異世界転生!? 見た目は普通の人間でお願いします……

ヨツヤシキ

第1章 長い1日

第1話 異世界転生(前編)

 カチャンと、鍵の開く音が響いた。

 昭和の初期に建てられたであろうその家の玄関は、木製の両開きだ。

 先頭の年長らしき青年が扉を開け、先に屋内に入ると、少し若い2人の青年も中へと続く。

 3人とも、薄茶色をした上下の作業着を着用しており、左胸には社名の刺繍が入っていた。

 玄関は8畳ほどの広さで、壁には般若や翁の面が並べられている。外からの光に照らし出された室内には、各部屋へつながる扉が3か所あり、それぞれに飾りガラスが装飾されていた。

 玄関以外に外部から光が入ってこないせいか、飾りガラス部分は昏く、奥の部屋を窺い知ることは出来ない。

 そして、その玄関で何よりも目立つのは、前方の奥の部屋へと続く扉の横に、壁の中央から天井にかけて、黒いペンキでも大量に浴びせたかのような、べったりとした染みが広がっていた事である。

「うわ~、いかにも出そうって感じの家っすね……」

 後から入った一番年下らしき青年が、気味悪そうに室内を見渡した

 カチカチと、玄関脇の照明のスイッチを押してみるが、点灯する気配は無い。

 そんな中、年長者らしき青年が壁に掛けられた仮面を無造作に取り、足元の段ボールへとそれらを入れた。

「今日の仕事は、査定ナシの全廃棄って指示だ。こんな気味悪い家はさっさと済まそうぜ。山崎は右の部屋、木下は奥へ。俺は左から始めるぞ」

「えぇ! 奥村さん。そんなこと言わないで、一緒にやりましょうよ~。しかも、僕が奥からなんて……」

「文句は後だ。こんな家はさっさと終わらせるぞ!」

 木下と呼ばれた若い青年は、うな垂れながら扉を開け、しぶしぶ奥の部屋へと入っていった。

 それを横目で確認しながら、年長の奥村と呼ばれた青年が左の部屋へ入る。

 そんな、雨戸が閉まったまま、しかも家主もおらず、照明も点かない民家にやってきた彼等は、盗難目当てのならず者と言う訳では無い。れっきとした、遺品整理屋である。ただ一つ語弊があるとすれば、彼等は3人ともアルバイトと言うくらいだろうか。

 年長者の奥村桐矢は、中肉中背で、年齢は29歳。営業職のサラリーマンだったが、会社の経営不振を理由に仕事を辞めた。遺品整理のアルバイトは、求職中の生活費を稼ぐため始めたのだ。ちなみに、特定の彼女はおらず、気ままに生活している。

 木下と山崎と呼ばれた若い青年は2人とも大学生だ。同じ大学に通い意気投合した2人は、一緒に遺品整理のアルバイトに応募したのだ。

 3人とも共通しているのは、アルバイト代が他より良かったから、このアルバイトを選んだということくらいであろうか。それはさておき、アルバイト代を多く支払うからと言って、現場にアルバイトのみで社員がいなくていいということはない。

 通常、遺品整理は社員が一人同行し、遺族もしくは相続人が立ちあう。遺品の査定をするため、端末片手に社員が値段を提示し、売却するものと廃棄するものに仕分けながら遺品整理を進める。

 しかし、今回はその査定する作業が無い。契約の段階で相続人から、遺品はすべて廃棄処分にしてほしいと依頼があった。その為、今回社員は入らず、アルバイトの3人で遺品を回収するよう指示が出た。

 よくある理由だが、人手不足なのだ。必要以上の人材を現場に回す余裕などない。奥村達3人は、社員がおらずとも現場が回る様に、マネージャーから前もって契約時の情報をある程度伝えられていた。

 そのマネージャーからの話で、今回の立会人は相続人となった男性がいるという話になっていたはずなのだが、約束の朝8:30になっても彼は現れなかった。

 3人は、相続人の男性が到着するのを待った。しかし、30分経過しても現れそうに無い。

 相続人の男性から「ひょっとしたら遅れるかもしれない。玄関の鍵を預けておくので先に始めていてほしい」と言われていた為、彼らは特に深く考えることもなく玄関の鍵を開け、作業を開始した。

 

 朝9時に作業を開始して、4時間ほどが経過した。回収作業は殆ど終わり、玄関に積み上げた段ボール箱をトラックに積めば、このお化け屋敷のような家での作業も終了になる。

 それにしても、此処の家主はいったい何者だったのだろう。段ボール箱に詰めてある物の大半は、怪しげなモノばかりだった。

「よし、これで終わりだな。さっさと引き上げて飯にしようぜ」

 玄関の施錠も済ませ、奥村はトラックの運転席に乗り込みながら、2人に声をかける。

「今日はサイアクだった……」

「なんか俺、メシより寝たい」

 木下と山崎が消耗しきった声で答えながら、トラックへと乗り込む。

 見た目通り不気味な家だったのだ。ちょっとした騒ぎもあったことで、余計に疲労したのだろう。 

 そして、遺品回収を終えた3人は、本社へとトラックを出発させた。


 トラックが出発し10分も経つ頃には、木下と山崎の二人は座席下に置いてあったコンビニ袋から惣菜パンとペットボトルを取り出し、昼食を摂り始めた。若い二人には、陰鬱な気分も空腹の前には敵わないらしい。

「お先、いただきます」

 根が真面目なのだろう、山崎が奥村に一言断ってから食事を始める。それを聞いて、奥村は軽く返事をする。ちらりと横を見ると、木下は既に食べることに夢中になっていた。

(こいつ……運転手、しかも年上に断りも入れんとは……)

 一番気持ち悪い遺品の人体模型を運ぶ役に決定だ。がっつく木下を見て、奥村は心の中で人体模型を一人で抱きかかえる木下の姿を想像する。

 悪くない。お仕置きにはちょうどいい。コイツ大学生なんだから社会の厳しさを教えてやる。そんな事を考えながら、奥村は心の中でほくそ笑んだ。

 遺品回収中に、その人体模型を木下が死体と間違えて2人を呼びつけたお蔭で、余計に精神的疲労がたまったのだ。

 しかもその時、奥村は死体かどうかを確認するために近寄って、スマートフォンを落とした。拾い上げた時に、何やら視線を感じたが、気のせいだと知らん振りを決め込んだのだった。

(やめだやめ、気持ち悪いことは忘れよう。運転中だ) 

 運転に集中しようとしたその時、荷台の方でゴトリと何かが落ちるような物音がした。

 廃棄するものだから、ちょっとくらい倒れてもいいだろう。そう決めつけて、奥村は再び運転に意識を集中させた。

 しばらくトラックを走らせ、交差点に差し掛かり前方の信号を見る。青だ。その交差点にはコンビニもある。あそこでコーヒーでも買って、駐車する理由を付けてから、俺も飯にしよう。そう決めて、交差点脇のコンビニへとブレーキを掛けつつ、ウィンカーを出した。コンビニは信号を挟んで向こう側にある。対向車が居ないのを確認しつつ、トラックが交差点に差し掛かったその瞬間――ダンプカーが助手席側からトラックへと衝突した。


 気が付くと奥村はアスファルトの上にいた。

 自分がどんな向きをしているかも良く分らないが、全身に激痛が走り体が動かない。

 激痛の中、何とか眼だけ動かして周りを見る。見慣れぬダンプカーと一緒に、さっきまで運転していたトラックが横倒しになっており、あちこちに段ボールや気味の悪いオブジェが散乱している。

 助手席は潰れ、原形をとどめていない。荷台後部の扉も破壊され、内部が丸見えになっている。木下と山崎、2人の名前を呼ぼうとするが、声も出せない。

 だんだんと、体中が寒くなって来た。意識も朦朧とする。その時、人影のようなものが荷台から出て、こちらへ近づいてきた。

「…………っ」

 木下か山崎だろうか? 反射的に声を出そうとしたが声にならない。

 それが何か。それすらも考えられぬまま、奥村の意識は途絶えた。


 その日の夕方、事故はちょっとしたニュースとなった。死亡者は4人。

 トラックに乗車していたアルバイトの男性3人と、ダンプカーの運転手だ。

 トラック及び、ダンプカーの車内で発見された3人は損傷が激しく、即死だった。また、トラックの運転手の男性は車外に投げ出され、20メートルほど離れたところで発見されたのだそうだ。

 ブレーキ痕はなく、ダンプカーの運転手は、衝突前に死亡していた可能性もあるとして、専門家の精査が待たれるとの報道がなされた。

 そして、車外に投げ出されたトラックの運転手の男性は、うつ伏せに倒れた状態で発見された。彼のことは、大きくニュースでは触れられていない。

 しかし、現場、警察署、病院では、彼の事が暫く噂になったという。なぜなら、うつ伏せの状態で、背中から心臓が抉り取られるかのように損傷した状態で発見されたからだ。

 そして実際、心臓は欠損していた。周囲を探しても、それらしいものは発見されなかった。

 ――何故そうなったのか、説明できる者は誰もいなかった。

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