かすみかくもか
五月女 十也
プロローグ
好きだ、と自覚したのは二年ほど前のこと。
相手は同じクラスの
タレ目ながらどこか鋭さを感じさせる瞳、薄い唇、生真面目で無口な性格。勉強はできるけど、運動はてんで駄目。眼鏡がよく似合っていて、時折見せる柔らかい笑顔が素敵。普段の声は低いくせに、親しい相手にはワントーン高い声で話しかける。
気付いたら目で追うようになっていた、なんて小説の中だけの話だと思っていたのに、実際自分がそうなってみるとなんとも不思議な感じがする。私の恋心を指摘した
「それにしても、結衣が恋なんて、ねぇ。ありえないと思ってた」
と感慨深げに言っていた。
そうなのだ。これは、以前ならありえることのなかった、私の初恋。
恋人いない歴=年齢の私の、先行き不透明な恋。
いつも自分の趣味を優先して、他人に興味を持つことなんてなかった、経験値の少ない私の、きっと最初で最後の恋。
なんとなくそう理解していたけど、いや、だからこそ私は何もしなかった。
いつも通り学校に通い、授業を受け、休み時間は音楽を聴きながら本を読む。部活には入らずに放課後はまっすぐ帰宅し、宿題を済ませて塾に行って、空いた時間に趣味に没頭する。
何の変哲もない平穏な日々に、私は満足していたのに。
その生活が変わってしまったのは一年前のこと。
ある日、いつも通り塾に行ったら、彼がいた。先週まではいなかったのに。その日から通うことになったのか、何食わぬ顔で席についていた。ドアの閉まる音に顔を上げた彼と目が合う。驚いた顔で固まっているだろう私を見て、彼はあの柔らかい笑みを浮かべた。一拍置いてから、彼は視線を手元に落とす。授業の予習をしているのか、ノートと問題集が広げてある。
その一連の流れを見ながら、私は自分の中で何かが崩れ落ちるような、もしくは積み上がっていくような、そんな音を聞いた。
そしてそれは、私の高校生活最後の一年を象徴する音でもあった。
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