ブロッコリーの味

 ある温泉宿に宿泊した。

 ひところの温泉ブームのときに増築してその頃は流行っていたと思われる中堅のホテルだ。


 建物の大きさに見合わない赤いじゅうたん敷きの広いロビー。

 小さい池に数匹の錦鯉。

 入口だけやたら派手な装飾のカラオケバー。

 傘入れみたいな大きな花瓶に向日葵の造花。

 まったく装飾のない地味な土産物売り場。

 何においても、バランスが整っていないホテルだった。


 よくありがちな名前の大広間での夕食。

 最初からご飯と吸い物がお膳に上がっていた。

 「あ~あ」と思ったが、吸い物のおわんのふたを開けたら湯気が出たのでほっとした。


 仲居さんが5人で立ち回っていた。年齢は5人とも50歳を少し過ぎたころか。歳にまったくといっていいほど合っていない白いブラウスに上下ピンクのスーツ。スカートは膝丈で、白いシミズが顔をのぞかせている。


 1人の仲居さんが畳の上におひつを置いてご飯のお代わりを待っていた。若いお客さんは、座っている仲居さんの前に仁王立ちで茶碗を片手で差し出す。仲居さんはお客さんを見上げてニコニコしながら白いご飯を盛って渡す。「白髪を今朝染めました」と積極的に主張しているかのような黒い眉毛がへの字になっている。

 

 「失礼な客だな」と思いながらその光景を見ていたときに気がついた。それは、仲居さんのシミズが白ではなくてベージュだった、ではなく、膝だ。黒く染みになっている仲居さんの膝だ。

 僕は、顔をくるくると回して、立ち回っている仲居さんの膝を見た。みんな、あざのような黒い染みがあった。


 膝をついてお茶碗をもらい、膝をついておひつ番にお茶碗を渡し、膝をついてお客さんにお茶碗を渡す。そのひとつひとつの動作の長い歴史があの膝をつくったんだ。


 僕は、皿にぽつんとひとつ残っていた大嫌いなブロッコリーを口の中に入れた。




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