男泣きに泣く

 俺は彼女の護衛の二人に呼ばれた。

 彼女は二人のことを時々、うっかりツインメスゴリラと呼ぶことがある。

 彼女自身はうっかり口にしていることに気付いていないが、護衛の二人はとっくに気付いているようだ。

 もっとも二人はそのことを気にしている様子はないが。

 ともあれ、そのツインメスゴリラに呼ばれた俺は話を聞く。



「彼女に内緒で俺に話とはなんだい?」

 ツインメスゴリラは沈んだ顔。

「実は、お嬢様のことです」

「お嬢様のことです、実は」

「マンガの取材に行かれてから、お嬢様はこっそり書庫で調べ物をするようになりました」

「マンガに必要なものなら、館の者に命じれば良いだけなのですが、それをなさりません」

「不審に思い、わたしたちどもめはお嬢様がなにを調べているのか、探りました」

「すると、女の体について調べているのです。特に性的な事柄を中心になのです」

 女性の体の、性的なこと?

「わたしたちどもめはお嬢様の読んだ所を見ました」

「すると、処女膜という単語を多く目にするのです」

 処女膜?

 俺は二人に質問する。

「処女膜というのは、純潔の女性の性器にあるといわれる、あの処女膜のことか?」

「「さようでございます」」

「彼女はなぜそんなことを調べているのだ?」

 俺の質問に二人は、

「「ウォオオオオオ!!」」

 突然 号泣しだした

 あまりに男らしい泣きっぷりなので女性であることを忘れそうになる。

「お嬢様は! お嬢様はぁ! 処女膜ぉおお!」

「処女膜を純潔の証と思っておられるのです!」

 処女膜を純潔の証?

「そして処女膜が再生すると誤解なされておられるのです!」

「再生すれば純潔に戻るのだと思い込んでおられるのです!」

 処女膜が再生する?

 純潔に戻る?

 意味がわからない。

「ど、どういうことなんだ? そもそも処女膜というのは迷信なのだろう? 実際に膜があるわけではなく、性行為に及んだ初期の頃は、性器が中でこすれると出血しやすいと言うだけの話で」

 俺も男だからそう言う話には興味があるし、そしていつか妻を迎えるために、性関係の勉強はしてきた。

 正しい知識がなければ、子作りに大きな間違いを起こすとの、父からの言葉で、その手の本で基本的な物は読んだのだ。

 ツインメスゴリラは俺の知識を肯定する。

「そのとおりでございます! しかしお嬢様は!」

「お嬢様はそのことを知らないのでございます!」

「お嬢様は処女膜というものが本当にあると思い込んでおられるのです!」

「そして処女膜が再生するという迷信まで信じておられるようなのです!」

「わたくしたちどもにはわかります」

「お嬢様がなぜ迷信を信じる理由が」

「処女膜は純潔の証。処女膜が再生すれば、自分は綺麗な体に戻るのだと」

「お嬢様は立ち直られようとしていると私たちどもめは思っておりました」

「ですが、それは違いました」

「間違っておりましたのです」

「お嬢様は処女膜の迷信を信じてしまうほど、追い詰められていたのです」

「処女膜が再生すれば清らかな体に戻り、中隊長殿の想いに応えられると」

 俺は愕然とした。

「な、なんということだ……」

 俺はリゾート島で彼女に自分の想いを打ち明けた。

 それが彼女を思い詰めさせてしまう結果になってしまったとは。

「「ヌウゥウウウゥゥ!!」」

 ツインメスゴリラが男泣きに泣く。

「お嬢様が学園におられる間、わたしたちどもは護衛の任から引いておりました」

「学園ならば、わたくしたちどもは必要ない。少しだけ、女の幸せを求めようと」

「そして優しい夫と巡り会い、子宝にも授かりました」

「まさに女の幸せを手に入れたのです。しかしながら」

「それは、お嬢様を犠牲にしたも同じなのでございます」

「わたくしたちどもめがお嬢様から目を離したばかりに」

「あのゲス王子にお嬢様は……お嬢様は……ううぅ」

「申し訳ありません、中隊長殿。わたしたちどもは」

「お願いいたします。お嬢様に時間をお与えください」

「お嬢様が真に立ち直る意思が芽生える、その時まで」

「そしてお嬢様を幸せにしてください」

「幸せにできるのは中隊長殿だけです」

 俺はツインメスゴリラの意を汲み取った。

「わかった。俺はもっと彼女を大切にしよう。そして必ず幸せにしてみせる」



「あ、中隊長さーん」

 彼女が現れた。

「もー、ここにいたんですか。ツインメスゴリラと、あ、いえ、護衛さんたちと一緒にいたんですね。いったいなんのお話をしていたんですか?」

 ツインメスゴリラが応える。

「中隊長殿に、お嬢様をよろしくお願いしていました」

「わたくしたちどもめのように幸せにしてくださいと」

 彼女は照れたように笑顔になる。

「もー、お二人ったら、さりげなく旦那さん自慢ですかー。羨ましいですねー。人生勝ち組ですねー。このこのー」

 この彼女の様子から、心と体の傷のことなど気付く者はいないかもしれない。

 だが、彼女は深く傷ついていたのだ。

 その彼女は俺に、

「あ、そうだ、中隊長さん」

「なんだい?」

 俺は微笑んで応える。

 彼女は急にもじもじし始めて、

「じつわー、わたしー、中隊長さんとー、エッチしてもいいかなー、なんて思っちゃったり。えへへへ」

 ああ、なるほど。

 彼女は調べた結果、自分の処女膜が再生し、自分の体は純潔に戻ったと思っているのだ。

 そして、その純潔を俺に捧げようと。

 俺は一筋の涙がこぼれた。

 男に身も心も深く傷つけられ、そして迷信などを信じ込み、俺に身を捧げようとしている、彼女の痛々しい姿に。

 彼女は俺が涙したのが驚いたようで、

「ど、どうされたのですか? いきなり泣きだしたりして。そんなにエッチしてもらえるのが嬉しいんですか?」

 俺は彼女を優しく抱きしめた。

「良いんだ。まだ良いんだ」

 彼女はキョトンとして、

「ふえ? なにがですか?」

「焦らなくていい。君とのエッチは、まだ先にしよう。もっと君と深く理解し合ってからにするよ」

「え? え? いやいやいや、待ってください。そーいうのを寝取られフラグと言って、うかうかしている間に他の男に奪われたりしてですね」

 ツインメスゴリラが雄叫びを上げる。

「「そうはさせません!!」」

「お嬢様はわたくしたちどもめが必ずやお守りいたします!」

「今度こそ、必ずや、なにがなんでも、絶対に、守ります!」

 彼女はその気迫に気圧されたかのよう。

「そ、そう。ありがとう」



 そして彼女としばらく話をして、俺は帰宅した。

 彼女は辛い顔を見せなかった。

 しかし、その心の奥底では、いまだ苦しみ続けているのだ。



 わたしは中隊長さんが帰った後、思案する。

 自分で館の書庫とかで調べてみたら、処女膜の再生完了時期が過ぎてたから、おかしな事態になる前に、中隊長さんと、エス!イー!エックス! を済ませようと思ったのに、あれほど変態勇者兄貴と張り合って、童貞を受け取ってくれとか、筆下ろししてくれとか言ってた中隊長さんは、まだ止めておこうとか言い出した。

 どういうことだろう?

 なんか嫌な予感がしたので、館の警備システムの監視カメラをチェックする。

 そして記録されていた中隊長さんとツインメスゴリラの映像と音声。

 わたしは思いっきり叫んだ。



「ますますヤベェことになってんじゃねえかよコンチクショー!!」



 知らないところで事態は悪化。

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