錆びた箱の中身は千本のコードと無数の後悔と一体の肉塊と、ひとかけの勇気
たまき
第1話 玩具の兵隊
敵の自律機動兵器の猛攻は止まない。
「工兵、前へ!」
無数の砲弾が雨あられと降り注ぐ中、ベンノは声を張り上げた。土煙の向こうには、無人の戦車が整然と並んでいるのがうっすらと見える。まずは、あれにこちらからの攻撃が届く距離まで近づかなければならない。しかし、合図に合わせ、シャベルを持って駆け出した工兵は、進路の障害物を取り除く暇もなく敵の攻撃に吹き飛ばされてしまった。
その工兵は地面に投げ出されて呻いていたが、致命傷ではなさそうだ。砲弾の直撃は免れたらしい。だが、しばらくは動けないだろう。ベンノは彼が他の兵たちによって後方に運ばれていくのを確認し、前に向き直った。一つ舌打ちをして、再度合図をするが、代わりの工兵が出てこない。戦車のハッチから顔を出して工兵が待機しているはずの塹壕を見ると、一人の若い兵と目が合った。迷彩の施されたヘルメットの端を両手で掴み、今にも泣き出しそうな様子で震えている。このおびえようから察するに、おそらく新兵だろう。
「どうした、早くしろ!」
しかし、新兵は塹壕から出るどころかますます縮こまり、頭を抱え込んでしまった。
「い、嫌です……!」
それは重なる砲声にかき消されてしまいそうな小さな声だったが、かろうじてベンノの耳に届いた。怖気づくとか以前に、隊長の命令を拒否するとは、軍人の風上にも置けない。思わず、あ? とどすの利いた声で聞き返した。
「だって、俺、こんなところで死にたくない。まだ、軍に入った目的も果たしてないのに」
「軍において、戦う以外の目的があるか! いいから行け!」
「でも、もうすぐあの人たちが来るはず……」
ベンノは本日二回目の舌打ちをした。
「いつ来るかもわからない増援を期待して……」
「あ!」
さっきからしきりに後方の味方基地を気にしていた新兵は、突然、ぱっと顔を輝かせた。それを見たベンノが「あの人たち」が来てしまったことを察し、眉間のしわを深めるのとほぼ同時に、上空を何かが横切った。続いて隕石が落ちたような衝撃。
「エインヘリヤル、ヴェスペ参上!」
戦車の上部装甲に降り立った少女は、そんな口上とともに、背中に備えた一対の黒い機械の翼を大きく広げてみせた。
エインヘリヤル、というのは、わが国の軍付属科学研究所が誇る改造人間部隊の俗称だ。設立は二年前。意味は、勇士の軍勢とか、そんな感じだったと思う。機械工学と医療を無理やり関連付けて捏ねくり回した謎技術の賜物であり、ベンノのような一軍人にしてみれば少しも興味のわかない領域の話であるし、研究所も技術を秘匿している。
そして、ベンノは彼らが気に入らなかった。なぜかって? そりゃあ決まってる。
手柄を取られるからさ。
彼らの特徴の一つに、巨大な兵器が体に連結されていることが挙げられる。腕から二メートルほどのレーザーブレードを出せたり、大砲を背負っていたりと多種多様だ。腰から下がフロートになっていて宙に浮いているようなのもいた。一応、精密な扱いを要求される機械を神経に直接つないで操作することでより性能が上がる、という建前があるようだが、それよりも見栄えのよさを気にしてのものだとの説が有力だ。事実、その派手な見た目で民衆から多大な人気を得ている。
仮に、彼らが民衆の気を引くためだけのお飾りだったなら、ベンノはここまでエインヘリヤルを敵視しなかっただろう。だが困ったことに、彼らの個々の戦闘力は重戦車を上回り、下手をすれば戦車小隊一つにも相当する。つまり、とてつもなく強い。
そんな、戦争も有利に進められて人心も得られる、一石二鳥な彼らを国の上層部も頼りにするようになり、一般の軍に付く予算は削減される一方、対照的にエインヘリヤルには最新の高性能兵器が大量に供給されているという。これがひねくれずにいられるだろうか。
しかしながら、ベンノは彼らを憎んだり、破滅を願っているわけではない。まあ、嫉妬は少しくらいあるかもしれないが。ただ、適正があるため人数が限られる彼らの穴を埋めるため、常に前線に立って防衛している自分たちに、もっと敬意を払ってほしいだけなのだ。あいつらときたら、無視するか、見下した一瞥をくれるか、大体その二択だ。
なので、その少女がこちらを振り返ったときには、少なからず驚いた。
「私たちが来たからには、もう大丈夫よ」
得意げな口元とわざとらしい決めポーズ。極めつけはやたらとうまいウインク。凛としたつり目のきつい印象を、次に浮かべた人懐っこい笑顔でものの見事に裏切った。
「なんてね。一度やってみたかったんだ!」
「お、おう……」
ベンノは混乱していた。戦闘中に敵に背を向けるなと注意するのも忘れるほど。しかしこの少女のスカートは戦場に着てくるには短すぎやしないだろうか、そもそも軍の女子制服はズボンだったと思う。それとも何か? エインヘリヤルとは改造制服が許されるような身分だというのか。そんな半ば現実逃避に走った思考がぐるぐると頭を回る。が、少女の後ろから迫る砲弾を認めると、そんなものは吹き飛んでしまった。
「後ろ!」
少女も流石に笑みを引っ込め、体ごと後ろに向き直った。そして、背中の翼の片方をうごめかしたかと思うと、金属質に黒光りするそれで、砲弾を掴み取った。
「は?」
あの背中の、羽じゃなくてアームだったんだ……。
「心配してくれて、ありがとね!」
ヴェスペと名乗った少女は、砲弾を投げ捨てると、愛らしく手を振って前線に飛び出していった。
「……なんだったんだ……」
と、しばらく放心していると、今度は雪国塗装の白い軽戦車が前に回り込んできた。
「隊長は、貴方か」
いや、戦車ではない。人だ。だがその声は恐ろしく平坦で、人間味が感じられなかった。
「エインヘリヤル第五部隊、コードネーム、シュティーアだ」
その青年は、先ほどの少女とは対照的に、白い機械で全身を鎧っていた。具体的にいえば、まず胴と膝から下のアーマー。簡易な西洋甲冑のような形だ。それにベンノが先ほど戦車の装甲と間違えた、マントのように彼の肩と背を隠す四つの杭のような、プレートのような機器だ。宙に浮いているようにも見えたが、よく見ると彼の肩に一部を突き刺すようにして接続されている。
「何か気になることでも?」
もう一つ、彼は特殊なゴーグルを付けていた。それには左右の目の区別はおろか、頭に固定するバンドすらもなく、そのうえやはり真っ白で光を透過せず、のっぺりと顔の三分の一程度を覆っていた。一見、細長い布を頭に巻いた目隠しのように見える。そんな状態でも、見えているらしい。
「いや、失礼した。で、なんの用だ?」
一言くらい文句を言われるかと思ったが、彼は何事もなかったかのように話を続けた。
「この戦線は私たちに引き継がれた。負傷者を連れて下がるといい」
ベンノは少し気分を害した。今の言葉を、自分たちを侮辱していると受け取ったためである。
「お前らなあ……」
ら、とは、シュティーアだけでなく他のエインヘリヤルをも指していることを表している。
「自惚れるのも大概にしろよ! お前らがいっくら強いっていっても、へましないっていう保障がどこにあるんだ! そういうときのために俺たちがいるんだろうが!」
「いや、しかし……」
「あと! 負傷者はすでに安全地帯に移動させたから安心しろ! こちとら指揮官暦約二年だ、そんなことにも気が回らないと思ったか!」
シュティーアは戦車の上からの怒号に少しのけぞると、ぜいぜいと肩で息をするベンノに、一つ頷いてみせた。
「了解した。後衛は任せる」
そう言うなり、背を向けて走っていってしまった。
同じ戦車に乗っていた砲兵がハッチから顔を出した。その目には不満の色がありありと見て取れる。
「隊長! せっかく下がってもいいって言ってくれたのに、なんで……ぎゅむ!?」
ベンノはそんな砲兵の顔を片手でわしづかみ、ぐっと引き寄せた。そのままにっと笑顔を作る。
「あんな若造と小娘に全部任せて尻尾巻いて逃げるような腰抜けは、俺の部下にはいないよな?」
「は、はいぃ……」
若い砲兵は、心なし涙目だった。
結論から言うと。
その日、ベンノの隊はそれ以上の戦果は挙げられなかった。増援の二人によって、本当にあっという間に敵軍が撤退させられたからである。
その戦いぶりは、流石政府公認のヒーローなだけあって、なかなかに爽快だった。ヴェスペは、黒い五本指のアームを使って、突き刺したり切り裂いたりぶん投げたり。しかしよくもまあ、あんなに飛んだり跳ねたりできるものだ。エインヘリヤルは身体能力も強化されているのだろうか。先ほどなど、軽く五メートルを越す人型ロボットの足をつかんで転ばせ、首を刈り取っていた。その間わずか十秒。
さて、もう一人の青年はというと、彼も彼で派手な戦い方をしていた。あの肩に取り付けられた機械は武器には見えなかったが、何のことはない。兵器はあの中に収納されていたのだ。彼は走りながら、四つの機器のうち二つを変形させ、瞬く間にミツバチの巣のような形のミサイルポッドを作り上げた。
「ヴェスペ、どけ」
静かだが良く通る声で前線の味方を下がらせると、無数のミサイルで残った敵を掃討した。
まずヴェスペが前に出て戦い、シュティーアがバックアップをする、というのが彼らの戦法であるようだ。これも、ベンノがこれまで見てきたエインヘリヤルとは違っている。ほかのやつらは、二、三人で行動していても連携することはほとんどなく、大体それぞれが好き勝手に暴れまわっていた。
「なあ、ハンス、お前、テレビであいつら見たことあるか?」
「いや、ないっすね」
「だよなあ」
「自分、エインヘリヤルのことなら人並み以上に知ってる自信ありますけど、第五部隊なんて、今まで一度も聞いたことないです」
ところで、初対面のはずの砲兵と新兵がさっきから妙に仲が良くて、鬱陶しいことこの上ない。
「おい、戦闘が終わったからって気ぃ抜いてんじゃねえぞ」
砲兵の耳元で言うと、彼はあわてて戦車の中に引っ込んだ。主体性にはいまいち欠けるが、従順なところはいい部下だと思う。
「お前もだ、新兵。敵は撤退したんだからもう怖くないだろ。戦利品でも探しに行ってこい」
「戦利品なんてないじゃないですか」
対して、こいつはどこまで反抗的なんだ。命令されたらちゃっちゃと従えってんだ。
しかし、彼が言ったことは事実だ。戦車の上から見回しても、戦場には敵の自律起動兵器の残骸はおろか、大砲の一門も残ってはいない。敵軍が撤退する際に回収していったのだ。
「ピクニックのごみは持って帰りますってか」
これは、敵に撤退のときでもある程度の余裕があるということ、ひいては相手がまだ本気を出していないことを示している。
ままごとのような戦争。これもベンノは気に入らなかった。もし敵が突然本気を出したら、ほかの国の介入があったら。それらの可能性を考えるたび、じりじりと不安になる。しかしベンノにはどうすることもできない。
通信機を口元に当てて、帰るぞ、と合図を送った。
「結局、軍に入った目的ってなんだったんだ?」
「そりゃあ、エインヘリヤルの皆さんを間近で見るために決まってるじゃないですか」
「……よし、帰ったらこの俺がじきじきに訓練指導をしてやるから、覚悟しておけ」
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