第27話 《リトリビューション》

 冥王竜ラダマンティス。全身を黒く艶のある鱗に覆われたその巨大なドラゴンは、創造神アルタナによって、そう名付けられた。

 その名が示す通り、冥王竜は冥界に棲むドラゴンたちの主であり、この世界に5体しかいない伝説の古代エインシェント・ドラゴンの内の1体なのだ。その腕の一薙ぎは大地を裂き、放たれるブレスは山を一つ消滅させると言う。数千年を生きる古代エインシェント・ドラゴンは高度な知性を持ち、その魔力は高位の神に匹敵する。

 その冥王竜がねぐらを離れて、単身姿を現すなどと言う事は、普通あり得ない。王たる彼等が、その場を離れると言うことは、配下のドラゴン総てを引き連れて、戦いに赴く時なのだ。

 その為、目の前に現れたその黒いドラゴンは、厳密な意味での「冥王竜」ではない。リンが倒した冥界竜の生命核を元に、アルタナがヴァンと贄になった人間たちの魂を使って作り出した、「冥王竜モドキ」である。

 とはいえ、アルタナはハンクに刺客を差し向ける際、ギリギリ死ぬか死なないかの、お前より多少強めの相手を送ると宣言したのだ。知性は持たずとも、戦闘力で本物の冥王竜を超えるラダマンティス相手に、油断や侮りが死に直結することは、想像に難くない。

 

 冥王竜ラダマンティスは、5階建てのビルに相当するその体躯を、一つ、大きく震わせてから背中の両翼をいっぱいに広げ、足元のハンク達を睥睨するようにその眼を怪しく輝かせた。その口から、低く獰猛な唸り声が周囲に響き渡る。

 今や礼拝堂は、ラダマンティスの出現によって跡形も無く潰れ、その周辺の建物に至っても、礼拝堂と同じ状態になっていた。突然の事態に、難民街のあちらこちらから悲鳴が上がる。

「冥王竜……伝説の古代エインシェント・ドラゴンじゃないのさ……」

「ハンクより強い敵だからな……」

「そうね。……下手に逃げた所で、ドルカスごと灼き殺されるわね」

 強大な敵を前に、緊張の色を隠せないアリア達が呻くように言葉を漏らした。ハンクが【守護者】であると分った今、彼より強い生物が冥王竜だと言われても不思議は無い。

 とは言え、すぐに動き出さない所を見ると、作成に少し時間が掛かるのかもしれない。なんと言っても、ラダマンティスは「冥王竜」なのだ。

 そして、此方も準備を整えるのであれば、ラダマンティスが動きを止めている今を置いて他に無い。

「誰も死なせない。その為の用意もしてきただろ?」

 不意に、ハンクがハッシュの肩にポンッと手を置いた。その瞬間、ハッシュの身体が青白くぼんやりと光を纏う。ハンクの持つ魔力を、必要な分だけハッシュに受け渡したのだ。

「そうだった……この為に練習したじゃないのさ! 《プロテクション・ヘキサ!》、《リフレクション・ヘキサ!》」

 はっと我に返ったハッシュが、物理防御魔法と魔法防御魔法を全員に掛けた。両方とも倍率は6倍。防御力も6倍である。強化魔法を受けて、一瞬、全員の身体が薄く光る。

「頼りにしてるぜ、ハッシュ。《アイギス》はいざと言う時に展開してくれ」

 エルフの街からドルカスまでの道すがら、いざと言う時に備えて、ハンクはシゼルに剣を教わる傍らで、ハッシュに《アイギス》を教えたのだ。

 以前、ハッシュの見立てで、魔力消費量の大きな《アイギス》は、並みの冒険者であれば3回使えればいい方だと言う事だった。だが、ハッシュはその《アイギス》を、最大で8回使えたのだ。

 場合によっては重ね掛けをする状況も十分考えられるだろう。その事からも、ハッシュが《アイギス》を8回使えると言うことは、急場を凌ぐ為に充分なものであった。勿論、ハッシュが有頂天になったのは言うまでもない。

 とはいえ、《アイギス》ばかりに魔力を温存しておくわけにもいかない。その為、強化魔法はハンクの魔力を融通し、少しでも残り回数を確保することにしたのだ。

「あと、みんな、基本は回避だ。無理に攻撃を受け止めようなんてするなよ!」

「……当たり前じゃない。あんなの食らったら潰されるわよ!」

「試しに受け止めてみたいが、死ぬだろうな。アレは……」

 アリアとシゼルも冷静さを取り戻したようだ。その事にハンクは、ほっと胸を撫で下ろした。

 緊張や恐怖は身体の動きを堅くする。そうなっては生存確率も下がってしまうだろう。当然のような事でも、言葉を口に出すと言うのは、不思議な力を持つ。言霊とはよく言ったものだ。

 そんな事を考えながら、ハンクは長剣ロングソードを抜き放ち、3人の前に進み出てリンと並んだ。

 ちなみに、長剣ロングソードは3日前、ハッシュの実家であるルポタ商店で買った物だ。魔力の伝導率のいい金属で出来ており、魔力を込める事で強度が数倍に上がるのだと言う。多少値は張ったが、まさにハンクにうってつけの武器であった。

「やっぱり、リンも転生者だったんだな。それよりも、大丈夫か?」

 そう言って、ハンクはリンを横目でちらりと見た。正直、返事は期待していない。まさか、アルタナの口からリンが転生者である事を聞くとは思ってもみなかったのだ。

 そのリンは、最後にアルタナが放った言葉に珍しく声を荒げた後、両手剣を構えたまま俯いている。最後の一言がリンの心を抉ったのは明白だ。

(――クソ魔神め。一言余計なんだよ!)

 手伝ってもらえと言っておきながら、初っ端にリンの心を折るとはどういう了見だ。既に冥王竜の足もとから姿を消したアルタナに、ハンクは内心で毒づいた。今頃は、どこかで高みの見物と決め込んでいるのだろう。

 この世界では創造神アルタナなどと大層な呼び名があるらしいが、そんな事ハンクには関係ない。信仰心の欠片も無いハンクにとって、神と言えどアルタナはクソ呼ばわりで十分だ。思わず舌打ちが出そうになった、その時、リンが徐に顔を上げた。

「……大丈夫。私が、神様とティナを、絶対に助けるって決めたんだ。迷ってなんかいられない!」

「気負いすぎるなよ。……終わったら、日本の事少しは聞かせて――」

 その言葉を遮って、ラダマンティスの巨大な右前足がハンクに向かって振り下ろされた。咄嗟の事とは言え、ラダマンティスの身体は巨大である。それほどスピードがある訳でもないその攻撃を、ハンクは長剣で受け止めた。鈍い金属音が響き、残りの4人が一斉にハンクを見る。

「俺から離れるんだ! 建物の陰に回り込め!」

 建物の陰に隠れたところで、冥王竜の死角になるかは疑問だが、とりあえず、魔法に巻き込むことは無いはずだ。全員に聞こえるように、ハンクは声を張り上げた。それと同時に、長剣で受け止めた右前脚を、力任せに押し返し、攻撃魔法を構成した。

「《フレイム・ピラー!》」

 自分以外、全員の姿が見えなくなったのを確認してから、ハンクは魔法を起動コールした。それと同時に、ラダマンティスの全身をすっぽり飲み込むほどの巨大な火柱が上がる。

 今まで夕日に照らされて、茜色をしていた街並みが、《フレイム・ピラー》が放つ高温の炎によって、昼間の様に明るく照らし出された。

 しかし、それも束の間。ラダマンティスが大きく咆哮を放つと、《フレイム・ピラー》の炎が掻き消された。

「知能は無くとも、流石、冥王竜ってことか……」

 体中の鱗から湯気を放つラダマンティスを視界に捉えたまま、ハンクは独りごちた。


 《フレイム・ピラー》の炎を掻き消した後、ラダマンティスが低く唸り声上げると、その周囲に黒いエネルギーで作られた、槍の様な物が何本も顕れて、ハンクに襲い掛かった。

 一発でも当たればかなりのダメージを受けるだろう。何本かまとめて被弾すれば、流石に命が危ないかもしれない。

 ハンクは、雨のように降り注ぐ黒い槍の悉くを躱していく。勿論、その間にもラダマンティスの前脚や尻尾による攻撃が、次々とハンクに向けられる。威力の弱そうな攻撃は剣で受け流し、強力な攻撃は《アイギス》で防いだ。

「グレイプニル解放。食らい尽くせ!」

 ハンクを噛み殺そうと、ラダマンティスが地上に首を近づけた瞬間を狙って、リンがその首元に全力の斬撃をたたき込んだ。グレイプニルの剣身は輪郭を無くして数倍に膨らみ、燃え盛る漆黒の炎の様に見える。

 だが、リンの一撃は数枚の鱗を弾き飛ばし、軽く肉を抉った程度であった。

「……全力なんだけど。嫌になっちゃうな。あの硬さ」

 軽くと言えど、肉を抉られて少し仰け反ったラダマンティスが、怒りの咆哮を上げてリンを見据える。低く唸り声を上げると、ラダマンティスの周囲に黒いエネルギー弾が顕れ、リンとハンクに向かって降り注いだ。

 再び、黒いエネルギー弾の間を縫って、ラダマンティスの前脚がハンクに襲い掛かり、そのあぎとがリンへと向けられる。

 そして、ラダマンティスの咢がリンへと迫った、その時、アリアの声が響いた。


「好き勝手やらせないわ! 『土の精霊ノーム達! 柱となれ!』」

 瞬間、直径2メートルはあろうかと言う岩の柱が、リンの少し前の地面から一気に突き出る。岩の柱はラダマンティスの顎を下から打ち上げ、その頭部を激しく揺さぶった。

 生命核を持つ冥王竜と言えど、生物である。思考する為の脳もあるし、呼吸する為の肺もあるのだ。激しく脳を揺らされれば、脳震盪を起こすのは必然と言える。

 せり上がった岩の柱の上に頭部を寄り掛からせ、ラダマンティスが朦朧とする。ほんの十数秒のチャンスに、最初に声を上げたのはシゼルであった。

「ハンク! 強化魔法だ!」

 瓦礫の陰から姿を現したシゼルが、両手斧を構え、ラダマンティスの首目掛けて突進する。狙いはリンが抉った傷口だ。鱗の剥がれ落ちたその場所は、今や、無防備にその内側をさらけ出している。

「まったく……一撃離脱だからな! 《リーンフォース・オクタ!》」

 叫ぶようにって、ハンクは強化魔法を発動した。強化倍率は8倍。

 だが、魔法によって、どれだけ怪力を得たとしても、所詮、人間は生身の体。当然ながら、強化された筋肉が生み出す力や反動、衝撃や荷重に耐えられるものではない。

 その為、《リーンフォース》は、元々ストレングスと言う筋力向上の魔法だったものに、ハンクが体の骨や軟部組織の強化を追加したオリジナルの強化魔法である。勿論、ハンク自身に効果は無い。

 ちなみに、ドルカスへ向かう道すがら、剣の稽古のためにシゼルに掛けた強化魔法が、この《リーンフォース》であり、8倍はシゼルが扱える限界の強化倍率なのだ。

 《リーンフォース》による身体強化を受けて、人間の限界を遥かに超えたシゼルの斬撃が、ラダマンティスの頸部に振り下ろされる。だが、切断するつもりで振り下ろしたその斬撃は、ラダマンティスの強靭な筋肉を浅く抉ったのみであった。シゼルは眉をしかめてから、「くっ!……巨木の様だな」と吐き捨てて、その場から離脱する。

「ヴァン。君は人を捨ててまで、こんな事がしたかったのかよ。意思の無い冥王竜なんて、只のケダモノと変わらないじゃないのさ! 《ヘリクスランス・トリプルディスチャージ!》」

 叫ぶようなハッシュの魔法起動コールと共に、3本の青い魔力の槍が、ラダマンティスの頸部に突き刺さった。

 シゼルとハッシュの猛攻にラダマンティスは両目を大きく見開いて意識を取り戻し、数歩後退した後、怒りの咆哮を放った。今までに無い大音声が、ラダマンティスの怒りの程度を物語っている。

「――マズイ。ものすごい力を感じる。みんな俺の後ろへ!」

 ハンクが大声で叫ぶと同時に、大きく開いたラダマンティスの口の前に、漆黒のエネルギーが球状に集まっていく。

「ドラゴンブレスだ! あんなの撃たれたら、ドルカスが消し飛んじゃうじゃないのさ!」

 ハンクの元へと駆け寄りながら、ハッシュが大声を上げる。

「俺があいつの口元に《アイギス》を張る。ハッシュは俺たちの前にアイギスを張って、こぼれた分を防いでくれ!」

「了解!」

 ラダマンティスは、ハンク達を挟んでドルカスと対面の位置にいる。ドラゴンブレスの射線を変える事が出来ればいいが、今からでは間に合いそうにない。ならば、ドラゴンブレスが大きく膨らむ前に、口元で止めてやればいい。単純明快な話だ。だが、目の前のラダマンティスが全力を以て放つドラゴンブレスの、ほぼ全てのエネルギーをその場で受け止めるのである。簡単に出来る話では無い。だが、やらなければドルカスは焦土と化すだろう。

「行くぞハッシュ! 《アイギス・テトラ・クアドラプル!》」

「無茶苦茶じゃないのさ! 《アイギス・テトラ!》」

 ハンクの魔法起動コールによって、ドラゴンブレスの射線上に、ハンクの《アイギス》が4枚1組で4層、合計16枚展開する。さらに、ハッシュの魔法起動コールで《アイギス》が4枚、5人を守る様に展開した。

 そして、ラダマンティスが全力のドラゴンブレスを放出した。


 ラダマンティスの放出したドラゴンブレスは、ハンクが展開した《アイギス》の1層目を易々と砕き、さらに2層目に直撃した。2層目の《アイギス》は、ドラゴンブレスを少しの時間押し止めるも、粉々に打ち砕かれ、3層目にて両者が膠着した。

 流れをせき止められたドラゴンブレスの余波が周囲に降り注ぎ、難民街を蹂躙していく。勿論、その余波はハンク達にも迫ったが、正面から来るものはハッシュの展開した《アイギス》に阻まれ、後方から迫ったものはリンがグレイプニルで打ち払った。

 何度目かのドラゴンブレスの余波がハンク達に降り注いだ後、3層目の《アイギス》も砕けた。そのまま、ドラゴンブレスは4層目に激突し再び膠着状態となる。しばらく膠着状態は続き、ドラゴンブレスもその勢いを弱め、このまま収束するかと思われたその刹那、4層目の《アイギス》の内2枚が砕けた。

 そして、強烈な黒い閃光がドルカスの街に襲い掛かった。ドラゴンブレスは黒いレーザー光線さながらに、ドルカスの北部から西部を駆け抜けていく。

 ハンクの《アイギス》によって、威力の殆どが失われていたにも拘らず、ドラゴンブレスが通り抜けた場所では、城壁も家屋もすべてが蒸発し、大地が深く抉り取られていた。


「クソッ! 防ぎきれなかったか……」

「むしろ、あんな攻撃の目の前にいて、生きてる方が奇跡よ……精霊力も乱されて、これじゃあ、精霊魔法も使えそうにないわ」

「それでも……あそこには、何も知らない人たちが沢山いたんだ!」

 もうもうと煙を上げるドルカスの街を見て、ハンクが唇を噛みしめた。シゼルとハッシュはドルカスの惨状に絶句し、リンはラダマンティスを静かに睨みつけている。

 これ以上戦闘を長引かせる訳にはいかない。ドラゴンブレスを何発撃てるのかは知らないが、毎度この様な事をしていては埒があかない。なるべく早くこの冥王竜を滅ぼさなければ、ドルカスが地図上から無くなってしまうだろう。ハンクはラダマンティスを視界に捉えながら、その方法を探った。

(俺より強いのなら、自分の魔力だけで何とかしようとしても火力が足らないかもしれない。俺の魔力を呼び水にして、もっと大きな力を引き出す事が出来れば……)

 辺りを見回し、一番大きな力を持つものとして、最初に目に入ったのは太陽だ。だが、空を茜色に染める太陽は、すでにその半分を地平線に沈めている。これではどこまで威力を期待できるかわからない。明日になれば、再び太陽は上るだろうが、それでは遅すぎる。

 そこまで考えて、はたと、ある事に気が付いた。

 ここは異世界だ。だが、太陽が昇り、沈む。当然、自転しているのだろう。と言うことは、此処は惑星なのである。そして、何年も前に読んだ、うろ覚えな本の内容が脳裏にフラッシュバックする。


 ――グローバルサーキット


 それによると、全地球上の雷活動が発電作用となって、高空にある電離層と、地球表面とを結ぶ地球規模の電気回路を形成しているのだそうだ。その為、晴天時でも大気中には空中電気が存在し、電離層と地球表面の間には約300キロボルトの電位差が保持されているのだという。

 だが、それはあくまで地球の話だ。この異世界においてイコールとは限らない。しかし、この異世界も惑星である事に変わりは無い。

 ならば、魔力によって電離層と地上を繋ぎ、魔法の電撃を呼び水として、この惑星規模の雷撃をラダマンティスに喰らわせてやればかなりの威力が出せるかもしれない。

 ラダマンティスは先ほどのドラゴンブレスで相当な魔力を消費したのだろう。幸いにも、こちらを窺うようにして動きを止めている。やるなら今しかない。

「みんな、そこから動かないでくれ。あと、耳を塞いで、金属の武器から手を放しておくんだ」

「え? どういうこと?」

「ラダマンティスに強烈な電撃をお見舞いしてやる。感電するかもしれないから念のためだよ」

 ちらりと後ろを振り返ってハンクが答えると、リン以外の3人は何のことだかさっぱりっと言った顔で、ハンクを見返した。

「死にたくなかったら、武器を地面に刺しとけってことだよ。まだハッシュの《アイギス》も残ってるし、ここはハンクの言う通りにしてみよう」

 リンも、転生者と言うだけあって理解が早い。グレイプニルを地面に突き刺して見せると、アリア達もそれに倣った。

「これ以上時間を掛ける訳にはいかない。無関係なドルカスの人達を巻き込みたくは無いんだ。だから、今、俺が思いつく最大の魔法で、デカブツを焼き尽くしてやる」

 そう言ってハンクも剣を地面に突き刺し、両手に魔力を集めて集中を始めた。なるべく大きく、なるべくたくさん、そして、なにより強力に。

 太古の昔、人々は雷を神の怒りとして畏れたのだそうだ。それを、今、神が遣わしたラダマンティスに向かって放とうとしている。これ以上の意趣返しは無いだろう。だとすれば、おあつらえ向きな名前がある。

 ――全力だ。

 この異世界に来て、初めて自分の意志でそう思う。

 これでだめならなんてことは、二の次だ。

 ハンクはすっと両手を前にかざした。その瞬間、強く輝く青白い粒子の柱が、ラダマンティスの足もとから湧き上がり、そのままずっと空高くまで駆け上った。


「《リトリビューション!》」


 そして、ラダマンティスの全身が、轟音と共に巨大な雷の柱に呑まれた。

 常識を超える落雷に、周囲が昼間よりも明るい光に照らし出される。もはや、この雷に掛かる電圧は想像の域を超えているだろう。とてもではないが、自らの魔力だけで、こんな威力を出す事など不可能である。

 なんにせよ、この雷撃を冥王竜が生き延びることは無いだろう。もし、生きていたとしても、瀕死のはずだ。

 強烈な雷光が消えた後、ハンクは地面に突き刺した長剣を回収し、先ほどまでラダマンティスがいた場所を見た。

 そこには、瓦礫の山と化した難民街が広がるのみで、ラダマンティスの姿は見当たらない。その代わり、茜色に輝く夕日の光を反射させながら落下する、クリスタルの様な物が見えた。

 ――ラダマンティスの生命核である。

 どうやら、戦いは終わったらしい。ふうっと一つ溜め息をついて、ハンクは仲間たちの方を振り返った。

 そこには満面の笑みのアリアと、複雑な表情のハッシュとリン、満足気に頷くシゼルがいたのだった。

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