第20話 冒険者ギルドでの激闘
「ハッシュ。簡単に引き止めるのはいいが、ちゃんと責任持てるのか」
受付嬢との会話を中断して、ハンク達の所へ来たシゼルが、リンと名乗った少女を
「でも、この
ハッシュの青い瞳が真っ直ぐにシゼルを見据えた。ほんの一呼吸、2人の間に沈黙が流れる。
「……話を聞こうか」
そして、シゼルは
目の前で繰り広げられる茶番劇に、ハンクは頭を抱えそうになりながら、助けを求めるようにアリアを見た。後から歩いて来たアリアが、フード越しに苦笑いを浮かべて肩を
(――きっといろんな事に首を突っ込まないと生きていけないんだろう……)
ハンクの知る限り、冒険者と言えばそう言う生き物である。
ゲームやラノベでは、最終的に魔王や悪神に戦いを挑むが、この二人なら本気でやりかねないだろう。そんな事を考えていると、リンが口を開いた。
「あなた、お人好しだね。そういう人好きだよ。でも、助けは無くても大丈夫かな。私が捜してるのは強い相棒なんだ」
にまっと笑ってハッシュを見てから、リンはゆっくりとハンクへ視線を移動させた。ハンクの視界に、リンの笑顔と耳が赤く染まったハッシュが映る。
「ハンクさんって言うのかな? あなた、とっても強いね。だから誘ってみたの」
リンの言葉に、4人はそれぞれ目を見開いた。
「ほう。見ただけでハンクが只者じゃないと解るのか?」
「わかるよ。ビリビリ気配を漂わせてるからね」
「そこまでハンクの実力を感じ取れるなら、ハンクと手合わせしてみないか?」
そう言ってシゼルがニヤリと笑う。突然の提案に、リン以外の3人から驚きの声が漏れた。
「いいよ。私が勝ったら、ハンクさんを貸してくれないかな? 魔物を追ってるんだけど、私一人じゃ大変そうなんだ。ドルカスには、その為の相棒を探しに来たの」
「いいだろう。ハンクだけじゃなく、俺達も同行しよう」
「決まりだね」
周りを差し置いて話は進み、シゼルとリンが満足そうに頷く。それを見て、今度こそハンクは頭を抱えた。
「シゼルに剣を教えてもらっといて良かったじゃない」
「……どうにでもしてくれ」
可笑しそうに笑うアリアに、ハンクはげんなりとしながら答えたのであった。
「立ち会いは、ギルド職員レジーナが務めさせて頂きます」
先ほどハンクの冒険者登録を担当した、赤毛の受付嬢が高らかに宣言した。もちろん、手配したのはシゼルである。
ここは、冒険者ギルドの裏手にある修練場だ。冒険者ギルドが所有するこの土地は、小さな公園ほどの広さがある。修練場と言っても、冒険者同士が技を競い合ったり、巨大な魔物の解体など、様々な用途に利用されるが、使用目的は圧倒的に前者が多い。
「レジーナ。始まったら、アリアたちの方まで下がっててくれ」
軽い溜め息と共にハンクがレジーナを見た。レジーナ越しに、広場の外周に大勢の冒険者たちが見える。騒ぎを聞きつけて集まった野次馬達だ。冒険者ギルドの待合で、事の
「そうだねー。近くにいたら命の保証、出来ないかな」
野次馬を眺めながら、しれっとリンが言った。
「ハンクさん。……早速トラブルですね」
「……文句はシゼルに言ってくれ」
ジトッとハンクを見るレジーナに、半ばヤケクソのハンクが答えた。視線を野次馬に這わせると、シゼルが大きな声で何事か言いながら手を振っている。その姿を見て、ハンクは先程シゼルに耳打ちされた事を思い出した。
手合わせをする目的は2つ。
まずはリンが何者であるか見極める事。見ただけでハンクが強いと感じる彼女も特別な力を持った者かもしれない。
もう一つは、上級者のパーティに見習いが入る事など、普通在り得ない。ハンクの実力を見せて、いらぬ中傷を掻き消す事。この手合わせは、その為のデモンストレーションでもあるのだ。
そして、軽く1つ息を吐いて、ハンクは左手を長剣の鞘に添えた。
この10日間、旅をしながら野営や休憩の合間にシゼルと行った剣の稽古のお蔭で、少しはましに剣を使えるようになったと思う。
最初はシゼルの圧倒的な剣技に、あっさりと1本取られたが、少し慣れるとシゼルの剣筋が普通に目で追えた。この身体は、動体視力、反射神経、筋力が前世とは桁違いなのだ。その為、2日目からはシゼルを魔法で身体強化して、さらに剣速を倍加させて剣の稽古をつけて貰っていたのである。
ブロンズランクのリンが、どれ程の実力者かは分らないが、シゼルの様な達人と言うことは無いだろう。
それでも、今日冒険者登録したばかりの新人が、ブロンズランクの冒険者に手合わせをして勝つ。それなりに只者ではないとアピールするには丁度いい。
アリアやシゼルがどれ程の有名人なのかは分からないが、彼等なりに苦労があるのだろう。
(――目立たない程度に勝たせて貰うか……)
もちろんハンクにも大いに関係あるのだが、それらをまるで
「二人とも、準備はいいですか?」
ハンクとリンを交互に見ながらレジーナが口を開いた。
ハンクとリンは、それぞれ「ああ」「いいよー」と短く答える。それを聞いて、レジーナは戦いに巻き込まれない様、二人から少し距離を取った。
レジーナが後退したほんの数秒の間に、リンと目が合う。挑発するように彼女はくすりと笑った。
(――コイツ、絶対なんか隠してるな……)
リンの笑顔に、ハンクは内心ゾッとする。帝国密偵の冷ややかな悪意とも違う、何か得体の知れないものを感じたのだ。ゴクリと無意識に唾液を飲み込む。
「では、初め!」
レジーナが良く通る声で戦闘開始を告げた。
修練場に、金属同士が激しくぶつかり合う音が数回響いた。
その中央で始まった戦いは、人間の領域を遥かに超えるものだった。それを眺める野次馬全員が、好き勝手に喋るのを止めて静まり返る。
中央の二人は、ほんの数合打ち合っただけなのだが、その動きを追えたのは、野次馬の中に数人といない。
「やっぱり、ハンクさん。強いね。ますます手伝って欲しくなってきたな」
「ハンクでいいよ。リン。君こそブロンズランクどころか、人間の領域を越えてるように見えるけど?」
リンからの返事は無く、右手一本で握られた両手剣が、鋭い踏み込みと共に超高速の横薙ぎとなってハンクに襲い掛かる。まともに受けたら長剣などひとたまりも無いだろう。ハンクは、その横薙ぎを長剣の背で受け流す。金属が擦れ合い、派手に火花を散らした。
「……何よあれ。ハンクと普通に戦ってるわよ」
信じられないと言った様子で、アリアは目の前で繰り広げられる規格外の戦いを凝視した。
「二人とも、化け物だな。ギリギリ目で追えるが、何発か見えないのもあるぞ」
「私は半分も見えてればいい方だわ」
「僕には全く見えないよ。あんなの、命がいくつあっても足りないじゃないのさ!」
尚も火花を散らしながら打ち合う2人に、アリア達3人が呆然とする。もちろん、他の野次馬達も呆気に取られて広場の中央を眺めていた。
「ハンクさん。大丈夫でしょうか?」
「さあ? 剣を握って10日のハンクに、こんな事させた張本人に聞いてみるしかないわね」
「ええ! なんてことさせてるんですか!」
素っ頓狂な声を上げたレジーナが、じーっとシゼルを睨む。
「いやあ、まさかこんな事になるとは……」
目を逸らしながら答えたシゼルが、乾いた笑いを漏らした。
リンの繰り出す超高速の斬撃を長剣で受け流しながら、
「リン。ひょっとして、君も神様の戦いに関わってるのか?」と、ハンクが口を開いた。
リンの身体能力は、ハンクに匹敵する程だ。だが、剣の腕前だけで話をすれば、2人の剣技はシゼルに遠く及ばない。なにより、常識外れの身体能力に頼ったリンの戦い方に、自分と近いものを感じて、ハンクは彼女に問いかけた。根拠は無い。只の勘である。
「神様の事、知ってるんだ。じゃあ、あなたはその戦いの関係者って事だよね」
「……ああ。その通りだ」
喋りながらも、二人は超高速の斬撃を互いに放つ。
「そか……」
リンは短く返事をすると、右手一本で両手剣を下から上へ、斜めに切り上げた。ハンクは、その一撃を紙一重で躱して、リンに向かって蹴りを突き出す。リンはそれをバックステップで回避して、少し距離を取った。
「そろそろ、決めさせて貰おうかな」
そう言ってリンは体を少し沈めて、一瞬の溜めを作り、ハンクの長剣目掛けて袈裟切りを繰り出す。
突然、剣を狙われたハンクは、剣を弾き飛ばされない様、柄を握る手に力を込めた。
それが仇となって、両手剣の一撃をまともに受け止めたハンクの長剣は、甲高い金属音と共に真っ二つに折れたのだった。
ハンクの口から、短く「くそっ」と声が漏れる。
リンは、その瞬間を逃さず、ハンクの喉元目掛けて突きを放った。
「《アイギス!》」
とっさに、ハンクは真っ二つに折れた剣を投げ捨て、リンが放った突きを魔法の盾で受け止める。そして、突きの勢いが止まり切らない内に、すぐさまアイギスを解除した。
突然支えを失って、たたらを踏んだリンを投げ飛ばそうと、大きく開いた彼女の懐へハンクが体を沈めて滑り込む。しかし、リンはハンクの背中に左手を乗せ、そのまま、その手を支点にして跳躍した。
武器が無くなったなら、投げ飛ばして気絶させようなどと考えては見たが、リンも甘くは無い。ハンクの投げは失敗に終わったのだった。
「……一本背負い。上手くいかないもんだな」
ボソリとハンクが呟く。柔道など、体育の授業でかじった程度なのだ。当たり前である。
「――少し、本気出そうかな」
にまっと笑って目を合わせたリンに、ハンクは再びぞくりとしたものを感じる。
そして、今まで、片手で両手剣を振っていたリンが、初めて両手で剣を握った。それと同時に、リンが持つ両手剣の剣身が、鈍色から漆黒へと染まっていく。
「私もハンクと同じ。神様の戦いの関係者だよ。――グレイプニル解放!」
両手剣の剣身へ集まった魔力が、高密度に凝縮していくのを感じる。魔力の密度はどんどん高まり、周囲へ向けて強烈なプレッシャーを放つ。
常識を超える高密度な魔力が、この修練場に集まった全員に、まるで重力が増したかのような錯覚を起させた。
「なんなのさアレ! ハンクがアイアタルを倒した、光の柱と同じ位の魔力が凝縮してる……」
「突然、体が重くなったが、あれの所為なのか?」
「二人を止めるわよ! いくらなんでもやり過ぎだわ! レジーナ、ハンクの剣は折れてる。リンの勝ちを宣言して!」
リンが持つ両手剣の剣身に集められた魔力が、ハッシュの言った通り危険なものであるのは、魔力感知を修得しているアリアにもすぐに分かった。もし、あの時の様な魔力が解放されたら、この修練場は跡形も無く消し飛ぶだろう。それだけは何としても防がなければならない。
この手合わせでハンクが負けても、彼女の用事を手伝ってやるだけである。真剣勝負に水を差すが、ハンクなら解ってくれるはずだ。
「……あ、もう……」
広場の中央を呆然と見つめるレジーナが、指を差して呻く。アリアがそちらを振り返ると、両手剣を構えて一気に距離を詰めるリンに向かって、左手を突き出すハンクが目に入った。
「《アイギス・テトラ!》」
気合の乗った声を発しながら、瞬く間に距離を詰めて来るリンに向かって、ハンクはアイギスを4枚重ねて展開した。今までに感じた事の無い超高密度の魔力に、アイギス1枚では足りないと直感で理解する。
漆黒の斬撃がハンクに向かって振り下ろされ、重なり合う4枚の魔法の盾がそれを受け止める。その瞬間、4枚展開したアイギスの内、2枚が木端微塵に吹き飛び、3枚目に大きなヒビが入った。
「……俺じゃなかったら、死んでるぞ」
「でも、そのお蔭で、少しだけ本気で戦ってくれたでしょ?」
にまっと笑ってリンが両手剣を下ろす。その剣身は、すでに鈍色の鋼へと戻っていた。
「それは……お互い様だろ」
「……バレてたか。どうしよう? ここからは魔法で戦う?」
「そんなことしたら街に被害が出るだろ……俺の負けでいいよ。まあ、その方が俺にとっても都合がいいし」
それなりの実力差を見せつけて勝つ。それだけのはずが、リンの予想を超える戦闘力のお蔭で、人外の戦いとなってしまった。デモンストレーションどころの騒ぎでは無い。焼け石に水かも知れないが、勝利をリンに譲って、周りの視線を少しでも彼女に押し付けたい。そんな打算を胸に秘めつつ、ハンクは自らの負けを提案した。
「めんどくさい事、私に押し付けようとしてるでしょ……。でも、ハンクと組めるなら我慢しようかな」
――どうやら、ハンクの打算は、しっかり見抜かれていたようである。
それでも、ハンクと組みたいと言うのだから、リンの追っている魔物は余程厄介なものに違いない。もし、その魔物がこの街で暴れたらと思うと、被害は計り知れないだろう。こうなったら、乗りかかった船だ。リンの探している魔物の討伐に協力しよう。
――俺もお人好しが移ったかな……
内心でそんなこと思いながら、ハンクは両手を上げた。
「参った、俺の負けだ。リンに協力するよ」
「お言葉に甘えて、勝たせてもらおうかな。……後が怖そうだけど」
そう言いながら、リンは両手剣を背中の鞘に戻した。そこへレジーナが駆け寄ってくる。
「リンさんの勝ちで間違いないですか?」
「そうだよ。ハンクの喉元に切っ先を向けた方がいいかな?」
「…………それは、やらなくて大丈夫です」
苦笑いで答えるレジーナに、リンが残念そうに口をとがらせる。そして、大きく一つ息を吸ってから、レジーナが勝者の名前を宣言した。
「勝者、リン!」
勝敗が決した瞬間、どよめきながら観衆の輪が狭まって行く。もちろん、最初にハンクの前に現れたのはアリア達であった。
「ごめん。派手にやり過ぎた。心配掛けちゃったな」
「キミ、その自覚があるなら、もうちょっと考えて戦いなさいよ……」
――どうやら怒っているようだ。アリアの碧眼がフード越しにハンクをじろりと睨んでいる。
「……ホント、ごめん」
ばつが悪そうに謝ったハンクの視界の端には、妙にニヤつくリンの顔が見えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます