ガン飛ばし

 さて、殺し屋の依頼を受けた役者さんと、取材するわたしは、下っ端ヤクザさんに付いていって、ヤクザの事務所へ到着した。

 待合室で、下っ端ヤクザさんは役者さんに告げる。

「あの、もう演技してください。一応、この事務所 全部 カメラ回ってますんで」

「え、もう始まってたの。なんだ、早く言ってよ」

 そして 役者さんは、それっぽいポーズでソファに座った。

 しばらくして 奥のドアが開く。

「組長がお呼びです」

 下っ端ヤクザさんは役者さんに、

「じゃあ、行きましょうか」

「おう」

 そして 役者さんは組長さんと対面した。

「おまえさんが、伝説の殺し屋 キラーゲージか」

「ああ、そうだ」

「その貴族のお嬢さんは?」

 と、組長さんはわたしを示した。

「わたしは付き添いです」

 下っ端ヤクザさんが組長に耳打ちする。

「例の、王子に陵辱されたっていう公爵令嬢です」

「そんな女が なぜ殺し屋と一緒にいる?」

「彼から殺しの技を学んでいるんです。自分の手で王子に復讐するつもりなんですよ」

「ああ、そういうことか。しかし、こんな若い女が殺しに手を染めるなど……」

 組長さんは わたしに同情するように、

「お嬢さん、辛いことがあったそうだが、前向きに生きていかなきゃいかんぞ」

 わたしはヤバいと思った。

 みんな役者だから、嘘がばれるかもしれない。

「わかっています。でも……」

 わたしはこっそり鼻毛をブチッと引っこ抜いて、強引に涙を流して嘘泣き開始。

「ウウゥ……簡単には忘れることはできません。私 悔しくて、悔しくて。あんなことをされたのに、わたし気持ちよく感じてしまったんです。嫌で嫌でたまらないのに、何度も何度もイかされて……ウゥウウゥゥ……」

「そ、そうか。まあ、その、頑張ってな」

 下っ端ヤクザさんは組長さんに、

「組長、あまり触れてやらない方が」

「そうだな」



 組長さんは改めて役者さんに、

「あんた、ホントに殺し屋なのか。普通の一般人にしか見えんが」

 役者さんは不敵な笑みで、

「殺し屋が、いかにも殺し屋って顔じゃ、怪しまれて仕事ができねぇだろ」

「まあ、そうかもしれんが」

 組長さんは少し考えて、

「おまえさん、ちょっと わしの眼を見ろ」

 そして組長さんは凄まじい眼で役者さんを睨んだ。

 いわゆるガン飛ばしだ。

 わたしは、役者って凄いんだな、と思った。

 そして役者さんも そういうシナリオと思い、睨み返した。

「ジー」

「ジー」

 もの凄い睨み合いがしばらく続き、そして 役者さんの目がギラリと輝いた。

 組長さんが怯んで目をそらす。

「わ、わかった。詳しい依頼内容は後で知らせる。それまで用意したホテルで待機していてくれ」

「わかったぜ」

 そして下っ端ヤクザさんが案内する。

「それじゃ、こっちへ」

 役者さんは軽く一礼し、私も深々とお辞儀して退室した。



 役者さんとわたしが居なくなった後、組長さんはかすかに体が震えていた。

「このわしがガンの飛ばし合いで負けた。間違いない。ヤツは本物の伝説の殺し屋 キラーゲージ……」



 そしてホテルに案内された役者さんとわたし。

 下っ端ヤクザさんが、

「この部屋で待っていてくださいー。あと、出来ればー、普段も殺し屋の演技を意識して貰えますかー。いちおう、外では隠し撮りをしてますんでー」

「演技はどうやれば良い。シナリオとかはないのか?」

「基本アドリブでお願いしますー。殺し屋の、仕事をしていないときの普段の生活をイメージしていただければ結構ですのでー」

「ああ、わかったよ。殺し屋の普段の生活をイメージすれば良いんだな」

「そうですー。まあ、貴方のイメージで演技していてくださいー」



 そして下っ端ヤクザさんはどこかへ行った。



「さて、じゃあ。ホテルのレストランで食事を取ったら、散歩に行こう。なるべく殺し屋の普段の生活を意識して」

 そして わたしたちはお食事の後、外に出かけた。

 でも カメラが回っている様子はない。

「カメラは見えませんね」

「まあ、当然だな。隠し撮りは、役者がカメラを意識しないのが最大の目的だからな。とは言っても、どこへ行けば良いのか」

 その時、古い単館映画を見かけた。

「あ、この映画」

 役者さんは懐かしそうな顔をした。

「この映画を見ていこう」

「映画ですか?」

「殺し屋も映画ぐらい見るだろ」

 そして私たちは映画館に入った。

 わたしたちは椅子に座る。

 役者さんの隣に、メガネをかけた幸薄そうなサラリーマンのオッサンが座っているのが、眼に入った。

 役者さんは わたしに簡単な解説する。

「この映画は、俺が役者を目指した きっかけの映画なんだよ。ラストシーンが感動的でね。あの時の主演俳優の演技に感動したんだ」



 映画の内容は、恋愛物。

 旅の途中で出会った若い男女の物語。

 でも、二人はいつか別れなければならない。

 旅の途中で出会っただけの、行きずりの関係。

 でも それは永遠の愛。

 そして 別れの時は来た。

 主演俳優は別れの時、何かを堪える表情をしていた。

 別れたくない気持ちなのか、涙なのか、それは分からなかった。

 でも、そのなんとも言えない表情が、とても印象的だった。



「あの表情 見ただろ。あれだよ。別れの時、なにかを堪える表情。涙でもない。笑顔でもない。ただ 別れたくないという気持ちをこらえ、別れを告げる。あの なんとも言えない表情。あの演技力が、俺の目指している所なんだ」

 役者さんの眼には憧れがあった。

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