第4話

 放課後の校舎はひともまばらで、夕陽のさす教室は感傷に浸るにふさわしい。外からは部活動の生徒たちの声が遠く聞こえ、音楽室のあたりからは吹奏楽部の奏でる音色がかすかに聞こえてくる。

 わたしはひとりで椅子に腰掛け、机に肘をつきながらぼんやりしていた。脳裏にちらつく里子の顔。それはどれも笑顔で、こちらを向いては微笑んでくれている。

 ああ。里子、里子。

 心の中ではこんなにも素直になれるのに、現実はどうしてこうもうまくいかないんだろう。

 息が詰まる。落ち着かない。

 机に突っ伏して深くため息をつき、しばらくそのままでうつ伏せていた。わたしなんて。そう、わたしなんて。


 ガララ。

 教室の扉が開く音がして思わずそちらを見遣った。

 ああ、せっかくのひとりの時間が。もうちょっとだけ悲嘆に暮れる時間があってもよかったのに。

 しかしわたしはここでまた気が動転することになる。

「梓」

 現れたのは里子だった。わたしはこの一瞬の間に夢でも見てしまったの?

 目の前の光景が信じられなくて、おもわず自分の頬をつねった。うん、痛い。

「もーなにしてるのー?」

 けたけたと笑いながらわたしの奇行を見ている里子。

「教室で話すなんて滅多にないから」

「そうだねえ」

 どこかうつむき加減で里子は言った。

「あんまり、ここ好きじゃなくて」

 どうして、とは聞けなかった。わたしも里子も、なんとなく避けていた話題。これ以上突っ込んだ話をしたところで、なんの生産性もないことはお互いにわかっていた。

 なにを背負っていても里子は里子だし、わたしはわたしだ。ふたりともがクラスに馴染めず浮いた存在になっていたのは今に始まったことではなく、きっと、あの一年生の出会いの時からそうであったのだとわたしは悟っていた。

 過去がどうあれ今の里子は明るく快活で、少なくともわたしにはいつも笑いかけてくれる。同じようにわたしも、里子の前でだけは素直になれる気がした。

 そう、おもうから。だからわたしは里子にこう言った。

「里子は里子だよ」

「……えへへ」

 わたしの座る椅子のほうへ里子が近づいてきて、目の前まで迫ると急に静止した。

「梓」

「うん?」

「わたし、梓がいて本当によかったとおもってるよ」

「なによ急にー?」

 口先ではなんとでも言えるが、内心では動悸が激しくなり、平静を保っていられるかどうかの瀬戸際だった。そんな甘い言葉をかけられては、もう今までの感情が爆発しそうだった。

 一転里子のほうもどこか落ち着かない様子で、なにか考えこんでいるようだった。

 彼女の長いまつげが上下する度、わたしの心臓もとくんとくんと鼓動した。

 長い長い静寂。なにか言いたげで、でもお互い口に出せず、開け放たれた窓からの風がカーテンを揺らしてはわたしの心を乱した。

 かすかになびく里子の長い髪も、それが余計に彼女の色香を醸し出しているようで、わたしは気が気じゃなかった。

 ふんわりと流れる彼女の黒髪はとても艷やかで惹きつけられる。

 その様相をただ見つめているだけのわたしに里子は何も言わなかった。どこか見透かされているようでそわそわする。

「ねえ」

 と里子は言った。長い沈黙を破ったのは彼女の方だった。

「あのね、わたし、梓に言わなきゃいけないことがあるんだけど」

 心中穏やかでないわたしはネガティブなことばかりが頭をよぎる。

 そして。


「わたし、梓のこと好きかもしれない」


 籠の鳥が飛び立つ瞬間だった。

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