チリスープにクラッカー入れても もう文句 言わないからねぇー

「ご飯 食べに来たよー」

 と、館にやって来た、冒険者ギルドで受付をやっている脅迫女を待っていたのは、俺だ。

「げえっ! 中隊長さん!」

「貴様、牢屋で少しは反省したかと思えば、まだ ぬけぬけと館に来て、たかりに来ていたとはな」

 脅迫女は青ざめて、

「ど、どうして貴方がここに?」

 俺の愛する彼女が、

「わたしが呼んだのよ」

 脅迫女は信じられないような表情で、

「なぜ!? どうして?! 私 なにか悪いことした?! もう脅迫なんてしてないのに なんでなの?!」

「ここんとこ毎日 ご飯を食べに来てるから。しかも あんた大食いだし、食費もバカにならないのよ。わたしの家でご飯を食べるならお金ぐらい払いなさい」

「いやー……それはー……」

 とたん目が泳ぎはじめる脅迫女。

 この脅迫女は牢屋に一ヶ月も入っていたというのに、それからも俺の愛する彼女に食事をたかりに来ているというのだ。

 俺は言ってやる。

「ふん、彼女が心優しいことを良いことに たかり続けるとは、あきれるほど図太い女だ。

 それだけではない。おまえのような卑怯な女のことだ。また何か弱みを握ろうと企んでいたのだろう。

 しかし、俺が来たからには もう そんなことはさせん。取調室でたっぷり貴様の見苦しい言い訳を聞いてやるぞ」

 しかし愛しの彼女が、

「待ってください、この場で言い訳を聞いてあげましょう」

「いや、しかし……」

「この どうしようもないダメ女にも なにか事情があるのかもしれません。言い訳くらいは聞いてあげるのが人情というもの」

 彼女はなんと心優しいのだろう。

 俺は感動に打ち震えた。

 彼女は脅迫女にビシッと指を突きつけ、

「というわけで、言い訳くらいは聞いてあげるわ。ただし、ふざけたことぬかすんじゃないわよ。実はわたし、前にあんたに脅迫されてたとき、火曜サスペンス劇場 目撃者はメイドさんをやろうとしちゃったんだから」

「え? マジ? それマジなの?」

 驚愕する脅迫女だが、火曜日の劇場でメイドがなにを見たのだろう?

「さあ、白状しなさい。なにを企んでいたの」

「わかった、正直に打ち明けるわ」

 脅迫女は神妙な顔になり、語り始める体勢に入った。

「実は……」

 実は?

「お腹すいてるんです! ご飯 食べさせてください!」

 ガバッと土下座する脅迫女。

 その勢いに彼女が思わずビクッと退いた。

「いや、お腹すいてるって、だったら自分の家で作って食べなさいよ」

「できないの」

「できないって? あんた家事ができない女って奴? なら外で食べなさいよ」

「それもできないの」

「え? どういうこと?」

「料理するとか外食するとかいう以前にお金がないんです!!」

 ……

「お金が?」

「ない?」

 俺と彼女が聞くと脅迫女は泣きながら、

「冒険者ギルドの受付ってホント薄給なんです。給料日前になるといつも金欠で、パン屋で一袋 一番価値の低い硬貨一枚で売ってる食パンの耳で飢えを凌いでいる始末で」

「そ、そうなんだ」

「だからあんたの弱みを握ったときは、これで一生 餓えずにすむと思って舞い上がちゃって」

「でも あんた ご飯以外のことも要求してたよね」

「すみません! 調子に乗りまくっちゃってました!」

 調子に乗ってやることか。

 そして脅迫女は、

「というわけで、ご飯 食べさせてぇーん。ねぇーん、お願ぁーい」

 彼女の足にしがみつき、頬ずりして甘える。

「あー! もう! わかったわよ! 人生勝ち組の わたしがご飯くらい食べさせてあげるわよ!」

 彼女が言うと、脅迫女はとたんスキップし始めた。

「わーい、やったー。ありがとー。これでずっとご飯 食べれりゅー」

 なんか 嬉しさのあまり 幼児みたいな喋り方になって、気持ち悪いな この女。

 これでも俺たちより年上か?

 それにしても 彼女と脅迫女、ずいぶん仲が良い感じだが、これが女の連帯感というものだろうか?



 そして晩食の時間。

 俺も彼女に誘われて食事の席に着く。

 なんと、今日は彼女が自ら食事を作ったというのだ。

「我が家では家族の絆を深めるために、それぞれ食事を作る日を決めているんです。やっぱり家族の味って大切ですよね」

「ああ、その通りだ」

 幸せや愛を努力して育てていく。

 そんな彼女を娘に持った両親は幸せだろう。

 しかし、その二人はなにやら顔色が悪い。

「どうかされましたか? お顔の色が良くありませんが、お加減でも?」

 将来の義父は不自然に乾いた笑みで、

「い、いや、なんでもないんだ、中隊長さん。ハハハ」

 将来の義母も不自然に乾いた笑みで、

「そ、そうよ、なんでもありませんわ、中隊長さん。オホホ」

 とにかく乾いた笑いの二人。

 脅迫女は反面 幸福に満ちた笑顔で、

「私 ハラヘリーのお腹ペッコペコー。今日の晩ご飯はなにかなー?」

 と 上機嫌。

 そうしている内に、彼女はメイドと一緒に料理を運んできたのだった。

 考えてみれば彼女の手料理を食べるのはこれが初めてだ。

 いったいどんなものなのだろう?

 楽しみだ。



「まずは前菜です」

 うむ、定番だな。

 どうやら彼女は一般的なフルコースで進めるようだ。

 そして自分の前に出された皿には、塩茹でされたと思われる、人間の指が三本のっていた。

「……」

 俺は視線を上に向ける。

 皿を見る。

 人間の指がのっている。

 大きさからすると子供の指だろうか?

 人間の指の塩茹で?

 いや、落ち着け、自分。

 きっと彼女の手料理を初めて食べるものだから自分でも前後不覚になるくらいに舞い上がって指の形に似ているものが人間の指に見えているだけに違いないのだからきっとこれはもっと別の何かで偶然 指の形になっただけであるからして人間の指ではなくもっと別の何かに違いないのであるので、

「これ人間の指に見えるんだけど」

 脅迫女が聞いてはならないことを言った。

 愛しの彼女は素敵な笑顔で、

「やーねぇ。人間の指のわけないでしょう」

 そうだ。

 そんなわけがない。

「魔猿の指よ」

「魔物じゃないのよ!」

 魔物の猿の……指?

 脅迫女の反応に、愛しの彼女は不機嫌な顔になり、

「なーに? あんた わたしの料理にケチつける気? それなら もう二度とご飯食べさせてあげないわよ」

「食べる! 食べるわよ!」

 餓えるよりはましだと思ったのか、ガリガリと音を立てて下品に食べ始める脅迫女。

「ううぅ、美味しいです……ガリガリ」

 涙するほど美味しいのか?

 それとも別の理由か?

 とりあえず、俺もいただこう。

 彼女の料理を食べる機会を逃すわけにはいかない。

 パクっとかじる。

 う、うまい。

 鳥の手羽先のような感じの食感だ。

 一応 うまいことはうまい。

 だが魔物の猿の指。

 魔猿の指。

 いや、考えるな。

 食材のことは考えるんじゃない。

「その、とても美味しいよ」

 俺の感想に彼女は嬉しそうに、

「そうでしょう! 美味しいでしょう! でもたくさん食べちゃダメですよ。この後もまだまだメニューは続くんですから。お腹をすかせてないと」

 嬉しそうな彼女に、俺はそれ以外の感想を言うことができなかった。 



 スープが出た。

「パンプキンスープです」

 つまりカボチャのスープ。

 そのスープに小さめのカボチャが一つ丸ごと浮かんでいた。

 長時間 茹でたことによって、スプーンで簡単に崩れるほど柔らかくなっていそうな感じだ。

 しかしながら、そのカボチャは目や口の形にくりぬかれていて、ディフォルメされた顔のように見える。

 脅迫女がスプーンでカボチャをツンツンと突っつきながら、

「えっと……このカボチャ、あれね、見た目を特徴的にしたのね。ジャック・オー・ランタンみたいな感じに」

 そう、魔精霊の一種であるジャック・オー・ランタン。

 カボチャに目や口の形にくりぬいたような顔の姿をしているという。

 スープに浮かんでいる小さなカボチャはそれと同じ形をしているのだ。

 愛しの彼女は素敵な笑顔で、

「ああ、違うわ。みたいなじゃなくて、ジャック・オー・ランタンそのものよ。幼生体を捕まえてきてもらって、食材に使ったの」

 やっぱりかー。

 薄々そうではないかと思っていたのだが、本当に本物を使うとは。

「安心して。味も栄養もカボチャと同じだから」

 脅迫女が、

「っていうか、どこでそういうのを捕まえてきてくれるのよ?」

「あんたのところに依頼すれば捕まえてきてくれるわよ」

「冒険者ギルドかぁあああ……」

 とりあえずスープを口にする俺たち。

 脅迫女は泣きながら、

「シクシク……普通にカボチャの味がする……美味しい……」

「なんであんた泣いてるのよ? そんなに餓えてたの?」



 サラダの見た目は普通だった。

「なんか普通ね」

 拍子抜けしたように脅迫女は、しかし疑わしげにフォークでサラダをいじりながら観察している。

 愛しの彼女は疑われたのが心外であるように、

「なによ? なにかおかしなものを使ってるとでも思ったの?」

「いや、だって、二回連続で魔物を食材に使ってるんだから、三つ目も普通 魔物を使うだろうって思うでしょ。二度あることは三度あるみたいな」

「魔物ばっかりじゃ栄養が偏るでしょ」

「そうよね」

「普通の生物の捕食性植物を使ったわよ」

「ようは食虫植物でしょ!」

 食虫……植物……

「食虫植物って美味しいのよ」

 自信満々に断言する彼女に、脅迫女は諦めたように、

「わかったわよ。食べるわよ」

 そしてサラダをフォークで刺して、それを口に運ぼうとし……た ところで手を止め、

「うえぇーん」

 泣き出した。

「どうしたの?」

 彼女が聞くと脅迫女は、

「ネズミの頭がぁー」

 フォークにはミイラ化したネズミの頭が刺さっていた。

「あ、ごめん。捕食した生き物を取り除くの、ちょっといい加減だったみたい。今 新しいの持ってくるわ」

「お母さーん。チリスープにクラッカー入れても もう文句 言わないからねぇー」

 脅迫女は意味のよくわからない泣き方をしていた。



 一番目のメインディッシュは魚のムニエルだった。

 口が大きく裂けており、ギザギザした歯が付いている。

 なぜか目玉が片側だけで三つもあった。

「これは南の河に生息する、魔魚の幼魚です。肉が脂身のように柔らかいのに さっぱりしていて、とても美味しいんですよ」

 やはり魔物の魚だった。

「うううぅ、わたしピラニア系のホラー映画 見て以来、こういうのダメなのに」

「逆に食べちゃってトラウマを克服しなさい。ピラニアも魔魚も美味しいんだから。ほら、パクッと。んー、おいしー」



 二番目のメインディッシュ。

 魔猿の香草詰め丸焼き。

「良い感じに焼けました。会心の出来ですね。香草の香りが肉に移って良い香りですし、香草も肉汁がしみこんで美味しそう。さあ、召し上がれ」

 脅迫女がシクシクと泣きながら俺に、

「中隊長さーん。ホラー映画で人間を串刺しにして回転させながら火で炙るシーンがありましたけど、私 それを今 思い出してる最中ですー」

「貴様 いちいち言わなければ気が済まないのか」

 その映画は俺も見たことがあるから思いだしてしまった。

 愛しの彼女がニコニコしながら、

「二人ともケンカしないで。取り合わなくったって、お肉はたくさんありますから。なにせ丸焼きですから 食べきれないかも。わたしが先に食べちゃいますね。

 んー、肉と香草が混ざって たまらない味ですー」



 ラストはデザートだが……

「あんた、インディ・ジョーンズ・魔宮の伝説って好きだったわよね」

 彼女がそんなことを脅迫女に言った。

 映画のタイトルか?

 脅迫女は顔を青ざめさせて、

「ま、まさか、アレを……」

 愛しの彼女は満面の笑顔で、

「その通り。わたしも一度は食べてみたかったの」

 脅迫女の前にそれは置かれた。

「デザートは魔猿の冷えた脳みそのシャーベットよ」



 脅迫女は失神した。



 愛しの彼女に頼まれて、俺は失神した脅迫女を家まで送ることになった。

 俺が背負っている脅迫女を見ながら、愛しの彼女は首を傾げて、

「なんで失神しちゃったんだろう? デザートが嬉しすぎたのかな? それとも私の料理が美味しすぎた? 私ってば料理の天才? そうだ、今度はグルメマンガを出そう」

 とか言っていた。

 そして館を出る時、彼女の両親が、

「中隊長さん。どうか娘をよろしくお願いします」

「どうか娘を見捨てないでやってくださいませ」

 なんか、二人が娘を大切に思う気持ちの方向性が違うような気がした。



 そして俺たちは帰路についた。

 馬車の中で目を覚ました脅迫女が、口から魂が抜け出しそうな表情で、俺に聞いてきた。

「中隊長さん、彼女とまだ結婚するつもりですか?」

「当然だろう。なぜそんな質問をする?」

「結婚したら毎日あんな感じの手料理ですけど」

「俺の愛はこんなことで揺らぎはしない。

 ……いや、正直 言うとちょっと揺らいだが、愛の力で乗り越えてみせる」

「頑張ってくださいとしか言えないです」



 愛の試練が愛しの彼女の手料理なのはラブコメの定番。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る