第23話 「まかせて!」

 ハンク達がリンと知り合ってから数日が過ぎた。

 当然ながら、ハンクとリンは難民街どころか、ドルカス自体初めてで全く土地勘が無い。

 その為、アリアとハンク、シゼルとハッシュとリンの二手に分かれて、土地勘の無い二人を、それぞれ引き受ける形で、白髪の男の捜索が行われた。

 ドルカスの街を囲う様に作られた城壁の北東側に、外壁に沿って粗末なテントやあばら家が密集して形成された難民街は、街と言っても小規模の村ほどの大きさでしかない。

 見慣れない白髪の男がウロウロしていれば、嫌でも目立つはずである。しかも、生命核を持ち込んで何やら企んでいると言うのであれば、その所在などすぐ突き止められるだろうと、5人は高をくくっていたのだった。

 しかし、捜索を開始して3日が経過した現在、白髪の男の情報は無く、行方はようとして知れないままだ。その上、太陽は西の空へかなり傾いており、もうしばらくしたら日没を迎える。

 そろそろ、捜索を終えて、ドルカス城門前に集合する時間だ。なぜなら、ドルカスの城門は日没とともに閉まる。その為、5人は日没の少し前に捜索を終えて城門前へ集合することに決めたのだった。



 ハンクとアリアは、今日の捜索を切り上げ、城門へ向かって帰路を歩きだした。成果がほとんど上がらないまま、今日の捜索も徒労に終わってしまった。せっかく人並み外れた魔力があるのだ。こんな時こそ、なんとか有効利用できないものだろうかと思う。

「なあ、アリア。探査魔法で白髪の男って条件絞ったら、すぐ見つけれないかな?」

「もうやってるわ。でも、老人ばかりね。なにか見落としてる気もするけど、今のところお手上げよ」

「そっか。今日で難民街はほとんど探したし、明日からは何か新しい方法を考えないとな」

「そうね……」

 フードを被ったアリアが、形の整った顎に触れながら、何事かを考え込んで立ち止まった。

 既にここは集合場所の城門前だ。並んで歩いていたハンクも立ち止まって知恵を絞ってみるが、いい考えが浮かばない。

 こんな時に限って、転生前に見ていた刑事モノのアニメやドラマのセリフが、泡の様に浮かんでは消えて行く。しかも、それは大抵が事件解決の糸口をつかんだ後のセリフだ。

(――今は要らないセリフばっかりじゃねえか……)

 どう考えても今は必要ないセリフに、ハンクは自ら突っ込みを入れて、それらを振り払った。

 そうこうしながら、ハンクとアリアが、他の3人を待っていると、見馴れた赤毛の冒険者が1人で歩いて来るのが見えた。片手剣を腰に佩き、背中に両手斧を背負ったその姿は、間違いなくシゼルである。

 ――1人で集合場所に戻ってきたと言う事は、リンとハッシュに何かあったのだろうか?

 悪い想像ばかり浮かぶ所為か、心臓の鼓動がやけに速く感じる。呼べばすぐ返事が出来るくらいにシゼルが近寄って来た所で、アリアが先に口を開いた。

「シゼル1人? リンとハッシュはどうしたのよ?」

「難民街でならず者数人に追われてた少年を助けたんだが、俺がそいつらを引き受けてる間にはぐれた……すまん。1人で探しても集合時間に間に合いそうに無かった。だから、お前達を呼びに戻ってきた」

 申し訳無さそうにシゼルが頭を下げる。とは言え、無理に1人で探さず、ハンク達を呼びに戻ったシゼルの判断は正しい。

 異世界では、自らの場所をリアルタイムで伝える通信手段など存在しない。誰かがそれを伝えなければ、ハンクとアリアに、シゼルがハッシュ達とはぐれた事を知る術はない。もし、ここでシゼルが単独行動を起こし、その行方まで分からなくなってしまったら、なにもかもお手上げなのだ。

 その為、事前に集合場所を決めておき、はぐれた時はそこへ戻って連絡を取り合う。それは、冒険者であろうとなかろうと、この世界共通の常識なのである。

「つまり、あいつら迷子って事か……」

 軽くため息をついて、ボソッとハンクが呟く。シゼルが一言「……そうだな」と相槌を打って、難民街へ視線を向けたのだった。



 ――集合時間の少し前


「《ショック・バレット!》」

 走りながら魔法構築を完成させたハッシュの魔法起動コールに合わせて、杖の先端にある装飾から、青白く帯電した弾丸が打ち出された。その弾丸は、見知らぬ少年を追いかけるならず者へ一直線に伸びて、その男の脇腹あたりに直撃する。その瞬間、ならず者が不自然に痙攣して、糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。

「もう大丈夫だよ。僕はハッシュ、中級冒険者だ。残りは仲間のシゼルが相手にしてるから、終わるまでここで少し待っていよう」

 おびえた表情でしゃがんだ少年に、後ろから追いついたハッシュが優しく声を掛けた。見た所、13歳くらいだろうか。茶色い髪の少年は、この難民街に似合わぬ身なりのいい服装をしている。ならず者に狙われたのも、大方その所為だろう。

 つい先ほど、あばら家が並ぶ通りで、ハッシュたち3人は、少年がならず者数人に囲まれている現場に出くわしたのである。もちろん、ハッシュとシゼルが黙っていられるはずが無い。すぐさま二人は少年を助けに入った。

 ならず者達の前にシゼルが進み出ると、それを見た少年は脱兎のごとく裏路地へ走り去った。だが、目ざといならず者の一人が、少年を逃がすまいとすぐに追いかける。当然、ハッシュも彼等の後を追い、リンもハッシュの後に続いたのだった。そして、しばらくの追跡の後、そのならず者は、つい今しがたハッシュの魔法で倒されたばかりである。

「ハッシュ。剣の音も消えたし、もう終わったんじゃないかな。シゼルの所へ行こう。向こうの通りだったから、多分、戻れると思う」

 リンが自信ありげに、走って来たであろう方向を指差し、にまっと笑った。

 普通であれば、シゼルが追いつくまで下手に動くべきではない。しかし、迷わず後方を指差すリンに、ハッシュは疑いを持つ事なく頷く。

「そうだね。ここにいても危ないし、一緒にいかない?」

 顔を上げた少年に、ハッシュは左手を差し出した。少年はその手を取って立ち上り、「助けてくれてありがとう。僕はヴァン」と笑顔を浮かべる。

「じゃあ、戻ろう。付いて来て」

「すごいじゃないのさ、リン。走って来た方向ちゃんと覚えてくれてたんだ。僕、無我夢中だったから、うろ覚えでさ……」

「まかせて!」

 にまっと笑ったリンが、ハッシュとヴァンを先導して歩き出した。

 そして、しばらく裏路地を歩いたところで、急にリンが立ち止まる。すぐに歩き出す気配のないリンを訝しんで、「どうしたのさ?」とハッシュが声を掛けた。

「ごめん。迷子になった……」

「えええぇ! なにやってんのさ!」

 リンの顔から、いつもの快活な笑顔は消え、替わってそこには張り付いた様な笑みが浮かんでいたのだった。


 

 ハッシュとリンが迷子になったとシゼルに聞いた後、ハンク達3人は難民街へと戻っていた。

 リンが一緒にいるのだから、ハッシュの身の安全について心配することは無いだろう。しかし、問題はリンである。彼女は魔王なのだ。もし、他にもならず者達がいて、3人を――主にリンを襲撃したならば、命の保証など皆無である。

 正直、ならず者がどうなろうと知った事では無いが、無関係な人を巻き込んだりしては、寝覚めが悪い。リンにとっては、軽く吹き飛ばしたつもりのならず者達が、テントやあばら家に突っ込んで、盛大に破壊してしまうかもしれないのだ。

 それに、もう少しで日没である。閉門まで時間は限られている。

 だが、何の策も無いまま、日没までに難民街の中からハッシュ達3人を探すのは無理というものだ。

「もう少しで日没だ。むやみに探すのは効率的じゃないな」

「そうね。いっその事、もう一回襲われて、ハッシュかリンが、そこそこ大きな魔法でも使ってくれれば魔力感知ですぐ分るんだけど……」

「なんて事言ってんだよ……」

 ほとんどの魔法を使える者は、魔力感知を習得している。魔力を感じることが出来なければ魔法は使えないのだから、この世界では常識である。

 手っ取り早く見つけたいという、アリアの気持ちが分からなくもないが、かと言って、もう一度襲撃されればいいのにと言うのは、いささか乱暴が過ぎる。

 ハンクは、その言葉に釈然としないものを感じながらも、はたと、ある事に思い当たった。

 生命核である。それは魂のみならず、高密度の魔力が凝縮したものでもあるはずだ。

 リンは冥界神フェンリルに神の力を貰ったのだ。彼女もまた、生命核をその身に宿しているだろう。

「そうか……俺としたことがうっかりしてたぜ」

「ハンク、急に何言ってるのよ」

「アリア。探査魔法で生命核を探すことは出来ないのか?」

 その言葉に、アリアがはっとなった。

 白髪の男はリンと互角以上に渡り合ったのだ、生命核をその身に宿していても不思議は無い。それに、対象を生命核のみに限定するならば、フィードバックも少ない。通常よりも探査範囲をかなり広げても問題無いだろう。

 生命核を所有している者など、勇者や魔王を名乗る者がいない限り、普通は存在しないのだ。

 何故それに今まで気が付かなかったのだろう。生命核の魔力を辿れば、リンはおろか白髪の男や冥界竜の生命核も全て、たちどころに見つけられたはずだ。

 とは言え、それを悔んでいる暇はない。探査魔法で魔力を辿るには、光の精霊の力が必要だ。まだ、日没まで少し時間がある。

「それならかなり範囲を広げれるわ。そんなもの、あっちこっちにある物じゃないから」

「たのむ」

光のウィル・オー・精霊ウィスプ達。私達を生命核に宿る魔力へ導いて』

 アリアが精霊語で周囲の光の精霊に語りかけると、彼女を起点に魔力の網が放射状に広がって行った。大量の魔力で探査魔法を使えば、魔力感知を持つ者なら、すぐにでもその事に気が付くだろう。ハッシュとリンを探すだけならそれでも構わないが、それでは探査魔法を使っている事が白髪の男にも気付かれてしまい、意味が無い。その為、魔力の糸は蜘蛛の糸も斯くやと言うほど、限界まで細くしてあるのだ。

 周囲へ伸ばされた魔力の糸は、自然界に満ちた魔力の揺らぎに隠され、今やほとんど感知出来ないレベルであった。

 そして、光の精霊達からアリアへ探査結果がもたらされた。その数9個。小規模の村程しかない難民街にこの量は異常と言っていい。

 だが、何よりあり得ない事は、目の前のハンクからそのうちの6個の反応がある事だ。しかも、それらは1個の大きな塊のようでもあり、6個がそれぞれ寄り集まったようでもある。驚愕すべき数だ。しかし、驚いてばかりいる訳にはいかない。

 残り3個の生命核もまた、1か所に集まっているのだ。そのうちの1個はもやがかかったようでしっかり判別できないが、多分、冥界竜だろう。1度リンに倒されているのだから、そういう事もあるかもしれない。だとすれば、残りの2個はリンと白髪の男だと思われる。

 アリアはその場所に繋がる魔力の糸だけを残して、他の糸を消した。これで、迷うことなくリンたちのいる場所へ向かえるはずだ。ゆっくりと一つ呼吸をしてから、アリアは口を開いた。

「生命核の反応は9個あったわ。普通に考えたら有り得ない量よ」

「どういうことだ? この難民街には、魔王や勇者がひしめいているとでも言うのか……」

 信じられないといった表情のシゼルに、アリアが小さくかぶりを振る。

「違うの。3つは一か所に集まってる。多分、リンと白髪の男、それに冥界竜の生命核だと思うわ。ただ、一番ありえないのは、ハンク。キミよ」

「え? 俺?」

「キミの中から生命核の反応があるわ。しかも6個。それらは1つの生命核であるようでもあり、それぞれ独立した生命核が連結しているようでもある。ありえない。無茶苦茶よ……」

 余程有り得ないのだろう。半ば呆然としたアリアとハンクの目が合った。

 すっかり失念していたが、魔神から、天使、悪魔、竜族、人族、妖精族、巨人族の選りすぐりの生命核を使ったといわれたのだ。どういう形かは判らないが、当然、自分の体内にも生命核があるはずである。

 とはいえ、今その事に囚われている場合では無い。

「今は時間が惜しい。その事については、落ち着いたら説明するよ」

 リンとハッシュの所に、白髪の男がいるかもしれないのだ。急いで走り出そうとするハンクの背中に、アリアが声を掛ける。

「……無理に説明なんてしなくてもいいわよ。驚かされてばかりだけど、キミはキミでしょ?」

「え……?」

 出鼻を挫かれたハンクが、振り返ってアリアを見た。フードの中の碧い瞳と目が合う。急に振り返るとは思って無かったのだろう。たじろいだアリアの碧い双眸が、一瞬大きく見開かれる。

「リンとハッシュが危ないかもしれないわ。急ぎましょ」

 少し照れた様な表情をした後、フードを目深に被り直したアリアが、早足で歩き出した。

「ありがとな。アリア」

 今度はアリアの背中を見る形になったハンクが、静かな声で礼を言った。

 自分でさえ生命核の存在を忘れていたほどである。説明したところで十分な説明ができるとは思えない。

 それに、なんであろうと自分は自分だ。アリアの言う通りである。その事をさらりと言い放つアリアには、感謝の言葉しか浮かばない。

(――ホント、ありがとな)

 心の中で再び礼を言った後、ハンクがゆっくりと駆け出す。

「急ごう。ハッシュとリンが心配だ」

 続いて走り出したシゼルが、後ろからハンクとアリアに声をかけた。そして、追い抜きざまにハンクの肩を軽くポンと叩く。シゼルなりの意思表示なのだろう。

(なんだかんだ言って、お人好しばかりだな……)

 自然と笑みがこぼれた後、ハンクもシゼルに続いて走り出す。ハンクとシゼルに追い抜かれたアリアが、慌てて二人に続き、3人はリンとハッシュのもとへと急いだのだった。

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