇者となる人材を呼び出そうと思ったのですが、なかなか都合よくそんな人物は見つけ出すことはできません。ならば、戦争によって傷ついた者達を助けてくれる能力の持ち主を、と願いました」


「その結果、僕が呼び出された、というわけですか?」


 道宇の問いにアルノーアは頷いた。

 しかしそんな力があるなどと思ったことはない。

 そんな舞台や設定のゲームで遊んだ回数はとても数えきれないし、その主人公になったらどうなるか。そんな妄想も何度も繰り返したこともある。

 しかし、アルノーアの言うような力がないからこその妄想。

 だからこそ、ますます自分が呼び出された心当たりはない。


「ちょっとお聞きしてもよろしいかしら?」

「どうぞ」


 聞きたいことがあること自体変な話。

 目星をつけたりして呼び出したのではないのだろうか?

 何でもかんでも自分のことを知ってるのではないのか?

 そんな疑問を抱えつつ、かといってそんなことを口にしても埒は開かないと思う道宇は、とりあえず相手の質問を聞いてみる。


「道宇さんは、あなたの世界でのお仕事はどんなことでしょう? 治癒能力を持つ者を呼び出したつもりだったのですが、そうではないのならそれに近いお仕事をされておられるのではないかと思うのですが」


 道宇は聞かれた通り、自分の仕事だけを答えた。

 下手に詳しく話をすると、相手に余計な期待を持たせかねない。


「僧侶、ですか。私共の世界での僧侶というと、まじないをかけたり怪我人や病気の者を直したり元気にしたりする役目を持っているのですが……。そこら辺に引っかかったのかもしれません」


 この職に就いている者は数えきれないほどの人数だ。

 何の志もない、何の力もない自分がなぜ呼び出されたのか。何となく理不尽さを感じ始める。


「しかし自分の世界では、まじないとか治癒とか、そんな現世利益をもたらす術を使う仕事じゃないです」

「え? 僧侶、ですよね?」


 同じ職名だからといって、役目が違う内容を押し付けられるのもいい迷惑。

 道宇はこっちの僧侶という職について説明をする。


「俺の世界じゃ、お経を唱えたり、祈祷したり……」

「お経とは何でしょう? 祈祷はお祈りのことですね? それはこちらでも行いますがその職に就かない者も、僧侶と同じように行います。一般の人達には出来ない役目はないのですか?」


 道宇は何となく恥ずかしい思いをする。

 あたかも一般人には出来ないことをやれて当たり前。

 そんな風に言われると、何となく居心地が悪くなる。

 そもそも大学で勉強したことを百パーセント活かせられるかと言えば、必ずしもそうではない。

 地域ごとに宗教の捉え方が違ったりするし、大学や修行で身につけた知識がほとんど用いられない場合もある。

 ましてや後継者が出来ただけでありがたがるお檀家さん達に囲まれているのだ。

 その知識を一つ一つ確かめるような問いかけはしてこない。


「ほ、ほかには儀式を執り行ったり……」


 と、道宇は言葉を濁す。

 儀式を執り行うのも特別な力がなければできないということではない。


「あ、あとほかには人が亡くなる時に戒名をつけたりしますね」

「戒名? それはどのような物なのでしょうか?」


 自分の無知さを指摘されているような気がする道宇。

 頬を伝う一筋の雫は間違いなく冷や汗だ。


「仏教徒は、自分らの世界とお別れ……つまり死を迎えたときには、仏様の世界に往生するんです。その世界での名前が戒名、ということになります……」


 自分の答えが正しいかどうかを誰かに判定してほしい。

 しかしその誰かが自分のそばには誰もいない。


「確かに名前は重要ですからね。でもなぜ生きている時の名前と死後の世界の名前が違うのです?」


 アルノーアからの質問攻めに、とうとう言葉が詰まる道宇。

 そのうち、なぜこんな目に遭わなきゃいけないのかと逆ギレのような感情が彼の心の中に生じ始めた。


「あの……こんな問答する暇があるとは思えないんですが。存亡の危機って状況じゃないんですか? 自分には何も力はありませんよ。力がなくとも自分の世界ではこの仕事は成立できるんです。そちらの定義を押し付けなくてもいいじゃないですか」


 道宇の抗議に、言われてみればと慌てるアルノーア。

 異世界の人物を召喚するのは何千年ぶり。

 珍しさゆえに好奇心がアルノーアの心の中でもたげ、ついあれこれと質問してしまったことを詫びた。

 道宇はその詫びでハッと気づいた。

 騙そうとする者がいる可能性のことがすっかり頭から消えていた。


「この世界……本物、か……」


 しかしそうだとしても、目の前にいる彼女の期待に応えられそうにない状況は変わらない。

 そもそもこちらはこちらで力仕事の途中である。


「あの……帰してもらえるんですよね?」


 恐る恐る道宇は尋ねる。

 アルノーアは諦めたような表情で答えた。


「……仕方ありませんね」


 道宇はその物言いが何となく気に食わない。

 勝手に呼び出しておいて、こちらを見下すような口調と態度ではないか。

 仕事の邪魔をしておきながら、こちらの都合は全く考えないのか、と腹立たしい思いも湧き上がる。

 そんな道宇の心中は分かるはずもなく、アルノーアは先ほどの、床に魔法陣が描かれていた部屋へ再び案内した。


「では元の世界に戻しますので……失礼いたしました」


 道宇を魔法陣の真ん中に立たせ、アルノーアは帰還の呪文を唱えた。

 道宇はここに来る前と同じく、周りが歪んで見え始めた。

 一気に視界がすべて暗くなり、すぐに眩しい光に包まれる。

 そして再び目が見えるようになると、見慣れた本堂の床下の出口から見える風景が目に飛び込んて来た。


「……夢……? じゃないよな?」


 堂宇はここに戻る直前の自称女神の顔を思い出す。

 彼女の目線は、自分から全く興味関心を失ったように、こちらに視線を全く向けていなかった。

 役立たずには用がない。

 まるでそんなことを言われた気がして、腹立たしい思いが強くなっていく。

 が、今となってはどうしようもない。


「そうだ! 今何時だ?」


 慌てて庫裏と呼ばれる住まいに駆け込んだ。

 今の時計は三時を過ぎたばかり。


「……そんなに時間は経ってなかったのか……」


 時間のロスを心配していた道宇はようやく気持ちを落ち着けて自室に向かう。

 一休みしたらまた本堂の床下で、中に収納されている荷物の整理の仕事が待っている。

 またあんなことが起きたりしないだろうな?

 そんな警戒する気持ちを持ちながら、布団の上に横になる。

 転寝で寝入るまでそんなに時間はかからなかった。

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