第2話の上 惟憲の企み
「見てみろよ、雅行!すっごい綺麗だぜ!」
惟憲は一つの疲れも見せず、それどころかはしゃいでいる。
「……そうだな」
僕はそう相槌を打ちながら前を行く惟憲をじっと見る。こいつは意気揚々と緩やかな山道を登っていく。
僕が馬鹿だった。
こいつの体に悪いところがあるかもしれない、なんて思ってしまった一時間前の僕を殴りたい。
鼻唄さえ歌いながら軽々と傾斜を登っていくこいつに、悪いところなんてあるわけがない。
「おーい雅行〜。何やってんだよ、歩くの遅いぞ」
むしろ惟憲と比べれば、数段体力の劣る僕はぜぇぜぇ言いながら、惟憲の十歩くらい後を着いていくしかできない。分かっているけれど、なんかムカつくな。
「雅行はやくはやく!絶景はここからだぜ!」
惟憲は急に走り出す。追いつくのもやっとだった僕はますます距離を離されていく。
「ちょ……っと……待てよ……」
そして惟憲は僕の遥か頭上から、
「雅行、雅行!ほら、ここ、すっごい綺麗だろ〜」
と呑気に都の方を指差す。
惟憲の指の先には、咲き誇る満開の花々がある。
……薄紅色に色づく、桜だ。
都中を自分の色に染め上げる桜は確かに綺麗だった。だけど何年見てもこの景色はどこか歪に感じる。
「見事に半分だけ……だな」
都は
その東側、僕から見て左側の左京だけに桜は咲いている。なぜかといえば、右京のほうは荒地と化しているからだ。貴族達は左京にしか住んでおらず、右京を「廃れた土地」として見下している。自分で言っていてなんかむかむかしてくるのは、僕の家が右京にあるからだ。
左京のほうだけ桜が咲いているのは、左京は道路が整備されているから街路樹に桜が植えられていることもあるし、広い屋敷を持つ貴族なんかはそこにこぞって桜を植えているからである。
「都一面に桜が咲いている……なんてこと、あったらいいけどなぁ」
と呑気に言う惟憲を、僕は横目で睨んだ。
「惟憲、お前は何のために僕を誘ったんだよ」
「うーん……花見?」
「本当に花見だけか?」
僕がそう尋ねたのは、今まで惟憲が待ち伏せしてまで僕を誘うときには、決まって“ある目的”のためだったからだ。
僕が睨み続けていると、惟憲は頭を掻きながら答えた。
「この辺りに美女がいるって聞いたんだ」
「……やっぱりな。そういうことだろうと思ったよ」
さっきの言葉の不審さはこれか、と僕は納得した。
前からそうだった。惟憲の誘いの大半は「美人を見にいこう」というものだった。
僕にはそんな噂にまったく興味がないし、美人にも興味はない。だから惟憲がそんな誘いをしてくるたびに僕はそれを断るという労力を使っている。
惟憲だって僕が断ってくるだろうことは分かっているはずなのに。どうしてわざわざ余計な労力を使うんだろう。
「そういうことって何だよ。美女がいると聞けば、足を運ばずにはいられない。それが男ってものだろ?」
「全ての男を一括りにして考えるんじゃない!」
「なぁに言ってんだ、雅行さんよぉ。まだ誰にも発掘されていない素敵な女人を見つける……これこそ男のロマンだろ!俺は偉大なる
ふんす、と鼻音を出しながら、惟憲は得意気に言う。確かに世の男達は“理想の女人に出会って恋をする”という、惟憲が言うような男のロマンとやらを追い求めて「素敵な女人探し」に汗を流している者も多い。しかし、惟憲の言うことには色々とツッコミどころが満載すぎる。だから、一番重要なことだけ言わせてもらおう。
「見習う相手が絶対間違っているよな!?」
「何で?」
「いや、相手は皇子だから……お前とは身分が違い過ぎるから!」
「何か問題が?」
「皇子を見習って行動したら、大変なことになるだろう!光源氏みたいに下手を打ったらどうする気なんだ。光源氏みたいな皇子なら少々のことは許してもらえるかもしれないがお前は違う!」
「もしかして源氏物語に書いてあったようなこと言ってんのか?藤壺の宮とか朧月夜の君とかの?
俺らがそんな皇女とか大臣の娘なんかと関わる機会なんてあるはずないだろ!」
と惟憲は腹を抱えて笑い出す。
「そこまでいかなくとも!高貴な姫君に会うこともあるかもしれないじゃないか!」
「ないない~。そんな姫君達は、都の大きなお屋敷で高貴な親御さん方がしっかり守ってますよ。そんなこと考えるなんて、雅行きゅんは世の中を甘く見過ぎじゃないんですか~?」
「はぁ~!?僕は何でもリスクを考えて行動しろって言ってるんだよ!世の中を甘く見ているのはお前だろう!それに気持ち悪い呼び方するな!」
こいつ……人をこんな所まで来させておいて、何だこの言い草!と思わずにはいられなかった。
本当にこいつには困ったもんだ。行きたくもない「素敵な女人探し」に何度も僕を付き合わせようとするし、警戒心はないし、生意気だし!
「雅行きゅんは可愛いな~!」
「やめろ!」
……でも。
何だかんだ言ってこいつといる時だけだ、楽しいと感じるのは。窮屈な環境のなかで、こいつといる時だけは……少しだけ。自分の感情を曝け出せる。
自分の感情を顔に出して、ツッコんだり、怒ったりできる。……一応は喜んだり、はしゃいだりもできるのだ。
どんな時も僕は、僕の運命から逃れることは決してできないと、知ってはいるけれど。
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