かすみかくもか

五月女 十也

プロローグ


 好きだ、と自覚したのは二年ほど前のこと。


 相手は同じクラスの国見くにみくん。彼とは小学生の頃からの付き合いで、その長さはかれこれ十数年になる。


 タレ目ながらどこか鋭さを感じさせる瞳、薄い唇、生真面目で無口な性格。勉強はできるけど、運動はてんで駄目。眼鏡がよく似合っていて、時折見せる柔らかい笑顔が素敵。普段の声は低いくせに、親しい相手にはワントーン高い声で話しかける。


 気付いたら目で追うようになっていた、なんて小説の中だけの話だと思っていたのに、実際自分がそうなってみるとなんとも不思議な感じがする。私の恋心を指摘した奏子そうこも、


「それにしても、結衣が恋なんて、ねぇ。ありえないと思ってた」


 と感慨深げに言っていた。




 そうなのだ。これは、以前ならありえることのなかった、私の初恋。

 恋人いない歴=年齢の私の、先行き不透明な恋。

 いつも自分の趣味を優先して、他人に興味を持つことなんてなかった、経験値の少ない私の、きっと最初で最後の恋。




 なんとなくそう理解していたけど、いや、だからこそ

 いつも通り学校に通い、授業を受け、休み時間は音楽を聴きながら本を読む。部活には入らずに放課後はまっすぐ帰宅し、宿題を済ませて塾に行って、空いた時間に趣味に没頭する。

 何の変哲もない平穏な日々に、私は満足していたのに。





 その生活が変わってしまったのは一年前のこと。




 ある日、いつも通り塾に行ったら、彼がいた。先週まではいなかったのに。その日から通うことになったのか、何食わぬ顔で席についていた。ドアの閉まる音に顔を上げた彼と目が合う。驚いた顔で固まっているだろう私を見て、彼はあの柔らかい笑みを浮かべた。一拍置いてから、彼は視線を手元に落とす。授業の予習をしているのか、ノートと問題集が広げてある。


 その一連の流れを見ながら、私は自分の中で何かが崩れ落ちるような、もしくは積み上がっていくような、そんな音を聞いた。


 そしてそれは、私の高校生活最後の一年を象徴する音でもあった。




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