鈴懸 essay

橙 suzukake

2019年1月

大学駅伝のすごさ

 年始の挨拶で家々を回っている中で、一人暮らしをしている老婆の家に行ったときのこと。

 建付けの悪い玄関の戸をやっとで開けて、「おはようございます」と言っても返事が無い。この日は毎年そうだし、どの家も大概そうだが、この家の居間からも大学駅伝の絶叫系のアナウンスの声が聞こえた。

 玄関といっても、大人一人がようやく立てる狭さで、そのすぐ先が台所。片方だけ裏返しになった薄汚いスリッパだけが悲しげに僕を迎えてくれている。

 

 「おはようございます」

 4回目の挨拶の声で、テレビの音がする居間から「んあ!?」という返事が聞こえた。

 ガラガラと音をさせて四つんばいになって出てきたもうすぐ90歳に手が届くその老婆の片方の目は、もう何年も前から白く変色している。

 

「わーりね。耳も悪いもんだから駅伝の音、おっきくしてて、おめさん来たのわからねかったわ」と老婆は言った。

 

 ひととおりの新年の挨拶をして、建付けの悪い戸をやっとで閉めて、その家をあとにした。

 車に戻ると、ラジオのアナウンサーが、どこかの大学が先頭に立ったことを、やはり絶叫系でアナウンスしていた。

 

 運転しながら、目も耳も悪いそんな老婆も見ている大学駅伝ってすごい、と僕は素直に思った。



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