☆おしっこトランスポーター・翔☆

ハゲタカ・ペンギン丸

第1話

俺は翔。生まれてこの方トイレに行くのが糞面倒だと思い続けてきた。


いや、ウンコはいいんだ。


下腹部から轟く重低音ドラムビート。腸内を重たい蛇がのたくる感覚。

デカいの一発ひり出すときは使命感で燃えてくるし、ブリっとひり出したあの排便感には、なにものにも変えがたい心地よさがある。


問題はさ、小便なんよ。


いったい全体なんだね、ありゃ?


ちょいと喉が乾いたなと思って、コップ一杯の水を飲むとするじゃん。

で、乾きも癒えたし、その辺てきとうに座ってくつろごうとするじゃん。


あれ……? って。

なんか、おしっこしたくなってきた…… って。


そんで便所に立つとさ、尿が綺麗な放物線を描いて出ていくんだ。


いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。

今、出てきた水分吸収してくれたら、俺さっき水飲まなくてよかったじゃん。


こんなことを人に愚痴ると、どいつもこいつも示し合わせたみたいに小便サイドに立って弁護を始めるんだからホンワカパッパの摩訶不思議。



「いいかい翔。尿っていうのはね、アンモニアに代表される体内の不要物を排出するために必要なものなんだよ」

「は? アンモニアを排出? 知らんがな。ウンコに混ぜて出せや」


「うーん。やっぱり消毒の効果もあるんじゃないの? 小便が出るから、俺たちの大事なアソコをバイ菌から守る役目とか」

「ほーん。俺は毎日小便してたが、尿道に菌が繁殖して化膿して手術したけど?」


「よろしいですか、お客様。尿は陰陽五行説では水に属します。水とは流れ、流れとは循環。おしっこが出るのは体内の気の巡りを清浄にするために必要不可欠な霊的運動なのです」

「俺はその循環自体を面倒に感じているのですが?」

「であるならば、このブレスレットをお買い求めください。悩みはたちどころに解決するはずです。貴重な霊石を使っているので本来は47万円するのですが、今回は特別に2万円です」


「ねえ翔ちゃん、しっかり聞いてね。宇宙ステーションでは船員さん達のおしっこを集めて濾過して、飲み水として再利用してるんだよ? それってすごく素敵なことだと思わない?」

「逆、逆、逆。宇宙飛行士の人達は俺の味方だから。出ないですむなら、出ないでほしいと思ってる人達だから。宇宙服の中でオムツ履いてるの知らないの?」

「……うん。まあ、その話はどうでもいいんだけど、あのさ……わたしたち、別れよ?」



いやはや。

まったく、どんな連帯意識で小便に味方してんのか知らんが、俺は譲らない。


小便するのは面倒くさい。人類は即刻なんとかするべきだ。


だがしかしかし、物心ついてから待てど暮らせど、人類が小便問題の解決法を発見することはなかった。

これだけの科学技術力を有していながら、それらしい機械デバイスも開発されなければ、抜本的な解決をうたう医学論文が発表されたこともない。


まったくとんだ体たらく!。


俺は怠惰な人類に絶望し、新卒での就職も諦め、彼女と喧嘩別れした後に引きこもりになった。


誰も俺のことを分かってくれないんだ!

間違ってるのは世の中の方なんだ!


枕を濡らす日々が続いた末、俺に救いの手を差し伸べたのは神だった。




それは寒いある冬の日のこと。場所は六畳一間の安アパート。

俺は炬燵に体を突っ込み、身動きもせずに横たわっていた。


さっきから尿意で腹がキリキリ痛む。

溜まった小便で膀胱がパンパン。


それでも俺は頑張って痛みを無視しようとしていた。


たかが尿意のために、暖かい炬燵からわざわざ立ちあがり、寒いトイレに行かねばならないことに納得がいかなかった。


このままじゃ、膀胱炎になるかもな。

もしなったらどうしよう?

バイトの貯金も底をつき、医者にいく金もない。


俺はごろりと寝返りを打って、一人暮らしの深淵にむけて呟いた。


「ああ、おしっこをテレポートさせることができたらなあ」


そのとき、驚くべきことに深淵から声が返ってきた。


「オッケー☆」


そして俺は奇跡を体験した。


部屋の中のあらゆるものが突如として黄金に輝き出し、どこから吹いたのかもわからない風が俺の体をまさぐりながら、優しく通り過ぎていった。


カップラーメンに刺したままだった箸がぐるぐる廻った。月額3000円の24分割で買わされたスマートフォンが粉々に砕け散った。


そして数秒後に光と風が消え、部屋が元に戻ると、あれほど激しかった尿意は綺麗サッパリとなくなっていた。


「どういうことだ?」


俺は驚愕し、炬燵布団から飛び出て、トイレへと走った。

便座を跳ね上げ、そこに信じられないものを見る。


「おいおい、嘘だろ……」


トイレの中の水がカナリヤ・イエローに色づいていた。

間違いなく、俺の尿だ。

栄養剤で補給したビタミンDによる美しい発色。それがなによりの証拠。


「こいつは一体どういうわけ……ンんんんアあはんんんっんんんん!!」


その瞬間、見計らったように情報が脳天に突き刺さり、俺は自分に与えられた能力を解悟した。


膀胱内黄金水瞬間移動ゴールデン・フリース…………これが俺に与えられた能力!!」






その日を境に全てが変わった。


就職も決まり、彼女もできた。


巷で流行り始めた能力バトル大会にも参戦した。


そこには俺みたいに神から能力を授かった奴らがいた。

炎系能力者、氷系能力者、肉体強化系能力者、精神感応系能力者……etc。


どいつも俺の敵じゃなかった。


俺がやることといえば、戦闘前にコーヒーを一杯ひっかけて、利尿作用で溜めた尿を相手の肺へと瞬間移動。

それだけで俺の勝ち1ターンキル。まあ楽なもんだった。


俺はいくつもの大会で優勝し、破格の賞金を手にした。

いわゆるビッグマネーというやつ。

その金でアパートを捨て、都会の一等地のマンション最上階へと引っ越した。

俺は成金になった。


最高の気分だ。

もう昔の俺じゃない。

地べたをはう芋虫から、蝶へと生まれ変わったんだ。

札束の羽根だけが許す飛翔。何もかもが思い通りになる愉悦。


俺は贅沢を始めた。金にものをいわせて放蕩の限りを尽くした。


ブランド物を買いあさり、合コンに繰り出す。

真っ赤なスポーツカーを何台も買い、都内の狭い道でノロノロ走る。

クラブを貸し切って、知りもしないやつらがはしゃぐのをVipルームから見守り、高級キャバクラにいって、一番高い酒でタワーを築く。

Tシャツ短パンで有名フランス料理店に出かけて門前払いを食らい、歯を全部インプラントにして、youtuberが紹介する最新の玩具とゲームを近所の子供にクリスマスプレゼントとして配り、オンラインサロンの集客で芸人やインフルエンサーと凌ぎを削った後、ベンチャー企業の社長と対談本も出した。


俺は王のように振る舞い、人生は薔薇色だった。






でも、それも長くは続かなかった。

絶頂を味わってから数ヶ月が過ぎた頃、俺は理由のわからない乾きを感じ始めた。

何をしても満たされない。どれだけ金を使っても満足できない。

いったい何事だろう?

尿は膀胱を潤すのに、心は砂漠のようなのだ。


「くそっ! 俺はどうしちまったんだ」


騒がしいパーティからトイレへと避難し、苛立ちにまかせて鏡を殴る。

ひび割れた鏡面のむこうから俺を見つめ返すのは、同じ顔をした不幸せそうな男。


ああ、そうか。


そのとき、気づいた。


俺は独りなんだ、と。


金はいくらでもあった。小便こそ我が石油。膀胱こそ我が油田。

アラブの石油王もこんな気持ちを感じているのかもしれない。


俺は寂しかった。

いつだって周りには誰かがいて、俺を楽しませてくれる。むこうが欲しいものを俺に与えてくれて、代わりに俺は金を渡す。この手の人間はどれだけ追いやってもモグラ叩き状態に湧いてくるから、一人で過ごす時間など皆無だ。

それなのに、どうしようもなく寂しい。知らない場所で母親とはぐれた子供みたいな寂しさが胸で石になっている。


どうして?

俺は自宅のテラスに出て、百万ドルの夜景を眺めながら考え続けた。

そして朝が白み出すころ、ある思いが形をとった。


「自分のためじゃない」


俺は確かめるように、目を刺す朝日にむかって呟いた。


「俺は誰かのために力を使いたい」


そうすれば、きっとこの寂しさは消えるだろう。

どうしてかは説明できないが、俺はそう確信していた。


他人を全て部屋から締め出し、俺は懐かしき孤独の中で思索にふけった。


問題はどうやって、膀胱内黄金水瞬間移動ゴールデン・フリースを人のために使うかだ。


俺は自分の小便をテレポートさせることができる。だが、それが何の役に立つ?


いいか。柔軟に思考するんだ。

能力バトルなんてものは、能力の定義をいかに拡大解釈するかにかかっている。

そのためには、まず自分の能力を完全に理解しなければならず、能力を理解するにはこれ以上ないくらい深く能力と親しまなければならない。



それからの俺は一日中、小便について考えた。

小学生用化学実験お試しキットを取り寄せ、プラスチック製のフラスコに尿を採取し、あらゆる化学分析を行った。

夜は自分の尿だけを注入したウォーターベッドで眠り、小便の海で溺れる夢を見た。

小粋なシャンパングラスを用意して飲尿療法も試し、朝昼晩薄濃と味の違うものをいくつも飲み比べ、尿ソムリエの称号を己れに授与した。


そんな血尿のにじむような努力の末に、俺は自分の力の本質を理解するに至った。


「ユーリカ!」


俺は叫んだ。


膀胱内黄金水瞬間移動ゴールデン・フリースは、小便を瞬間移動させるものじゃない! この能力の本質は膀胱に入っている物質を瞬間移動させることなんだ!」



……え?

それがわかったからどうだって?


はあ……。これだから応用力のないやつは困る。


考えてもみてほしい。

情報を光で送れる時代にあって、物質自体の転送速度は車輪の廻るスピードに囚われたままだ。


でも、俺の能力なら、膀胱に入る物を好きな場所に瞬間移動させることができる。


人々が望む物を望む瞬間の望む場所に。

俺はこの力を使って、個人の宅配運送サービスを始めるつもりだった。


だが、それには一つ問題がある。


俺の膀胱は基本的に俺の小便専用スペースだってことだ。

小便以外の物を瞬間移動させたければ、まずそれを膀胱に入れる必要がある。

そんなこと原理的に不可能だ。

膀胱まで物を届けるには、尿道を通過させる必要があるけれども悲しいかな、あそこは細すぎるうえに one way track一歩通行 なのだから。


そこで俺はまた神に頼むことにした。


願いは叶った。


俺の下半身はゴムになった。







「それで、あなたはどんな物を送りたいんですか?」


瞬間転送テレポートトランスポートの看板をみて、今日もお客様が俺の店を訪れる。


相手は19歳の女子大生だ。

彼氏が地方大学の入学して遠距離恋愛になってしまったらしい。

依頼はバレンタインデーの試作品である手作りカヌレを、出来立てアツアツのまま送ること。


ヒューヒュー。おあついねえ。青春だねえ。

大事なチョコが恋のお熱で溶けちゃうぜい?


ひとしきり軽口を叩いた後で、俺は彼女の荷物を引き取った。


「あの本当にすぐに届くんですか? あたしの彼氏、京都に住んでる京大生なんですけど?」


彼女は露骨に不安そうだった。


「大丈夫。京都に住んでる京大生だろうと、東京に住んでる東大生だろうと、俺の能力に例外はない。どんなものも瞬着さ。ま、お茶でも飲んで待っててよ。届いたかどうかは彼氏にスマホで確認してくれればいいから」


俺は応接間に彼女を残して、奥へと引っ込んだ。

厳重に扉を締めて、転送の準備を始める。


まずズボンとパンツを脱いだ。


備え付けの流し台で手を念入りに洗って、アルコール消毒し、熱風乾燥。

オーダーメイドした台に体を横たえて、深呼吸。


「よしっ。ショータイムだ」


俺は親指をそろえて尿道口へと差し込んだ。そのまま卵の殻を割る容量でムリっと開く。

ゴムの性質を宿す俺の一物は、さながら風船の口みたいな伸縮性を示している。

俺は空間を確保するために、金属製の箸に似た形状の手術器具をググッと尿道へ突き入れた。


はい。これで両手が自由になりますよ、と。


そして次に用意するのは使用済みのラップの芯です。

色々と試したところ、俺の身体と一番相性のよかったのがこれなのだ。


俺は箸を利き手でもって、ぐりぐりと回し尿道口を拡げながら、ゆっくりとラップを尿道に挿入していく。


映像的には、水風船を作る時に、風船を蛇口にかぶせるのと似ているかもしれない。

この現場を他人に見せたことはないから、伝わるかどうかは分からんが。


そんなこんなの作業を経て、ラップの芯トンネルが尿道口から膀胱まで開通する。オッケー。ここで記念のテープカット。


箸を抜くと、俺は清潔なガーゼと、小学生の頃リコーダーを掃除するときに使ったあの謎の棒を手にとった。


これからカヌレを瞬間移動させるわけだが、その前段階として、まず膀胱の中を掃除する必要があるからだ。

さすがに俺の尿が染み込んだカヌレを彼氏さんに食べさせるわけにもいかない。

衛生環境を重く考える俺は、転送前に膀胱に残っている尿を綺麗にすることにしている。


ラップの芯にガーゼを通し、棒をしゃこしゃことピストン運動。膀胱内の尿を拭きとって、ガーゼを捨てる。


はい。これにて準備が完了。

あとは滑り台で遊ぶ子供よろしく、カヌレを膀胱へと滑りこませればいい。


すぽすぽすぽすぽ。


彼女のお手製カヌレは滑らかにラップの芯を通り、俺の膀胱へとたどり着いた。


あ……あったかい。


好きな相手に一番美味しいものを食べて欲しい一心で、彼女は本当に出来立てホヤホヤを持ってきたんだろう。


そのカヌレの温度を俺は膀胱ナカで感じていた。


ああ……あったかいよ。あったかいよ。これが愛の温度なんだね。


合計8個のカヌレが全部俺の膀胱の中へと入った。


俺の膀胱でひしめくあったか〜いカヌレ。

それを待っている彼氏の元へと転送開始する。


いけ……。イけ……。イケ……!


あ……んっ! ん! あ! あっ! あ! 


あん! あん! あん! あん!


あぁ……イッちゃった……。


カヌレは無事にテレポートし、京都の住む京大性である彼氏の元へと届いた。


俺は後始末をして、ズボンを履き、応接間へと戻った。

そこでは、彼女がスマホを手に持ちながら、ぴょんぴょん飛び跳ね、単純な喜びを単純な表現形式であらわしていた。


「本当? ねえ本当? 届いたの私のカヌレ?」

「おお! さっき、俺のテーブル見たらあったんだよ。 テレポートってマジなんだな」

「味はどう? 美味しい?」

「マジ半端なくチョーうまい。なんつーか甘さに深みがあるのな。確かこういうのって塩を少し入れるのがコツなんだろ?」

「え? 塩なんて入れてないよ?」

「あ……そう。いや、でも、うまいわ。ありがとう」

「バレンタインデーも期待しててね! もっと美味しいの作ってあげるから」


俺は喜ぶ若い男女を眺めながら、言いようのない満足感を覚えていた。


これこそ俺の選んだ生き方だ。


人のために与えられた能力を使う。

その人たちの幸せを助ける。


そうすることで、はじめて俺の心は満たされる。




話はここで終わりだが、最後に宣伝。


俺の名前は☆おしっこトランスポーター翔☆

縦8センチ横5センチ奥行き6センチに収まるものなら、地球の裏側にだって送ってみせる。

もし君がこの力を必要になったら連絡をくれ。

前の日は水分控えめにして、かならず膀胱を空けておく!


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