ファッション・ファッキン・フィクション・ファミリーズ(FFFF)
TamoreS
音楽のすゝめ ~シーズン1~
第一話「ヒーズ・ジーニアス・バット・チェリー」
『グルーブ』とは諸説ありますが
各演奏者の経験と人格によっての
若干のズレから生ずる
歩んできた人生のぶつけ合いが
うまく絡まり合って出来るものだと思います
それなら、小説もひとつの楽曲だと考えられるのでは……?
――――――
「なんでこの曲の良さがわからんのだ! ファック! ファーック!」
暗闇の中、光るパソコンのモニターを血眼で睨みつけながら、聞こえるはずも無いのにワンカップを呷りながら自称天才作曲家のクズニートは貴重なリスナーに今日も吠える。
「お前いい加減にしろよ、寝ろ。夜は寝るのが一般常識だ」
「ファッカー、この曲を聴いてみろ!」
「声がでけえんだよチェリー。うわまた、こういう……」
ヘッドフォンから流れる再生数二三ほどの奇をてらった曲はもはや食傷気味なもので、
「ああ天才的だ、どうやったらこんな曲が作れるのかね」と最後まで聴いて居られず惑う頭が強制的に起きる音圧、目紛るしいコード進行、やたらな転調にやられヘッドフォンを置いてそう皮肉をいうも彼は酔っ払って真に受け、誇らしげに腕を組んで今を語り出す。
「流石お前には分かるな。その通り、自分でもどうしてこの曲が出来たかは天才ゆえに、解らんがしかし、物凄く面白い曲だという事は明確であろう。街中に流れているつまらんファッション・ファック・ミュージックに人々は踊らされているのだ。というのは何度も俺はいっているがな、おい、どうして一定してこの再生数なんだ。おい、ファッカー」
「それはな、チェリー。ちょっと目を閉じてヘッドフォンして、マウスを貸せ」
ファッカーはおいそれと、何の躊躇いもなくブラウザを閉じて音楽再生ソフトを開き、腕を組みながら目を瞑っているチェリーの過去作を聴かせ、これが誰の曲か判るか訊くと
「……誰の曲だ?」
「なかなか良い曲だろ?」
「なんだか死海にぷかぷか浮かんでいる気分になる」
「良いか悪いか、言え」
「……かーっ……」
ファッカ―はチェリーの聴かせてくれた自作曲が心に響くほど気に入ったから、恋人との愛の巣、同棲している高いマンションに三十路になって今もなお居候を許しているのだ。
曲調も何もが豹変したのは成人式を終えてからの同窓会の席、皆でわいわい酒が許されファッカーがいつも通り愛人を作っている横で根暗だったチェリーがシャンパンタワーを見た途端に人が変わったみたく酒に魅入られ、のまれた時。大体こっそり未成年は違反をして練習するものだが教育が厳しかったのか、馬鹿真面目だったチェリーに免疫がなくて全身に人食いバクテリアの繁殖を自ら許した如く渦中にある人間に成り果ててしまった。
「酒クッサ……寝たんでしょ? 続き……」
「ああゴメンよ、第二ラウンドだ」
隣の部屋で全裸の二人が温め合っていても何の反応も起きないのは酔っ払っているからではなく無論ゲイでもない、現在のハニーであるレインも同級生であり幼馴染だからだ。
「……ファック」寝たフリを解いたチェリーはモニターに映る一、二、三、四……という昔に自分が作った仮題の曲だったと、ようやく見てから気付いて悶絶しそうになったが、それだけは絶対にファッカーの思う壺、アイツに弱みを握られて堪るもんか。とタバコに火を点け、今に弱みに成ってしまいそうな昔の曲のプロジェクトファイル解析を試みる。
ジッと努めて冷静を繕うも顔を真っ赤にして見ているとある共通点が浮き彫りになる。それはどれも明るいメジャーコードを多用していて、ここぞのサビで王道のコード進行という解り易いほど、チェリーからすれば実にファックで恥ずかしい作りなのであるのだが良いか悪いかで言うと、自作曲だと知っていなければ良く、中身を見てしまったら悪い、作曲をする人の大半が陥るであろうジレンマでむず痒くなってしまった自称天才作曲家のチェリーは単純に楽器の乱用が問題であるのだが、其れを簡単に自覚して受け入れる事の難しさといったらないのだ。その中でもチェリーは性格に難がある為より、難しい現実と最近の自分への徒ならぬ過信を見直さなければ、作曲依頼なんて夢のまた夢の話である。
これが創作者特有のスランプだ。所謂、慣れ始めが一番こわいと良くいうアレであるが意外と経験者もどうしてスランプ脱却が出来たか判らなく、予防策を具体的にいわない、または意地悪く回りくどい事を言わざるを得ない事の何故とはやっぱり、自分と全く同じ人間なんて世界中さがしても何処にも居ないワケで、行程だって思考だって人それぞれで更には音質の好みで別れ、音源の好みで別れ……ドコで躓くかは無限の可能性であるから模範解答といえば投げやりかもしれないが『初心に帰ってみる』しか、他に無いだろう。
それはそれとして隣が静かになった。チェリーの夜はこれから。ワンカップをもうワンカップ空けて、じゃあこれに一寸だけ手を加えて投稿すれば再生数で良いか悪いかを見て取れるワケだというのも、あながち間違いじゃないだろうとファッカー対チェリーの弱み争奪戦となった。愛の巣に居候させて貰って家賃の一部も払わず働かず電気代を酷使して居座っているチェリーは既に二対一で弱みも満載しているが、それでも何の申し訳なさの一つも感じず平気な顔して置いてある酒とタバコをのむ彼の図太さだけは立派なものだ。
「えっ! もう!?」
びっくりするほどの早さで出てきたのは正直な世界のリスナーであった。もう再生数が一と成り二と成り三と成り、この時点で既にチェリーは大負けてしているが、親指を立てられて追い打ちを喰らい、吠える事さえ儘ならず握り拳を作るも行き場を失ったみたいに壁を弱々しく撫でる事しか出来なかった彼はガクガク震えて其の曲をサイトから消した。
「ファ……ファック、有り得ない、俺は酔っ払って有り得ない幻を見ていたのだ、だってもう目の前にはそんなの、無いもの。無いから、無いんだ幻は。そうだろうネコ!」
ニャーと鳴かないぬいぐるみのネコの尻尾を掴みながら、この世の終わりのような実にか細い声を発して自分にそう言い聞かさなければ、一分前の現実を消してネット上の幻としなければ自我の崩壊を招いていただろうと、こんなことでも大袈裟に考えてしまう彼は酒の力が無ければ根っから葉っからの小心者。たとえ世界に発信しているからといってもフォロワーの居ない彼なんてリスナーからすれば全くの無名楽曲投稿者なのにも関わらず投稿数と更新頻度のプライドが災いして有名になるチャンスの種を自ら無いものとした。
なぜ消した曲の再生数がそう著しく伸びてくれたのかと問うならば、いつの時代でも、どんな人にも年齢問わず心を響かせる事が出来るピアノ曲であり、その旋律の美しさとは当時の哀愁や情景が込められている様な優しく切ないピアノ一台で奏でられたチェリーの今と昔との揺らめく境界線が描かれた音の連なりがリピーターの心を打たせたのだろう。
「こんな眠たい曲の何が良いんだ、ファッカー? あーやってらんねー」
彼は酒に魅入られてから中退はしたものの伊達に音大に通っていなく、それも作曲科を専攻していたので無駄に何でもジャンル問わず作曲が出来る。選択肢は多い方が良いのはそりゃあそうだが、それは未成年に限定されるのかもしれない。彼が居座っているゲストルームの中には楽器やアンプなど機材で埋め尽くされて居て、その中の電子ピアノに目が行ってしまう彼は知らずに件の曲に込められた音楽的魔力により少し当時を思い返した。
『お前! なに燃やしてるんだ! 危ないだろ! 近所迷惑だ!』
『自我が生まれ十余年、これで俺は新田を歩める。火葬中は静かにしろハゲじじい』
『馬鹿野郎、親に向かってハゲじじいだと! お前をそんな風に育てた憶えは無い!』
『お父さん落ち着いて! 悪酔いしてるだけだから! そうでしょ、ポール?』
『静かにしないと家も燃やすぞ、いいか静かにしろ綺麗事ババア』
『警察を呼べ! こいつは今この家を燃やすと言った! お前はもう勘当だ!』
『そんな、ポール、私たち幾らかけたと思ってるの! 私たちが何したっていうの!』
「ぐっ……は……ファック……ファック……ファック、ファック……っ!」
彼は今となっては恨む事しかしないが、その親が発狂的に吐いてしまった一人息子への本音を聞いた時、彼は心底かなしかっただろう。真面目に頑張っていた未成年時代の彼を親がただの財産扱いしていた現実は、実際、親の殆どがそう思って子を育てているのかもしれないが心底つらかったであろう。だが音楽には非情にも知識や理論など勉強で出来る学力より、作曲者特有の積み重ねて来た経験から出る実力が物を言うので、それ故にこの仮題『十八』に込められた彼の心情がピアノ一台でも聴くだけで手に取る様に解るのだ。
「ぐっ……ぐっ、ぐくくっ、カッカッカッカ! ナイスファック!」
彼は飲みながら動画サイトの自分よりクズな人の醜態を見ている時が一番に腹の底から笑えて、憂鬱になっているのならより一層すばらしい気分転換になる。ひとしきり他人の愚行への罰を眺めてツバ飛ばしながら笑いつくしたらば、そろそろ彼は仕事の時間だなと目付きを変えて一銭にも成らない楽曲制作を始める。ついさっきの仮題曲十八の事なんてさっぱり彼の小さい頭から消えて居て、それとは真逆の電子音楽の製作に取り掛かった。
「ここは……こうした方が面白い……ここも……こう……かーっ……ぐーっ……」
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