第124話(おまけ)君の幸せを此処に
「でね、いきなり戦い終わったら結婚しなさいなんてさ、おかしくね?」
「そうですわね」
紫は、身の回りの世話をしてくれるスリィという魔族の女性とせんべい片手にくっちゃべっていた。
「おそらく、その聖女の力……特に治癒は貴重ですから、貴女に利用価値がある為に結婚にかこつけて逃げ出さないように囲いこもうとしたのですわ」
スリィはお茶のお代わりを入れて彼女に差し出した。
「やっぱ、そっか。お伽噺にしろ何で結婚が女のハッピーエンドだと思われてんのかねぇ、癪だわ」
「………結婚も悪いものでは」
「あ、ねえ、スリィちゃんは独身?」
「いえ、夫はいますわ。街に家を持っていて暮らしていますの」
スリィがそう言うと、紫は意外そうな表情をした。
「へー、うち、てっきりバルちゃんとデキてんのかと思ってたわ」
途端にスリィの長くて白い耳がピンと立ち、顔が強張る。
「…………そんなふうに思っていましたか」
「あ、ごめんって、え、じゃあ魔王は結婚してるの?城で奥さんぽいヒト見たことないんだけど」
「あの方は、ずっと独身ですわ。そうですね、女性の方々からはモテてはいましたが、なにぶん真面目な方ですし浮いた噂は聞いたことがありませんわ。それに魔王様の家系は晩婚化傾向で」
紫は驚いた。
「ま、まさか1000歳超えの童て」
「私が何と?」
いつの間にか後ろに佇んでいた魔王に、腰を抜かしそうになる。
「ひえ、チェり」
「ごほんごほん」
わざとらしく咳払いするスリィ。
「私にも茶をくれぬか?」
戸惑う紫の視線に眉根を寄せつつ、隣に座ったバルトは茶を啜った。
「バルちゃんは、いつも難しい顔をしてる。たまには息抜きすればいいのに」
仏頂面の彼に、紫はつまらなそうに言ってやった。
「………誰のせいだと……紫?」
額に置かれた手に、反論しようとしたバルトはキョトンとして彼女を見つめた。
「また頭痛すんでしょ、治してあげるから。全く何に悩んでんのか知らないけど考えすぎなんだよ」
「………………」
言われてバルトは、一瞬皮肉げな笑みを浮かべた。スリィは、そんな彼にさりげなく問うた。
「人間界の様子はいかがでしょう?」
「…………悪くなる一方だ。飢饉に疫病、重税に奴隷制、貧しい者の生活は目も当てられない」
「そうですの」
二人の会話に、紫は違和感を感じて首を傾げた。
何で人間界を侵略した魔族が憂えているのか。
「そんなに酷いの?」
思わず会話に入れば、はっとした顔で魔王は口ごもった。
「…………君が気にすることはない」
それから額にある彼女の手を、遠慮がちに掴んで離した。
「バルちゃん、あのさ」
「紫様」
察したスリィは、彼女を呼び止める。
「夕食の支度手伝って下さいますか?」
「え、あ、いいけど」
料理が得意な紫は、食事担当だったりする。
椅子に掛けていたエプロンをさっと身に付け、毛先だけ金の黒髪(厳密には焦げ茶色)をくるりと纏めてスリィと厨房に向かう紫は、結構プロっぽく見えたりするものだ。
バルトは茶を啜りながら彼女を横目で見送る。そうして1人になると額を擦りながら深い溜め息を吐いた。
だが、紫はある日知ってしまった。
1人で街に食材を買いに行った時、街のヒトが話していたのだ。
「まったく理不尽だよな。何で魔王様が悪者扱いされるのか」
「ホントそうだよ。聖女だとかなんとかいって人間界の甘い汁吸う奴等の味方をしただけじゃないか」
「どういうこと?」
八百屋の店主と客の会話に、紫は思わず入り込んだ。
「わわ、紫様!?」
瞬く間に逃げようとする彼らを聖女の術で捕まえる。
「理不尽って?バルちゃんは、人間界を侵略しようとしたよね?」
二人の魔族は顔を見合せ、渋々と言った体で答えた。
「違います。魔王様は酷い目に合っている人々を救おうと、人間界に介入しただけなんです」
「だけど聖女様の対抗にあって、救えず……」
混乱して紫は、こめかみを押さえた。
「え、待って待って!じゃあ、うちのしたことは何だったの?!聖女だとか言って人間界を救ったんじゃなくて……うち達が余計に人間を苦しめてるの?」
足元がぐらついて目眩を覚えた。
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