手のひらに薔薇

青山えむ

第1話 妖精現る

 疲れた、疲れた。とても疲れている。


 私は高校卒業後、運良く大企業に入社出来た。

 当時この会社では新製品がヒットして、いつもの年より多く新入社員を採用した。

 周りからは羨ましがられるけれど、実際は中々大変。仕事を覚える程、仕事が終わらない。


 疲れ切っている毎日、給料明細を見るのが愉しみになっている。

 毎月二十五日と年二回の賞与明細、それを目標(?)として今まで何とかやってきた。八年目だ。

 平日週二回は残業、土日のどちらかはほぼ寝ている。会社の付き合いの飲み会は毎月ある。

 疲れ切っているので、地元の友達にも滅多に会えない。


 平日の癒しの時間は、仕事から帰宅して夜ごはんのあと、部屋で一人になった時だ。ストレスがたまりそうな時は、嫌な事をノートに書いて、それを破る。

 近頃日課のようなノート破り。今日も仕事であった嫌な事を書いていたら、頭の上から声がした。


「それ、愉しい?」


 愉しいというか、ストレスをためない為にやっている。


「ストレスを、か」


 ん? 誰? 私、今誰と会話した?

 頭を上げて声がした方を見て見ると、妖精がいた。

 妖精?


 多分、妖精。十五センチ位のキラキラしたリカちゃん人形みたいな感じ。

 伏し目がちの大きい瞳にぷっくりとした唇。頭にはティアラのような物が乗っている。薄い緑色のふんわりしたスカートに、胸元に薔薇の花が咲いている。ピンストラップのハイヒールを履いて、浮いている。

 漫画や絵本で見たのと似たような感じだ。漫画家の人って、見た事あるのかな? それとも想像で描いているのかな。いずれにしても凄いなぁ。


「妖精? 何の為に私の所に現れたの?」私は話しかけた。


「意外に驚かないのね」妖精は、微笑みながら答えた。


「もう私、疲れ切っているの。驚くのも面倒くさい。私が疲れているから妖精が見えるの?」


「いいえ、多分波長が合ったのかしら。これも何かの縁だわ、よろしくね」おっとりとした口調で妖精が云った。


 この事態に説明は無かった。けれどもこの落ち着いた口調と、妖精のキラキラ浮遊している感じが心地よくて、私はすんなりと受け入れていた。

 妖精によろしくと云われたので、早速聞いてみた。


「私、毎朝眠いの。どうしたらスッキリ起きられるの?」これは、ずっと悩んでいた事だ。会社は朝八時から始まる。当然出勤ラッシュにかかるので、毎朝少し早く家を出ている。

 毎週残業があるし、帰宅してから自分の時間も欲しいので、理想通りの時間には中々就寝出来ない。


「そうね。まず、そのコーヒーをやめてみたらどうかしら。晩にカフェインを摂るから良い睡眠を得られないのかもしれないわよ」私の手元を見ながら妖精が云った。


「コーヒー? リラックス出来ると思って飲んでいるんだけど。あと私、夜にコーヒー飲んでも平気だし」


「体質は変化するものよ。試しにちょっとやめてみるのもいかがかしら」


 今日はカフェイン接種してしまったので、とりあえず安眠ストレッチをしようと云われた。妖精に云われた通り、ベッドの上でストレッチをした。


                 〇


 次の日の朝、ゆっくりと目が開いた。いつもは目が開けられないまま頭が重いのに。これは、早速効果があったのか。同時に、昨日の妖精は夢じゃなかったって事でいいのかな。

 私は、昨夜こっそり録画モードにしておいたデジカメを再生した。

 私が眠ったあと、妖精が私の腕や肩をマッサージしていた。不思議な気分だった。これは映画じゃないんだ。

 マッサージを終えた妖精が振り返り、こちらに向かって笑顔で飛んできた。バレている――。


「遅刻するわよ」画面越しにウィンクしながら妖精が云った。

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