ファースト

シロヒダ・ケイ

第1話

ファースト

シロヒダ・ケイ 作


第一章 出会い


僕は「海を見なければ」との思いに駆られ、浜辺に近い駅に降りた

った。幼少の時、二年ほど住んだ町。小学校の裏手には蟻地獄の生息する砂丘があったハズ。そこを進むと、荒波が打ち寄せる玄界灘の海岸に出る。浜辺からは、すぐに水深が深くなっていて遊泳禁止になっている。そうだ、大きな岩場があって、釣りも出来そうだった。


見覚えのある小学校のグラウンドには少年野球の甲高い掛け声が響

き、多人数の父兄達が多くの水筒と共にたむろしていた。

ミーン、ミーン。

やかましいセミの声の松林を抜け、砂丘の道を歩み始めた。

と、何かの気配。

僕の後を誰かの視線が追っている。先ほどの少年野球の父兄の誰かだろう・・・。


ジャケットに革靴の僕が、海に向かうのは、そんなに不審を抱かせるものなのだろうか。天気が好いわけでもないのに海に向かうからか?

あ、そうか。僕の虚ろな目、うつむき加減の力ない歩みが不審を誘うのだな。入水自殺を図るとでも思われているのか?

僕はそんな視線を咎めるでもなく、というより、どうでもいいのだ。何もかもが、どうでもいい・・・。


海が見えてきた。

荒れ気味で、白波があちこち、立っては消える・・・を繰り返している。

ゴツゴツした岩礁を波が砕け散る。おう。いっそ、僕の心のゴツゴツも洗い流してくれまいか。


岩場を見渡して、一人の老人が釣りをしているのに気が付いた。

どうでもいいけど、こんな荒れた磯で釣れるのだろうか?波しぶきで足元は悪いハズ。誤って転落事故など、しないだろうなと、気になり始めた。

老人の岩に近づいてみた。

「釣れてますか?」

声を掛けた途端、後ろから追っていた気配が引き潮のようにとおざかった。どうやら、僕の入水自殺疑惑は晴れたらしい。


「ウッヒッヒ。待っておったぞ。イチバン殿。」

後ろ向きに釣りをしている老人から、おそらく自分に発せられたコトバ。

急激に緊張が高まった。


僕の名前は、まさに一番なのだ。何故、知っている?・・・この老人は何者なのだ?脳ミソが、かき混ぜられたように思えた。

「話がしたいのじゃが。」

クルリと、顔をこちらに向けた老人がニタニタしている。

「爺ちゃん」・・・危うく声に出しそうになる。

僕の祖父である一男爺ちゃんにそっくり。爺ちゃんだから僕の名前を知っているのだ・・。だが祖父は一年前に他界していた・・・。


「ここではなんだ。家で話そう。ナニ、すぐ近くじゃ・・。」

爺様は釣り道具をまとめて帰り支度。

驚いたことに海面から引き揚げた釣り竿には針も仕掛けもエサも何も無かった。糸を垂らしていただけなのだ。

「ウワッハッハ。気付かれたか。いやーなに。太公望のマネじゃよ。太公望、知らんかのう・・フオッホッホ。」


爺様の家は小学校に隣接する住宅地の一角にあった。

部屋に入ると、そこかしこに何やら怪しげな機械類。

「ワシの発明品でな。まあ、座りなされ。」

「貴方は発明家なんですか?」

「ワシはアク・・おっと。飽くなき探求心・好奇心で発明も致す、仙人なのじゃ。そうそう仙人じゃな。」フーム。仙人とは職業なのか?

「お名前を聞いても良いですか?」

「メフィストテレスと申す。」

「エッ?」やっぱり祖父の一男ではない・・・しかし、外国人らしきの名前を持つこの人は?日本人としか見えないが・・・。

「おっと。いや、メフィ仙人じゃ。おっ、そうじゃった。お茶を出し忘れておった。ハッハッハッ。」

出されたお茶を口に含むとなにやら妙な味が・・・。飲めない味ではないが、おいしいような、おいしくないような、クスリのような・・・。

「それは仙薬でな。身体に良いクスリなのじゃ。さあ、飲みなされ。」

言われるままに飲み干した。


「ところで、イチバン殿。おぬしが放心状態にあるのは何か理由がおありかな?」

ぶーっ。見ず知らずの自分にズケズケ。ぶしつけな質問だ。いかに年配者でも失礼だろう。答える筋合いにない。

僕はこの爺様が、何で自分の名前を知っているのか聞きたくて、ノコノコ付いてきただけなのに・・・。


だが、僕は僕自身の唇に異変を感じる事になる。

思いとは別の力が働いて、唇が勝手に何か喋ろうとしていた。

「その仙薬には自白効果もあってな。ウッヒッヒ。」

ハメられた!・・と後悔するが、唇が自然に動き始める。


「今日、彼女の結婚式に出席してきたんです・・・。」

「ほう。付き合っていた彼女と別れて、その彼女が結婚したと申すか。振られたのかな?・・・しかし、その彼女の結婚式に出たとは?」

「付き合ってはいません。振られたのは事実で一年以上前。出席したのは・・・まあ、友達ではありますから・・・。」

「一年以上前だったら、とっくに、気持ちの整理はついて居ろうに・・・心、ここにあらずの状態で彷徨う事もないであろう。」

「振られても僕は、彼女と結ばれるだろうと信じていたんです。そこで、一月ほど前に再び彼女の元を訪れました。もちろん、改めて、告白する為です。」

「ほう。」

「また振られれば、さらに一年後に告白すれば良いと・・・。何年か繰り返せば、そのうちに結ばれるだろうと確信していました。」

「それで?」

「再会時に結婚する人が居ると告げられて・・・。」

「あらっ。」

「僕の人生設計はハシゴを外された形になったのです。」

「だよねぇ。」

「全てが白紙に戻りました。式に出て改めて思い知らされたのです。」

「忙しい現代に、そんな悠長な恋愛をするとは・・・まあ。」メフィストは天才とは非凡な恋愛をするものか・・・とブツブツ呟いていた。


「ところでイチバン殿。おぬしがファウストと呼ばれているのには、特段の理由があってのコトだと思うが・・・。」

「少年野球に入った時にあだ名が着いたんです。なんせ、名前が一番でしょ。からかわれて・・・。」

「フォッホッホ。一番・ファースト、ファウストとなるわけか・・・。さぞかしイチローみたいに出塁率抜群、いや、王のようにホームランを打てる好打者だったのじゃろう。ヒャッヒャッヒャッ。」

「イヤァ。万年控え・・・でモノになりませんでした。単にからかわれていただけです。」

「オリョ。そうだったか・・・。わかった。じゃから、博士を目指して勉強に方針転換したのじゃな。」

「ハァ。博士はともかく、スポーツより勉強のほうがマダましというところで・・・ハハハ。」

「またまた、ご謙遜を。」神様が褒めておったぞ・・・とボソボソ。

「ハァ。何か言いましたァ?」

「まあ、よい。今日は大事な用件でな。わざと、お前と会えるように仕組んだのじゃ。お前の事を調べて、お前の爺様の恰好にふんしてな。」

メフィストの眼が妖しく光った。


「ここに契約書がある。」

その懐から取り出され、机上に置かれた一枚の紙。なにやら見たこともない文字列が並んでいた。

「これは?」

怪しげな飲み物を飲ませ、何が書いてあるのかわからない契約書を持ち出す。・・・祖父になりきりになって僕の前に現れる・・・この爺様はいったいナニモノだ? 


「失意にあるキミへの素晴らしい贈り物じゃよ。これは。フォッホッホ。」メフィストは契約書についてコメントし始めた。


契約書に記載されている内容。それは、一番の、つまり僕の今後の人生に関し、爺様がサポートする義務を負うというもの。それも、望み次第の人生設計を、現実のものにするというのだ。

白紙になった人生設計が一転、思うが儘。何でもオッケーで叶う・・・というのだから、驚き、桃の木、山椒の木。怪しげではあるが、この人は何のために、そんな誘いをするのだろう・・・。

「但し・・・じゃ。契約であるからして・・・その対価が必要であるのじゃな。」メフィストは上目遣いに、僕の目をうかがっていた。


「それは、お前の死後の魂をワシの自由にさせると言うことじゃ。」


その時の僕は仙薬のせいで「考え無し」に陥っていた。あるいは、祖父の一男爺ちゃんが、僕をサポートしてくれると思い込んでしまったのかも知れない。


なんだ、そんな事かと言わんばかりに一番は平然とペンを手にした。

「ここにサインすれば良いの?」

簡単にサインをしようとするので、メフィストはうろたえるように言葉を挟んだ。

「悩まんで良いのかのう?魂を好きにするのじゃぞ。煮て焼いて、喰ってしまうかもしれんのだぞ。ホントに良いのじゃな?」

「臓器移植と同じでしょ。死後に魂を誰かに移植しても、僕の人生に直接の関係はないですよね。」

「ウム。関係は・・・無いな。じゃが、ドナー登録と違って、喰われるか、絶対服従の手下として、コキ使われるかもしれんぞ。労働法の保護もないのじゃぞ。」

そう言いながら、メフィストは、コイツは予想以上のオオモノかも知れないと驚いていた。魂を売り渡す事をドナー登録と同一視するなんて・・・。

「死んだ後のことはどうでも良いですよ。」サラサラとペンをうごかした。

「サインだけではダメなのじゃ。」メフィストは血の証が不可欠であると説明した。

「それじゃあ。」

一番、ファーストは小さな針で指を傷つけ、血判状としたのだった。ここに契約は成立してしまった。メフィストの予想に反し、あっけなく・・・。


「おお、契約はここに成立せり。」

「大袈裟ですよ。メフィ仙人。」感涙にむせびそうな爺様に引く感じになる一番だった。

「成立したからには・・・早速、お前の望みを聞こうではないか。何じゃ、何でも言ってみい。」

「・・・。」

「例えばじゃ。彼女を離婚させて、お前のモノになるよう計らって欲しい・・・とか、あるじゃろう。ウッヒッヒ。」

「ハァ。式場に入る前、チョット頭に浮かびましたが、結婚したばかりじゃありませんか。彼女には不幸になってもらいたくありません。」

「そうか、そうか。」

メフィストは満足げに頷いた。こいつは現時点で善良な思いの中にある。それが良いのだ。最初から腐った考えの魂では面白くも美味くもない。


「稼げる野球選手にだって、容易になる事は可能じゃぞ。イチバン・ファーストならイチローか、はたまた王・・・それが古いのだったら大谷サーンにだってなれるのじゃ。」

「スポーツ音痴なんですよ。僕は。それに、もう大学生ですよ。今更でしょう。」

「フーム。ダメかぁ。」

「それより聞きたいことがあるんです。」

「なんじゃ。」

「あなたが何故僕の名前を知って、近づいて来たのかという事です。そもそも、それを聞きたくてノコノコここまでついてきたのですから・・・。」

「それは神がお前を指名したからじゃ。」


異界カレンダーを数日遡る


バッタリ出会ったメフィストと神様。

「やあ、神様。近頃の人間共は、あなたから授けられた知恵をロクなものに使っていませんなあ。」

「なんだ、藪から棒に。」

「核爆弾や生物兵器。サイバー攻撃の悪だくみやら無差別殺人など、トンデモナイ生き物になり果てておりまするぞ。ウィッヒッヒ。」

「皆が皆、そうではないぞ。中には見込みのある者もいる。」

「オット。そんな奴は何処をどう見廻しても見当たりませぬ。漠然と見込みのある者といわれましてもピンとは来ませぬなあ。」

「ムッ。」

「具体的に名前を挙げて、お教えしてもらう事は叶いますかな。ファツハッハ。」

「絡んでくる奴じゃのう。ならば教えてつかわそう。」

「誰です?ウヒヒヒヒ。」

「向上心を持ち、いまは未だカオスの中に在るが、いずれ正しき道を歩む人間。その名はファウスト博士なり。」

「ウィッヒッヒ。これはお笑い草。モウロクされかけておられるではないですか?」

「何だと!」

「なぜなら、博士とはいわゆるセンセイ族の一員ですぞ。政治家をはじめセンセイ族に善や正義の衣を真に纏った者なぞ誰一人いたというのです?」

「そんな事は無い。」

「声を大に明言します。悪の道に引きずり込める確率。千パーセントだと・・。ヒャッハッハッ。何なら賭けますかい?ウイッヒッヒ。」

「ぬかしたな、悪魔め。良かろう、その賭け、しかと受けて立とうではないか。」


と、賭けが成立したのだった。

但し、別れ際に神様が呟いたコトバ。

「アレッ。この会話。前にも交わした気がするぞ。思い起こしてファウストの名前を口にしたが、考えてみるとあれから、かなりの年月が経過したような・・・。そういえばメフィストの奴、わけに若造りだったのう。」

メフィストは先代から代替わりしていたのだが、神様は未だその地位にとどまり、やや、認知症気味になり始めていたのだった。


「という訳でワシは世界中からファウストを探し始めた。最初に降り立ったのが日本で、ズバリ的中したな。ファーストと呼ばれるお前を見つけ出せたのだから・・・。ファッハッハ。」

モチロン。悪の道に引きずり込む目的や、賭けの対象になっている事は伏せて一番に説明したのだった・・・。


「チョット待って下さい。あなたは仙人と言いましたよね。アクマとは明かさなかったじゃないですか。話が違いますよ。」ようやく、一番もコトの重大性に気付いた。

「最初から悪魔と言えば、怖がらせるだけじゃろう。仙人としたのは怯えさせない為の思いやりじゃよ。よーく考えるよう促してあげたじゃないか。フォッホッホ。」

「そりゃあ、おかしいですよ。契約については、錯誤に基づく無効を主張します。重要事項の説明がありませんでしたし・・・。」

「おかしいもおかしくないも関係ない。ワシとの契約に日本の民法は適用外じゃ。第一、契約書には血判が押されておる。サインだけなら撤回できぬでもないが、血判契約書は絶対じゃ。」

「そんな・・・。」


「そんな事より、お前は博士じゃろ。学生の身分で博士号を持つとは素晴らしい頭脳ではないか。専門は何じゃ?」

「博士?そんな自己紹介はしてませんよ。単なる学生です。」

「ハッ?ファウスト博士ではないと申すのか?」

「あだ名にファーストと付けられていますが博士でもなんでもありません。アタマ普通、カオも普通の学生です。」

「ウッ。」


メフィストテレスはうめいた。

早トチリ。思い込みによる重大な錯誤で契約してしまったのかも知れない。いや、間違いなくそうだ。・・・さすがに悔恨の念にとらわれ始めていた。

だが、契約は既に成立してしまって覆す事は不可能なのだ。


「ウーム。」

しかし、その腕組みには何の効用もないのだった。


メフィストと一番・ファースト。出会いの場面。

ここらで筆を置くとしよう・・・。


第二章 シュワッチ体験


僕は初めてメフィストに連絡を取ろうとした。しかし、手間をかける必要はなかった。


瞬間・シュワッチ。


僕はいつの間にか瞬間移動した感じでメフィストの居間に座っていたのだ。アノ話。半信半疑だったが、このフシギ体験をすると、信じるに足るものかも知れないと思われた・・・。

この前の家、部屋で間違いがない。

だが、後ろ姿で良く分からない。前の人とは違う感じの老人がデスクのパソコンに向かっていた

 「おう。お前か。どうした?」 

メフィストが振り返って驚いた様子でこちらを見た。

もっとも、それ以上に驚いているのは僕のほうだ。

掛け値なしにコワーイのだ。

アクマを甘く見すぎていた。あの契約はやはり大失敗だったのではと、今更のように思う。

祖父似の、仙人風の老人だったハズのメフィスト。それが、今見る風貌・・・いかにも邪悪。声色もドスの効いた極悪人風である。

耳は大きく伸びあがり、髪は獣の角のようにそそり立つ。口はu字型に大きく裂け、チラリ牙みたいな八重歯が覗いている。

顔の中央部。異様にぶらさがった、わし鼻が悪賢さ、まん丸の眼の鋭い眼光が容赦のない冷酷さを表していた。

バイキンマンのような尻っぽ。これは、若干ユーモラスだったが・・・。

 


「あああ、あなたが先日、出会ったメフィスト・・。」アワアワ。身体が勝手に尻込みしながら・・・あとずさり。

「ああ。」

「か、可能なら、前と同じ姿になってもらえませんか?とても、何というか、話しづらくて・・。」精一杯の覚悟で懇願した。

「怖いのか?」

この容姿は悪魔というものを、人間共が勝手にイメージして創り上げただけのもの。それが、俺に投影されただけのものだ。怖がる程のものではないと諭されたが、コワイものはコワイ。凍りついたままのファーストがいた。


「仕方ないのう。」

話が進まないとみたメフィストは、ブツブツいいながら、その容姿を例の仙人風の老人に切り替えた。僕の心にホッコリ気分が生まれる。


「有難うございます。実はサポートして頂きたい案件があるのです。契約でお約束いただいたサポートです。」

メフィストに向かい、先刻の彼女とのやり取りを反芻しながら説明することにした。


携帯の呼び出し音が鳴った。画面には彼女、希望の名前。新婚旅行から帰ったばかりであろう。

「ねえ。ファースト。聞いてよ。」

今や、人妻となった彼女の明るい声が耳に飛び込んできた。おそらくノロケ話を聞かされるのだろう。それでも声を聞けるのは嬉しかった。

「どう思う?絶対ヘンよ。」

「何が?」どうやらノロケとは違う話のようだ。

「おばあちゃん、騙されてるわよね。」


話は、彼女の祖母が怪しげな儲け話で虎の子の老後資金をだまし取られているのではないかというものだった。


「月利一%で投資しませんか」

アフリカの発展途上国で事業を展開し、その国の経済発展に貢献しながら収益の配分を受ける。貧しい人々の為にもなるばかりでなく、それらの地域の潜在成長力が大きい事をもって、高配当が確実に見込めるとのふれこみだ。

パンフレットには金鉱山、油田開発、森林開発の写真。グラフにはいかに利益が伸びているか、投資申し込みが殺到しているかが示されていた。月利一%は完全保証。現在、推移しているファンド実績をもってすれば、十年の投資期間の満期に高額のボーナス配当も期待できるというふれ込みだった。

低金利に不満の祖母が電話勧誘に乗った。希望の結婚話が持ち上がった頃である。孫である希望が産むであろうヒマゴ。赤ちゃん誕生に配当金でお祝いしたいとの気持ちで乗ってしまったのだ。

二百万を投資して半年近く。毎月十五日には二万円の配当が振り込まれていた。そこで、もう二百万を振り込んだ。ところが、その日にファンドからの手紙。

「月利一%は保証いたしますが、振込手続き等が煩雑になっております。ついては二百万につき、一年後に二十四万円をお支払いする方式に変更させて頂きます。月利一%は変わりませんのでご理解お願い致します。」とある。


「なんかおかしくない?あたしの予感でビビビッと来るのよ。これは詐欺だって!」

「おかしいよ。単利では二十四万の利息だろうけど、毎月二万円支払う約束なら、それを一年後支払う方式に変更するとすれば、複利計算で一二・七%、二十五万四千円にするのが普通だろうからね。まあ支払い方式を勝手に変更すること自体が怪しい。」


「祖母の虎の子。四百万円。取り戻してよ。」

「エッ。俺が?弁護士でもないのに?」

「あんた。法学部でしょ。なんとかしなさいよ。」

「そう言われても・・。」

「あなたしかいないのよ。頼りは。どうしたらいいの?」

「相談センターに行くとか?」

「そんな事してる間に、向こうはお金を隠しちゃうんじゃないの?」

「ウーン。」

「何とかしてよ。今すぐ・・。」

「とりあえずパンフや契約書を送ってくれよ。」

そうは言ったものの、この先どうしたものか。悩んだ末、頭に浮かんだのがメフィストという訳だった。


「そんな事。おまえが引き受けて何かメリットあるのかな。おまえ自身に。」

「メリットって。友達が助けて欲しいと言うんですよ。なんとかしてあげたいじゃありませんか。」

「友達が頼んできたら何でも引き受けるというのかね。」

「・・・・」

「ウッヒッヒッヒ。彼女だからだな。いいとこ見せたい・・・というわけだ。いいとこ見せて、どうするのだ?彼女を。」

「好きだから・・。力になりたいだけですよ。」


メフィストは瞑想するように思いを巡らしていた。

神との賭け。こいつを悪魔の誘いに入り込ませるのは、やはり希望とかいう彼女が突破口。依頼をこなす事で不倫の悪の罠を作るチャンスが出てくるだろう。おそらく。


「わかった。やってみようじゃないか。但し、敵情視察が欠かせんな。ファンドの事務所に行ってみなさい。」

「エッ。僕が?エート、東京・銀座ですよ。ここ、福岡から飛行機で行くにしても、そんな旅費はありませんよ。」スマホで送られてきたパンフの本社事務所ビルの写真、住所を確認しながら答えた。


シュワッチ、と瞬間移動。


僕は銀座に降り立っていた。これは便利な移動手段だ。

写真では立派だったが実際のところはワンフロアが狭い、エンピツを立てたような雑居ビル。目当てのフロアにも三つ、四つのドアがあり、その一角にある事務所にすぎなかった。


「あのう。」

「どのようなご用件でしょう?」訝しげに化粧の濃い女性事務員が応対した。

「エート。投資をしたいのですが?」

「金額は?・・・・投資金額です。」

「十万です。」新しいパソコンを買うために貯めたバイト代だ。

「うちは一口百万からです。」投資を口実に情報収集するのは難しいようだ。冴えない身なりの大学生が百万ありますと言い直しても相手に警戒されるだけだ。

「投資会社に興味を持っているんです。将来は御社のような仕事をしたくて・・。ここでバイトは募集していませんか?」

「バイトは募集していません。」厚化粧は見下したような表情で吐き捨てるように言った。取り付くシマもない。

「ハァ。じゃあ・・・お邪魔しました。百万のお金が出来たら、また来ます。」

帰らざるを得ないが、それでもゴキブリが事務所の奥にチョロチョロ入っていくのを確認は出来た。


シュワッチ。銀座から戻り・・。

「どうじゃ。首尾よく潜入出来たかな?」メフィストは尋ねた。

「僕ですか。ウーン、情報収集には至りませんでした。改めて百万作って情報収集するしかないですね。」

「ゴキブリじゃよ。」

「ゴキなら事務所の奥に入って行きましたよ。」

「フオッホッホ。よしよし。」上機嫌に笑みを浮かべた。


ゴキブリを手渡され、コイツを事務所に放てば良いのじゃ・・・言われるまま、厚化粧と対面したスキに、床の敷物にそっと放したのだが・・・何のイミがあるのだろう。


「洗面所ありますか?ポケットから取り出すとき、手が脂っぽくなって・・。」

「アレは汚くなんかないぞ。機械だからのう。」

「エッ。アレ、オモチャだったんですか?」

「バカモン。あれはスパイ・マシーンじゃ。」

「ヘッ?」てっきりホンモノ。生きたゴキブリの手触りだったのに。

「最近のアクマの所業にハイテクは欠かせんでな。」


「ゴキから送信があったぞい。」

メフィストは嬉しそうにパソコンを操作し始めた。

「フムフム・・。でかしたぞ、ゴキ。」ニタニタに顔が変わった。

「運用は、しておらんな。初めからそんなつもりはなく金を集めて自分のモノにする詐欺じゃ。だが、幸い、国内の銀行口座に未だ残っているぞ。ハハ。」

「何でわかるんです?」

「ゴキマルよ。端子にゴキの足を差し入れてマルウェアを注入しよった。マルウェア、悪の不正ソフトであるな。」

「エッ。悪なのに〇なんですか?」

「悪にとっての悪は善なり。その意味では善ウェアと言うべきかのう・・フォッホッホ。」


「おう、お前さんの彼女の祖母のものとみられる取引口座台帳が見つかったぞい。利払いの銀行口座はこれで間違いないな?」

「それです。その番号です。」

「では、四百万じゃったな。奴らの口座から返金するぞ・・。ポチっ。」

「エッ。勝手にこのパソコンから入金出来るんですか?」

「善ウェアのお陰じゃよ。」

「じゃあ、希望に確認するようメールしときます。」


「ところで・・。」メフィストはニッと笑った。

「奴らの口座の残高がいくらか知りたくないか?」

「どれ位、集めているのですか?」

「五億あるぞ。」

「ご、五億。詐欺で、そんなにも集めていたのですか。ヒャー。」

「お前の銀行口座は?」

「エッ。十万円ですよ。」

「番号じゃ。ウッヒッヒ。」

「何で番号が?」

「鈍い奴じゃのう。お前の口座に五億振り込むんじゃよ。嬉しかろう。」

「ハッ?僕の口座に入れてどうするんです?」

「あ奴らの口座をそのままにしておけば早晩、海外の秘密口座に移されてしまうのだぞ。誰も取り戻せんようになる。」

「アッ。そうか。しかし・・僕の口座に入れたら僕が詐欺の首謀者みたいじゃないですか?」

「無論、直にお前の口座には入れんよ。海外のマフィア等の裏口座を転々とさせてから振り込むさ。」

「そんな、いずれバレますよ。高額振込があれば調査対象になるでしょう・・。それに・・」

「成程。税務署の目があるからのう。じゃったらワシの手下にマネーロンダリングさせて金塊に買い換えさせよう。金塊を少しづつ換金すればバレんよ。これでお前も大金持ちの仲間入りだ。ウッヒッヒ。」


金塊を韓国から日本に秘かに持ち込めば、それだけで消費税分の儲けが確定する。その犯罪、配下のアクマが喜んで、誰かをそそのかす材料にもなるのだ。

「チョット待ってくださいよ。何で僕のモノになるんですか?被害者に返金するカネでしょう。」

「遠慮する事はナイのじゃ。悪い奴からカネを巻き上げるだけだし、もともと、投資話に乗った連中も欲に目がくらんだだけじゃからのう。悪いが、彼女の祖母も同類じゃ。」

「そうだ。いい方法が・・。こういう類のカネは法務局の供託金として預けるべきです。ただその手続きはいろいろ難しいけど・・なんとか法務局の口座を調べる方法ありませんかね?」


メフィストはブツブツ言いながらパソコンに向かった。

「誘いに乗らんやっっちゃのう。五億が高額過ぎたか。五十万ぐらいから誘い込むべきであったかのう。」


「法務局の供託金口座に入れておいたぞい。ただし、法務局としては何のカネが入っているのか、わからんじゃろうが・・。」

「世間にこの詐欺事件を公表しましょう。警察、財務局、報道機関に証拠となる会社の資料をメールで送り付ければ、事件は表面化するるハズです。」


手続きが終わった。異界のパソコンからのメールでは発信元がバレることもなく、事件は表沙汰になるだろう。


「有難う。口座の入金確認が済んだわ。無事戻っていたわ。」

彼女からの電話が鳴った。

「ヤルのね。見直したわ、ファースト。」

彼女からのオホメの言葉である。弾んだか声がイチバンには心地いい。


第三章 首相案件


あれから一年。僕は大学三年生。彼女は赤ちゃんを授かった。メールの写真では可愛い男の子。希望も幸せそうだ。


その彼女から電話。「う、うちの旦那サンが、お、おかしいの。」


珍しく、絞り出すような悲痛な声のトーン。明るいのが取り柄なのに・・・。

彼女の結婚相手は公務員。僕が結婚に断固反対しなかったのは(反対してもその効力は無かっただろうが・・・)写真を見せられて、相手が手堅い感じの男だったからだ。

なんせ、彼女は明るくて好奇心一杯。キラキラしているのだが、イマイチ堅実さがない。発想は豊かで、何でも器用にこなすのだが、飽きっぽくて、何かを成し遂げる事が無かった。僕も結婚するなら公務員になって、そんな彼女を支える必要があると、大学に入った時から公務員試験の傾向と対策本を買い込んだのだった。(彼女の結婚で捨ててしまったが・・・)

気持ちがいつも安定してそうな、良い相手と結ばれたと思っていたのにどうしたのだろう?


「仕事上で何か重大な悩みを抱えているみたい。思いつめているので心配よ。自殺でもされたら・・」

「そりゃ社会に出れば仕事上の悩みはあるさ。そんな時こそ、お前が支えてやれば良いじゃないか。」

「私のカンが何か悪い未来を予見しているの・・・。助けてよ。」

「助けるといっても・・。」

「お願い。あなたにしか頼めないの。調べる事できないの?祖母の事件の時のように。」

「ウーン。」


僕はまたメフィストにサポートを依頼する羽目になった。

「取り越し苦労に付き合うのか?」

「ハァ。ですよね。でも、彼女のカンは結構当たるんですよ。」

「仮に予見が当たって、旦那が死ねば、お前が後釜として彼女を支えてやれば良いじゃないか。それこそ公務員にでもなって再婚相手になるんだよ。」メフィストはイチバンの顔色を窺うように誘った。


そうか、本を捨てなきゃ良かった・・・ブルブル、何を考えているのだ、僕は。

「そんな問題じゃないでしょ。さあ、あのゴキブリを渡して下さい。旦那の職場に行ってみますから・・」


僕は福岡財務局の、とある出張所の管財部でゴキを放った。旦那の仕事場だった。チラリ、顔を見たが、結婚式で見た旦那とは異なる、土色の顔色が気になった。何かありそうだ・・。


後日。ゴキの情報がもたらされた。

「分かったよ。」メフィストは面白い情報だと笑って言った。

旦那は国有地払い下げを担当させられていた。

或る右翼的言動の教育者が、時の総理・熊田熊吉(ベアとあだ名がついていた)を礼賛。熊田記念小学校を設立せんとして国有地を随意契約、それも土地内部にゴミがあることを理由にタダ同然で手に入れようとしていた。その昔、何処かで問題になったのと同じパターンである。

総理の意向を忖度した財務省高官は管轄部署に適切な処理を指示。末端事務官たる旦那が、ムリな価格引き下げのシナリオに関わり、この上申書を書く立場に置かされていた。

上司の指示に背けば、未来ナシ。かと言って、この事が明るみに出て、世論から袋叩きに会えば、結果的に自分の責任になる。行くも戻るも大リスクの貧乏クジに悩んでいたのだ

上申書に総理の指示によりかくかくしかじか・・と書ければ良いが、総理自身が明確な指示など出す訳はない。こういう事は忖度によるもの・・に、しなければならないのが役人の不文律なのである。

彼のパソコンには書きかけの上申書が放置されていた。しかし、期限までには書き上げねばならないのだった。


「悩みの原因は分かったわけですね。」

「じゃが、それを解決するのは難しいぞい。」

「ベアが指示した証拠。音声記録があれば、この案件は白紙になるのではないですか?」

「そりゃ、そうじゃが・・ないものねだりしてもなあ。」


「ン.待てよ。手下に聞いてみるとするか。」

メフィストは異界のやり方で手下と連絡を取り合っていた。

「フン、フンそうか。」


「何か解決の妙案が出ましたか?」

「総理番のアクマに聞いたら、総理はチャント指示しているそうだ。」

「アクマに総理番?」

「権力者は悪事を働くものじゃからのう。それなりの人物には担当のアクマをはりつけている。その手下が、けしかける場合もあるが、権力者は自発的に悪事を考えるケースが多い。ウッヒッヒ。」


「それで、その音声データは手に入るのですか?」

「いや、入らん。現在の音声なら録音も出来ようが、過去の音声はちいとなあ。」

「そんな。総理番のアクマの証言じゃ、人間界では通用しませんよねえ。」

「・・・・。残念じゃったな。」

「待って下さい。音声を合成で作れませんか?」

「合成?偽造せよと言うのかい?お主、見直したぞい。見込みがある。」

「偽造じゃありません。総理番の方の聞いた音声を復元するだけです。声紋分析でも本人とされる復元が出来れば良いのですが。」

「そりゃあ。本人の声の生データが沢山あれば・・。」


「国会答弁のテレビ映像だけではダメですか?」

「まあな。だったら、これを持って官邸に行ってこい。」

「ゴキブリですね。」

「うんにゃ。」


手渡されたのは蚊だった。渡された感が無いくらい軽くて小さい。

「これだと音声を拾って送信するだけだが・・。モスキート(モウチョット)機能が多ければ良いのだが・・・コラッ笑わんかい。・・・ともかく、この小ささだからのう。音声だけになるのう・・・。多機能ゴキでは官邸の警備体制には耐えられんじゃろうからな。」

「アクマの世界はハイテクが凄いんですね。」


「今や悪行にハイテクは欠かせん。犯罪を犯して、その後あの世行きになったイマドキの亡者には、ⅠT関係者、ハイテク技術者がウンカの如くいるのじゃ。そいつらを手下のアクマにして、犯罪そそのかし担当に据えると、更に高度なハイテク犯罪を生み出す。ハハハ。ハイテク犯罪加速の方程式じゃな。」

「そうした技術者アクマを統括するのもタイヘンですね。」

「そうじゃ。だからワシが先代に代わりメフィストに就任したのじゃ。古い頭ではついていけんからのう。ワシもいつまで出来る事やら・・。」


便利の移動手段。シュワッチと、ベア総理官邸前。


中には入れないが、放つと、蚊はブーンと玄関へ。ドアが開くたびに奥の部屋に入り、執務室にブーン。総理と補佐官の会話をひたすら送り続けた。

「あの小学校用地はどうなっておる?」

「まもなく進展する見込みです。」

「この件、私に嫌疑がかかる事はあるまいな。」

「ハッ。総理は何も指示されておりませんし、何も報告を受けてはおられません。あくまで役人の判断でございますから。」


「おう、これだけあれば偽造、モトイ、復元は可能みたいじゃな。」

総理の音声データが大量に蓄積された。

そして、手下達の技術力はたいしたものだった。

あ~ん・・・までの熊田総理の声音を取り出し、声のトーン、強弱を加工しながら以前の補佐官との会話を再現した。

補佐官を通じて、用地問題を処理するよう指示をした言質が音声データとして完成した。後はこれを官邸と財務省に送信するだけ。

激安払い下げを無理やり強行すれば、総理の進退に関わるバクダンを抱えてしまうのだ。

音声記録が市中にバラまかれるリスクがある以上、この話は無かったこととして収める外ない。


「ファースト。有難う。旦那は元通りになったわ。今は赤ちゃんをお風呂に入れて上機嫌の鼻歌よ。」

「僕は何もしてないよ。」とは言ったものの、いつもの希望の声をだきしめてみたい気分である。


第四章 無印良心


「オイ。たまには顔を見せたらどうじゃ。」

珍しくメフィストからの誘い。


あいつも大学四年生。そろそろ欲が無くてもノホホンと生きていける生活から、欲を持たねば乗り切っていけない社会人へのプロセスを進み始めているハズだ。メフィストは、茶飲み話をしながら、あいつの欲を探り、悪事に引きずり込む手掛かりを得ようと考えていた。


「就職活動はどうじゃ。うまくいっているか?」

「ハア。もうすぐ内定の段階が数社あります。」

「それは結構。どんな業種じゃ?」

「文科系ですからね。銀行と生損保関係ですが・・。」

「金融は給与水準も比較的、高いからのう。」


手下のアクマの中には金融出身者も多い。ノルマ・ノルマに追われ、ムリな営業もしなければならない時もある。マイナス点が出世の妨げになるので、ヤバいとなれば、トットと逃げて担当からはずれ、責任を後任者のせいに、しなければならない。

成功したプロジェクトでは稟議書に関わらなかった人でも「アレは俺のおかげだ」と吹聴する人数十人だが、失敗のケースでは稟議に名を連ねても、誰もが無関係を装う。

プラスは自分の功績、マイナスは他者のせいなのだ。

もっとも、自身で自分を人事する事は不可能なので、日頃から人脈を作り、それとなく求める方向に行きやすい環境整備、ゴニョゴニョしなければならない。

運も大事である。最悪なのは逆にヒトの尻ぬぐいをさせられる役。マイナス評価の受け皿、ゴミ箱化すること。人生敗残者の烙印が待っている。

うまく立ち回るのが肝要なのだが、現実は厳しく、ストレス人生を強いられる。

どんな会社でも椅子取りゲームのイベントはあるが、金融はその頻度が高いし、陰湿なゲームになる可能性も多いと言えるのだ。そこにメフィストがつけ込むスキが生まれ、神との賭けに勝利する確率はグーンと上がるというものだ。


「ただ、公務員もヤッパリいいかなぁと思っています。」

「ン、しかし、公務員は面白さが欠如しておるぞ。男子と生まれたからには、経済をダイナミックに引っ張る金融じゃろう。」

「そうですね。頑張る中小企業を助ける仕事は魅力ありますね。」正義感に燃える銀行員ドラマを思い出しながらイチバンが応じる。

「そうじゃ。そうじゃ。」

「銀行に内定もらえれば、決定としますか。」


「それはそうと、彼女は元気か?」こちらの線から悪に引き込める可能性もあるので、話題を変えた。

「お陰様で。役に立ったと認められて、高校生だった時のように頻繁に会話をしております。メールですけど。」

「どんな会話なのじゃ?」不倫につながる会話なら、なお結構とメフィストは聞き耳を立てた。


「世界政治とか。」

「なんじゃ。色気のない。米大統領ジョーカー氏の話なんかを、しておるのか?」

「ハイ。自国ファースト、自分ファーストの考え方で、世界のリーダー面をしてもらっては困る。あんたようなのファーストならいいのだけれど・・なんて言われまして。」

「そうじゃのう。世界のリーダーとして物足りない奴らが多いのう。」

「でしょ。中国の学遠岳総書記、ロシアのクロオビ大統領。いずれもファースト、ファースト。ヒトラーと同じ、自分の国を再び偉大にするとの・・・共通のスローガン、マスコミ統制が趣味のも、一緒です。力で世界を押さえつける、イバリ三人組と、彼女も言っていました。」

「なんじゃ。また彼女かいな。」ヘンな関係を目論見、悪の道に誘う算段から、彼女との距離が縮まるのは結構なのだが、自身の欲望にも目覚めさせて、おかねばならない。

そう、思いを巡らしながらブツブツ呟いていた。

「何か言いました?」

「たまには、お前自身がサポートして欲しい事を言ってみろ。いつも彼女、彼女じゃ、おもろくないぞえ。」

「じゃあ、イバリを一掃しましょう。まずは先の三人のリーダーを。」

「それは彼女が言ったことじゃろうが・・。」

「僕も思うんです。イバリの居ない世界を見てみたいと。」


「そんな事、出来るハズがないじゃろ。」

「ヤッパリ・・。あなたのサポートでもムリですよねえ。あの三人の体制を変えるのは・・。」

「バカモン!・・・イバリの無い世界なんぞ、ある訳がないと言っておるだけの事だ。見くびるではない。ワシの力で三人のイバリを潰すのは簡単、カンタン、お茶の子サイサイじゃ。」

「ホントですか?」

「・・・・」メフィストは自分の力を見せつける良い機会かもしれないと考えていた。見せつけておけば、コイツとて人間。良からぬことにワシの力を頼って来ることになるだろうと・・。


「それは、真にお前が欲するモノなのじゃな。三人を始末する事が・・。」

「始末というか、イバリを止めてもらいたいのです。」

「分かった。」

メフィストは三人のライブ映像が手に入るかを聞いてきた。

「今、首脳会議をやっていますから見れるかも・・。」


グッドタイミング。テレビに三人の顔が映っていた。


「それでは・・・。」

メフィストは掃除機を取り出した。

画面に映る三人が次々と吸い込まれていく。

「そのクリーナーは?」

「天国社製、無印良心ブランドの新型掃除機じゃ。」

「ヘッ?」

天国社製をアクマが何故に持つことが出来るのか?

「知恵持つ人類生誕百万年の記念パーティー。・・・その知恵は悪知恵でしかないとワシは思うのだが・・・その引き出物。神様から来賓のワシに贈られたものだ。」


クリーナーには3Dプリンターがドッキングされており、三人がフィギュアとして排出されてきた。

次に洗濯機に投げ込まれる。これにも無印良心のロゴマークがつけられていた。

「今一度、イバリ達を洗濯致し候。」

片手を懐に入れ、龍馬のような仕草で洗濯機内をグルグル回る三人を見下ろしている。


クシャクシャになったフィギュアを取り出し、爺様は突然、悪魔の姿に切り替わった。

長い爪をフィギュアの心臓に突き刺し、なにやら呪文を唱えている。

「脱税、パワハラ、セクハラし放題、何でもフェイクで誤魔化す汝、恥を知れ。」

「力こそ正義と政敵を陥れ、弱きをくじく。マルクス生きてあれば呆れる所業の汝,恥を知れ。」

「陰謀大好き汝、恥を知れ。」

それらのフィギュアに立体アイロン、これにも無印良心のロゴ。一連のクリーニングを終え、シャキッとした姿の三体。メフィストは、これをテレビ映像画面に放り込んだ。


途端。

首脳会談の様相が一変した。

三人が自らの悪行を告白、謝罪し、今後はイバリのリーダーではなく、世界万民のための国際政治を推進すると約束したのだ。


メフィストは、ついでに他の世界の独裁者、圧制者も、ことごとく洗いつくし、膨大な難民、飢餓民が急減しそうな情勢が現出せんとした。


「ス、スゴイですね。」イバリの世界が一瞬にして消失したのだ。

「これで世界の未来は明るいですね。」

「そうでもないのじゃ。」元の仙人風に戻った爺様が応じた。

「エッ」

「イバリ洗浄は一時的な効果。本人達の良心が再び汚れて真っ黒になるのに、そう時間は必要あるまい。仮に良心が続いたとして、腹黒い政敵が権力奪取する事になるので、役者が変わるだけになるのじゃ。」


だとしても・・・束の間のイバリ無き世界が顔をのぞかせた一瞬だった。

「ワシの力がわかってくれて嬉しいのう。お前が社会人になりパワハラを受けた場合にも役立って進ぜようぞ。」とメフィスは自らの力のPRを忘れなかった。


第五章 アツイ


「もうイヤー。」希望のヒステリー?

「なんだよ。」また何かあったのだ。

「迷惑メール。」

「だから、なんだよ。」

「あたしのスマホが狙われているの。」

「どうしたんだよ。」

「ヘンなメールが来てネ。慌てて消そうとしたら間違って添付のURLに触ってしまったのよ。」

「それで?」

「入会手続きが完了しました・・・つきましては入会金をお支払下さい・・と高額な請求が表示されたのよ。」

「そんなの、無視してれば良いよ。しばらく、付きまとわれるかもしれないけど。」

「エッ。それで良いの?」

「当たり前。」


「そう、なら少し安心した。でもね、メール配信停止はこちらから・・・という画面が出たのよ。迷惑メールにしては親切よねぇ。」

「オット。それはマズイ。手続きしてないよね。」

「ええ。」

「下手に応じると裸にされちゃうからね。」

「ハダカ?ファーストらしくない言い方ね。」

「個人情報を盗まれるって意味だよ。」

「そう。罠ばっかり仕掛ける奴らね。ファースト、懲らしめてくれない?あたしが付きまとわれないように。」

「ああ、実は、僕も迷惑メールに困っているからね。可能か分からないけど迷惑メールを転送しといて・・。」


「という訳で、何とかなりませんかねえ?」僕はメフィストの部屋に居た。

「なんだ、そんな事かい。デジタル犯罪じゃな。」今度はイチイチまた彼女のサポートか・・とかケチを付けない。

「犯罪が増えている、それ自体は良い傾向じゃ。だが・・・最近の犯罪についてはなぁ。納得いかん事例が多いのじゃ。」コーヒーを淹れながら話しかけてきた。

「こんな話は、配下のアクマには言えぬがのう。」今日のメフィストはヒマしているらしい。


「本来、人間は善を目指すものじゃなかっったのか。悪は最終的に損につながるからのう。ヘタ打てば人生を台無しにするし、上手くいっても人生で得るものは乾いた利益に過ぎないのじゃ。」コーヒーをすすりながら、椅子を揺らしている。

「それでもなお、自らの暗い欲望に負けて犯してしまう・・・犯罪とは、人間とは、そうあるものだ。そう思わんかネ。キミィ。」

「はあ。」

「だが、今時の犯罪の無機質なコト。機械が行うように犯罪ゲームを行い、効率を重視する事、まさにビジネスじゃ。有機質の犯罪は何処にいった!と、嘆かざるを得ん。」

「今日はアツイですネ。」

「古い考え方かのう・・・。」


「ところで迷惑メールの問題ですが・・・。」

「そうじゃった。あ奴ら、思い上がっているからのう。バカからむしり取るのはハイテク技術者の特権だと・・。」

「はぁ。」

「有機質のこころの揺らぎ。善悪のハザマで逡巡する、そんな殊勝なところが何もありゃあせん。・・・アクマの醍醐味はそのハザマで悪に向け、そそのかす瞬間じゃ。無機質の犯罪には、面白さのカケラもない。アクマのレゾンデートル(存在理由)を脅かす奴らに容赦はいらぬ。」

「そうです。そうです。やっつける方法はありますか?」今日のメフィストは、いつにも増して頼りがいがありそうだ。


アツいメフィストは素早かった。


迷惑メールの発信元を突き止め、奴らのパソコンの電池を発火させ、まさに炎上させた。蓄えている口座から、稼いだカネを抜き取り、人道支援の支援金口座に振り替えた。配下のアクマの情報は正確だ。


「本気出すと メッチャ凄いですね。」

「これしきの事、アタリキシャリキじゃ。我は、ホワイトハッカーどころではない、純白ハッカーなるぞ。」


「感服いたしました。でも爺様。ホントにアクマですか?僕が知る限り、正義の味方のような振舞で、楽しんでおられているようですが・・・。」

「ウオッホン・・・。我らの出自は天使じゃからのう。少しはそんな部分もあるかもしれん。」神様との賭けに勝つ為に・・・とは言えぬメフィストは、そう、答えざるを得ない。

「へぇーそうだったんですか。」

「じゃが、人間の業の深さが天使をアクマに変身させたのじゃ。」


「爺様。背中に羽根らしきものが出来かけておりますよ。」

「ナニィ。」まさか・・・と戸惑うメフィ仙人。

「ハハ、冗談ですよ。」

「年寄りをからかうもんじゃない。バカモノ!」

「スミマセン、今回も有難うございました。」


最終章  審判


「ファースト、先日は有難う。あれから迷惑メールも無くなり、助かったわ。」希望からのお礼の電話。

「いやあ。」

「あなた。就職決まったのよね。おめでとう。」東京本社の都市銀行に決まったとメールしていたのだ。

「だからね。お祝いにおごってあげようと思うの。卒業したら、会うチャンスも少ないだろうしね。・・といっても喫茶店でコーヒーだけなんだけどね。」

「そんな。」でも彼女に会える。まして、おごってくれるなんて、嬉しい出来事だ。

「育児にタイヘンだからね。うちの近くの喫茶店まで来てくれる?」

それじゃ交通費のほうが掛るので赤字なのだが、そんなのメじゃナイ。久しぶりに会えるのだ・・・。


僕は十分も前に、喫茶店に来てしまった。

周囲に時間をつぶせるような施設も場所もないので、仕方なく店のテーブルに座り、待つしかなかった。

ソワソワしてしまっているらしく、ウエイトレスが訝しげに注文取りをする。逢引きデートでもあるまいに・・・何を興奮しているのだ、俺は。

「ホットコーヒーを。あー、それともう一人来る予定なので・・・。」一人用の席に座らない言い訳をする。


ドアのウエルカムチャイムが鳴った。

キラキラ瞳の幼児が、踊るような足取りで店に入ってきて、つい目を合わせてしまう。続いてあらわれたのが笑顔満面の彼女、希望だった。


「お前の子?可愛いじゃん。」僕が希望と結婚したとして、こんな可愛いい子供が出来るんだろうか?

「ウフッ。有難う。コドモが子供を産んだと言われているのよ。」

男の子は、僕とママを、代わるがわる見上げて、天使の笑顔。なんか、抱き上げてみたくなる、パパの気分。


「この前は有難う。あなたに相談すると何でも解決しちゃうでしょ。スゴイね君は。」

「いやー、たまたま。上手くいって良かった。」

「高校生の頃と違ってモテるんじゃないの?頼りがいが出てきたんだから・・。」

「そんなコト無いって。僕の恋愛史ノートにはお前にフラれた過去だけしか載ってないんだぞ。」

「アハハ。あの時は素直になれなくてゴメンね。今、独身だったらOK出しちゃっているかもしんないよ。アハハ。」

「エッ?」

「イヤダ、本気にしないで・・。本心は表に出さないほうがいい場合の方が多いってコトよ。・・あなたは、あたしにとって大切な宝物。この子と併せて二つの宝物なのよ・・。」

「・・・・。」


「キミ、東京に行くんだよね。」

「ああ、東京かどうかわからないけど、コッチには支店も少ないしね。戻れないだろうな。」

「宝物には、幸せになってもらいたいの。仕事ガンバって。・・・そして、あたしと同じくらいチャーミングな奥様と一緒になって幸せをつかみ取って下さい。・・・そして、人生終えたら天国で再会しようよ。・・もう会えないかもしれないから言っとくけど・・・でもメールはしますけどネ。」


「アア。だけど、僕は天国には行けそうもないんだよ。」メフィストとの契約が頭に浮かんだ。

「そんなコトないって。貴方は私より天国に近いわ・・。きっと天国よ。」

「そうだとイイね。」希望にメフィストとのやり取りを説明するわけにもいかなかった。

逢引きの時間も終わりが近づいた。十五分は経っていたが、あっという間の気がした。


彼女の会計を待ち、ドアを開けて別れの挨拶の時。

大変な出来事が待っていた。

二人の間にいた希望の子供が道に飛び出したのだ。

トラックの警笛が響き、イチバンは咄嗟に男の子をかばおうと追いかけた。

間に合わない!

ブレーキ音と希望の悲鳴を耳に受けながらイチバンの体に熱い衝撃が走り、宙を舞った。


救急車で搬送されたイチバンは集中治療室にいた。


医師が付き添いの希望を呼んだ。

心臓の鼓動が消え入りそうなイチバン。希望に出来るのは祈ることしか無かった。

「あたしの子供を助けて呉れて有難う。お願い、生きて、回復して!」

医師がかぶりをふった。モニター画面にゼロの数字が浮かんだのだ。

「それが叶わないのなら・・。神様。どうかファーストを天国に導いて下さい・。」希望の祈りは続いていた・・・。


その頃。異界では・・・。


神様とメフィストが憮然とした表情で対峙していた。そこに、いかつい大男が現れた。

話し合いはまとまらず、エンマ大王が呼ばれたのだ。


エンマの裁定が始まる。

「こやつ、メフィストはイチバンを地獄に落とすというのです。それはあまりにも理不尽な考えであります。」神様は苛立ちをあらわにエンマの前に進み出た。


「だが、イチバンの所業に、重大な悪は見いだせないです。それなのにメフィストは、契約をタテに地獄行を主張する。そのような契約・は公序良俗に反ずるもので無効にすべきとは思われませんか?」

神様は「希望の祈り」を証拠として提出した。

「ファーストは生前、自分が天国に行けないと申しておりました。だけど、彼が何をしたというのでしょう。私の悩みを解決し、最後は私の子供を救うために自分を犠牲にしたのです。」

「彼は、私を好きだと告白してくれました。だけど、あまりに不器用で、私がイエスと言えるシチュエーションを作ってはくれませんでした。だから、いったんは拒否したのです。その後、連絡はなく、彼の想いはそんな程度だったのだと・・・私は次に出会った今の夫と婚約をしてしまいました。彼とは結婚式寸前に再会し、式にも出て祝福してくれたのです。しかし、思い起こせば、私も彼を愛していたのです。」

「だから神様。彼が万が一にも地獄に落とされるというなら、替わりに私を地獄に突き落として下さいませ。その約束のもとに、彼を天国に導いてやって下さい。お願いします・・・。」


「どうです。泣ける話ではありませんか。イチバンも彼女も、地獄なんてトンデモナイ。二人共に天国キップを与え、死後に再会出来るように計らうのが我らの務めでありましょう。エンマ大王殿。」

「異議アリ!」メフィストが机を叩いて反論した。

「情緒的判断に基づく証拠を持ち出すのは神様のノーミソが衰えた証左。こちらは客観的事実として物証を示します。」


その証拠は契約書であった。

契約文書にはサポートを受ける条件として、死後の地獄行を甘受するとの一文があった。

「これには“悪事を働かなければ地獄に落とされない”との解除条件が記載されておりません。」ですから「契約書の遵守を求めます。エンマ大王殿。」と迫った。


「異議アリ!」再び神様が口を開いた。

「契約を結ぶに至った経緯に重大な瑕疵があります。」

本件は私とメフィストとの賭けが発端です。だが、ファウストを対象人物としたハズだ。当時、私がボケ気味だったので現実には居るはずもない昔の人物、ファウスト博士の名前を言ってしまった。

ところがメフィストはファーストなるあだ名を持つイチバンと契約してしまった。これは錯誤に基づく契約であり無効を主張する事ができます。・・・と説明した。


「異議あり!」メフィストも負けてなかった。

「エンマ様。これは血判状であります。異界の世界では絶対的な拘束力を持つものであります。」

「契約を無効にするのは異界に於ける法治主義の放棄につながり、今後の体制を揺るがす危険な行為と言えましょう。付け加えれば、イチバンは私に契約の履行を請求し、私も忠実に彼の求めに応じてサポートしております。つまり、契約は既に実行済みと言えます。エンマ様の良識ある判断を望みます。」と結んだ。


「両者の意見は承った。」エンマ大王が悩まし気な顔になった。


「判決を言い渡す。」汗をぬぐいながらエンマが叫んだ。


「イチバンは天国に召されることはナイ!」傍聴人席から、どよめきが起こった。神の敗訴は久しぶりであるからだ。

「ただし、地獄に落とすことも回避する。」場内がザワついた。

「悪行の認められない者に地獄はふさわしいとは言えぬ。契約の経緯についても疑義が存在するのは明らか。」

メフィストと、傍聴する、その配下がブーイング。


「但し、血判契約書は尊重されねばならぬであろう。」ふぅと息をついた。契約書の有効性に言及したのだ。

「しかしながら、契約書には不備が有るものとも認められる。ついては、職権により悪事を働かねば地獄には落ちぬとの解除条件を付加するものとする。」


ということは?


「イチバンを生き返らせ、契約自体は続行させることとする。これにて閉廷。以上である。」

エンマ大王が退廷した。イチバンの消えたローソクは再び灯されたのである・・・。


メフィストは、不服申し立てをしなかった。どうせ将来の勝利は確定していると思ったからである。

イチバンは銀行に勤めるのだ。遅かれ早かれ、自らの出世、仕事上のノルマ達成の為に、悪行に手を染めるのはマチガイナイ。

希望との関係も脈がありそう。希望も一番を憎からず想っているのだ。いずれフリンをそそのかすチャンスも期待大である。

それに、折角始めた神との賭けゲーム。その楽しみが続行されるのだ。失うもののない、そして勝算濃厚のゲーム再開にニンマリと笑顔を見せた。


その瞬間、病院の死体安置室のイチバンの体に異変が起こった。

アルコールで拭かれた身体。そして、汚物が出ないよう肛門に脱脂綿を入れようとしていた看護師が驚愕した。

「ギャー何をする?イテテテテ!」と叫ぶイチバンがいた。

全身打撲の痛みが猛烈に襲ってくる。

                     完


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ファースト シロヒダ・ケイ @shirohidakei

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