二十七話 三日目昼

◼️


 街の中心に位置する噴水。その噴水がある広場を更に北に行った場所。そこは、野次馬が集まっていた場所。過去か未来かは、分からない。だが一人の少女が死んでいた場所であることは、間違いない。そして今そこには。同じ容姿で同じ声の少女が立っている。


「なにをするのッ!!」


「……なにって見りゃあわかんだろ?」


 下卑た笑みを浮かべる一人の男。


「くっ……」


「お前如きが、男二人に勝てると思ってんのか? あ?」

 

 言葉通りに、二人の男が並び立つ。

 狭い路地を影が覆った。

 二人を避けて通ることは、出来ない。

 どう通っても、ぶつかるだろう。


 男の片方は美形と呼んでいい顔立ちをしている。しかし浮かぶ表情は、醜悪。それがこの男の本性。誰しも知っていたが、この少女にとってはこれが初めてのこと。何度目の繰り返しであろうと初めてなのだ。


「貴方達のような人間に汚されるくらいなら……」


 少女は、短剣を胸元に突き立てる。

 彼女は、誇り高い。その誇り高さは、『エルフ』の特徴とやはり酷似していた。と言ってもその性格を深く知るものをまだ他にはいない。

 今、目の前にいるこの男たちに見せるその姿が初めてなのだ。

 誇り高く、美しいその姿。


「お、おい、馬鹿かっ!? お前!?」


 それは魅了されたように。

 彼らは悪党ではあるが、殺人をするほど肝が座っているわけではない。いわゆる小悪党。


「抵抗しなけりゃ、殺すまで……」


 その手は、伸びる。

 怖気付いたその手。目の前で起きる恐怖を止めようとするその手。


「……待ちな」


 三人目の男の声。それが路地裏に響く。

 黒衣を纏い、この国では珍しい武器を腰から下げる。目付きは悪いが、顔立ちは良い方だ。これはこれで人気があるだろう。すらりとした肉体。実は、筋肉に覆われているのだが高身長ゆえにかあまり気が付かれることはない。

 その態度が鼻に付く。

 まさに傲岸不遜を体現していた。いやだが、その実力は本物であった。


「なんだお前は?」


 彼は、この小悪党二人に比べれば遥かに強い。それも天と地の差。魔王に並ぶ。いやそれ以上の実力。なぜならば魔王に打ち勝ったことのある男だからだ。


「彼女に死んでもらうわけにはいかないんでな」


 男は路地に入る前に、隠れている少年に目配せする。この場所に辿り着く前に、一緒に連れてきた少年。その指には、怪しい指輪が光る。


「……見たことねえ顔だなあ」


「ああ、昨日着いたばかりだ」


「余所者が口出したんじゃねえよッ!!」


 剣が振り抜かれる。

 小悪党にしては、素早い一撃。

 しかし、相手が悪かった。幅のある銀の刃は、地面を叩く。貴族の息子らしくそれなりに高級品を使っているのだろう。それなりの装飾が施されていた。


「……お前みたいなやつが一番嫌いなんでな」


 その呟きは聞こえなかっただろう。

 彼も聞こえるように言ったわけではない。心の中の苛つきを吐露しただけである。

 

 彼らには見えないほどの速度で刃が閃く。

 地面に振り下ろされた刃は砕け散り、醜悪な表情は焦りに変わる。


「……は?」


 その言葉を最後に彼は吹き飛んだ。

 服の中心に大きな足跡を作って、地面に転がり込む。おそらく全身の骨折。気を捩じ込んだ蹴りは、全身に伝う。それは、しばらくは、治らないだろう。例え、治癒魔法を使ってもそれは気に阻害される。


 そしてそれを見た片割れは、転びながらも逃げて行った。……まさに小悪党と言った逃げ様だ。


「あ、貴方は……?」


 何が起こったか分からない彼女は、彼を覗き見る。彼が自身にとっての味方であるのか。それとも彼らと同じ種類の人間なのか。確かめるためであった。


「通りすがりの者だ」


 目的地は、まさにここであったのは言うまでもない。


「と、通りすがりですか?」


 爽快な応えに意表を突かれる彼女。

 その視線から彼は、敵ではないだろう。そう彼女は思った。もうその視線は、彼女ではなく路地の入口に向いていた。


「良かったな、アレス」


 それは、隠れる少年への応援。

 目の前にいるこの少女が、『繰り返し』の起点であるのは間違いないだろう。

 俺が助けなければここで、死んでいた。

 そしてそれを見たアレスが、生き返らせる……時間を戻すことを選択したのだろう。


 元勇者はそう、思考する。


 それは、正しかった。

 つまり彼は、未来を変えたのだ。


「ここにいたかウルッ!!」


 肩を揺らしながら息を吸って吐く男。

 強面がよく目立つ。


「どうしたんだよ」


 ウルと呼ばれた男は、いつもと違う様子の違う旧友に声を掛ける。


「……魔物の軍勢が攻めてきた」


 男の額に汗が伝う。


「魔物が……?」


「わ、我は知らんぞ」


 元勇者の背後にいる鎧が思わず声を上げる。

 それもそのはず。その全身を鎧で包んだ者は魔王であった。と言ってもその姿もその声も元勇者のみにしか聴こえていないのだが。


「それも様子がおかしい」


 空を暗い雲が埋め尽くす。

 その流れの速さは、尋常ではない。彼らには分かっていた。そこには何らかの魔力が影響している。強い魔力が空の気候に影響を及ぼし、雨雲を作り上げたのだ。


「……雨か」


 目付きの悪い男の頬を雨水が叩く。

 そして空が光輝くと、雷が地面を打ち鳴らした。


「あんな魔物は、見たことがない」


 酒場の主人であり、元冒険者である彼。

 ウルより、十以上は歳をとっており経験も豊富。腕を失う前に冒険した場所は、数知れず。そんな彼でさえ見たこともない魔物。


「あんな魔物?」


「ああ。まるで天使のような……」


 正確に言えば、それは魔物ではないのかもしれない。だが、人を襲っているのは紛れもない事実なのだ。


「まさか……。とにかく人を集めろ」


◼️


「これは、邪気か」


 黒雲を背景に浮かぶ白翼。

 厳密には白一色ではない。黒い靄が翼を包み、電流のように黒い火花を散らす。

 それは紛れもなく邪気。

 これまでも幾度も見てきた邪気。

 人……いや、それは彫刻。人の上半身を模した彫刻。それが、邪気にまみれた翼を付けて飛んでいる。

 おそらく天使が使役する使い魔だろう。


 地面を這う汎用的な魔物たちも同様に邪気を纏う。その数の多さは、まさに軍勢。

 北の出入口からすぐの平野を埋め尽くす。


「邪気にまみれた魔物がこれほど……?」


 いよいよ終わりに近づいて来たって感じだな。


「なんだ、邪気ってのは……?」


 ガントが敵を見据えて、そう溢す。

 敵を見据えるのは、彼だけじゃない。ざっと五十から六十と言ったところか。冒険者たちが並び立つ。

 隊列が組まれているらしく、盾を持ち、重武装の者たちが最前に並んでいた。つまり俺たちの横ってことだ。どうやら、俺は盾無しでもいいだろうという配慮らしい。


 そして背後には、それぞれそ武器を持つ者が並ぶ。大剣を持つ者もいれば槍を持つ者もいる。どうやら魔法使いもいるようだ。


「さあな、俺も詳しく知らないんだ」


 二足歩行に犬の様な頭。身体は人間に近いが、黒い体毛が全身を覆っている。まあ、名前は忘れた。

 そいつらは、敵陣先頭に並ぶ。……いや、並んではいない。数が多過ぎるから、並んでいる様に見えているだけだ。


 彼らが、遠吠えを上げる。


 それはどうやら開戦の合図らしい。

 我先にと獣たちが駆け出した。その数は、そいつらだけでもおよそ百。


「くそッ!! 行くぞお前らッ!!」


 戦士たちは、少し遅れて雄叫びを上げる。


 戦場を衝撃が走る。それは文字通りの衝撃だ。魔力の篭った盾と獣たちがぶつかり合い、そこに無数の弓矢が飛来する。それでいくつか数は減っただろう。

 戦士たちは斬り込み、獣たちの首を斬り落とす。

 そこに魔力の塊が撃ち込まれ、数十の魔物は破壊される。

 側から見るにそれは、圧勝という言葉が合うだろう。


 ……だが、それは変だ。

 邪気を纏った魔物がそれほど簡単にやられるか? 俺は魔王の力で簡単に倒して来たが、普通に戦えば一つ一つに苦労していたはずだ。


 それは、すぐに起こった。

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